不良聖女の巡礼   作:Awaa

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試練(中)

 

 ソフィアはアルベルト二世と、亡き王妃(おうひ)アデレードとの間に生まれた子である。(よわい)寒露(かんろ)の節で23となる。

 

 王が弑逆(しいぎゃく)された日はファルコニア伯爵領に外遊中(がいゆうちゅう)であり、主な目的としては鉱山の視察であった。小規模ではあるが王室領で金が出た為、宝石の出る山を多く有する伯爵領に知恵を借りようとした。王女でありながら自ら率先して行動に移すあたり、ソフィアという女は生真面目で実直であった。

 

 王の死の報を受けた後は寝込み、暫しの間は人と会おうともしなかったが、ファルコニア伯爵領が兵を動かすと聞いて跳ね返ったように(いさ)み、今は自らの手で簒奪者(さんだつしゃ)を討つのだと執念を燃やしている。

 

「ソフィア殿下。こちらはピピン公爵領から来たクララ殿です。身分は……将、で宜しいですかな?」

 

 ウィリアムの問いに5秒待って答える。

 

「お初に御目文字(おめもじ)(つかまつ)ります。クララ・ドーソンと申します」

 

 間を入れたことで、焦ってわたわた言わずに済んだ。

 

「将? ふんっ。小娘ではないか」

 

 ソフィアは値踏みするような眼差しで、しげしげとクララを見る。

 

「……精々(せいぜい)よく働きなさい」

 

 そう言ってソフィアは卓の上座(かみざ)、即ち戦を取り仕切る将が座るべき床几(スツール)へ寄った。

 

(あっ……!)

 

 クララは焦った。あの場所で構えられては、それはもう、主導権を握られてしまうということ。まずい、筋書き(シナリオ)から外れる。マリアベルの文は絶対。あれはクララ・ドーソンの原典。筋書きに沿わねば、何が起きるか分からない。

 

 でも、王女に対しなんと言う? 座るなと言う? 言葉遣いはどうしよう? 強めに言って退()かせるか──、いや、膝を立てて丁寧に申し上げるべきか? いやいや、走って床几(スツール)を奪う、とか。

 

 ダメだ。迷っている場合じゃない。とにかく何でもいいから、今、行動を起こさねば。

 

「──待ちなさい」

 

 クララは静かに、強く言った。その場にいる全員が声の主に注目する。

 

此度(こたび)の戦、ピピン公爵より将の役目を仰せつかったのは私です。たとえ王族とて、軍律を違反する事は成りませぬ。どうか、お控えくださいませ」

 

 隣に立つ老兵ネイサン、老いて細くなった毛を一気に逆立てる。なんたる無礼な物言い! 

 

「何……?」

 

 ソフィアがぴくりと眉を動かし、動きを止める。そして眉根を寄せてクララを睨んだ事で、天幕内部の空気が一気に冷え込んだ。王女の近習(きんじゅう)も、その場にいるファルコニア伯爵領の騎士も、みな怪訝(けげん)な顔をしている。

 

 徐々に静けさは凶器の域にまで達して、ネイサンは耳鳴りまでして来た。涼気(りょうき)が足元に(ただよ)っている気もするし、あり得ぬ事だが、時の流れも遅くなった感覚がある。

 

「お前、名はなんと言ったか。もう一度申せ」

 

「クララ・ドーソンと申します」

 

 クララは気丈(きじょう)に言うが──。

 

(──どうしよう。どうしよう。どうしよう!)

 

 脳内は混乱。ソフィアの動きを止めたは良いが、これ以上の策はない。

 

(いや、後悔しても無駄だ。こうなれば、死ぬ覚悟でやるしかないんだ。見た事ないけど、なんとなくの輝聖の雰囲気で、最後までやり切ってやる! 頑張れ、クララ・ドーソン。私なら、出来る!)

 

 拳を強く握り、自らを(ふる)い立たせる。もし無礼がすぎて処刑となれば、マリアベルを呪って黄泉(よみ)に引き摺り込もう。自棄(やけ)のやん(ぱち)日焼(ひや)けの茄子(なすび)

 

「そうか、クララ・ドーソン。ならば次に、この私の名を申してみよ」

 

「ソフィア殿下に有らせられます」

 

「うん、わかっているのか。物狂い(きちがい)ではないようで安心した。謝るなら今だぞ」

 

「そこは、ソフィア殿下の座るべき場所では御座いません。私の椅子です。()()()()()()()()()()()()

 

 この場にいる全員が息を呑んだ。そして誰もが心の中で叫ぶ。王族に対し身分を(わきま)えろとは、思い違いも(はなは)だしい! 無礼千万である!

