20秒に一回ほど、切り裂くような風が吹いた。それは荒々しく巻いて、リアンの体に雨を打ちつける。ひどく痛い。こんなに強い雨は今まで経験した事がなく、陸で溺れそうになる事なども初めてだった。
雨風に耐えながらリアンは顔を上げ、
『リアン、リアン……』
王の声が頭の中でこだましている。違う、王の声だけではない。様々な人の声がリアンを呼んでいた。恐らくは王の霊が、雑多な霊を呼んでいるのだろう。
風が木々を激しく揺らす。空に稲光が走り、影が浮き出る。正確に言えばそれは、影──のようなもの。夜の海の色をした、ねっとりとした
音が降りてくる。
『
『──次なる王は必ず殺せ』
あの時と同じ、呪いの言葉が聞こえる。
『これはこの国の為。そしてお前の為』
何度も繰り返される。
『次なる王は必ず殺せ。次なる王は、必ず……。必ず……』
リアンは舌打ちをして、呟く。
「
ついに庭園へと辿り着く。自然の野を真似た様式で、人工の泉が見えた。植物園を兼ねているから、要所にさまざまな色の花が咲いている。
そして、リアンは見つけた。庭園の中央にある巨大な
肩と右脚に小さな矢が刺さっている。これはボウガンに使用する
「第一王子エリック。そこで何をしているのです……」
呼びかけられてエリックは顔を上げた。月が雨雲に隠れても、毒がまだ体の中に残っているのだろう、体に力が入らないようだった。
「誰かと思えば、リアン。お前か。運命とは数奇なものだな」
白く煙る雨の中、周囲には誰もいない。王子を守るはずの
「あなたが、王を
狂ったように稲光が空を走った。けたたましく鳴り響く雷鳴の中で、エリックはくつくつと笑い、苦しげな表情をそのままにリアンを見上げる。
「──リアン。お前は自分の人生が変わった日を覚えているか?」
「俺はよく覚えている。それは4年前の今日、
リアンに心当たりはなかった。
「そうか。覚えていないか。ならば仕方がない。俺にとっては重要な日でも、お前にとっては何の
そう淡白に言って、エリックは幹を背を預けながら、ゆっくりと立ち上がる。
「さて。何をしに来たんだ? 聞きたいことでもあるのか? 思えば、直接お前と話したことは無かったな。もっと声を聞かせてくれ。お前のことを知りたい」
リアンは念の為に
「あなたは王を殺して、その座を
エリックもまた腰に下げた剣を掴もうとするが、
「そうとも。狂った王より、俺の方が国を正しく導く事ができる。誰よりも迅速に、この国を正常に戻す事ができるんだ。だからそうした」
「やはり」
エリックが剣を拾おうと、ゆっくりと地に手を伸ばす。だがリアンはそれを拾わせまいと、刃を足で踏みつけた。剣を掴もうとした手は雨に滑って、それで
「なんだその足は。まさか俺を殺すのか。俺はお前の兄だぞ。血を分けた兄弟を殺すのかっ」
確かにリアンとエリックは血を分けた兄弟である。だが殆ど面識はなかった。エリックの言う通り、直接話したこともない。
しかし一切の関わりが無かった訳ではない。エリックは離れた場所からリアンに対し、様々な命を下していた。それは
雑用は多岐に渡る。例えば下男下女が行うような倉庫整理であるとか、書類整理であるとか、上げていったらきりがない。
稽古に関してはそう称しているだけで、その実態はリアンを痛めつける事が目的であった。侍従達は
一度、袋叩きの瞬間をエリックに見られた事があった。倒れて
正直に言えば、エリックに何故そこまで憎まれるのか分からない。今でもよく分からない。他兄弟からも軽い仕打ちを受ける事はあったが、エリックのそれは異常であったと思う。
「答えろ。リアン、お前は俺を殺すのか……っ?」
があという雨音が、王の言葉を蘇らせる。
『──城から追い出し、学園に行かせたのも本意に
月毒が脳に作用しているのだろうか。ぐわんぐわんと響きながら、王の言葉が続く。
『学園は正教軍が作った学びの園。神に
幻聴は
「リアン。お前は、お前は、俺を殺すのかぁッ! そうやって俺から全てを奪うのかぁッ!」
息を
「僕が、あなたから全てを奪う……?」
「そうだ、そうだとも。お前は俺の全てを奪っていく! お前はそういう存在であり、俺は奪われる存在として生まれてきた!」
「何を言って……」
「お前にはそこまでする権利があるのかぁッ!」
異様な怒りだった。顔は赤らみ、体は震え、歪んだ口は今にも火を噴きそうであった。
「あなたは王を弑した。報いを受ける必要がある。それを『奪う』と表現するだなんて、それはおかしい。悪には、必ず罰が下るのです」
「お前、今、罰が下ると言ったか。俺に罰が下るのか? それは誰が下す。まさか神か? 神リュカが罰を下すのか?」
エリックは怒りのままに土と芝を掴み、這い寄って、リアンの足首を掴んだ。
「
リアンは
「俺は祈った! 神に助けを乞うた! 毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩、寝台の上で祈った! だが神は何もしてくれなかった。だからだよ、リアン。だから俺は、俺の力で俺を救おうとした。そして俺が天下を手にし、同じように打ち
続ける。
「この俺が悪なのか⁉︎ 俺から全てを奪っていくお前こそが悪なんじゃないのか⁉︎」
「僕があなたの何を奪ったと言うんだ……!」
「お前がいなければ、こんな事にはならなかった! それだけが確かな事実なんだ。お前が存在していなければ父は王であり続け、俺は急いで王になろうとも思わなかった! 俺が悪である以上に、お前は悪であり、そして王は悪であった!」
「何が言いたいか、分からない!」
「なあ、リアン。悪ってなんだ⁉︎ 悪は誰が決める! 世の悪とは何か! お前は俺を悪だと言ったが、俺は世の中を良くしようとしている。聖女という
エリックはリアンの服を掴み、体を起き上がらせる。
「俺にとってはお前こそが、絶対的な悪なんだ。悪は、自分では悪とは気がつく事が出来ない」
そして抱きつくような姿勢となって、エリックは耳元で呟いた。
「なあ、リアン。──
風が強く吹き、稲光が走った。樫の木、揺れる葉の影に、王の姿。その青い瞳がリアンを見つめている。愛に満ちた目を見て、
何故第一王子エリックが王を弑し、神に裏切られたと
「まさか」
その声はひどく震えていた。
「──まさかあなたは、
背後にモラン卿が忍び寄るが、リアンは最後までそれに気が付かなかった。豪雨のせいだった。
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