ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香 作:青色のラピス
時間は少し遡る。
広場の南にてヒリュテ姉妹もまた不審者を追っていた。
広場に集まっていく人波の中でその動きへ逆流してゆく冒険者の姿はひどく目立ったからだ。
不審者は意外と足が速く、人波の中ということもあり第一級冒険者である彼女達でも少しばかり骨を折ることになった。
人波から離れた場所で男は足を止めた。
「ああ、もう! やっと止まったわね!」
「ちょ、ティオネ。落ち着きなって!」
ヒリュテ姉妹の姉――ティオネ・ヒリュテが苛立ちも隠さずにそう怒鳴る。
それを聞いたヒリュテ姉妹の妹――ティオナ・ヒリュテが焦った様子で姉を窘める。
しかし、不審者は動かず、反応を返すこともない。
「ちょっと、何か言ったらどうなの?」
不審者の様子で少し頭の冷えたティオネが不審者に詰め寄る。
それでも何の反応を返すことも無く、力づくでどうにかしようかと考えた瞬間のことだった。
勢いよく男の拳がティオネへ向けて振るわれる。
事前動作及び事前情報が全くなかった一撃だったが、寸での所で回避する。
「何すんだコラ!」
堪忍袋の緒が切れたティオネがお返しと言わんばかりに拳を振り上げ、胴体へ叩き込む。
不審者は大鎧の
「な……!?」
「何これーーー!?」
悪臭をまき散らしながら姿を見せたのは緑色をした何重にも重なる蔓のような身体だった。
普通なら誰も分からないようなものだが、先日の騒動に巻き込まれた少女たちは直感により直ぐさま正体に気が付いた。
その正体は―――
「「食人花!?」」
姉妹が動揺し、一瞬の隙を晒す。
その隙をつき、再び拳を振るう。
幾ら手練れとはいえ動揺を晒した状態で避けれるはずがなく、【
「ちょっと、何すんのよ!」
姉が吹き飛ばされ、怒りに燃える【
しかし、食人花である以上打撃は効きが悪く、表面の鎧を破壊するに留まる。
「やっぱ、打撃は効かないかー……。」
そうごちると背負っていた
第一級冒険者、その渾身の一撃は容易く受け止められたのだ。
「なあっ!?」
流石に予想外の事態に困惑するティオナ。
姉と同じ轍を踏んだ妹は仲良く姉と同じくブッ飛ばされる。
「何しやがんだ、テメエエエエ!!」
妹が吹き飛ばされた瞬間に姉が戦線へ復帰する。
頭の中が怒りで満たされた少女は己等を痛めつけた下手人に猛攻を加える。
頭に血が上り、打撃が効かないことなどお構いなしに拳打の連打を撃ち込む。
凄まじい勢いで放たれる殴打に流石に防御へ回らざるを得ず、鎧をみるみる内に破壊されていく。
「オラオラオラオラァッッ!! くたばりやがれええええッッ!!」
鎧を完全に破壊して、今までのお返しと言わんばかりにブッ飛ばし、岩壁に叩きつける。
しかし、土埃が晴れた後、目に映った光景は何もなかったかのように立ち上がる化物の姿だった。
鎧が無くなったことにより本来の姿を晒している。
蔓を何十にも重ねた人型をしていた。頭だけは大猿の形をしている。
「チッ……! これでも足りねえのかよ……!」
「なにあれ……。ティオネ、見たことある?」
その光景を見て姉の方は怒りと闘志を燃やし、妹は動揺を隠せないでいた。
妹の台詞に姉の方は変わらぬ様子で答える。
「知るか、あんなの。それにどうせ倒すんだ、関係ねえよ。」
「それもそっかー。」
姉の答えに妹もそれはそうかと考え、武器を構える。
姉も妹同様に得物を構え、ぶつかり合った。
△▼△
ヒリュテ姉妹が人型の食人花と戦闘を開始した時、フィンとリヴェリアもまた戦闘を始めていた。
広場を始めとする各地で数時前、フィリア祭を騒がせた食人花の
「な、なんだあ? こいつらはぁ!?」
初めて見る
そうしているうちににも食人花は次々と冒険者達を襲う。
「ボールス、あの
フィンが素早く指示を出し、自身も戦列に加わる。
槍を振り回し、すれ違いざまに次々と食人花を屠ってゆく。
槍を振るいながらフィンは思考を続ける。
(この時点での襲撃……。恐らく殺人鬼、しかも
これだけの事態が起きたというのにフィンの親指――第六感とも言うべきものは彼に告げている。
波乱はこれで終わりではないということを。
▼△▼
食人花の出現と同時刻、アイズ・ヴァレンシュタインとレフィーヤ・ウィリディスの下にも刺客は存在していた。
気が付けば目の前に現れていた。
紫黒色をした魔導師のローブに全身を包んだ見るからに怪しいものがいたのだ。
「「「――ッ!?」」」
警戒していなかった訳ではない。