 

「ふっ……」

 

 ソフィアが息を漏らす。

 

「ふふっ。ふふふ……」

 

 そして肩を縦に揺らして笑う。

 

「ほうほう、成程(なるほど)。ふふ……」

 

 全ての騎士達は固唾(かたず)を飲んでソフィアを見守っている。

 

「クララ・ドーソン。其方(そなた)、随分と偉い将のようであるな……。ふふっ……」

 

 ソフィアは突然床几(スツール)を激しく蹴り飛ばし、怒りのままに叫ぶ。

 

「身分を弁えるのは貴様だ、クララッ‼︎」

 

「──王室育ちの貴女(あなた)に何ができるッ!」

 

「なっ、なに……⁉︎」

 

「私はドーソン家の人間です。領を失った! 戦場の恐ろしさは身に()みて理解しているつもりだ!」

 

「だからどうしたッ!」

 

「これより先は国の命運を分ける大戦(おおいくさ)。それを温室育ちの貴女に背負う事が出来るものか!」

 

「わ、私にも考えがある! 勝利に導く策がある!」

 

「では、お聞かせ願う!」

 

「か、考えておると言うておろうにッ! 無礼であるぞッ!」

 

「すぐに言い返せないとは、なんと無様な! 浅瀬(あさせ)仇波(あだなみ)とはこのことか!」

 

 水深が深ければ大した波は立たぬが、浅瀬になると小さな波も激しく立ち騒ぐ。つまり、思慮(しりょ)の浅い人間ほどあれこれと(やかま)しく騒ぎ立てるという事をクララは言いたいらしかった。

 

「なっ……⁉︎ あっ、浅瀬に仇波……!」

 

 ソフィアは目を白黒させて蹌踉(よろ)めく。ここでついに、ソフィアの近習2人が剣を抜いた。

 

「貴様ぁ! 黙って聞いていればッ! 殿下に対して無礼が過ぎるわッ!」

 

「その首、()ね飛ばすぞッ‼︎」

 

 しかしクララは物怖(ものお)じしない。

 

「私を殺せば国は滅びるッ!」

 

 クララは極度の緊張が転じて興奮状態にあった。興奮は恐怖心を失わせるから、もうこの時点でクララに怖いものはない。剣も恐れず、立て続けに怒鳴りつける。

 

「殿下に戦わせれば一生の笑いものになるぞッ! 近習ならば不憫と思えッ! 小手先では導けない! そこ退()けぇッ!」

 

 ソフィアは顔を真っ赤にして、ギリ、と歯を食いしばった。隣に立つ近習には、その目に涙が滲んでいるように見えた。

 

 この近習は直参(じきさん)の騎士であり、名はパウエル・ローグと言った。彼はソフィアが10の歳から傅役(もりやく)を務めていて、ソフィアが父を愛していた事を知っていた。アルベルト二世も、嫁に出すだけの次女ソフィアには特別優しかった。

 

 だからソフィアの涙を見た時、パウエルは胸が裂ける思いがして、剣を抜いたままクララに迫った。

 

「ええええいッ‼︎ この小娘がッ‼︎」

 

 ──血が流れる。誰もがそう思った。

 

 これには、ファルコニア伯爵領の騎士も、老兵ネイサンも焦って止めに入った。近習達の腕を掴み、力づくで抑える。

 

辛抱(しんぼう)お頼み申す! 辛抱お頼み申す!」

 

「黙れッ! その細い首を掻っ切ってくれるわ!」

 

「ならぬ! それだけはならぬ! お気持ちは分かるが、ここはお控えあれ!」

 

「斯様に無礼な女、初めて会うた‼︎ 到底許す事できぬッ!」

 

「辛抱お頼み申すッ!」

 

 ネイサンも声を上げる。

 

「ええいッ! (わし)は公爵閣下より軍目付(いくさめつけ)を仰せつかっておる! この場は儂が貰い受けるッ!」

 

 だが、クララは追撃した。走り出した戦車(チャリオット)は急に止まれないのだ。

 

「戦場の道義を弁えよと、その世間知らずに言っているのです。目付役(めつけやく)の出る幕ではない! しゃしゃり出るなッ!」

 

 この言い振りには我慢ならず、ネイサンも言い返した。

 

「だから、其方(そなた)もお控えあるべぇしッ‼︎ 殿下にも面目があり申すッ‼︎」

 

「くどい! 良いからそこ退けぇ‼︎」

 

 2人の気迫に、何人かの騎士は口を開けて黙った。ウィリアムに付いている小姓(ペイジ)などはどうしたら良いか分からず、右往左往(うおうさおう)している。

 

「もうよい」

 

 その時、ソフィアが小さく言った。

 

「そこまで言うなら、お前に任せようクララ・ドーソン」

 

 そして鼻を(すす)る。

 

「行くぞ」

 

 ソフィアは近習を従えて、天幕の外に出ていった。

 

(……泣いてた?)

 

 クララは気がつく。今、ソフィアの目に光るものがあった。もしかして、言い過ぎてしまったのではないか。いや、もしかしなくても言い過ぎた事は確かだし、(むし)ろ意図してそうしたわけであるが、このようにしおらしい態度を取られると、心優しいクララは気になった。罪悪感と後悔で、胸がきゅうと締め付けられる。

 

 老兵ネイサンは大きく息を吐く。そして、今の数分で3つほど年を重ねたであろうと、自らの苦労を慰めた。

 

 騎士達が安心して、それぞれ思い思いの言葉を漏らす中、ウィリアムはにまにまと笑みを浮かべて呟いた。

 

「クララとやら、凄まじい気迫だったな。(めと)るか」

 

 隣にいた小姓(ペイジ)が聞き返す。

 

「は? 今、なんと?」

 

「惚れた」

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