不良聖女の巡礼   作:Awaa

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駅馬車

 

 私は街外れで待たせておいた馭者(ぎょしゃ)のトムソンの元に寄った。青鹿毛(あおかげ)と黒毛の二頭の馬のうち、黒毛の方が私の体に顔を近づけた。撫でてやると気持ちよさそうにして、私の腕を唇で甘噛みをする。

 

「行こう。エリカは無事に目覚めたらしい。報告があった」

 

「あの子、懐いてたんだろ? 良いのか?」

 

「良いんだ。迷惑をかける事になる」

 

 馬車の中はトムソンが街で仕入れた物品が山積みになっていたので、馭者の横に座り、出発する。

 

「俺ぁ、可哀想だと思うけどな。あの子、ショック受けるぜ」

 

「私が教えてやれる事はもう何もない。彼女にとって一緒にいるメリットは薄いよ」

 

 煙草に火をつける。さすがは大盗賊様が奪った高級煙草だ。香りが豊かで、味も深い。丁子(クローブ)もくどすぎず、上品で質がいい。

 

「メリットならいくらでもあるだろ。魔法でも教えてやりゃあ良かったのによ」

 

「使えないんだよ」

 

 魔法は生まれた時点で、使えるか使えないかが決まる。つまりエリカは生まれつき気海(きかい)で魔力を生み出すことが出来ない。気海とは股上の部位で、丹田(たんでん)ともいう。

 

 今は混血が進んでいるが古来にまで(さかのぼ)ると、体内に魔力を作れる『カタロニア人』と、魔力を作れないが身体能力に優れる『カレドニア人』の二つの人種があった。険しい山々を包するプラン=プライズ辺境伯領の人間はカレドニア人の血が濃い。よって魔法を使える者は少ない。現に辺境伯領には魔法学校の(たぐい)がない。

 

「で、お前さんの行き先は?」

 

「相乗りだ。お前の都合に合わせて降りるよ。そこからは適当に行く」

 

「投げやりだな。これからどうするつもりなんだ?」

 

 私は黙った。どう言葉にしようか、迷ったのだ。

 

 つまり言うなれば、きっと私は……、自分の運命を切り拓いたエリカ・フォルダンに影響されたんだろう。あの竜が死んだ日以来、とある想いが内から沸いて出ていた。今、どうしようもなくそれを求めている。

 

「私は……、私の事を知りたい」

 

 煙は白く帯を引いて、青い空に消えていった。

 

「なぜ私は……、複雑な構造をもつ生命を生み出せるのか……」

 

「……俺、魔法に(うと)くて分からねえんだが、それって変なことなのか」

 

「自分で言うのも何だが、ありえない」

 

 エリカは魔法のことは詳しくなかったし、辺境伯も事情があると踏んで遠慮したのか、これについて深く追求はされなかった。が、どう考えてもおかしい。私だって、おかしいと思った。

 

 最初は『そういう事もあるだろう』と思って、出来るだけ考えないようにすることで心持ちが楽になった。だが、いつまでもそういうわけにはいかない。

 

「まず、魔法は四大元素(エレメント)と陰陽から成る。火、水、風、土、そして光と闇だ」

 

 炎の魔法は文字通り火を生み出し、水の魔法は水を生み出す。風の魔法は風を生み出し、大地の魔法は砂を生み出す。光の魔法は灯りを生み出し、闇の魔法は影を生み出す。

 

 魔法はそれぞれを掛け合わせる事で、さらに様々な現象を生み出す。仮に氷の刃を作ろうと思えば、水の魔法で水を生み出し、風の魔法で()てつく風を纏い、氷を成形する。実力者であれば、そこに大地の魔法で塩を生み出して威力を増すなど、術の発展のさせ方も幾らでもある。

 

 例えば、いつだか会った宮廷魔術師は闇の魔法で影を凝縮して刃とし、いつだか会った冒険者は光の魔法で光を凝縮して雷とした。まあ、冒険者に関しては結局それをやる前に指を折られた、か。

 

「それぞれの元素は、『サラマンダー』『ウンディーネ』『シルフ』『ノーム』という精霊が(つかさど)っている。光と闇は『スプライト』と『リリス』」

 

「へえ……。動物、みたいな?」

 

「どうかな、目には見えないからわからん」

 

「んな無責任な……」

 

「見えないものはしょうがないだろ。重要なのは、精霊の餌は魔力だってことだ。魔力は人間や魔物などの動物にしか作れない。つまり私たちが魔力を生み出し、それを分け与える代わりに、彼らの力を借りる。それが、魔法なんだ」

 

「えっ! そんな順序を踏んでたのか⁉︎」

 

 理屈とすれば、だが。誰もがそんな事を考えながら魔法を使っているわけではない。

 

「じゃあ魔法陣とか詠唱とかは? あれ、何の意味があるの?」

 

「術の効果や範囲を限定する設計図のようなものかな。コイツを理解したり1から作ったりする為に、みんな研究する」

 

「回復魔法は?」

 

「それぞれの精霊の力を借りて、生命力を増幅させているに過ぎない。やり方は腐るほどある。入口や過程がどうあれ、最終的に身体が回復すれば、それは回復魔法だ」

 

 とにかく、この世にある魔法は全てにおいて四大元素と陰陽に基づく。それが(ことわり)だ。

 

 ──だからこそ、この生命の力はどう説明すればいい?

