リューデン公爵領西部は豊かな大地であるから、
──大人たちが食料を求めに街へと向かって1日が経った。なのに、誰1人として戻ってこない。
この場所には農村があった。だが、夜明けと共に
とにかく喉が
ならば草を噛んで水分を取ろう。しかし飛蝗の死骸を掻き分けて探せども、それも見当たらない。ついに少女は、飛蝗に
「やめておくんだな。俺も飛蝗を粉にして
太い声がして、少女は顔を上げた。
草を探すのに必死で気が付かなかったが、すぐ
「魔法で作った水が入っている」
男は竹の水筒を少女に放った。
「抵抗が無けりゃ飲むと良い」
人の魔法で作った水などは汗や
「勢いよく飲むと
「おじちゃん、貴族……?」
「まだ
「ありがとう」
「素直な良い子だ」
馬が不機嫌そうに尻尾を振って、ブルブルと鳴く。腹が減っているらしい。
「俺が貴族か貴族でないか。2
この男は、一見して
「馬が
「成程、それは恐れ入った。じゃあ俺は、この
「お兄さんは、誰なの?」
「名前か? ヒューバート・ダーフ」
少女は目を丸くした。ダーフといえば、リューデン公爵家の家名である。
「まあこの領じゃあ1番偉い貴族ということでやっている。暮らしが悪くても、革命とか考えないでくれよ。面倒事が嫌いなんだ」
□□
首都ニューカッスルの高台に
その城の
「領主になったのだから、ぷらぷらしてないで玉座に座れば
言って、その美女は机に体重を預けながら笑った。名をイザベラで元は
ヒューバートはイザベラに軽く口付けをすると、酒瓶を手に取って
「周囲の期待が重いのさ。真面目にやってたら潰れちまう」
ヒューバート・ダーフは前領主ワイリー・ダーフの長男である。
次男はフィン・ダーフ。禁軍の将であったが、
三男はバリー・ダーフ。
妹であり長女のグリゼルダもモラン卿の影響を受けて
「俺は俺だ。風が吹いて思うがままに歩き出す。偉くなろうと
一方でヒューバートはモラン卿の影響を一切受けなかった。というより、そもそも面識がない。
ヒューバートは
「それで?
ヒューバートは勝気な笑みを浮かべた。
「さてな。だが領内を見て回った事でよく理解出来た。やはり報告を聞くのと自分の目で見るのとでは印象が違うものだ。──やはり『火の鳥』は一筋縄ではいかない相手らしい」
イザベラは金銀の振り子時計を
その時。扉を叩く音が聞こえて、中に入ってきたのは使用人であった。
「王都から荷を乗せた商隊が戻って参りました」
ヒューバートは商隊を王都に向かわせ、食料を買いに行かせていた。
「何台の馬車が野盗に奪われた」
「1台も奪われなかったように御座います」
珍しい事だった。
「へぇ。俺が良い男だから神が微笑んでくれたのか、それとも腕の立つ
「そ、それが。何やら
そしてヒューバートは目を輝かせて、大きく指を鳴らした。
「そりゃあいい! 神は微笑み、最強の用心棒がやって来たもんだっ!」
少年の様な
「おめでとう、ヒューバート。あなたの読み通りね」
「──ようやく
□□
灰が降る。商隊はニューカッスルの中央を行く。体に傷を作った商人達は
商隊、馬車が20台、
ヒューバートは民衆に混じり、隊の様子を眺めている。民衆は変わったばかりの領主の顔をはっきりとは知らないから、特に注目されない。
「さて、この中のどこかに光の聖女がいると思うのだが、素人目に分かるものだろうか……」
などと独り
「ん……?」
明らかに他とは違う輝きを放っている。いや、実際に輝いているわけではないのだが、彼女だけが
女は降灰を防ぐ為、
「少し前に噂されていた輝聖の姿に近いか」
2節程前までは『
「なるほど、美しいな。今まで出会ったどの女性よりも」
ヒューバートはずいと民衆を
「輝聖リトル・キャロルに
その聖女は特に嫌な顔をしなかったが、素っ気なく答えた。
「そうだ」
やはり、とヒューバートは勝気に笑む。
「俺はリューデン公爵領領主ヒューバート・ダーフだ。
「領主自らのお出迎え、
「何も無い所だが、
キャロルはふんと鼻で笑って言う。
「王都派の立場があろうに『
「なあに。困った時はお互い様だ。立場などは関係ない」
「貴殿は領主になったばかりで、リューデン公爵領には派閥も多いと聞く。不用意な決断をすれば足元を
「ご心配なさらず。口は達者な方なんだ。上手く言い
