ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香   作:青色のラピス

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ようやっと投稿です。

あと三話で終わらせたい……!


第五話 邪神は問う

「どけぇ!」

 

「があぁ……っ!」

 

鞭がしなり、先端に装着された鉄の穂先が闇派閥(イヴィルス)の信徒を貫く。

冒険者の中でも珍しい鞭使いであるアンドレウ・ジャイロはその技巧で次々を敵を無力化していく。

はたき上げ、縛り上げるだけでなく突き刺す、斬り裂くといった様々な攻撃手段で凄まじい勢いで倒していく。

 

「はっ! 流石Lv.4、相手が【白髪鬼(ヴァンディエッタ)】だけならこのままいけば早く終わりそうだぜ。」

 

「伊達に対人戦とかじゃねぇ―――っと!」

 

そしてアンドレウが仕留め損ねた者を確実に仕留めるマック・ロマン。

短刀による急所の一突きで堅実に討伐数(キルスコア)を貯めていく様子は流石Lv.3だ。

そしてその後ろに続く冒険者も【ロキ・ファミリア】の上級冒険者達だ。

統率の取れた連携の豊富な経験を蓄えた手練れたちによる進行は今までの鬱憤を晴らすように快進撃を続けている。

 

だがそんな彼等の快進撃は、()()()()()ものに終わらされる。

 

「ッ!? 敵、直上! 降ってきますっ! というか、早すぎ―――

 

気配感知に優れた獣人が敵の接近を知らせる。

しかし思いもしない方向、そして速度に反応がまるで間に合っていない。

 

ならばそれだけで彼等の末路は決まる。

 

即ち、壊滅である。

 

超高硬度の質量による着弾。

同時に発生する衝撃波と巨大なクレーター。

直撃を喰らった冒険者は赤い染みに変わり、余波の衝撃を喰らった者達も吹き飛ばされ、或いは感覚器官を破壊されてその場に倒れる。

 

「……あら? ここら辺にいると思ったのだけど……。」

 

戦棍(メイス)を担ぎ直し、とぼけた事を言う女魔導師。

Lv.7にして【ヘラ・ファミリア】の構成員、【機動要塞(デストロイヤー)】メナ・ガイアード。

桃色の髪を短く切りそろえた女魔導師である。

 

「……際限ってものがねえのか、ケツデカババゴン……!」

 

何とか気絶を免れたマックが捨て台詞と共に立ち上がる。

だが左腕が千切れ掛かっており、傷口からは流血が止まっていない。

今にも倒れそうな様子だが、彼はその性根の悪さから何とか立ち上がったのだ。

 

「どうしてフィンといい、アンタといい小人族(パルゥム)っていうのは礼儀を知らないのかしら。もう片腕引き千切ってあげましょうか?」

 

「けっ……どうせ難癖付けてシバいてくる癇癪女が言う事かよ。何もしてなくても殴りかかって来るくせにさ。」

 

死に瀕しているというのにマックは普段通り悪態が止まらない。

しかし、だからといって彼が恐れを抱いていない訳では無かった。

第二級冒険者で構成された精鋭部隊が、たった一人の女の着地で壊滅したとなれば流石に冷汗が走る。

それなのに態度が何時もと変わらないのは、眼前に寝そべる『死』に対して感覚がマヒしているからだ。

 

(あーやべ、死んだ。というか死ぬわなこれ。【ヘラ】の女どもなら殺すな、確実に。)

 

だが女魔導師から発せられる殺気に死を感じるが何時まで経ってもその殺意が形になる事は無かった。

しかも追撃をする気がないのか、近くの瓦礫にどっかりと腰を落とし、一服している。

長年の相棒である戦棍(メイス)を近くにおいて休んでいるのだ。

 

「……何よ。別にわたしたちだって何時も貴方達を折檻するほど暇じゃないのよ。わたしが頼まれたのはこの通路(ストリート)の封鎖。此処から先に行かないなら誰も殺しはしないわよ。」

 

(もう鱈腹殺した癖に言う台詞じゃないだろ……。だが、死人がこれ以上増えないのは好都合。)

 

しかし手を出さないのは事実。

それならば態勢を立て直そうと息のある者の介抱を始めるマック。

先程の衝撃で道具(アイテム)の多くを損失しており満足な治療は出来ないが、応急処置だけなら十分だ。

助ける事の出来る人物を救えるだけで十分なのだ。

 

「クソが……ジジイにババアに任せるしかねえのかよ。」

 