 

「わからないんだ。この菌糸を生み出す力が、何なのか」

 

 菌糸とは、菌。細胞を持つ。つまり生命だ。生命とは、言ってしまえば抽象概念。意味が曖昧になる。魔法的ではない。生き物、という言葉に置き換えるならば、それはやはり細胞の集合体で、つまり水と蛋白質(たんぱくしつ)無機塩類(むきえんるい)の塊となる。四大元素と陰陽では表せないほど複雑だ。

 

 それを私は、普通の魔法、それも初歩的な魔法を使う感覚で、生み出すことができる。

 

 なぜ? 何故だろう。わからない。

 

「それだけじゃない。私は、私が分からない」

 

 なぜ、私は聖女だとされたのか。聖女でなかったとしたら、なぜ、私は聖女達と同じように日蝕で力を授かったのか。そもそも、聖女とはなんなのか。私は……、何者なのか。

 

 私の中には、さまざまな疑問が渦巻いている。除籍された事、友人だと思っていた人間がそうではなかった事、聖女ではなかった事、あらゆる事を受け入れられず、その疑問を解消しようと思う事がなかった。簡単に言えば逃げているんだ。意識して逃げていたわけではないのが、また腹立たしい。

 

 だから、今はそれを知りたい。知る為の行動をしたい。

 

 私はエリカと出会い、彼女が自分に打ち勝ち、運命を覆すのを見た。正直、凄いと思った。きっとこの先、どんな困難が待ち受けていこうと、自分の力で跳ね除けていくのだろう。

 

 だが、私はそうではない。目の前のものから逃げて、何も得られていない。空っぽで、虚しくて、胸だけが重い。その重さが、声を出して言っているんだ。私もエリカのように運命とやらに向き合わなくてはならない、と。

 

 辺境伯と初めて会った日、旅の目的は『力の源泉を探すことか』と聞かれた。その時は否定したが、成程(なるほど)、確かに年の功と言うわけか、あの親父は私よりももっと前を見据えていたのだ。やれやれ、先輩には頭が上がらないな。

 

「それを知る為に、まずは『原典』を読んでみようと思う」

 

 神が書いたかどうか私は怪しいと思っているが、原典の存在自体は嘘などではない。何故なら、確かに原典の記す通り、日蝕の日に聖女が生まれたからだ。

 

 私はその実物を読んだ事はない。人伝(ひとつて)に聞いたりだとか、遥か昔に誰かが訳したものを読んだことはあるが、本物の原典を知らない。私は、そこになにか大きな仄めかしがあるのでは、と睨んでいる。なぜなら、人伝や訳が正しいものとも限らないから。

 

「原典……?」

 

 トムソンは阿呆面を浮かべて天を仰いだ。この男は学園に入る前の私くらい、この世のことに興味がないようだ。

 

「神が書いたとされる本だ。この世界の(ことわり)についてが記されている」

 

「すっげー。どこで読めんの、それ。図書館?」

 

「図書館には置いてないな。誰も彼もが読めるものではないんだ。果たしてどこにあるんだか……」

 

「アテなしの旅か……」

 

「一応、アテにならないアテならある」

 

「どんな?」

 

「教皇」

 

 正教会で一番偉い人間だ。原典のありかを知らないわけがない。

 

「……ホラ吹いてんのか?」

 

「ああ、言ってなかったか。アイツが一方的に私を聖女だと決めつけたんだよ」

 

「……」

 

 トムソンはひとしきり黙ったあと、大声で『はあ⁉︎』と聞き返した。耳が痛い。突然叫ぶから、驚いて脚に灰が落ちてしまった。それを払いながら、構わず話を続ける。

 

「とはいえ、学園から追放された私が御目通り叶うとは思ってはいない。いきなり聖都に行って『こんにちは、見せてください』は無理だ」

 

 トムソンはまだ口をぱくぱくとしている。

 

「だから、ヤツの息子を頼ることにする。血は繋がってないらしいが、彼は学者だ。教皇よりは会いやすい」

 

「が、学者? 会いやすい?」

 

 頭に入っていないのか、鸚鵡(おうむ)返しだ。

 

「彼もさすがに原典を読んだ事はないだろうが、教皇から何か聞いているかも知れない」

 

 取っ掛かりとしては十分だろう。

 

「……だが、一つ問題がある。彼がどこにいるか、分からないんだ」

 

 学者には2通りある。部屋でたくさんの書物に囲まれて己の研究に没頭するか、もしくは、フィールドワークに精を出して己の五感で理論を確かめていくかだ。彼の本を読んだことがあるが、思うに彼の場合は後者。決まった持ち場などない。

 

「……名前は?」

 

「──確か、ジャック・ターナーといったかな」

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