不良聖女の巡礼   作:Awaa

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試練(前)

 

 時を(さかのぼ)ること凡そ2日前。クララ率いるピピン公爵領軍の別隊は、教皇領近く、テンプルバリー伯爵領内に設定したファルコニア伯爵領軍との合流地点へと急いでいた。

 

 日が暮れて馬にも疲れが見え始めたので、森の中に潜み、最初で最後の休憩を取る。兵らが腰を下ろし、何人かがうたた寝をする中、クララは乾燥させた棗椰子(デーツ)を噛んで書簡を手にした。

 

 筒状に丸められたそれをじっと見つめ、リアンの言葉を思い出す。

 

『これは海聖が書いた筋書き(シナリオ)。言わば、クララ・ドーソンの原典。そう思う気持ちで、頑張ってください』

 

 クララは心配そうに頭を寄せて来た賢馬(けんば)ソロモンの頬を撫でた。

 

 ──私にとっての原典。

 

 意を決したように紐を解き、書簡を開く。果たして、これには何が書いてあるのか。そして、書いてある事に従えるのか。緊張した。

 

「あれ……。意外と……」

 

 開いてまず思ったのは、想像していたよりも文量が少ないこと。『覚え』から始まるマリアベルの書には、箇条(かじょう)書きで要点が記されていた。

 

『一、(これ)に記す事は全て守るべく努力する事』

 

 クララは力強く頷き、次に目をやる。

 

『一、決して弱みを見せぬ事。背筋を張り、常に不機嫌な(つら)をし、己を王か、或いは教皇か、ないしは輝聖だと思う心構えで言葉を発するべし。無謬(むびゅう)の人を演じる事』

 

(じ、自分を王と思え? 出来るのかな、私に、そんな事……)

 

『一、主導権は必ず握る事。この戦において盟主(めいしゅ)はピピン公爵であるから、ファルコニア伯爵領軍、その他勢力に上に立たれてはならない。多少の無茶は構わないから、意地でも人に(こうべ)を垂れぬ事。時には怒鳴り散らすべし』

 

 クララは心優しい女子であるから、怒りで声を上げた経験などはない。

 

『一、何か言葉を発する時は、5秒程待つ事。沈黙を恐れぬ事』

 

(これには何の意味があるのだろう?)

 

『一、一番槍は絶対に譲らぬ事。銃での威嚇でも良いから、敵に対する始めの攻撃はクララが率いる兵である事』

 

 約束事は以上のようである。次に記されるのは、マスター・アーノルド、即ち『四の城』を釘付けにする具体的な策。

 

『一、事前に陥穽(おとしあな)などの罠を張り巡らせるべし。その後、侮辱と挑発を用いて敵兵を城より誘き出す事。なお、流儀はファルコニア伯爵領軍に(なら)う事』

 

 以上である。

 

(それ、だけ……? 落とし穴って、あの子供が悪戯(いたずら)でやるような、アレ?)

 

 となると、荷にあった大量の土色の布は穴を隠すためのものだろうか。その他にも、樽詰(たるつ)めされた松脂(まつやに)魚油(ぎょゆ)なども積み込まれていた。どちらも灯りに使うが、魚油は臭いからして多分鯨油(げいゆ)で、これは薬としても使う。他の素材と混ぜて水薬(ポーション)にすれば関節痛に良く効く。ただ、それぞれ随分と量が多く、疑問に思っていた。これらも罠として使用するのだろうか。

 

「城攻めについては本当にこれで終わりなんだ。拍子(ひょうし)抜けというか、不安と言うか」

 

 具体的な策は一つのみ。というよりも、策なんかよりも身の振り方に気をつけろ、とでも言いたげである。

 

 そして末文、

 

『万が一、敵兵に青い髪の隻眼(せきがん)の戦士がいれば、討ち取らずに捕虜にして欲しく思う。初陣(ういじん)で余裕のない中、誠に頼みずらい事だが、海聖一生の頼みと思っていただきたく、宜しくお願い申し上げる。謹言(きんげん)

