不良聖女の巡礼   作:Awaa

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霊場

 

 風の中の少女はクラークを見つめていた。

 

「なんだ、その目は……」

 

 瞳の中、広大無辺(こうだいむへん)の聖なる嵐が、凡ゆる邪を飲み込もうとしていた。

 

「俺を責めるのかっ」

 

 クラークはヴェラの胸から長劔(サーベル)を引き抜き、血を払うことなく構えた。

 

「救世の聖女は、俺を責めるのかっ!?」

 

 突如として顕現(けんげん)した神秘の乙女は明らかに正義の者であり、それに対する己は明らかに討たれる立場にある。彼女真っ直ぐとした眼光、浄玻璃(じょうはり)の鏡の如く澄んで、それを(いや)でも理解させた。

 

 死を受け入れたくないなら、逃げた方が良いだろう。だが、それでもクラークは立ち向かわねばならなかった。──王都を混乱させ、同胞を斬り、(あまつさ)え王は味方しない。つまり失敗であることは截然(せつぜん)としていて、狂気の中にいてもそれくらいの事はクラークにも分かっていた。心奥(しんおう)では理解しているからこそ、この目の前の、己を罰する為に現れたような乙女を認めてはならなかった。

 

「俺は翊衛軍(よくえいぐん)だ……。間違ってなどいない……!」

 

 自身で自身の罪を受け入れれば、微かに残った正気でさえも狂気に塗りつぶされるだろう。そうしたある種の生存本能が体の中で燃え上がり、自身の矜持(きょうじ)すらも焚き付けて、クラークの狂気に更なる説得力を(もたら)した。

 

 (すい)の風を纏った空聖が一歩一歩とクラークへと寄る。そして彼女にしか見ることの出来ない希薄なユーフェミアが耳元で囁いた。

 

『助けてあげて、ローズマリー。あの人も一緒で、何もかもが不安で仕方がないのよ。だから、あなたが誰かにやって欲しかったことを、あの人にもやってあげて』

 

 ローズマリーは頷く。

 

『誰かを力で屈服させるのなら、きっと多くの人が出来るわ。でも、聖女は特別でしょう? 神様の子供達だもの』

 

 続ける。

 

『神様が言っていた。聖女はね、祈りを一心に背負う人なんだって。どんな人でも、心の内に抱える『祈り』を受け止めてもらえれば、それだけで救われる。そして救われた魂は一つに集って、楽園(まほろば)在処(ありか)を聖女の中に見るの』

 

「……うおおおおおっ!!」

 

 クラークが雄叫びを上げ、地を蹴った。手負いとはいえ天下翊衛軍(よくえいぐん)の将。凄まじい速さ、弾かれたように前進、加速。詠唱、長劔(サーベル)に炎が纏って烈火の刃となる。冴えた赤い直線を引いて空聖へと迫る。

 

 空聖は臆することなく、(むし)ろ脚に風を巻いて推力とし、10(フィート)(30cm)の超低空飛行、高速でクラークに突っ込んだ。右手には旋風の剣。形がなくとも、触れれば鎌風(かまかぜ)の刃が肌を切り裂く。

 

 刃同士が一撃、二撃、衝突。烈火の炎は風に巻き上げられて消滅、さらに風に足を取られてクラークは蹌踉(よろ)めき、苦し紛れに光の魔法、指先から光線を発して周囲をがむしゃらに薙いだ。空聖を八つ裂きにせんとしたが──。

 

「避けた!? バカなっ」

 

 空聖は咄嗟に屈み、肉食獣のように四肢で狂奔(きょうほん)し、次々と攻撃を避けた。この動きを初めて見たのであれば予測(あた)わず、学園ではニスモやキャロルといった手練(てだ)れの膝に泥をつけることさえあった。ファルコニアの兵は貴族らしい戦いであるとか、正々堂々であるとか、そうしたことは念頭にない。どんな技を使おうと、たとえ気品が無かろうと、勝てればそれが美徳である。

 

 クラークは続け様に掌から炎を放つが、空聖は猟豹(りょうひょう)の動きでそれを避け、芸人が愕然(がくぜん)とする程の軽業(アクロバット)を加えながら飛びかかってきた。とても人間の動きではなかった。

 

「人か獣か、空聖ローズマリー・ヴァン=ローゼスッ!」

 

 長劔(サーベル)を振るって彼女の顔を横一閃──が、空聖は刃をがちりと噛んでそれを受け止め、体に旋風を纏わせて螺子(ねじ)巻き回転し、刃を粉砕した。

 

