心が
ローズマリーはぐったりと建材の山に体を預けたまま、
とにかく頭が痛い。割れそうだ。
痛みを忘れようと目を閉じた時、
健やかな寝顔だった。その面相はやはりマリアベル・デミと
(この子が助けてくれたんだっけ……)
彼女が目を覚ましたら、礼の1つくらいは言わなくてはならない。だけれど、お礼ってどうやって言えばよかったのだろうか。『感謝申し上げます』。硬いか。ならば『諸々大変な中で私を助けてくれて、ありかとう』が良いか。いや、彼女も別に私を思って助けてくれたわけではないと思う。聖女である私を死なせてはならないという義務感で行動をしたわけだから──、駄目だ。感謝の仕方を忘れてしまったし、無意識に言わない理由を探しているような気もする。
(私、人との関わり方が分からなくなってる)
「うーん……」
「……聖女さま、起きてるのか?」
そして、目をしょぼしょぼとさせながらローズマリーの顔をじっと
「照れるくらいなら大丈夫そうだな。あーあー安心したぜ。具合はどうだ?」
ヴェラは
「結局、胸にぶち込まれた魔弾は取ることができなくて、諦めちまった。悪いな」
ヴェラはローズマリーが気を失った後も必死になって胸の魔弾を取り除こうとした。しかし、ローズマリーの体の中で魔弾が砕けているようで、胸の辺りをあっちにいったりこっちにいったりしたようで、
「もっと人体について勉強してりゃあ、どうにか出来たのかも知れんが……、見た目だけは立派でも中身は
言って、バツが悪そうに頭を掻く。
「あー、それと……。あともう1つ謝らなきゃならねえことがある……」
恥ずかしさからか、ヴェラの頬が
「言い過ぎたよ。テメェだけが可哀想みてぇな言い方だとか、別に言わなくても良いような事まで言った気がしている。まあ……、少なくとも、死にかけの怪我人に対してぶつけるような言葉じゃなかった……」
ローズマリーは口を開くことなく、ヴェラの目を見るでもなく、ただ
ヴェラが話し終わった後で感謝の気持ちを口にしようと思っていたのだが、いざその瞬間になってみると口が開かずに困った。言おうと思えば思うほどに、口が重くて開かない。自分でも驚くくらいだった。
ただ、ヴェラにとってはローズマリーが無視している風にしか見えなかったので、ため息をついて肩を落とした。確かに無反応の方が助かりはするのだが、あまりに
「まあ、もう
ローズマリーは顔を上げて、ヴェラをひたと見た。
「あの黒髪の将に
ヴェラは胸の詰め物から慣れた手つきで手製の
「だから大人しくここで待っててくれ」
「やめて……」
また
「あのなぁ、何があったか知らねえが
「そうじゃない。あなたが将に
ヴェラは小刀を回すのをやめて、眉を
「どういう意味だ?
ローズマリーは首を横に振る。
「──彼らは
「ぎゃ、逆賊だって……?」
信じられぬように言って、
「ちょ、ちょっと待て」
次いで腕を組み、小首を傾げ、
「あー、えーっと……」
頭の中で、部屋に将兵が押し入って来た時のことを思い起こし、
「いやいや。ヤツら、
「
魔法兵は文字通り魔法を用いて戦う兵である。砲兵は魔導砲や大砲を専門とする兵で、銃兵も言わずもがな銃の扱いが専門。
「ちなみに、外の見張りは軍楽兵……」
部屋の外で待機している兵は、ヴェラに対して聖女を治せと
「な、なんで分かるんだ?」
「
一度手が荒れれば中々完治しないし、治ったとしてもひょんなことから再発する。それを『魔学かぶれ』と言い、魔学を身を
「そういうことだったのか……」
ヴェラは納得した。確かにあの兵は、息も絶え絶えな空聖を見ておろおろするだけで実に頼りなかった。
「あなたは、聞いた……?」
「何を?」
「国王アンドルーの目的は、正教会の
「ああ、覚えてる。同じことを言ってたよ」
「けどね、国王アンドルーが翊衛軍を
「どうして?」
「考えてもみてごらん……。王になったばかりの、しかも政治的に弱い
言われてみればそうだ。足並みが揃うわけがない。
「指揮に必要なのは信頼、そして恐怖……。今の王にはそのどちらも欠けている……。騎士道物語のように新しい王が立って『さあ
「じゃあ『国王アンドルーが正教会に
「──
ヴェラは理解した。つまり神門に押し入ったのは
「そうか。決起か」
決起であれば、神門に入り込んだ将兵がみな若いのにも何となくの説明がつく。理想だけを胸に立ち上がり、勢いそのままに神門を制圧し、正教会の象徴である聖女をも支配下に置いた。
「少しは後先考えろ、馬鹿どもが」
苛立つ。人というのはどうしようもない。天変地異が起き、病が
団結の義務に目を瞑り、無責任にも聖女に瘴気を払うことだけを期待し──いや、そんな
「それなら、話は早ぇ。さっさとあのクラークとかいう野郎の首を掻き切っちまおう。逆賊なら孤立無援の可能性も高え」
「油断しないで……。相手は翊衛軍。特に将は並じゃない……」
「我慢できんよ」
「だから、そうじゃなくて……」
ローズマリーは言いさして、口を閉ざした。
だけれどこれではいけないと思い、また口を開く。声に出して伝えなくてはならない。喉の奥で詰まる、重い塊のような声を出して伝えなくては。
「あなたが行くなら私も──」
ローズマリーはヴェラに礼を言うことができなかった。言いたかったのだけれど、それが出来なかった。その
──あなたが行くなら私も行く。
声が口から出かかった時、急に寒気がして、声に釣られて胃液まで競り上がってきて、両手で口を押さえる。胃袋の中には何もないはずなのに、
「だ、大丈夫か……っ!」
ヴェラはローズマリーの背中を
「うぐっ、お゛ぇ……」
腹の魔弾が
違う。
私が、聖女であることを受け入れることができないからだ。
私は自分よりも優れた友を殺めた。
聖女であるべきは彼女たちだった。
私は聖女に
それなのに聖女の資格がない私が、聖女らしいことをしようとしている。聖女として戦おうと思ってしまっている。
この口の中と鼻の奥を刺激する酸味と苦味は、卑劣で下品な自らの臭い
血に汚れた手でキャロルを抱きしめたことも、垢に塗れる。
──そして、そうやって
「……出たな、化け物めっ」
ローズマリーは
「何を、
ヴェラは
「不死鳥が現れた時も……、フォルケ・セーデルブロムが倒れた時も……、
ローズマリーの目の焦点は合っていない。瞳は小刻みに震えて、
「お前は私の記憶をも塗り替えて行く……っ。居るはずがないのに、私が初めて眼鏡をかけた時、笑ってそこに立っていた……。居るはずがないのに、
ローズマリーは
「私の過去がお前で染まっていくッ!! どの情景を思い返してもお前がいるッ!!」
少女──神リュカは言った。
『5人の聖女が現る時、世界の
強烈な耳鳴りと共に、その声はヴェラの耳にも届いた。恐ろしさに
『あなたの大切な友達は、私に選ばれなかった』
ローズマリーは涙を流しながら吠える。
「もうこれ以上、私に構うなっ。構うなぁッ!!」
『だけれどあなたは私に選ばれた。──夢が叶って、なんて素敵なローズマリー』
神の顔は無邪気な
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