 

 クララは呟く。

 

「青い髪の隻眼の戦士……」

 

 腕につけた乳白色の腕輪(バングル)が、きらりと光った気がした。

 

 □□

 

 クララは鏡片手に『不機嫌な面』の練習をし、その答えが何となく見つかった頃に隊は再出発した。移動中、クララは老齢の兵にマリアベルの文について相談をする。

 

「なるほど。策については簡単に記してあるだけで、己の在り方が殆どであったと……」

 

 老兵はネイサン・デイビーズと言い、ロック卿が信を置く男で、元は文官であった。齢50で(らい)の毒に(おか)され軍務を離れる。今はデュダで代書人の仕事をしていた。本隊に組み込まれる予定だったが、ロック卿の(はか)らいによってクララの隊に組み込まれた。

 

「人の上に立つ者、人の上に立つ器量がなくば、人の上に立てぬ……、という事ですかな。外面(そとづら)だけでも(つくろ)え、とマリアンヌ殿は仰せなのでしょう」

 

「ハッタリ、という事でしょうか」

 

人心掌握(じんしんしょうあく)()いては一番重要な事でありましょう。今から合流する軍は、百戦錬磨(ひゃくせんれんま)のファルコニア伯爵領軍。そんな彼らが1人の将の下に一丸(いちがん)となれば、城を相手取るのも難しい話ではない……、とお思いなのやも知れませぬ」

 

 クララは馬上、不機嫌そうな面構えをもう1度練習する。上手くできているだろうか。

 

「やれやれ。しかしファルコニアの御仁(ごじん)達が手伝ってくれるよう、マリアンヌ殿が計らっていたとは……。まるで元々挙兵に及ぶことを見越していたようなご様子。いや、もしや挙兵に及ばせるよう仕組んでいたのだろうか。とにかく、騎士達に知られたら不信を招きかねまい」

 

「あー……、あはは……」

 

 不機嫌な面を崩して、愛想笑いをする。

 

「して、クララ殿はファルコニア伯爵領軍について、どれ程ご存知か」

 

「実はあんまり……」

 

「ファルコニア伯爵領軍は、それはそれは野蛮な軍団でありまする。顔に自らの血を塗りたくり、戦場を駆け回るのです。如何(いか)に強力な魔物が相手であろうと、物怖じ1つせず、存分に殺戮(さつりく)を楽しむと聞きまする。そして打ち倒した者の頭を槍に刺し、朝まで踊り狂う。相手が亜人(ゴブリン)であれば、その首を。相手が野盗であれば、その首を」

 

 クララは目を丸くした。そんな野蛮人達を率いて戦えと言うのか、聖女は!

 

「そして彼らの主人、ファルコニア伯爵は素手で敵を引きちぎり、脳を喰らって、その頭蓋(ずがい)に葡萄酒を入れて味わうのだとか」

 

「わっ、私もそういう事をするべきなのですか⁉︎」

 

「いやいや、流石に戯言(ざれごと)の部類かとは思いますが、そうした風説の絶えぬお方とお思いなさいませ。さて、陣にいるであろうウィリアム殿はその御子息(ごしそく)という事だから、果たしてどんなものか」

 

 クララは恐ろしくなって来て、また不機嫌な面構えの練習に励んだ。ムッとしてみたり、キッとしてみたり、馬上でひたすらに表情を変え続ける。付け焼き刃でも良いから、今できる最大をやらねば、頭蓋に葡萄酒を注ぎ込まれるかも……、知れない。

 

 午後9時。練習のしすぎで頬に痛みを伴ってきた時、ファルコニア伯爵領軍の野営地を目視。山と山の間、比較的開けた場所にそれは存在した。奇襲のために潜んでいるから、篝火はなく、静かに、ひっそりとしている。

 

 クララは坂の上から野営地を見下ろし、胸に手を当てて深呼吸をする。この中に入れば、もうクララはただの少女ではない。無謬(むびゅう)の人なのである。

 

「さて、準備は宜しいですかな?」

 

