ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香 作:青色のラピス
第一話 城壁の上で
嘗ての戦場。
激闘の跡が色濃く残るこの場所で二つのファミリアの眼前に絶望していた。
無論、戦果がない訳では無い。
砕けた竜鱗に夥しい量の血。
これが証拠だ。
しかし、それ以上に目を引くのが砕けた武器と戦友達の屍でできた山々。
更に彼等の誇りともいえる団旗は破れ、燃えている。
敗北。
その二文字が彼等全員の頭をよぎる。
しかし、誰もそれは否定しない。
彼等は、凄まじい戦いの末―――敗北したのだから。
呆然と止まった中、一人、また一人と動き出す。
これだけの結果に終わりながら、彼等の瞳には瞋恚と覚悟の炎が燃え盛っていた。
彼等は逆襲を誓った。
次こそは、次こそは、と誓いを新たに建て―――
―――砕け散った。
彼等がその
自分達が死ぬのは良い。
戦友も……百歩譲って、そのまた百歩譲歩して受け入れよう。
今回はそういうものだからだ。
『偉業』に挑むとは即ち、そうなのだから。
……しかし、これは。
これだけは駄目だった。
『
―――この時から数か月後、迷宮都市オラリオより【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。
神時代を象徴ともいえる最強最大派閥は消滅した。
主神も、眷属も、人知れずどこかへ消えていったのだ。
残ったのはがらんどうの
都市は、そして世界は絶望に包まれた。
『世界三大
一つでも十分な悲劇は、二つ重なれば惨劇すら不十分な絶望となるのだから。
△▼△
……それから七年の時が経った。
オラリオの市壁にて一人の男が佇んでいる。
フード付きの黒マントなんてものを着ているため怪しいことこの上なかったが、誰もまだこの場にはいないため、何事も起こらなかった。
何気なく男は都市全体を眺めていた。
目深に被ったフードは男の表情をすっかり隠しており、何も晒してはいない。
しかし、その雰囲気が何処か、寂しさを感じさせる。
「……何時見ても変わらないな、此処は。」
意図していない言葉。
ポツリと漏れた言葉。
男はそれを唯の感傷だと切り捨てず、噛みしめるように都市を眺めている。
「こんな場所にいたのか。そして何をしている?」
そうしていると後ろから声がかかる。
声をかけたのも男だった。
白い髪に、凶気を帯びた瞳。
自身の肉体に絶対の自信を持っているのか、着衣は薄着であり、上半身に至ってはほぼ裸だった。
―――【
Lv.3にして反秩序勢力―――『
「……見ての通りさ。懐郷の念を込めて都市を眺めているんだ。……ええと、オリヴァス・アクト、だったかな?」
「ほう、私の名を知っているのか……。―――そうだとも混沌の使途にして
「何故、意外そうな顔をした? ……仮にも味方、それも幹部の名前と顔を覚えておくのは当然だろう?」
男はオリヴァスの反応に不思議そうに目を細める。
しかし、オリヴァスは愉快そうに笑う。笑いながら言った。
「いや、何―――【ゼウス・ファミリア】も―――ひぃッ……!」
笑いながら何か言おうとした瞬間、急に顔を青ざめるオリヴァス。
腰は砕け、脚に力は入らず、目の焦点は合っていない。
血流の速度が上がり、心臓が加速する。
最早立つこともできず、前のめりに倒れ、膝をつく。
呼吸は浅く、頻度が増している。
(な、何だ、これは……!?)
疑問が頭を駆け巡り、混乱を更に助長する。
ぐちゃぐちゃの思考の中でひたすらに正答を探すオリヴァス。
彼を知る人物からすれば酷く滑稽に映り、寧ろ逆に困惑するほどだろう。
しかし、そんなオリヴァスの様子なぞ無視して、男は問うた。
「【ゼウス】が、何だって?」
恐る恐る頭を上げる。
男の位置は変わっていない。
だが、男を直視した瞬間、再び本能が警戒音を激しく鳴らし、また頭を下げてしまう。
いや、更に体は丸まり、みっともないことこの上なかった。
そしてオリヴァスはようやく自分の状態に気が付いた。
(まさか……私は『恐怖』しているのか!? 何にだ!? ……まさか、目の前のこの男に!? 彼の最強派閥此処までとは……しかし、私はLv.3だぞ!?)
「おい、速く答えてくれないか?」
男との距離は変わらない。
語気の強さも変わっていない。
しかし、オリヴァスの感じる重圧は更に強くなった。
余りの
「べ、別に愚弄、などして……いないっ……! 以外に……繊細、だと思……った、だけだっ……!」
言い終わった瞬間にオリヴァスは自身の恐怖が消失したことを知覚する。
肩で息をするオリヴァスは冷静さを取り戻すためにゆっくりな呼吸と共に立ち上がる。
「済まないな、オリヴァス・アクト。つい、愚弄の言葉が続くかと早とちりしてしまった。……全く、齢はとりたくないものだ……。」
「齢……? いや、流石に待て。そんなに若い顔で何を言っている? どう見ても―――」
―――三十かそこらだろう、というオリヴァスが困惑と共に続ける。
オリヴァスの言葉に少し、男は驚き、失敗したという表情を作る。
男は苦笑と共に頬を掻き、言った。
「いや、もう七十二になる。……勿論、エルフやドワーフの
「―――」
オリヴァスが絶句する。
顎が半開きになり、間抜け面を晒している。
ステイタスには全盛期を伸ばすという副作用がある。
そのため神の眷属は外見が当てにならないのは常識の一つだ。
しかし、それでも限度はある。
あくまで『老化しづらい』だけなのだ。
不変たる神々と違い、常に変化する下界の民。
こればかりは逃れられぬ宿命でしかない。
―――しかし、眼前の男はそれを軽々と否定して見せた。
「……まあ、誰でもできるようなことではないな。最良の食生活に生活習慣、適度な運動と
「そ、そうなのか……。」
オリヴァスは大袈裟に咳をして、空気を正す。
そして真っ直ぐ男を見つめて問いを発する。
「……同志よ。一つ尋ねたい。いいか?」
「……何だ?」
「何故、
「―――。」
偽証も、誤魔化しも許さない鋭い目線。
しかし、男の態度は変化することは無い。
「―――別に、気にすることじゃあないだろう。」
「は? 待て、何を言っている? 同志よ、お前を見たのはLv.3。れっきとした第二級冒険者だぞ。」
「高々Lv.3なぞ気にする必要あるまい。何だ、そんなに怖いのか?」
その言葉にオリヴァスは再度、絶句する。
Lv.3ともなれば稀有な才覚を磨き、経験を積んだ紛れもない猛者。
無尽蔵に溢れるLv.1とは訳が違うのだ。
「は、はは……ハハハハハハハハハハ!!! 気にする必要が、ない? Lv.3を? オラリオの精鋭を有象無象と言うのかお前は!」
オリヴァスは狂ったように笑う。
しかし返る言葉は無く、男は静謐を保ったままだ。
「……いいだろう、同志よ。今回のことは不問だ。だが来るべき時にはその力を振るってもらうぞ。」
そう言って踵を返すオリヴァス。
彼を見送ると男は再び都市に目をやる。
「……さてはて、この荒療治に意味あるのか、無いのか。あって欲しいというのは傲慢だな……。」
そんな男の呟きはゆっくりと溶け込み、誰の耳にも届かなかった。
風が吹き、僅かにマントがたなびく。
その瞬間、マントの裏地が露になる。
刻まれたのは雷の
今は亡き【