適当な商店で適当な
私は、この学園のある王都から離れようと思った。巨大な学園の
本当のことを言えば、私はどうしたら良いのか分からなかった。
ただ一つ確実な事は、私は聖女ではなかったから追い出されて当然だと、そういう風に割り切れていないという事だ。心の奥深く、どこかで、しがみつこうとしている。しがみつける物なんか何もないのに。それが情けなくて、嫌気が差す。
私は全てから逃げたかった。だから、この王都から消え去りたいんだ。
私だって、それなりの覚悟を持ってやってきたつもりだった。『世界を救う』と大層な
私は胸のロザリオを掴み、誰もが信じてやまない神とやらに問いかける。
「お前の存在を一度だって信用した事は無かったが、もし本当にいるんだったら相当に性格が悪いな」
馬車の窓からロザリオを捨てた。もう私には不必要だ。
■■
幾度か馬車を乗り継ぎながら、とにかく東へと向かった。
海沿いを走った。
さらに馬車を乗り継ぎ、田園地帯を走った。あの時のような野焼きの煙はない。時期が違う。季節が巡っていることを実感する。
やがて
最終的に辿り着いたのは、山間にある古い馬宿だった。金がなくなったので、ここを終着点とした。
一言でいえば、何もない場所だった。
馬宿には6人の人がいた。家族経営らしく、夫婦とその子供。あとは商人達だ。ひとまず商人に街の行き方を聞き、馬宿を出た。金もないので、部屋は取れなかった。
■■
街に向かう為、森に入った。まだ明るい時間帯だったが、暗い森だった。
木々のざわめきが聞こえる。土の匂いを感じる。降る光は少なく、
足場が悪く疲れたので、ごつごつとしてうねる大木の根に腰掛けた。都会の
私はそれからしばらく、根の上で考え込んでしまった。孤児院で暮らしていた頃のこと。当時の仲間たち。学園での生活のこと。そして、これからのこと。
そうしている時、ふと、思った。私はあの日以来、本気で
力の正体がわからないから、使えば周りに危険が生じる可能性もあった。何より私自身が女神像を腐らせた、あの力を受け入れてなかった。だから、ちゃんと使おうとした事がないまま、ここまで来てしまった。──私はまだ、この能力について何も知らない。
ここならば、どんな事が起きても人に迷惑はかけないだろう。周りの人間を腐らせることもない。
思う存分やってみる、その価値はあると思う。
「……ふぅ」
深呼吸をする。手を前に突き出し、魔法を使おうと試みる。だが、何も起こらない。
「……何かが違うんだろうな」
目を閉じて、もっと強くイメージする。あの時の感覚を思い出せ。
「……ッ‼︎」
手応えがあって目を開けると、人差し指からピョロっと赤い塊が出た。一瞬、
摘めばふかふかとしている。生肉のような見た目だが、
軽く潰してみる。痛くはない。もっと力を入れると、やがて潰れ、それは裂けた。
裂け方を観察する。
「──
座っていた根の近くを探索し、生えている
「……間違いない。やっぱり私の手から出たのは
茸。つまり、菌糸だ。と、なると。女神像を腐らせたのは、まさか
「……でも、なんでこんな力が?」
私は首を捻る。なぜ、茸なのか……。いや、そもそも本当に茸で良いのか……。
これが正真正銘の茸なのであれば、食えるはずだ。味を確かめれば、確実なものと言える自信がある。私から生み出されたものに、自分を殺めるような毒があるとも思えないから、食べられるとは思うが……。いささか抵抗はある。自分の爪を食べるようで。
「……食うにしても、念のため焼いてみよう」
魔法で火を起こして、適当な枝に茸を刺し、焼いた。多少手を加えたことで抵抗感は薄れたので、食ってみる。
食感は間違いなく茸だ。味に関しても、そうだと断定しても良いと思った。薄味の
「……美味くはないか。学園で良い物を食ってたから舌が肥えたのかも知れない」
不幸な舌だ。孤児院にいた頃なら生ごみだって食ったが。
「単純に風味が足りないんだろうな」
様々なイメージをして念じては出し、念じては出しを繰り返しながら実験していくことにした。遊びのつもりで、美味い茸を出してみようと思ったのだ。なにより何かをしていれば、何となく気が紛れた。
茸はコツさえ掴めば、幾らでも出せるようだった。いつかはまともに食えるものも作れるだろう。
■■
この力も、慣れてくれば多少面白みがある。どうやら菌糸は、私の意思で自由自在に形を変えて生み出す事が出来るらしい。そして、出せるのは茸に限った事でもない。カビや
こうして夢中になっている内に、私は森から出ることが無くなった。食糧は自分で出せるし、人もいないので思う存分能力を試せる。ここは私にとっては理想の場所になった。
