「空聖さま。ローズマリーさま」
ひとまず体を揺すりながら呼びかけてみる。返事はない。果たしてこれは寝ているのか意識を失っているのか、判断つかない。
次いで傷口を確認した。撃たれたのは2箇所らしい。左の脇腹と左の胸。何やら傷口から
ヴェラはじっと腹の傷口を見た。奥の方で青い光がきらりと光っている。
「……これが聖女をぶっ殺す為に作られた『魔弾』か。なんでこんなもん作っちまうかね。魔物より罪深いよ、人間様は」
ヴェラは腹の傷口に指を突っ込む。乱雑な方法ではあるが、弾丸を取り除く事ができれば良い方向に働くかもしれない。早速、指先に硬いものが触れた。魔弾だ。ゆっくりと引き抜く。それは青空を
「こんな綺麗なものが聖女を苦しめるんだな……」
その時、ローズマリーがゆっくりと目を開けた。
「目が覚めたか!」
よし、やはり魔弾を取り除けば
「あっ……!」
しかし安心したのも
「聞いてくれ、聖女さま」
話しかけて、意識を
「敵は禁軍の
ローズマリーの反応はない。が、目は薄く開いている。
「ただ、アイツらは私の目の前でアリス・ミルズっていう偉そうな女……、あー、つまりこの塔を護衛してた将をぶっ殺した。何の
ヴェラは話し続ける。こうした局面では、とにかく淡々と声を浴びせることが重要。
「アイツら正教軍が相手なら、見つけ次第殺す気なんだよ。つまりは正教会と本気で喧嘩するつもりさ」
胸に食い込んだ魔弾は相当深い。骨まで達しているのだろうか。まさか、心臓まで?
「私は頭が悪ぃから政治のことは何1つわからねえ。だが、これ以上に国が乱しちゃならんことは分かるぜ」
駄目だ。魔弾が指に触れない。
「争いが起きれば、もっと沢山の人が死ぬ。ただででも流行病で
やはりローズマリーの反応はない。そしてまた、瞼が閉じようとしている──。
「お、おい! あんた、北の人間なんだろっ。シャキッとしろ、
北方ファルコニア伯爵領の民は
「もう……」
ローズマリーが口を開いた。まさか、
「もういい……。私は、終わりにしたい……」
「軟弱なヤツだな! あんた聖女なんだろ!? 世界を救う力があるんだろ!? じゃあそいつを使ってから終わりにしろよっ!
煽るための言葉に、ついヴェラの
「いいか、良く聞け。街の人間がどれだけ聖女の救いを待ってるか、お前に教えてやるっ」
ヴェラは胸の詰め物から石材で作った
「……私は
ヴェラはローズマリーの胸に刃を入れた。
「
肉を裂く。
「全員が必死になって生きてる。耐えながら、救いってやつを待ってる! 聖女のことを──お前のことを待ってる!」
またローズマリーの瞼が閉じそうになる。
「シャキッとしやがれ! 聖女ならそれに
ヴェラはローズマリーの体を強く揺さぶった。寝させてはいけない。
「私は
ローズマリーの右手がゆっくりと動き、ヴェラの腕をぐぐっと掴んだ。
「さ、さっきから……。何も知らないで……、勝手なことばかり……」
祭服を引きちぎり、肉を
「聖女の力があったって……っ、私には何の意味もないっ! ──私が守りたかった子は全員死んだっ!! 大好きだったあの子たちは、私の為に死んだんだっ!! もう放っておいてっ!」
その利己的な
「テメェだけが可哀想みてぇな言い方だな、この野郎……ッ」
「私だってそうさ。何人もの仲間が殺された!」
そしてローズマリーにがつんと頭突きをかました。額と額をくっ付けたまま、強く言う。
「悔やんだって帰ってこねえ! 自分が強くなるしか、そいつらは報われねえ! 救えなかったなら、救えるようになれよっ! ──これ以上甘えたこと言ってみろ、私が望み通り殺してやるッ!」
ローズマリーは腕の力を弱めた。
──救えるようになる。
何故だろうか。それを言われて、ふと思い出した。……あの時、女神像を腐らせた上に、学園から追放された1人の少女のことを。
□□
背の高い人。夜空のような髪、
あの子はよく本を読んでいた。小説、
