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時が粘度を帯びて体に纏わりつくと、思い出す。まだずっと幼い頃。恐らくは4歳位じゃないかと思う。
葬送のバグパイプが流れて、近場に住んでいた老婆が涙ぐみながらも励ましてくれた。『夢でお母さんに会えるよ』。結局、夢で母親に会う事は一度もなかった。どんなに大好きでも、会いたいと泣く夜があっても、そんな事は関係なく、人というのは余りにも呆気なく、
数時間前、夜半となった時に、
理外の力により、王都付近には生息するはずのない、
王都の空を埋め尽くしていた
──どうか、空聖が不死鳥を倒せますよう。そして空聖が無事でありますよう。
ヴェラは祈り続けた。途中、
聖女らしく整えていた髪は解いていた。神門から抜け出した時点では殆ど乱れていたけれど、少しばかり残った
『風が弱まっていないか?』。そう誰かが呟いたのを聞いて、ヴェラは恐る恐る目を開けた。天から
──不死鳥を倒した?
思って瞬時、逆の可能性があることに気がつく。
──まさか聖女が、負けた?
そう考えたのはヴェラだけではなかった。風が鎮まってゆくのを感じ取った者の殆どに、その不安が頭に
ああ、風が
揺らぐ竜巻、糸巻きが解かれてゆくように風が霧散するのが見える。みるみるうちに勢いを失い、風の中が露になる。
──現れたのは、
竜巻を囲っていた誰もが呆然とした。喋る者は誰もいなかった。足も動かず、吹雪の中で怪鳥が羽ばたき煌めくのを、全員が見つめていた。
(負けた……?)
決して認めたくない、最悪の結果。空聖の姿はない。あまりに呆気ないほどに、人は忽然と消えてしまう。ヴェラはさあと血の気が引いていくのを感じた。
「いや、まだだ。まだ、
隣でフォルケが呟くのを聞いて、ヴェラは涙で滲む目を擦る。
「──!」
しかしローズマリーの下半身はない。千切れ飛んでいた。雪風に垂れた臓物が
「勝て……」
ヴェラは叫ばざるを得なかった。
「勝てッ! ローズマリー・ヴァン=ローゼスッ!! あんな鳥1匹に負けんなッ!」
肩で息をして、天に向かっても叫ぶ。胸に去来するのは空聖の瞳の中の遥かなる
「この野郎……ッ! 見てんだったら返事しやがれッ!!
息を深く吸って──、
「もしローズマリーを殺してみろッ! 私は……、私はお前をぶっ殺してやるからなッ!!」
叫び尽くして、雪雲がぼんやりと虹色に輝いた気がした。突如として七色が帯となり、
バツンと布が千切れるのに似た音があって、衝撃波が球になって広がる。火の鳥が興奮して金切り声を上げ、周囲にキラキラと真っ赤な羽毛を撒き散らす。
ヴェラは呆然とした。何が起きた。まさか天に
いや、違う。火の鳥の背中に人影。
「人が乗ってる……?」
その者は鎧を身に纏い、手には槍のように柄の長い武器を手にしていた。そして白く煌めくその武器を、鳥の背に突き立てているように見える。
「だ、誰……?」
「まさか──」
フォルケなどの霊感のある兵は揃って勘付いた。彼女から滲む聖の気配が尋常ではない。
「光の聖女か……っ!」
輝聖キャロルは
(──コイツ)
危機感が瞬時に膨らんでキャロルの体を縛り付けた。全身から汗が噴き出る。身の毛が
(マズい、思っていたよりも幾分強い……ッ!)
──羽毛の下、肉が沸騰するように隆起し、
キャロルは今日まで様々な魔物と戦い、勝利を収めてきた。5人の聖女の中でも実戦に長け、特に魔物を相手にした場合は基本的に常勝、右に出る者はいない。そのリトル・キャロルが、魔物に
自分でも分かる。己に備わる猿人の時代からの野生が甦り、『死ぬぞ』と警告してきている。悪寒に悲鳴を上げたくなる。……もう十分だ。理解した。不死鳥フェニックスは生半可な魔物ではない。他の魔物と比べても格が違うのは明らかで、果てしなく危険だ!
「ローズマリーっ!!」
キャロルは青い顔で、不死鳥の首元にしがみ付く空聖に叫んだ。空聖の限界はとうに超えている。下半身がないから
時間がなかった。キャロルは鋭く息を吸い、聖具に魔力を送り込む。刃の先端から極光を発生させ、
(手応えがない……ッ!)
腐敗しない。それどころか、不死鳥の体は
炎の中でキャロルはエリカの言葉を思い出していた。第三聖女隊の書簡を持った鳩の
(私の魔力を吸収している……ッ! 私が
不死鳥の血を取る?
生捕りにする?
馬鹿な事を言ってはいけない。
今すぐにこの魔物を封印しなくてはならない!
(だが、ここから挽回する方法はあるか……っ!?)
1分も経たぬ内に
そうなれば私は私ではなくなる。
冷静にものを考える事ができるのは、きっと30秒が限界。
(……私が死ねば、世界は瘴気に飲まれる)
炎の中で呼吸はできない。ああ、水の中のよう、耳も聞こえなくなってきた。薄れゆく意識の中で、キャロルは勝利への糸口を探った。
(だが、神は滅亡を望んではいない)
絡みつく藤がキャロルの肋骨を何本か砕いた。痛みはなかった。
(神はリュカであり、もうリュカでない)
恐らくは筋肉が芋虫に変わって、力も入らない。
(人間の意志の融合体。混ざり合ってしまった。リュカの記憶と人格を持つ、いわば
瞳が焼ける。ぼやける景色の中、リュカの顔が浮かんでいた。痛ましい生首の姿だった。それは不気味に、そして美しく、
(私は、それって、ちょっと寂しいと思う。お前も確かに、瘴気の外に
全てはリュカの小さな嘘から始まった。
彼女はいつも孤独だった。だから、同じく孤独を味わってきた奇形達と少しでも打ち解けたいと思った。その為の、
私たちは、生まれるずっとずっと前から、優しい嘘の
(
幻の中でリュカは微笑んだ。
その時、希薄なリュカの向こう側に気配を感じた。吹雪の
先頭を行くのは
「ローズマリーッ!! コイツを地に叩き落とすッ!!」
キャロルは全力で魔力を放出した。もうここで枯れても良いと思うほどだった。
不死鳥はキャロルの魔力を吸う。だがキャロルも力の限り、不死鳥の体の中で極光を炸裂させ続けた。吸われようと、関係ない。
ローズマリーもまたキャロルの叫びに応えた。
差し込んだ
(あと……、もう一押し……)
キャロルは叫ぶ。
「リュカぁぁあああッ!! 私は瘴気を祓うッ!! 私を生かせッ!! 私を殺すなあああッ!!」
王城で第二王女ソフィアの命により、最後に残った『アリアンロッド』の一門が火を噴いた。不死鳥に放たれた砲弾は
「ヒューバーーートッ!! ヒューバート・ダーフッ!! やれぇええーーッ!!」
翼を失った不死鳥は、黒煙を纏って落下を始める。
大通りを駆けるヒューバートにも、それは見えた。雪風の中で、何かが激しく明滅しながら地に落下していく。そして発煙筒に着火。火花を散らすそれを掲げ、合図。
「
背後の騎馬隊は各々十字を切り、石灰の袋に穴を開ける。凍結の魔法陣を記す準備を始める。
「──これより、『
☆3巻上が発売されました。
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