悔しさに満ちた呟き。

怨嗟に満ちた視線でメナを射抜いても彼女は動じる事は無く、鎮座している。

どうしようもない現実を前に、何度か分からない嘆息をするしかなかったのだ。

 

 △▼△

 

そしてガレス、リヴェリア達もまた、強大な敵を前に足踏みをしていた。

 

「……おー、おー。これはまたコリもせず来るもんです。イキの良い肉塊が隊列を組んで態々(わざわざ)料理人(ザルド)が居たら大層喜んでいたでしょうねえ。」

 

「……懐かしい名前じゃ。またあやつと火酒を酌み交わしたいものよのう。お主等も、そう思わんか?」

 

通路を塞ぐ形で立ちはだかる二人の雄。

 

赤髪の小人族(パルゥム)―――【蛮勇の牙剣(ブルーター)】フィル・ライガー。

漆黒の武具に身を包んだドワーフ―――【鉄人】ザス・タイソン。

Lv.6の元冒険者達にして闇派閥の切り札たちが彼等の行く手を阻んでいる。

 

「フィル・ライガーにザス・タイソン……! 【ゼウス・ファミリア】のLv.6……本当に敵に回っていたのかよ……。」

 

彼等の敵対が事実だと知らされていなかった部隊の冒険者たちが戦慄の声を上げる。

『最強』の称号を欲しいままにした千年来の派閥。

七年前に消え去ったとはいえ、その威容は未だに現役である。

 

「おっと、下手な真似はしない方がいいぜェ。俺達が言われたのはあくまでもこの通りの封鎖だ。殺戮も処刑もやれなんて言われていないからな。進む気がないなら、俺達は何もしねぇさ。」

 

「そうじゃのう……。ほれ、お主等。そんな所突っ立っていても詰まらんじゃろう。酒でも酌み交わさんか?」

 

たとえそれが盃片手で酒宴に興じていても、だ。

とはいえ、酒を呷っているのはドワーフのザスのみでフィルは果汁を絞った冷水だが。

酒精の強い蒸留酒を水を飲むように盃を空にしていくのは流石ドワーフといった所だろう。

 

「はっ、確かに貴様の選ぶ酒には興味がある。―――だが今はその先に用があってな。酒宴に興じたいのなら儂らを見逃して欲しいのだがな。」

 

大斧の石突で石畳を叩き、自身の意見を主張するガレス・ランドロック。

後ろに控える冒険者達も動揺こそあれどその意見に反意は無かった。

 

戦意に漲り、悲壮な決意で一杯の表情をする彼ら、或いは彼女等に嘆息するのは二人の男。

冒険者の戦列を亡者の葬列と唾棄できる程に隔絶した元冒険者らは近くに置いていた獲物を握る。

なんてこともなく、ただ作業を始める労働者の様に。

 

相対する冒険者たちとは異なり、ひりついた緊張感も死を覚悟した悲壮感も感じさせない。

だが彼等の放つ鋭い殺気は凄まじく、数多の困難を乗り越えた冒険者たちでさえ一歩前に出る事を躊躇っている。

 

「……では、やるか。―――お主等、武器を取る以上はその意味理解しているな?」

 

「あーあ、また今日もまた一杯になりますね。墓が。そのうち石も土地も足りなくなりますよ。」

 

「そうね。このままだったら貴方達の言う通り。―――だから私だけならどうかしら?」

 

思いもしない人物、いや神物だった。

都市に大きな存在感を放つ有力者と変わらない存在感を放つ女神がいた。

正義を司りし女、少女達を束ねるもの―――女神アストレアだった。

 

「……おいおい、何で神がここにいるんですかねェ……。」

 

「大方【勇者(ブレイバー)】とかいう小僧の仕業じゃろう。……しかし、わし等で持て余すのもまた当然よな。」

 

「いやァ、フィンは外面気にしますから違うと思いますケド。」

 

やり辛そうに頭を掻く二人。

後ろに冒険者がいるというのに戦意を霧散させ、目の前に女神の処遇に頭を困らせていた。

とはいえ予想もしない乱入者に驚いているのは冒険者達も同じだった。

 

「神アストレア、何故貴方が此処に居る?」

 

「そうじゃ、今お主が捕えられたら小娘たちの身が危ういぞ。」

 