(──今まで立ち合ってきた誰よりも強い。他人と比べるのすら烏滸(おこ)がましく感じる。この少女に勝てる己の姿が想像できない。たとえ万全であったとて)

 

 目に見える全てがゆったりと流れた。それで死期を悟った。

 

 宙に舞う砕けた刃が赤く煌めいている。火の鳥が発する樹木状の光柱が映っているに過ぎなかったが、そこに故郷の夕空を見た気がした。

 

 さて、武人として(おもんみ)るに、どんな形であれ一度聖女と手合わせをしたと言う事実は掛け替えのない経験となったかも知れない。なかなか面白い土産話が出来たのではなかろうか。母親に話してやろう。しかし、どうだろう、この話をしたらば厳しいおっ(かあ)のことだから、聖女や王都の民たちに謝れと怒鳴るだろうか。

 

 ……何にせよ、最期は潔く、防御を取ることなく、首を掻き切って貰おう。

 

 そう思って、迫る空聖に対し僅かに首を下げた時。クラークの考えに反し、空聖はその首を断つことなく、体にぎゅうと抱きついた。勢いそのままに突進される形となったので、クラークは跳ねて転げて翻筋斗(もんどり)を打ち、後頭部を強かに打つ。

 

「……っ!?」

 

 目の前がチカチカとした。刹那、生きている事に驚きつつ、己をぎゅうと抱きしめ続けているローズマリーを見遣(みや)る。とどめを刺そうという気配はない。

 

「な、何のつもりだ……?」

 

 クラークは振り解こうと抵抗したが、両腕を封じられるように抱きつかれているので、成せない。空聖の力が強すぎるのだと思ったが、そうでもないらしい。ではついに四肢の骨が折れて力が入らないのかと思ったがそれも違い、言わば聖女の体の暖かさが戦意を吸ってしまって、抗う能力を失ったようだった。その証拠に体が重く、気怠い。しかし胸苦しいわけではなく、ぬくぬくとした安心を覚えた。

 

 そしてクラークは、突如側に立った人物を見上げた。

 

「エレノア……?」

 

 目を疑った。逆上して斬り殺したはずの将が立って、己を見下ろしていた。

 

『少しは落ち着け、クラーク。いつも冷静なお前らしくない』

 

 そんなはずはないと目を瞬くが、確かにそれはエレノアであった。しかも周囲には、火の鳥の攻撃により命を落としてしまったらしい将兵たちも立っているようで、彼らも同じようにクラークを見つめていた。

 

「まさか亡霊か……。聖女に導かれたとでも……」

 

 エレノアは儚く笑う。

 

『お前と話をしに来た』

 

「俺と?」

 

『このままでは未練が残ると思ってな』

 

 続ける。

 

『同期なんだ。長く一緒にいた。特にお前は実力があって目立っていたし、私のような勉強一途だった女は、特別な想いだって湧くさ。あんな形で別れをしたくはない』

 

 クラークはぽかんと口を開いて、エレノアを見つめている。

 

『小さな憧れだった。そしてお前ならば、ゆくゆくは軍を従えると思った。私はそれを支えたいとも思っていた』

 

「そ、そんな。知らなかった」

 

『言えるものかよ。初恋だぞ?』

 

 期期艾艾(ききがいがい)と言うクラークに、エレノアはくすりと笑う。

 

『今からでも決して遅くはない。少しでも後悔があるなら、命を賭して災厄に立ち向かえ。そして私の好きだったお前に戻れ。誰よりも母想いで、民のことを一心に考えていたお前に』

 

 周囲の将兵も、どこか諦めを孕んだような悲しげな笑みを浮かべて、じっとクラークを見ていた。理想と夢を打ち砕かれた、儚くも若い戦士たちの表情だった。

 

『クラーク』

 

 そして、エレノアの気配が薄くなってゆく。

 

『切ないな……』

 

 風が吹いて、エレノアは光と共に消えた。その他の将兵達の姿も、もうここにはない。

 

「……」

 

 クラークは空聖に抱きしめられながら、ただ静かに、嗚咽を堪えて涙を流した。

 

□□

 

 神門の4階、事実上第三聖女隊を率いる将フォルケ・セーデルブロムは疾風怒濤(しっぷうどとう)の勢いで医務所から抜け出した。

 