森に篭ってから3日が経った。朝起きて、古い森小屋に置いてあった古い鍋を使い、茸のスープを作るのが日課となっていた。
気づけば私が寝床にしている、杉の木の
そして鳥や鹿などの森の動物たちが寄ってきて、茸を食べるようにもなった。
「うまいか? そうかそうか。そりゃあ良かった。お前らが喜んでくれるなら、このクソ能力も報われるよ」
子鹿を
7日が経った。もはや茸程度であれば、あらゆる場所に発生させられるようになった。地面や木々にはもちろん、泥沼や岩壁でも、胞子さえ発芽できる場所ならば、どこでも可能だ。
「慣れれば結構便利だな。足場にして崖は登れるし、川も渡れる」
毎日歩き回る事で、このひどく広い森にも多少は詳しくなった。
奥に行けば行くほどに葉は日を
察するに、
森に来てから今まで、誰とも会わないのはそのせいか。一回くらい
その日は森を周り、幾つかある放棄された森小屋から、小瓶などの容器を集めた。実験に使うのだ。私がどんな菌を生み出すことが出来て、どんなことが可能なのかを、もっと深く確かめたいという意図があった。
気づけば私の棲家である
ある日、子鹿の親子が私に花をくれた。いつも茸を食わせているお礼のつもりなのだろう。
■■
森に来て2節が経った頃だった。
「あれ? 親はどうした」
子鹿が来たが、いつも一緒だった親鹿がいない。しょんぼりとした子鹿が『ついてこい』と私を見て、どこかに案内しようとしている。大人しく子鹿の後をついていくと小さな泉があって、ほとりに血塗れの親鹿が倒れていた。
「死んでるのか……」
子鹿が親鹿に寄り添うように座る。
私は親鹿の傷を見た。何か、大きなもので突き刺された
よく見たら鳥や猿などの動物の死骸が、草木に隠れてぽつぽつと転がっている。遊びで動物たちを殺して回っているのだろうか。ここまで派手な事をやるという事は、恐らく、この森の魔物ではない。
私は子鹿の頭に手を置き、
「よし、わかった。お前の母親は埋めてやる。だがその前に──」
先から背後に、大きな気を感じている。振り返ると巨熊ほどの大きさの、二本角の黒い魔物が音もなく近寄って来ていた。
「私がこの変態野郎を倒してカタキをとってやろうか」
この四本足の馬に似た魔物は、鋭く尖った立派な角を見せびらかすように地面になすりつけ、私が怖がって背を向けて逃げるのを待っている。
「──悠長だなッ! そうしてる間に、穴という穴を塞いでやるッ‼︎」
馬が地を蹴って、弾かれたように突進してくる。だがその角が私を貫くより前に、馬の身体中に茸がぶわっと生えた。
□□
リトル・キャロルが二本角の魔物を倒して少し経った頃だった。神聖カレドニア王国、プラン=プライズ辺境伯軍50名は、昼なお暗き森『大きなシュバルツバルト』を進んでいた。
「やれやれ、まさか我が領に
鎧を身に纏い、
二角獣とは、凶悪な魔物である。
若い兵士が言う。
「
突然現れては殺戮を繰り返す魔物、その中でも巣を持たない種を、人は
「やるしか無いだろう。嫁に別れは済ませたか?」
「生きて帰るつもりですよ、私は」
「ははは。まあ、頑張るしかあるまい。ワシとて今朝の冷めたスープを最後のメシにしたくはない」
お互い、とんだ貧乏くじを引いたな。辺境伯がそれを言いかけてやめた時、森の暗い影から、張った声が聞こえた。
「辺境伯様、辺境伯様ーっ!」
兵が馬を走らせて、辺境伯の
「いたか」
「発見しました……‼︎」
「ようし、案内しろ。総員、戦闘準備──」
「そ、それが……」
言い淀んだ兵に案内された場所で見たのは、泉の岩場に倒れた二角獣の死骸だった。
二角獣は馬に似た黒く巨大な魔物で、皮膚が
辺境伯は、
その死骸は菌に
「──バカな。皮膚の内側から爆ぜてるのか?」
辺境伯は馬から降り、死骸に近寄る。
「危険では……! 何があるか、わかりません!」
兵の一人が、制止する。
「こういう時は老いぼれから死ねば宜かろう。離れていなさい」
そう言って辺境伯は、膝を立てて座り、死骸を触り、よくよく観察する。粘る肉に、微かな力を感じた。
「──解せんな。これは、魔力だ。人がやったとでも言うのか」
プライズ辺境伯は左手で銀のロザリオを握る。何か、胸騒ぎがしたのだ。これは不安とも恐怖とも違う、何か起きるという酷く
「二角獣を相手に、一体誰がこんな事をできるのか──」
木々に囲まれた暗い空を、鳥たちが忙しなく行き交う。胸の内のざわめきを映し出たように、ただ、忙しなく行き交う。
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