困惑交じりの表情で女神に問いかける二人の首領。

だがアストレアは普段の雰囲気とはまるで違う、普段は見せない気丈さをもってその場所にいた。

眷属達の心配を受けながらも自己の意志を貫くべく、この場所に来たのだ。

 

「【ゼウス】の眷属たち。私はこの先に行くことを望みます。どうか、矛を収めてくれないかしら。」

 

「……仕方あるまい。主神の神意を汚すわけにはいかん。勝手に行くがよいわ。」

 

「あの老神(ジジイ)に汚れる場所があるんですかねェ? ―――でも、『正義』の女神に一目置いていたのは確かだ。この女神が何をするのかは気になるところですね。」

 

二人が半身をずらして、武器の切っ先を地面に付ける。

敵意や戦意が和らぎ、場の緊張感が解される。

しかしそれはあくまでもこの場所に限った話だ。

 

悠然とそびえる二人を越えればさっきまでと何も変化のない空気が支配しているのは確実だった。

だがそれでもアストレアは普段と変わらぬ様子で歩みを再開させ、彼等の間を通り抜けていった。

 

 ▼△▼

 

「はははははは! どうした【万能者(ペルセウス)】! 逃げるばかりでは私は止められんぞ!」

 

不快な嘲笑に一拍遅れて真っ赤な焔が大輪を咲かせた。

長い白髪を背に垂らし、上裸の凶人が冒険者をいたぶる。

凶人―――【白髪鬼(ヴァンディエッタ)】オリヴァス・アクトはその表情を醜悪に変形させて、破壊を楽しんでいた。

 

しかしそれではたまらないのは【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダだ。

自慢の魔道具(マジックアイテム)を駆使して何とか逃げ回っているが、周囲に居る避難民に暴徒に闇派閥(イヴィルス)と混沌とした状況が彼女を逃がしてくれなかった。

【ヘルメス・ファミリア】の団員たちも必死になって抵抗するが、狂気じみた攻撃を繰り返す闇派閥(イヴィルス)相手には逆に押されている始末だ。

そしてその様子に喜悦を感じるオリヴァスが醜悪さを隠すことなく、嘲笑する。

 

「よく逃げ回る。よく致命傷を避ける。……だが! いい加減に諦めろ! お前を助ける存在は何処にもいない! むしろ、お前の脚を引っ張るばかりの愚民のみだ!」

 

「お、おれたちのせいだっていうのか……!?」

 

不快な嘲笑が都市に響く。

普段なら一蹴されるはずの妄言はなぜかその場にいる市民の耳朶を強く打った。

 

「そうだ、そうだとも愚民ども! 勇者が死んだ時、それはいつだって背後の一撃だ! 無力にして無知、戦士の手枷足枷に何時だって剣で背を貫かれた! なんて無様な死にざまだ!」

 

凶人の悪意は留める所を知らずに膨れ上がり、冒険者と市民を愚弄する。

しかし誰もその言葉に反論することはできずに、凶人の一人舞台は続く。

 

「だが、その末路こそ『正義』とオラリオ崩壊に相応しき瞬間、私が愛してやまない絶頂なのだ! 決めたぞ、【万能者(ペルセウス)】! 貴様の亡骸は百舌鳥の早贄が如く磔にしてやろう! 貴様を絶望の象徴とし、負の連鎖の始まりとしてくれよう!」

 

 △▼△

 

「アンドロメダ……っ!」

 

凶人の凶行は少し離れた廃教会にも届いていた。

痛めつけられる友人の姿にリューが声を漏らす。

リューを観ていた邪神も思わず嘆息し、呆れる程だった。

 

「……醜い程に『悪』を実践してくれて何よりだ、オリヴァス。【死王子(ダーク・プリンス)】や【喰人鬼(マサーカー)】といい俺の想定通りに動いてくれるな。」

 

しかし、丁度良いなと思ったのかエレボスはリューに目線をやる。

そしてその口を三日月の様に歪め、悪趣味な問いかけを投げかけた。

 

「リオン、下界には貨車(トロッコ)の問題がある。分岐器を用いて助けるか、助けないのかを選択するだけのものだ。子供たちの考えた思考実験……単純だがこの状況と全く重なっている。」

 

貨車(トロッコ)……?」

 

哲学の問い掛けを投げかけられても冒険者でしかないリューにはピンとこない。

少し意地悪が過ぎたかとエレボスは一瞬、苦笑し噛み砕いてリューにその真意を告げる。

 

