日の入り前に
まずは聖堂にて
日の入りを告げる
そして
列を成す者は聖歌を歌う。この際歌うのは
『天人リュカ
エリカも行列の中で、目的地に到着するまでこれを延々と繰り返した。
「なんか楽しいですね。どんなお祭りになるんだろう」
隣でフレデリックはにこりと笑む。
「
一行の目指す先は城壁内の庭園であった。庭園では宴の準備が進められていて、給仕たちがあつあつの料理を長机に並べている。至る所で湯気が立ち登り、むわりと暖かかった。
「すっごい人数だ……っ!
「
全員が会場に
リューデン公爵領の貴族が葡萄酒の入った大きな
そして
あとは、お待ちかねの乾杯である。進行役を務める貴族が前に出ると、宴の参加者達に器が配られて葡萄酒が注がれた。機を見計らって、進行役が大声で言う!
「さあ器を掲げてください。そして大いにお飲みください。──全ての作物に感謝を! そして全ての作物に祝福を! 何より、ご一同の健康をお祈り申し上げる! 乾杯、乾杯!」
みなが大声で乾杯!と叫んだ。まるで
乾杯の後は好きにご
「ほ、本当に
「確かに多少気が引けるが『腹が弾けるほど食わねば
「やったー!!」
「おかわりも良いらしい」
エリカは弾けるように飯を喰らい始めた。両手に飯を持ち、交互に食べては次の飯を喰らう。宴にはお品書きがあるわけでも、順番通りに料理が運ばれてくるわけでもない。ただ目の前にある料理を、
エリカは
「美味しいっ!!」
花を
次に、
「美味しいっ!!」
あとは
「うわあっ! 美味しいっ!!」
まだまだある。
「美味しい! 美味しい!!」
エリカはむしゃむしゃと一心不乱に食べた。その食べっぷりは見ている方が嬉しくなるほどで、お節介な女が寄ってきて『あれも食べよ、これも食べよ』と皿を置いていく。エリカはそれすらも食べてしまう。
「ジャックさんは食べないのですか?
「投獄されてから、あまり食欲が湧かないんだ」
ジャックは眉尻を下げながら、兎のようにもそもそと口を動かして野菜を食べている。肉やら魚やらは、いまいち胃が受け付けない。実は神を目撃してから幻聴が聞こえるし、頭痛もあるし、もちろん結石は治っていないしで、もう体はぼろぼろである。
「ちゃんと
「輝聖というこれ以上ない薬師に診てもらってるから大丈夫だよ」
「心の病は治し
「それは困る」
そう言ってジャックは、
良き頃合いになると、食事の時間は進行役の『お静かに』の声で中断されるものである。そうした時、大概はぞろぞろと着飾った者たちが
「何が始まるんです?」
「
古い資料によると
さあ、登場人物の自己紹介も程々に、幾つかの小芝居があって、ついに争いの場面が演じられる。大白熱、カレドニア王と竜の決闘である。
チャールズ
悪い竜 ー 『我こそは世界を闇に
竜役は着ぐるみ衣装である。3人1組で演じ、見た目は大蛇に近い。その長さはなんと50
騎士の格好をしたチャールズ役の貴族が、黒い竜の喉元を剣で刺す。
竜を倒したチャールズ王は堂々と隣国の姫を抱えた。
フランドルの姫 ー 『おお、なんたる勇猛な騎士! 目の前に現れた貴方こそ、王の中の王、騎士の中の騎士なり!』
「凄いっ! 見ましたかっ、ジャックさんっ、フレデリックさんっ! めちゃめちゃカッコよかったですよっ!」
しかし、フレデリックはキョトンとして言った。
「いやしかし、エリカ殿は本物の竜を
「おいっ!! 実際に竜を殺した騎士がいるらしいぞっ!! この銀髪の子だっ!!」
あまりに大きな声だったから、庭園にいる者の殆どがエリカに注目した。
「あっ、いや、その。フレデリックさんが余計なことを言うから……」
「今の話は本当か!?」
「なんでも
「どうやって倒したのだ? どんな竜だったのだ?」
「その話をもっとよく聞かせてくれぬか!」
「流石は輝聖の従者! 騎士の中の騎士であるぞ!」
彼ら騎士にとっては、こんな少女が竜を
「宜しければ、お手合わせ願いたいっ!」
「わわわ。みなさん、ちょっと落ち着いて──」
困ったエリカが周囲を
「さあ、宴も
そう言うと、激しい太鼓の音と共に『肉切り包丁役』の領主ヒューバートが登場した。
ヒューバートが叫ぶ。
「ようし! グランドフィナーレだっ! 俺に捕まると
『油舞い』は
ヒューバートは舐め回すように参加者たちを見る。誰を生贄にしようか見定めようとして、そして──。
「──決めた!」
ヒューバートは手に持っていた肉切り包丁をエリカに向けた。
「お前は食い過ぎだし、竜は殺すしで、領主を差し置いて目立ちすぎたっ! 気に入らんから、お前を生贄してやるっ!」
そしてエリカに向かってわあっと走り出す。
「わ、わわわわ! ちょっと待ってくださいっ!」
エリカが逃げる。貴族も騎士も、
「観念するんだな」
「な、何すれば良いんですか?」
「大人しく、されるがままになれ」
落胆と歓喜の声が入り混じる中、エリカは
エリカは四方八方から葡萄酒をかけられ、もう息をするのもやっとであった。
「ぶへぁっ!! おっぽっ! もうちょっと優しくかけてくださいっ!」
フレデリックは申し訳なさそうな顔で、遠くからエリカを見つめていた……。
「よ〜しっ! そんなもんでいいだろう! 終わりにするぞ!」
そして最後に肉切り包丁役が生贄役の首を掻き切る仕草をして、参加者全員で『春よ来い!』と叫び、庭園の
(葡萄酒でずぶ濡れのベタベタだ……。あとでフレデリックさんに文句を言ってやる……)
エリカはふう、と息を吐く。たくさん食べて、たくさん笑って、たくさん話して、たくさん走って、流石に疲れた。疲れたが──。
(楽しかったな。これで終わりになっちゃったんだ。いつぶりだったんだろう、こんなお祭り……)
心地よい未練を胸に、ぼんやりと参加者の顔を見回した。皆が笑顔であった。いや、泣いている者もいる。何故だろう。
(あれは確か、マン男爵とかいう人……)
男爵の声が聞こえてくる。
「こんなに愉快で、
エリカの肩に手が乗る。ヒューバートだった。
「確かに、輝聖が現れて確実に何かが変わりつつあるらしい。俺にも説明のつかん
「公爵領は王都派。輝聖を信じないんじゃないんですか?」
「領としてはそうだが、個人としては別だろうに」
じろりとヒューバートを
「子供にゃ
「分かりますよ、そのくらいの事は」
そして、そっぽを向く。
「エリカ・フォルダン。すまなかったな、人質にするような真似をして」
エリカは少しばかり
「それはキャロルさんに謝ってください。私はキャロルさんの従者なので」
「おっ。なんだその言い草。輝聖を独り占めか? みんなの輝聖だぞ」
反論できず
「あれ? そう言えば、キャロルさんはどこに行ったんだろう……」
確か『竜殺し』の劇が始まる前までは、子供たちと縄跳びをして遊んでいたような気がしたのだが。
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