不良聖女の巡礼   作:Awaa

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約束

 

 ローズバレーに布陣したリューデン公爵領軍は敗走、そうしなかった勇敢な者は駆逐(くちく)された。禁軍も布陣していたが、味方の旗色が悪いと見ると王都方面に撤退。結果、ピピン公爵領連合軍は戦いを制した。そしてロック卿は閃光弾を宙に放ち、散らばった自軍を集結させた。

 

 マリアベルは大白亜を見上げた。岩肌が剥き出しになった禿山の、決して高くはない山頂に建つ大聖堂が、(あかつき)の光を浴びて神々しく輝いている。その山の麓、アルジャンナの街の外には禁軍で成る防衛隊が横陣(おうじん)で立ち塞がっていた。

 

「さて、どうする。簡単には入山できまい」

 

 ロック卿の問いに、マリアベルは言う。

 

「見るに、たかだか一(りょ)(500人)程度。一揉みに揉み潰せます。陣を改めたら突撃を」

 

 言った所で、慌ただしく伝令が駆け寄ってきた。その伝令は随分と青い顔をしていて、マリアベルはその様子に一抹(いちまつ)の不安が(よぎ)った。

 

「……申しなさい」

 

「はっ。大白亜に進軍中の輝聖およびマール伯爵領軍が戦闘状態に入れり!」

 

「その相手は」

 

「──教皇旗を掲げた正教軍、(およ)そ一師(2500人)! 教皇ヴィルヘルム・マーシャルが輝聖に対して奇襲を仕掛けました!」

 

 マリアベルは目を見開く。一方でヴィルヘルムの目論見(もくろみ)を知らないロック卿は、(いぶか)しんで眉根を寄せた。

 

「ヴィルヘルムだと? 教皇が軍を率いて、輝聖に攻撃を仕掛けていると申すか?」

 

 ややあって、マリアベルが言葉を発する。額に手を当て前髪を押し上げ、その声は僅かに震えていた。

 

「そうか……。そうだったんだ……」

 

「何ぞ申せ、マリアンヌ。何か分かったのか?」

 

「ヴィルヘルムは王の死で国が乱れている間は、気配を殺して忍んでいたに過ぎない。輝聖や、輝聖に(くみ)する勢力の動きを待っていたんだ。そして、密かに軍を動かし、(きた)るべき時に備えていたらしい……」

 

 深く息を吐いて、続ける。

 

「正教会にとっては簒奪者(さんだつしゃ)も光の聖女も全て敵。正教会に(あだ)なす勢力は十把一絡(じっぱひとから)げに葬り去るつもりだ……」

 

 マリアベルはヴィルヘルム・マーシャルという男の実力については良く知っていた。

 

 彼は正教軍の大元帥(だいげんすい)。しかも政治的な手腕を買われたのではなく、実力を買われて軍部の長となった。それが齢34の頃の話で、通常大元帥は齢60半ばで任命される事が多いから、ヴィルヘルムは異例の若さで軍部の頂点に立った形である。

 

 ヴィルヘルムは様々な策を用いて、魔物や賊軍から国を護って来た。状況に囚われすぎず、時には柔軟な発想で勝利を掴んで来た常勝(じょうしょう)の将である。今では兵法(ひょうほう)の教典に記されるような(けい)も、ヴィルヘルムが初めて用いたものも多い。──海聖にとって、己よりも遥か上を行くと認める存在は2つ。実戦ではリトル・キャロル。軍師としてはヴィルヘルム・マーシャルである。

 

 迂闊(うかつ)だった。簒奪者という見えている敵を意識しすぎた。もっとあの盲人(めしい)には注意するべきだった。……いや、頭の片隅にはあったが、南方にいるはずの男が大胆に攻撃を仕掛けてくることの可能性を軽視していた。

 

「確かに正教会は輝聖の顕現(けんげん)に対して沈黙を続けているが、なぜ輝聖を攻撃……」

 

「──あの男は神となろうとしている」

 

「神に……」

 

 伝令が言う。

 

「正教軍はこちらにも兵を差し向ける様子。あまり猶予はありませぬ」

 

 ロック卿は辺りを見回した。この戦いは圧勝したと言って良いが、それでも無傷とはいかなかった。矢を受けて傷ついた兵もいれば、体力を失って足元も覚束(おぼつか)ない兵もいる。術師が手当を行っているが、全快は厳しいだろう。果たして、もう一度戦えるかどうか……。