「要するに俺はお前に『選択』を求めているんだ。この場に留まり市民を救い、友を見捨てる。あるいは市民を見捨てて友を助けるか。そのどちらかを選んで欲しいんだよ。」

 

「な……! そんなもの、選べるわけがないだろう!」

 

「別に選ばなくてもいいさ。だがそうなるとお前は二度と『正義』を掲げられなくなる。」

 

悪趣味な、とは誰もが分かっていたが口に出せなかった。

物言いは何処か物語に出てくる悪役そのもので陳腐なものだったが、男神の態度からやはり『悪』の化身かと見紛う程に。

少女は何度目かは分からない身震いをした。

 

「安心しろ、俺がお前に『正義』を求めることは最後にする。だから、早く答えてくれ。―――そうしないと、女が死ぬぞ?」

 

何度目か分からない『魔剣』の炸裂する音が響く。

少しの間もおかずに人体が叩き付けられた鈍い音も鳴った。

凶人が際限のない悪意をぶつけているのは明白だった。

 

友の窮地に対して、少女(リュー)は動けない。

雁字搦めになった精神が彼女の動くことを許さない。

 

(どうする、どうしたらいい……!?)

 

割れたステンドグラスの先では友が死と生の狭間を彷徨っているというのにリューは一歩も動くことができなかった。

 

 ▼△▼

 

「くぅ……っ! 何とか、生きてますか……。」

 

傷だらけの身体に鞭を打ってアスフィが立ち上がる。

とっくに死んでいてもおかしくないが、流石は上級冒険者というべきか恐るべき生命力でオリヴァスを睨みつけている。

だがその行為はますますオリヴァスに悦楽を与えるのみであり、苛烈な攻撃を受ける。

 

「……しぶとい、まったくもってしぶといな。そしていいザマだ。その姿を絵画に閉じ込め、永遠にしたい程に! だが、時間切れか。口惜しいが惨めな骸を晒し、愚民どもに絶望を知らしめろ! 生贄の乙女(アンドロメダ)!」

 

今まで『魔剣』で掃射することしかしなかったオリヴァスが初めてアスフィに近づいた。

その細く白い首筋を己の手で圧し折る為に。

だがアスフィは地面を蹴り上げ、その腕から逃れる。一度ではなく、何度も。

瞳の光は潰えず、まるで何かを待っているかのようでもあった。

 

「ふん、冒険者らしいとはいえ生き汚さすぎるぞ! 何かを待っているようだが、誰も来るはずがない! 現実は物語のように甘くは無いのだ!」

 

「―――来ます。希望は……彼女達は来ます。彼女(リオン)は来る。」

 

初めてアスフィがオリヴァスの台詞に返答した。

消えゆく程儚く、願望でしかないものだがそれでもアスフィは告げる。

 

「【アストレア・ファミリア】……馬鹿馬鹿しい、死に瀕して現実と夢の境界を失ったか? 正義の使者は都合よく現れるものか!」

 

「いえ、来ます。来ます、絶対に! 私は彼女(リオン)を信じているから!」

 

「妄信極まりないな! 『魔剣』を喰らい過ぎて頭がイカれたか!」

 

「私の知る中で【アストレア・ファミリア】ほど、この都市の平和と秩序を守った存在はいない! 彼女達がそれだけ『正義』に殉じ、誰よりも傷付いた! 平和を願っていた! ―――そんな彼女たちを信じられないなら、私は何も信じれない!」

 

アスフィは叫んだ。

傷だらけで今にも死にそうな女とは思えない程の声量で。

そしてその叫びはこの場に留まらず、多くの者の耳に届くことになった。

 

教会の中で一人苦悶する、少女の耳にも。

 

「ははははは! 愚かな! 拒絶されたものに再び手を翳すほど、お前達は暇ではない! それほどまでに思うならばお前だって失望しただろう、絶望しただろう。そして脳裏に走ったのではないか? 愚民など死んでしまえとな!」

 

「確かに失望したかもしれない、絶望したかもしれません……でも、きっと彼女達は赦します。最後には、きっと。」

 

「赦す……?」

 

「何? 貴様、何を言っている?」

 

市民たちが思わず反芻した。

オリヴァスもまた怪訝な表情でアスフィを睨みつけた。

 

「かけがえのない友がそれもまた『正義』だと教えてくれたから。」

 

脳裏に浮かぶのはつい先日、死んでしまったかけがえのない友の姿。

とある日に彼女が何気なく呟いたことば。

 