「はい。行きましょう」

 

 坂を下り、丸太で簡易的に作られた門の前で停止。老兵ネイサンが声を上げる。

 

「門を開けよ! 神に祝福されしピピン公爵領軍である! 貴殿らと合流しに参った!」

 

 門番がじろりとクララを見た。クララは鋭い目つきを作り『早く開けろ』とでも言うように睨めつける。それで門番はようやく動き出し、門を開けた。

 

(普段の私だったら舐められて、開けて貰えなかったのかも)

 

 クララはソロモンの腹を軽く蹴り、前進。その後をぞろぞろと兵達が続いた。

 

 野営地内、(いかめ)しい兵らにジロジロと見られながら進む。どうやら女が先導しているのが珍しいようであるし、それが気に入らないようでもあった。殺伐(さつばつ)とした空気がクララを息苦しくさせる。

 

 クララは不安に思ったが、決してそれを顔には出さないよう努力した。ソロモンだけはクララの苦労を察して『頑張れ』と尾っぽをぶんぶんと振った。

 

 進んでいると、1人の兵がにちゃにちゃと下品な笑みを浮かべて付き纏ってきた。その男、随分と本数の少ない歯と、腐って黒くなった歯茎を剥き出しに笑いながら、クララの顔を覗き見る。

 

(え……。怖い……)

 

 クララ、気づく。その男、どうやら勃起(ぼっき)しているようである。頑張って無視をする。すると男は、()()を取り出し、クララの顔面を見つめながら自慰(じい)を始めた。

 

(あー、無理かも。怖い怖い怖い)

 

 それでもクララは物怖じする事はなかった。一応、表面上は。

 

(──聖女さま、ここはとんでもない所ですッ! リアンさん、本当に私が適任なのですかッ⁉︎ 聖女さま、リアンさんッ! 代わってくださいっ! 今すぐに代わってくださいッ‼︎)

 

 クララ・ドーソン齢16歳。未だかつてない最大の試練、その幕が開けた瞬間であった。

 

 □□

 

「ここが本陣にございますな」

 

 本陣の前で下馬。クララと老兵ネイサンのみで天幕(テント)の中に入る。

 

 中は眩しい。火が焚かれていて、むわっとして暑い。酒の臭いと男の臭いが強烈。()れた布切れのような臭いまでして、目頭が締め付けられるように痛んだ。

 

 中央の机を男達が囲んでいた。それらが一斉にクララを睨みつける。心の内では気圧(けお)されたが、クララは堂々とした態度で彼らを見回した。

 

 男達の中の1人が静かに立ち上がる。そして歓迎するようにして腕を広げながらクララに近寄った。

 

「やあやあ。もしや聖──、いや、マリアンヌ・ネヴィルの(つか)わした兵ですか?」

 

 仮面のように笑顔を貼り付けた男であった。にまにまと笑んでいるが、その黒く塗りつぶされたような瞳は一切笑っていない。灰色の髪に白い肌。歳は少なくともクララよりは上で、もしかしたらマリアベルよりも上かも知れない。他兵士に比べて細身(ほそみ)、文官や学者のような出立(いでた)ちであった。

 

「クララ・ドーソンです」

 

「ドーソン……?」

 

 男は笑みのまま固まる。

 

「ふぅん、海聖め。面白い」

 

 周囲に聞こえないくらいの声で呟くと、彼は右足を下げ、右手を体に添え、丁寧に頭を下げる。

 

「僕がウィリアム・ヴァン=ローゼスです。お見知り置き下さいませ」

 

 クララはやはりこの男が、と思う。マリアベルから聞いていた通りの雰囲気だ。どうやらマリアンヌの事を聖女と言いかけた気がしたから、内情もある程度は知っているようである。

 

丁度(ちょうど)よう御座いました。今より戦況(せんきょう)を最新のものに改めようと思っていた所です。マリアンヌより明後日の明け方に城を攻めろと沙汰(さた)もあったのですが、(いささか)か貴殿ら到着の様子がなく、我らだけで始めようと思った次第。さあ、こちらへ。近習(きんじゅう)の方も」