 

 マリアベルが問う。

 

「輝聖は、無事なのですか」

 

「はっ。輝聖は部隊を離脱、大白亜に向かっている模様──」

 

 しかし、言っている途中で新たなる伝令が横入りした。

 

「も、物申す! 物申す!」

 

 その伝令も青い顔をしていた。マリアベルは震える瞳でその者を見返した。心の中で『これ以上はやめてくれ』と祈りながら。

 

「三の城からウィカー伯爵領軍騎馬隊および、歩兵一師が出撃! こちらの(はかりごと)が暴かれ、今にローズバレーに達する次第! 迎撃の準備を!」

 

 ロック卿が息を呑む。

 

「いつかは気づかれると思ったが、なんとも間が悪い……!」

 

 馬上、マリアベルは目を見開いたまま言う。平然を装ってはいるが、息は荒かった。

 

「速やかに陣を整え──いや、この際、不完全でも構わない! 即座に大白亜へ突撃! アルジャンナの守備隊を撃滅し、入山する!」

 

 マリアベルの考えはこうである。即座に簒奪者を討ち、戦の大義名分を失わせる。その後は籠城し、正教軍と戦闘。

 

 輝聖は大白亜に向かっている。彼女が来るまでなんとか耐え忍び、信じて待つ。そして輝聖と自分で協力し、正教軍に打撃を与える。正教軍の被害が無視できない程になった時に、休戦を持ちかける。大白亜を輝聖に明け渡させ、教皇は王都に引いてもらうのだ。

 

 とにかく今は入山(にゅうざん)する事が肝要(かんよう)。街に禁軍が詰めているだろうが、そこは真っ向から戦う。数の不利は市街戦では帳消(ちょうけ)し。個々人の実力で挽回できよう。徴収兵には冒険者もいるはずだから、彼らを軸に攻め方を組み立てれば、(ある)いは。練度の低い正規兵は……、ええい、後ろに下げて援護に回すか。

 

 とにかく、このまま三の城の兵と正教軍に挟み撃ちされるのは避けたい。もう、我々には入山しかない。入山しかないのだ。

 

「──待て、マリアンヌ。何か出てきたぞ、アルジャンナの街から」

 

 マリアベルは顔を上げ、その方を見た。聖都アルジャンナの街、守備隊の前に無防備の人間がずらりと並び始めている。老若男女入り乱れているようで、とても兵とは思えない。 守備隊は彼ら彼女らを剣や銃で脅し、時に蹴りながら、並ばせている。

 

 マリアベルの頬に、冷たい汗が伝う。

 

「民だ。民を壁にしているんだ……」

 

 恐らく、禁軍は周囲に転々する集落の民達を、アルジャンナに避難させていた。──万が一の時に盾として用いるつもりで。

 

「守備隊を……、守備隊を指揮しているのは、誰……?」

 

 ロック卿は伝令が持っていた双眼鏡を借りて、目を細めてそれを覗いた。

 

「……良い身のこなしをした、巻き髪の男か。見た目は文官の様ではあるが、一見して気障(きざ)な雰囲気。誰かまでは分からぬ。今、少女を蹴り上げて並ばせた」

 

「間違いない。モラン卿だ……」

 

 ゾッとする。特徴を聞いただけで、内から嫌悪感が膨れ上がり、胃液を押し上げるようであった。

 

 ふと下から冷気が(のぼ)ってきた気がしたので、恐る恐るその方を見る。跨る馬の足元に魑魅魍魎(ちみもうりょう)の手が絡んでいた。それらは『民ごとモラン卿を殺せ』と(うめ)いている。マリアベルだけに、そう聞こえる。

 

「嫌……」

 

 焦燥(しょうそう)と恐怖。自分が自分で無くなる感覚がある。

 

 確かに彼らを殺して街に入るのが得策。でも、あの民は何の罪を犯したわけでもない。下品な策を講じるモラン卿によって、盾にされているだけだ。彼らを殺してはならない。

 

 ならばどうする。迂回して大白亜に入れる場所を探すか。だめだ。時間がない。それまでの間に三の城の連中が攻めてくる。正教軍だっていつ現れるか分からない。急がなければならない。──何も考えられなくなってきた。

 

