リューデン公爵領ニューカッスルの上空は、昨夜からの北風で冷気に満たされていた。早朝は
キャロルは正教会大白亜派の老騎士フレデリック・ミラーと合流した。この騎士はクリストフ5世の
2人は領主ヒューバートの屋敷で現状を共有してから、
「へぇ。なかなか良さそうな施療院じゃないか」
杉の合間に見えた
「何でも元はモラン卿という貴族の別荘だった
「
「事が事
「化けて出てきそうだな」
「その時は輝聖の
キャロルは煙草に火をつける。そして一応、辺りに聖水を撒き、十字を切っておいた。
「……ん?」
「
「いや。気のせいかな。随分と
霊の強さは魂の強さである。様々あるものの、基本、深い
「さてはモラン卿ではあるまいか」
「まさか」
キャロルは煙を吐き出した。あそこまで希薄だと確かめる
「ともかく、モラン卿のような悪徳貴族が裁かれたのは誠に
「うーん、この状況でか? すんごい天変地異だし、すんごい分断状態だぞ」
「天
かつて東に存在した国の言葉である。世が乱れている間は悪が
「随分と都合よく解釈したな……」
「前向きに物事を考えれば、釣られて結果も前向きになるものです。輝聖も聖具を手にしたことですし、万事順調と心得ます」
老騎士フレデリックはにこりと優しげに笑んだ。キャロルはあまり彼とは話した事がなかったが、聞いていた通り
2人は長い坂を上り終え、施療院に到着した。キャロルは豪勢な扉を押し開け、およそ施療院に
廊下で何人かの
「さて。エリカ・フォルダンは肩と胸に大きな傷を負っていて、相当に深手でありました」
「らしいな。首を狙われたところを何とか避けた、と聞いている」
エリカは突如復活した封印の獣『死者の王』の不意打ちを受けた。
「この地に担ぎ込まれた後は、エリカ自身の
大怪我を負った時に怖いのは
「
「妙にポカポカしてるからなぁ、エリカは」
「また、陸聖
「メリッサが?」
第四聖女隊は優秀な
キャロルはじろりと怪しむような目付きで、フレデリックに問う。
「まさか、手紙も一緒に届いてはないだろうな?」
フレデリックは目を丸くした。
「何故お分かりになる。確かに随分と長い文も一緒に」
「内容を当ててやる。書き出しは『名誉ある勇敢な戦士エリカ・フォルダン』。その後はエリカと会えなくて寂しいだとか、第四聖女隊に必要不可欠だとか、あとは、薬の礼は要らないから食事をしないか、とか……、こんな所だろう」
メリッサはナットウォルズの一件以来、エリカを気に入っている。
「
「いいか、フレデリック。確かにメリッサは私の大好きな友達だし、尊敬もしている。だがエリカとは会わせるなよ」
随分と強く言うものだと、フレデリックは意外に思った。強く言うというか、なんと言うか、
「そこまで言うのは何故です?
「私は普段通りのつもりだが? とにかく、エリカは私の従者だ。従者が他の聖女に尽くせば、私の面目が立たない」
やはり、
「仰せご
「メリッサへの礼は私からしておく」
「承知
そうして話している間に、施療院の最奥、白い扉の前に到着した。フレデリックが軽く扉を叩く。
「エリカ・フォルダン。法王
沈黙。
「寝てるのか?」
「はて」
返事が返ってこないが、仕方なく扉を開ける。そしてキャロルは呟く。
「エリカ……?」
寝台の上、こんもりとした布団があった。
「……この布団の団子がエリカ?」
フレデリックは困った顔をして、うーんと
「実は輝聖が来ることを告げた際、合わせる顔がないと
キャロルは2本目の煙草に火をつけて言う。
「おーいエリカ」
布団団子、動かない。
「会いに来たぞ。大変だったらしいな」
やはり布団団子、動かない。
「話そうよ、エリカ。何があったのかを詳しく聞かせてくれ。おーい、おーい」
どうしても布団団子が動かないので、キャロルとフレデリックは顔を見合わせた。
「エリカ。実はとっておきがある。公爵閣下に1つ
布団団子がもぞりと動いた。どうやら興味があると見える。そういうことで、キャロルはわざとらしく室内をウロウロとし始めた。
「さてさて、この部屋には鍋があるのかな。調理場のほうに行かなくてはならないかな」
物分かりの良いフレデリックも乗ってやる。
「この棚の中にあるのでは」
「ああ、良いな。丁度いい大きさだ。
布団団子の中からチラリとエリカが顔を出す。今にも泣きそうな顔をしていた。
「飲みたいのか?」
エリカは鼻に流れてゆく涙をずびずびと
「わたしっ、キャロルさんの顔に泥を塗って、すごく迷惑かけたのに、キャロルさん、わざわざ、私の好きなもの持ってきてくれてっ、どうして怒らないんですか……っ?」
「どうしてって……。私が忙しそうにしてたから、少しでも助けになればと思って行動してくれたんだろう? 迷惑だなんて思ってないし、無事だっただけで嬉しいよ」
キャロルはあっけらかんと続ける。
「それに、一緒に旅をするって約束したじゃないか。置いていくなんて
エリカは涙を堪えようと、歯を食いしばる。
「あれ? そういえば、地下墓地の時と立場が逆になってしまったな。これじゃあ私が置いて行かれた方じゃないか……」
ついにエリカは
「キャロルさん、ごめんなさい〜〜っ。え〜〜〜んっ」
それで、キャロルはからりと笑って
「私のためにこんなに遠くまで来てくれて、ありがとうエリカ」
フレデリックは2人の姿に微笑んで、香辛料を擦り潰すための
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