 

 クララは机に目を映す。が、クララとネイサンの分の床几(スツール)はない。

 

(多分これ、余所者は立って見ておけっていう(ほの)めかし……。これを呑んだらいけない)

 

 じっとウィリアムを見つめ、5秒待って口を開く。

 

「椅子を用意なさい。我々に立ち聞きせよと言うのですか」

 

「はて……?」

 

 また5秒待って、言う。

 

「もう一度言います。椅子を用意なさい」

 

 ウィリアムはクララの妙な間に言いようのない圧を感じた。思慮(しりょ)深くも思えるし、(きも)が据わっているようにも思える。とにかく、その物怖じしない様子に少し驚き、まずは素直に応じる事にした。……余所者に大きな顔をされるのは(しゃく)なので、面目(めんぼく)を潰したかったのだが。

 

「おっと。これは迂闊(うかつ)でした。お詫びいたします。誰か、椅子を出して差し上げ──」

 

「今一度、心得て頂きたい。此度(こたび)の戦、盟主(めいしゅ)はピピン公爵閣下(かっか)です。(すなわ)ち、この戦はピピン公爵領軍のもの。恩賞(おんしょう)も公爵より(たまわ)る。ここでは私の存在があって、初めて事が動く。()()()()()、お立場、ゆめゆめお忘れなきよう」

 

 老兵ネイサンはクララが言い過ぎたような気がして肝を冷やした。それで、ちらりと彼女の顔を見るが、その冷徹(れいてつ)な面構えからは普段の優しげな気配は失せていた。上手く芝居をしている。

 

 騎士の1人が立ち上がり、クララに詰め寄る。

 

「なんたる物言い。(また)の毛も生えん小娘のくせに、我らに指図(さしず)するか!」

 

「まあまあ」

 

 ウィリアムはぬるりと瞳だけを動かし、騎士を見遣ってそれを制し、笑みを貼り付けたまま続ける。

 

「クララ殿の仰る通りだ。我々に瑕疵(かし)があった。非礼を詫びよう」

 

 その時、天幕の入り口が開いた。松明花(ベルガモット)(かぐわ)しい香りがふわりと香って、クララは振り返る。

 

 そこには美しい女性が立っていた。歳はウィリアムと同程度か。ややうねりのある明るい金の髪は腰までと長い。真っ黒なドレスに身を包んでいて、それは()に服していることを意味した。瞳の色は藍緑色(ターコイズ)

 

(リアンさんの瞳の色に似ている……)

 

 そう感じたと同時、ウィリアムが言う。

 

「これはこれはソフィア殿()()。自ら御出陣で有らせられますか」

 

 クララの中で時が止まった。

 

(──ソフィア?)

 

 蘇る記憶。それは聖フォーク城の謁見室。ロック卿の報告、太く大きな声。

 

『王族の動向は以下の通り。第一王子エリック、不明。一節前より姿を現さず。第二王子アンドルー、不明。第一王女リリ、不明。()()()()()()()()()()()()。仔細は分からぬが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。第三王子リアン、不明。第四王子アーサー、不明。王の子らについては、無事を確認できるのは第二王女ソフィアくらいである』

 

 一語一句思い出した。

 

(聞いてないですって、聖女さま……)

 

 クララは澄ました顔のままであったが、顔から下は汗が吹き出て、風呂にでも入ったかのようになっていた。老兵ネイサンも目を丸くし、動揺を隠せない。

 

「当然、私も出陣する。父上を殺した簒奪者(さんだつしゃ)がどのような者か、見届ける義務があろうというもの。どんな相手であろうと、私の手で首を()ねたい。決して邪魔をしてくれるな」

 

(聞いてない聞いてない聞いてない……)

 

此度(こたび)の戦は私が指揮を取る! 全員席につけッ!」

 

(──王女が居るのは聞いてないですって、聖女さまっ!)

 

 クララは腹が痛くなって来た。

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