「迷い、傷つき、『正義』を見失い、自問を続けているのだとしても……それは『正義の証明』に他ならない。『正義』であろうとする者の正しい在り方なのだから!」

 

「―――ありがとう、アンドロメダ。」

 

その瞬間、両目から留めなく涙を流す少女―――リュー・リオンが現れた。

迷いはある、しかしそれでも心の内の衝動に従って剣を振るっていた。

 

『正義』の使徒が戻って来た。

 

「馬鹿め、たった一人で何ができる!」

 

だが、打開策がある訳ではない。

我武者羅に遮二無二になって突撃しているだけだ。

邪悪の使徒たちの『魔剣』の格好の餌食になるしかない。

 

それを理解しながらも、リューは前に出てきたのだ。

信じる友に報いる、そして己の『正義』を少しでも示す、そのためだけに。

 

―――だから、きっと駆けだした男の事なんて予想外だったのだろう。

 

「何を―――!?」

 

脇から男の腕が伸びて、少女の細い身体を突き飛ばす。

第二級冒険者とはいえ想像もしていない衝撃には弱い。

 

身体が反れ、倒れる。

そして少女がいたはずの場所に爆炎が過ぎていった。

男に庇われたことにリューはすぐに気付いた。

だけど、どうしてそんな事をしたのか皆目見当もつかなかった。

 

「何故、どうして……?」

 

「さぁな……体が、勝手に動いちまった。なぁ、あんた。俺は『正義』ってやつを返せたのかね?」

 

その言葉にリューは息を飲む。

そしてふと、幻想(ゆめ)を見た気がした。

黄金の稲穂が揺れる地の上、黄昏に染まる空の下。

その中心に今は亡き友がいた。

 

何時もと変わらない爛漫な笑みを浮かべて、光の中に立っていた。

 

 △▼△

 

「アーディ……!」

 

少女が手を伸ばすが、届かない。

ならばと駆けるがそれでも届かない。

当たり前だ。

 

アーディ・ヴァルマは死んだのだ。

幼い子供に手を伸ばし、無残に死んだ。

善意をあだで返されて、骸となり朽ちた建物を墓標として眠っている。

あそこにいる少女は夢の欠片でしかない。

 

「―――リオン。」

 

夢の奥にいる少女が口を開いた。

生前と変わらぬ穏やかな口調で。

 

「『正義』は、巡るよ。」

 

それはいつか聞いた『正義』の一つ。

少女の死と共に忘れていた大切なもの。

きっとそれが真の答えでは無くても、間違っていても姿形を変えて『正義』は巡っていく。

 

きっと、リュー・リオンはこの先何度もこのことを忘れるのだろう。

そしてその度に『正義』について悩むだろう。

自問と共に苦しみ、答えのない難題に頭を抱えるはずだ。

だけど、その度に彼女は『正義』への答えを出す。

 

 

「―――聞け、神エレボス……! 今、私の答えを聞かせてやる。『正義』は巡る! 数多の星の輝きとなって違う誰かに受け継がれていく! 私達が力尽きても『正義』は終わらない! だから私は全力で戦う! お前の振りかざす理不尽に抗い、この身が果てるとも戦う! 一人でも多く救い、『正義』を託す! 『正義』と途絶えさせないこと……これが私の『答え』だ!」

 

 

 ▼△▼

 

「俺が求めたのは『選択』なんだが……。まあ、いいか。聞きたいものは聞けた。それに完全に覆ったか。」

 

割れたステンドグラスの先にある光景を見てエレボスはそう言った。

リューの宣言が終わると同時に十人余りの眷属―――【アストレア・ファミリア】が現れ、今までの劣勢が嘘のように『闇派閥(イヴィルス)』を弾き返していく。

バラバラになっていた市民も、再び『正義』を信じて冒険者の背中を押している。

 

「しかし、お前の答えは女を助ける事か。なら、この場にいる民衆を殺そう。我が軍勢を用いて『正義』を託せない程に殺し尽くしてやろう。」

 

エレボスが麾下の軍勢に号令を出そうとする。

しかし思いもしない声を聞いて動きが止まった。

 

「―――その前に私と話しましょう、エレボス。」

 

女神アストレアだった。

そしてその後ろには何でかフィル・ライガーがにやついた表情で二人の様子を伺っていた。

 

「……アストレア、それに【蛮勇の牙剣(ブルーター)】か。アストレアの方はどうしてここに、なんて聞くのは野暮だが……お前は何でいるんだ、フィル。」

 