ヒューバートは思う。光の聖女とはどんな女かと思っていたが、存外愛想がない。幼い頃に説法で聞いた聖女のように、
「そうか。ならば達者な貴殿に1つお答えして頂きたいのだが、
「なんでもどうぞ」
そしてキャロルは煙草に火をつけた。
「──なぜエリカを領に引き留めた。あれは大白亜に引き返そうとしていたのではないか?」
ヒューバートは一旦、間を置いた。流石は光の聖女。とうに気づいていたらしい。
「怪我の具合が
「エリカは賢い子だ。王都派の領に
「それは、まあ……。ご
「無礼を承知でお伺いするが、エリカは
駄目だ、誤魔化せない。ヒューバートは両手をあげて苦笑する。観念した。
「やれやれ。あなたには隠し事は難しいようだな」
「よく言われるよ」
「では、まずは屋敷に。そこでゆっくりとお話しさせていただければ」
「先にエリカの
「なんと人聞きの悪い。その言い方では輝聖の従者を人質に取っているようだ」
ヒューバートは困った様な表情を作るが、しっかりと否定をするわけでも『ならば先に施療院へ』と提案するわけでもない。エリカは実際の所、人質であった。
「良いさ。大白亜から出た時には既に覚悟していた事だ」
「恐れ入る」
言ってヒューバートは笑みに
□□
キャロルは
邸宅内の壁には飾り皿や絵画など、ヒューバートが
「よく話を聞く気になってくれた。俺が輝聖だったら取り合わない。何てったって、この世界で一番偉い存在なんだからな」
「その輝聖に対し、駆け引きをする
「ある意味で賭けだったから、安心したよ」
「それは結構」
2人が卓につくと、
「どの女中も背が高くて美人だな。不思議なもので、みな
「俺の趣味さ。しかも俺に
キャロルは
「では要件をお聞かせ願おうか。
ヒューバートは葉巻に火をつける。
「輝聖リトル・キャロル。あなたは『
「私が聞いているのは『光る鳥』だとか『巨大な鳥』だとか、そういう風に表現される正体不明の魔物だ」
「
「私が知っているのは2つ。まず、その魔物は強力だ。風の聖女ローズマリーを敗走させている。聖女候補だった時分を含めて、聖女が魔物に敗れた事は1度も無かった。──そして、もう1つは『
「詳しいのだな」
「ここから先は私の推測だ」
紅茶を一口
「私はここに来るまで幾つかの聖地を経由した。封印が解けていた場所が何個か存在して、そこでは病の発生か、
キャロルが調べる限り、聖地の魔物が過去に起こした災いと、各所で起きている事象は、
「思うに、王国内の災害は全て『火の鳥』に集約されているのだろう」
なお大白亜の報によれば正教軍や他聖女達もそれに気づき始めており、再封印を主な目的として隊を動かし始めている。
「流石は輝聖。リューデン公爵領としても同じ様な認識だ。その通り、
ヒューバートは、やおら立ち上がる。
「王国南部ではエリカ・フォルダンが火の鳥に遭遇する前から、その姿は
「そうじゃないかと思っていた。彗星が出る前から、各地で魔物の
「我が領土では
ヒューバートは本棚から一冊の本を取り出す。表紙も背表紙も日に焼けて
「この部屋を見て頂ければ分かる通り、
本をキャロルに渡す。
「図鑑、のようだな。魔物の図鑑だ」
表紙には、かつて存在した東の国の
「56
開けば、そこには
「フェニクス……。魔物の名は『不死鳥フェニクス』」
詳細を解読してゆく。
このフェニクスという魔物は太陽から生まれ落ちたとされており、青空を羽ばたき、炎を降らせて人々を
人々が
中には気になる記述もあった。勇気を持ってフェニクスの尾っぽに触れる事ができれば無限の力を授かる、らしい。時には尾っぽに触れた家畜が蘇る事もあった、とも書かれるが……。
「確かに、特徴がよく似ている」
『火の鳥』は不死鳥フェニクスで間違いないだろう。
「『この魔物は炎の中から蘇る』。これが不死鳥たる
確かにそうならば、第三聖女隊が敗走した理由も分かる。倒したと思ったが
「さて話を戻そうか、輝聖キャロル」
自身に満ちた笑みを浮かべ、ヒューバートは再びキャロルの向かいに腰を下ろした。
「俺は
「ありがとう」
「そしてご推察の通り、エリカ・フォルダンを保護したのは輝聖に会うが為だ」
「その目的は?」
「──不死鳥フェニックスを捕縛したい」
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