 歌が聞こえる。民達が聖歌を歌い始めた。1人1人が、両手を組んで祈っている。盾にされている現状を嘆いて、神に助けを求めている。涙を流す者もいるし、恐怖で立っていられない者もいる。赤子を抱きしめる女も。

 

 彼ら彼女らの健気(けなげ)な様が、さらにマリアベルを苦しめる。魑魅魍魎の手は、既に白馬を覆ってしまって、マリアベルの腹を撫でた。

 

「──!」

 

 民の盾の前に1つの騎馬が出てきて、マリアベルは小さく首を横に振った。その者、青い髪の、眼帯をつけた男だった。その男はどうやら守備隊の人間ではないようで、ローズバレーで戦っていた兵の1人らしい。

 

 男は剣を抜き、こちらを真っ向から見据える。民が盾となっている事を(うれ)い、たった1人で彼らを守ろうとしているようだった。

 

「なんと、敵にも良心のある者がいるようだが……」

 

 マリアベルの目からは、涙がさらさらと溢れ落ちていた。……分かる。分かるのだ。あれは間違いなく父エドワード・デミである。

 

「──突撃準備しなさい」

 

 ロック卿は目を見開き、聞き返す。

 

「何?」

 

「もう時間がない。突撃準備をしなさい。民の壁は民の壁と思うな。あの騎士は良心の騎士と思うな。歯向かうなら殺しなさい」

 

 魑魅魍魎の手はマリアベルの背中を指で掻く。胸を優しく触る。『決断しなくては味方が死ぬ』『輝聖が大事ではないのか』『このままでは憎いモラン卿まで逃す』と耳元で(ささや)いている。

 

「民がおるぞ。あれは恐らく、なんの罪もない民である!」

 

「構わない」

 

「いや、それだけはならぬ。今一度策を(こう)じる必要があろう!」

 

 周囲に集まって来ていたホルスト卿を含む他の騎士達も、不憫な民達を攻撃するのには抵抗があった。だから、口々に考えなおせと声を上げた。

 

「構わないと言っているッ‼︎ いいから早くッ‼︎ 死にたいのかッ‼︎」

 

 涙を散らしながらマリアベルは怒鳴る。

 

「あなたたち、死んでもいいの⁉︎ 輝聖が討たれても良いの⁉︎ 輝聖はこの世界を救うッ! 最大の正義だッ! あの民達と、あの騎士には、輝聖ほどの価値はないッ‼︎  私たちは輝聖の為に最後まで戦わなくちゃいけないッ‼︎ だから、私たちが今死ぬことは許されないんだ! そんなことも分からないのかッ!」

 

 言って頭を掻き(むし)る。魑魅魍魎の急かす声が(うるさ)くて、何も考える事が出来ない。

 

『──輝聖を助け、輝聖に認められたいのでしょう?』

 

 脳内に少女の声がしていた。6本の指が、そっと背中に触れる。

 

『大丈夫。罪のない人間を殺したところで、あなたは聖女。何をしても許される。誰もあなたには逆らえない。あなたは輝聖の為に戦い、幸せになる。──あなたはあなたの幸せの事だけを考えていればいい』

 

 ぎゅうと目を瞑る。血の海の中で絶えるキャロルの姿が見えた気がした。そこにはリアンもいて、パトリシアもいる。もちろん、月白(げっぱく)腕輪(バングル)をつけたクララも無惨な姿で倒れていた。

 

「あの民達は人と思うなッ! あの騎士は人と思うなッ! 輝聖や私の命に比べれば、(ごみ)に等しいッ‼︎ 私は軍師だ! 味方でも、歯向かう者はここで叩き切るッ!」

 

「狂うたか、マリアンヌ! 焦るべきではない! 諦めずに、今一度……ッ!」

 

 他の騎士達も『それだけはならない』と言葉を強める。彼らが教皇領まで参じたのは、主人(あるじ)パトリシアの為、そして何より誇らしい騎士となる為。不憫(ふびん)な民を殺す為ではない。

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇ‼︎ もう答えは出ているッ! 早く突撃の準備に──」

 

 マリアベルは殺気に気がついて、言葉を詰まらせた。振り返るとそこには、駿馬(しゅんめ)で戻ってきたリアンが銃口を向けて立っている。その(かたわら)にはパトリシアが立ち、不安げな顔をしていた。

 

「その命を撤回してください。──さもなくば、僕はあなたを殺す」

 

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