「いやァ、主神(ジジイ)が気にかけて来た女神と訳の分からん優男(じゃしん)が密会するんですよ? 野次馬しなきゃあ、損でしょうよ。ま、気にせずにやってくださいよ。」

 

ひらひらと手を振ってけらけら笑うその様子はまるで掴みどころかがない。

放っておけば風に吹かれて消えそうなやつだが何もしてこないなら気にする必要もないと二柱の神は彼から意識を外した。

 

「では改めまして、だ。先日ぶりだな、アストレア。『闇派閥(イヴィルス)』の首魁をやっているエレボスだ。まさか一柱で来るとは思っていなかったぜ。お転婆極まれり、とは正にこの事だな。」

 

「ええ、久しぶりね。エレボス。私の眷属(こどもたち)がお世話になったみたいだから貴方に会いに来たわ。」

 

「……おいおい、その悩ましい胸に俺がナイフを突き立てるとは思わないのか? あの夜、君を狙わなかったのはただの気紛れだってことくらい分かっているだろ?」

 

「あら、言葉をもって戦いの望む者に対して刃で返すのが貴方にとっての『悪』なのかしら。」

 

やるづらい、エレボスは心中でそう思った。

オマケに会話にこそ入らないが、にゃにやと見世物を見る気分で見ている小人族(パルゥム)もおり、普段通りの調子が崩れている。

 

「いいだろう……俺も君に聞きたいことがあったんだ。『正義』を司る存在に―――『下界』における『正義』につて。」

 

「星々。」

 

一切の間が空くことなく、アストレアが即答した。

 

「あるいはそれに類するもの、空に浮かぶ数多の輝きと同じように『下界』には様々な『正義』が存在する。」

 

「随分と詩的じゃないか。だが俺の聞きたい事じゃないな。俺が知りたいのは―――『絶対の正義』だ。」

 

「なら断言しましょう。エレボス、貴方が望むような絶対は存在しない。存在したとしても支配に強制、従属―――自由が消失する。そうなれば『下界』は破綻し、子供たちは朽ちていくだけよ。」

 

「だがそれは言い方を変えれば統一と同じことだ。争いが減るという観点では喜ばしい事じゃないか。」

 

「いえ、違うわ。確立した『正義』の中で序列が生まれ、その中で自由が消えていく。……やがて恭順を続けるうちに停滞が進み、退廃へと続く。だからこそ、『正義』は手を取り合う必要がある。」

 

エレボスは何も言わない。

アストレアの言葉が続くことを待っているのみだ。

 

「異なる『正義』が、反発し合うことが多いのだとしても―――『正義』は手を取り合うことができる。今のオラリオの様にいがみ合っていても手を取り合っていく、あの子たちのように。私達はそれを『光』と呼び、『希望』とも呼ぶ。」

 

「……つまり、君が語るのは『群体の正義』という訳か。だが、俺の望む答えではないな、アストレア。」

 

「そう、それは残念ね。じゃあ、逆に質問させてもらうわね。エレボス、なぜ貴方は『下界』の行く末をそんなに気にするのかしら。『絶対悪』を標榜する貴方にとって未来なんて関係ないものじゃないかしら?」

 

「……おいおい、一柱で来たのはわざわざそれを問いただすためか? じゃあ、娘たちに聞くことだ。何度も彼女達の前で言って来た。とはいえ納得してもらえるかは分からないが。」

 

会話が途切れる。

教会の外での戦いも収束に向かっているのか剣戟の音が減っていく。

それに反比例するかのように市民の歓喜を含んだ声が大きくなっていく。

 

闇派閥(イヴィルス)』が退き始めていることは明白だった。

 

「……長話をしすぎたか。いいだろう、アストレア。君に敬意を表して殺戮はナシだ。」

 

「えぇ~!? そりゃ酷い。せっかく有象無象をバラバラにできると楽しみにしていたのに。」

 

「安心しろフィル・ライガー、埋め合わせはする。俺の司る事物にかけてな。帰るぞ、護衛を頼む。」

 

「けっ、まあそういうことにしときますよ。」

 

フィルがエレボスを小脇に抱える。

そしてそのまま凄まじい跳躍を見せて、都市の中に消えていく。

それはあっという間の出来事でアストレアが制止する間もなかった。

 

しかし、過ぎたことを気にしては仕方がないとアストレアもまた教会を出た。

向かう先は己の眷属たちの下だった。

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