しかしこの場にいるのは全員上級冒険者、それも第二級冒険者以上。
生半可な隠密など意味を成さない程の鋭敏な感覚を持っている。
それを出し抜き目の前に現れたということは、目の前にいる存在はさぞかし恐ろしいのだろうと三人は目星をつける。
「レフィーヤ、その子をフィン達の下に……!」
動揺を押し殺し、いつでも戦える態勢を取りながらアイズはレフィーヤに指示を出す。
レフィーヤは一瞬、悔しそうに歯噛みをするが直ぐに切り替え、ルルネの袖を掴み、フィン達がいる広場へ体を向ける。
「ッ……! 分かり、ました。ルルネさん、行きましょう!」
「え、良いのかよ!? あいつ絶対にヤバいって! アタシ達三人がかりの方が良いだろ!?」
「駄目です……! 私達じゃあ、アイズさんの邪魔にしかなりません……!」
レフィーヤの悔しそうな様子にルルネは圧倒され、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れていく。
二人が完全に見えなくなった時、目の前にいる存在が初めて口を開いた。
「良いのかい、一人で。私としては助かりますけど。」
男の声だった。
声の質感からして二十代ほどだろうかとアイズは推測する。
「……この襲撃は貴方が元凶なの?」
「ええ、私です。そしてもう一人いますよ。」
「……何でこんなことをするの?」
「必要だから。逆に聞きますがそれ以外に何があると思ったのかい?」
「……人をたくさん傷つけることが必要なことなの……!?」
「おいおい、さっき言ったでしょう。――私は必要だからしている、とね。」
男がそう言った瞬間にアイズは地面を蹴り上げ、一気に肉薄する。
第一級冒険者にして凄腕の剣士であるアイズの行動は目にも止まらぬものであった。
目の前の男はアイズの動きについていけないのか少しも動こうとしない。
(獲った――!)
アイズが必殺を確信した。
何故ならばアイズの愛剣が男の胸を貫いていたからだ。
感触からして胸の奥にある心臓をも破壊したとアイズは察した。
しかし、同時に不可解なことがあった。
―――男はそれでも何の反応も起こさない。
自身の不安を払拭するために男の首を落すため、アイズは剣を引き抜こうとするが、剣はビクとも動かない。
「流石は第一級冒険者、一番下のLv.5でもここまでとは。――さぞかし、良い素体になりそうだな。」
そう言うと男は腕を振るう。
凄まじいスピードの一撃をアイズは寸での所で回避する。
鼻先スレスレを通った腕に恐怖を覚えながらアイズは距離を取る。
剣は変わらず男の胸に刺さっている。
「【
自身の状態を鑑みてアイズは迷いなく自身の奥の手を切る。
風属性の
超短文詠唱で発動できるこの魔法は種族の常識を軽々と超える出力を誇り、使い勝手の良さも相まってアイズ・ヴァレンシュタインの切り札と同時に象徴とも言うべき存在である。
「うおっ……!?」
風を纏ったアイズの力は凄まじく、思わず男は体勢を崩し、胸から剣を奪われる。
アイズの手に戻った《デスペレート》は担い手と同じく風を纏い、攻撃力を増す。
螺旋のように風は唸り、男はみるみる内に削られてゆく。
「くっ、少しばかりおいたが過ぎる……。――仕方ない、手荒に行きますか。」
男が手を翳す。
そうすると人の頭ほどの火球が出現し、アイズに襲い掛かる。
アイズは纏う風で炎を散らすも、一瞬視界が炎で閉ざされる。
炎が晴れた瞬間、男は両手に剣を持ち、アイズに斬りかかる。
独特な形状をした蛮刀を振り回し、アイズは刃を受け止める。
外見に見合わぬパワーがアイズを襲い、一歩退かせる。
アイズが一歩退いた瞬間、男の攻撃は勢いを増し、気が付けばアイズは防戦一方となっていた。
「――ッ。【
より強力な風を纏いなおし、再び剣戟の嵐に身を投じる。
だが、結果は変わらない。
風も剣も全ていなされて、男を傷つけることが出来ない。
「よく頑張りましたね。――でも、終わりだ。」
アイズが焦り始めた瞬間、男の姿がぶれた。
Lv.5が知覚できない程の加速だった。
蛮刀が唸り、僅かな閃光を残してアイズの鎧を切り裂く。
余りにも鋭利な一撃は防具を無視して、鎧の下にある柔肌にも届いた。
胴体を袈裟に斬られたアイズは力尽き、地面に倒れる。
男は倒れたアイズを見て満足そうに顎を撫でながら手を伸ばし――
―――炎上した。
急な攻撃に対応できず、男は転げまわる。
「おいおい、待てよ。肝心の俺を忘れてねえか、ええ?」
声がした。聞いたことのない声であり、男が顔を上げた。
すると目の前には仮面を付け、赤緋を担ぐ戦士――リタが其処にいた。