自分との接点を見つけてしまって、彼女に興味が湧いてしまった。でも、それを認めるわけにはいかなかった。私のように罪を背負った人間が、こんな感情を持ってはいけないと思った。
だけれど、やっぱり話しかけたい、仲良くなりたいと思う自分を消すことは出来なかった。
『──瘴気の外には何があるの?』
そのリトル・キャロルの声が頭の中で
キャロルは学園の庭園で座っていた。長椅子でもなく、切株にでもなく、地べたに座っていた。彼女の故郷である
音がなかった。
雪をぎゅっぎゅっと踏みしめながら、キャロルに近寄った。それで分かったのだけど、キャロルの目は涙でぷっくりと腫れていた。
あのキャロルが悲しんでいる。そう思ったら、切なくてどうしようもなくなった。透明な指の、透明な爪が、自分の心に引っ掻き傷を作っていた。
噂だが、キャロルは自分で故郷を滅ぼしたのだと聞いた。
キャロルにかける言葉を探しながら、隣に座った。隣に座っても言葉が見つからなかったから、膝を抱いて、そこに
するとキャロルはちらりとこちらを見て、優しげな笑みを作った。
「ありがとう」
「え……?」
「そばにいてくれるんだろう?」
やはり言葉が出なくて、代わりに、キャロルの肩に積もった雪を手で払ってやった。しゅうねく張り付くので、えいえいと強く払い直した。すると、キャロルはぽたぽたと涙を垂らした。
「
彼女が言葉を発する、その瞬間、息遣い、声、今でも鮮明に覚えている。
「朝起きて、涙が出ている。何も考えることができなくて、上手く物事に手がつかない」
「ただ、私の罪だけが
その言葉を聞いた時、ローズマリーは焦った。まるで、長い階段から
ああ、いけない。
このままじゃ、バラバラになってしまう。
或いは、
キャロルはキャロルでなくなる。
私と同じにしてはいけない。
あとは無我夢中だった。気がついたらキャロルを抱きしめていた。両目からぼたぼたと涙を流して、バラバラになってしまわないように、強く、強く、抱きしめていた。キャロル以上に泣いていたかも知れない。
「ローズマリー……?」
えぐえぐと
キャロルは何を思ったのだろう。もしかしたら、泣き顔が面白かったのかも知れない。必死すぎて深く理由を考える
□□
ヴェラはローズマリーの胸に指を入れ、魔弾を探る。
ローズマリーは目を開けようとした。だが、もうこれ以上は意識を保つことが出来なかった。徐々に視界が霧がかって行く。あの雪の日みたいに、全てが白だ。薄れてゆく意識の中、遠くに、会話が聞こえる。たった2人ぼっちで話している。
「ローズマリー。私たち、聖女になって世界を救えるのかな。だって、私はこんなにも未熟だ」
「……きっと。きっと、キャロルになら出来る」
「もし私たちが世界を救うことができたら、何をしたい?」
「
「瘴気の外?」
「この世界は
「素敵だな。……瘴気の外には何があるの?」
「何があるんだろう……」
「想像でいいよ。ローズマリーは何があるのだと思う? もっとローズマリーの話が聞きたい」
「……幸福な世界があるのだと思う。私たちが
「それは良い」
「清らかな山気を漂わせた
「難しい言葉を知っているんだね」
「そして、春の実りが私たちを出迎えるの」
「春の実り? 苺?」
「そう。雪が解けて、春が来たら、苺を摘みに」
不思議だった。消え去りたいと思っていた故郷の記憶が、輝いてローズマリーを満たした。
「苺を摘んだらジャムを……」
キャロルを救いたいと思うほどに、救われていく自分があった。自身に流れる血は暖かく、鼓動は優しい響きを
それは自身の宿命から逃げ続け、目を
そして、自らが生み出した救いの手は、確実にローズマリーに差し伸べられていた。だけれど、ローズマリーはそのことに気が付かなかった。キャロルを温めるのに必死だった。
□□
リューデン公爵領ニューカッスルより飛び立った鳩のうち、1羽が戻ってきた。その鳩は、空聖ローズマリーに宛てた手紙を持っていた。
キャロルは鳩が目当てとなる
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