 第三聖女隊は王都に到着して以来、神門にて粛々(しゅくしゅく)と治療を受けていたが、突如現れた翊衛軍に医務所ごと占拠され、囚われていた。勇敢な薬師たちは反抗したものの、翊衛軍には敵わず殺された。一方で聖女隊は手負の為に無理をして反抗はせず、しかし甘んじて受け入れることもなく、虎視眈々(こしたんたん)と脱出の機会を待っていた。

 

 そしてついに塔が傾いた隙を突き、フォルケは見張りを倒して脱出。身体中に巻いた血塗れの包帯を(なび)かせ『携香女(けいこうじょ)ロクサーヌの黄鉄剣(おうてっけん)』を振るい、窓から入り込んで来る小翼竜(ワイバーン)を倒す。

 

「こいつらは一体どこから……っ!」

 

 20体は倒しているが、まるで数が減らない。次から次へと入り込んで来る。火に群がる夏虫の如くである。他の隊員も健闘しているものの、やはり数が多く、怪我も相俟って苦戦を強いれられていた。

 

「そこをどけっ!! お前らを相手している場合ではない!!」

 

 フォルケは焦る。──早く、早く空聖の下に行かなくてはならない。

 

 神門を占拠した翊衛軍の思惑は分からんでもない。王家のために一旗挙げたのだろう。そして聖女を人質に、正教軍に王都から退けと迫るつもりなのだ。鶺鴒一揆(せきれいいっき)から今日までに王の威光が削がれ過ぎているから、彼らが(はや)るのも無理もない、とフォルケは思う。

 

 果たして空聖は無事か。王都には聖女を殺す弾丸なるものがあると聞いた。それを撃ち込まれていないだろうか。もし撃ち込まれていたら、生きているのか。何もわからない。早く会いたい。

 

 そして今も窓から見えている巨大な薔薇色の木は、明らかにリューデン公爵領で見た、火の鳥の樹木である。つまりは不幸にも、この王都に火の鳥が現れたらしかった。まさに絶体絶命の危機。破滅が雪崩のように押し寄せている。

 

 だがそれでも、戦わなくてはならない。聖女と合流し、少しでも多くの人を助けなくてはならない。フォルケは一切を諦めていなかった。──たとえこの身が朽ちようとも、聖女を守り、王都を守る。男一匹、こんな命はくれてやる。どうせ死場所を探して生きているようなものだ。

 

「うおおおおおあッ!! 成敗ッ!!」

 

 武人フォルケは自身の包帯を風の魔法で操り、迫る小翼竜の首に巻きつけると、それを振り回して他の小翼竜を巻き込みながら、地面に叩きつけた。そして剣から(りん)(ほとばし)らせ、彼らを燃やしたその時。

 

 背後、遠くからパタパタと人の走る音がした。初め、医務所で倒れている翊衛軍が追いかけてきたのかと思った。だが、どうも違う。比類のない、強い魔力を感じた。

 

 振り返り、フォルケは目を丸くして驚く。空聖ローズマリーを先頭に、血塗れの祭服を装った海聖──、いやその影武者と、占拠首謀者翊衛軍の将、確か名前をクラーク・エジャートン、それからあと5人の将兵がこちらに駆けてくる。みな服も乱れ髪も乱れ満身創痍の様子だが、それぞれ武器を持っている所を見るに、戦えはするらしい。そして全員返り血を浴びている……、いや、彼ら自身の血なのだろうか。どういう状況だろう。わからない。わからないが……。

 

「聖女が、走っている……」

 

 この光景を見て、フォルケは呆然とした。夢かと疑った。しかも、血を塗りたくったのだろうか、空聖の顔が赤黒く染まっていていた。確かあれは、彼女の故郷の野蛮な戦士たちが好む血化粧だったと記憶している。

 

 空聖ローズマリーはフォルケの前で膝に手をつき、はあはあと息を整える。

 

「フォルケ。フォルケ・セーデルブロム」

 

 初めて名前を呼ばれた。

 

「風の聖女として命じます」

 

 命令など初めてだった。

 

「空聖は火の鳥に対して決死の攻撃を仕掛けます。金杖をここへ」

 

 自ら武器を持とうとすることも。

 

 そしてローズマリーは顔を上げた。その瞳は燃えている。

 

 何があったかはわからない。わからないのだけど、聖女隊に配属されて以来、決して見ることなかった、或いは密かに期待してやまなかった聖女としてのローズマリーが目の前に現れた。それを思えば、熱いものが込み上げてくる。

 

「……御意に」

 

 目が潤むのを我慢しながらフォルケは剣礼(とうれい)を行う。ローズマリーもそれに応え、

 

「私たちに神のご加護がありますよう」

 

 手早く十字を切った。





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