不良聖女の巡礼   作:Awaa

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行軍

 

■■

 

 午前2時。セント・アルダンの教会。無数の蝋燭に照らされ、大理石の床が光るその礼拝堂。

 

 今ここには、約50人の怪我人がいる。その内10人弱が子供だった。彼らは全員商人で、この街の北西にある崖道で起きた土砂崩れに巻き込まれたらしかった。

 

 私とトムソンはマール伯爵領へと向かっていたが、その道中、土砂崩れの現場に出会(でくわ)した。すぐにトムソンに人を呼んでもらい、救出し、こうして治療を行っている。

 

「問題ない。すぐに治る」

 

 ようやく、最後の怪我人を()終える。出来ることはやったつもりだ。だが、残念ながら教会の外には15人の死体がある。彼らは、私たちが見つけた頃には事切れていた。

 

「流石ですな、本当に。私一人ではとても()きれなかった」

 

 セント・アルダンの修道院で医者をやっている爺さんが近づいてきて、温めた山羊の(ミルク)を差し入れてくれた。折角なので頂くことにする。

 

■■

 

 少し話をしてから、外に出て夜風に当たる。今日はいささか疲れた。

 

 山からの風はからりとして爽やかだった。煙草に火をつけると、ジジという燃える音が風に消された。死体を布で包んでいたトムソンにも1本くれてやる。

 

「治すのは終わったのか?」

 

「ああ」

 

 老人の亡骸のそばに、1匹の老犬が寄り添っている。ここに到着してから、ずっとこれだ。きっと長い間旅を共にしてきた家族だったのだろう。

 

「結局、『助けに来る予定だった兵隊さん』ってのは誰だったんだろうな?」

 

 怪我人の一人が言っていたことだ。どうやら私たちが来る前に兵が通りかかり、助けを呼んで来ると言って足早に去っていったらしい。中にはその助けが私たちだと思っている人もいるようだが、実際にはそうではない。

 

「白い甲冑(よろい)の兵だったそうだ。ま、正教軍だな」

 

「正教軍が何でこんな田舎に……」

 

「水の聖女の巡礼だろう。セント・アルダンに立ち寄っていた事からも符合する」

 

 トムソンは干し肉を犬の前に置いてやった。しかし犬が手をつけようとしないので、頭を撫でてやっている。

 

「待てよ。聖女ってのは人を救うもんって聞いたぜ。でも、その水の聖女はコイツらを見捨てて、どっか行っちまったのか?」

 

「どうだろうか……」

 

 マリアベルは強い子だ。自分が成功するためなら、他人を利用することもあるし、嘘だって平気でつける。可愛い顔をして、そういった事を躊躇なくやる。

 

 だが、その根本は良い子なのだとも思う。でなくば、あんなに小まめに親に手紙を書くことなんてしないだろう。机に向かっている時の優しげな顔は、決して偽りの表情ではなかった。

 

「知り合いだったんだろ?」

 

「聖女の中では一番付き合いがあったかな」

 

 マリアベルは、学園に入ってから初めてまともに口をきいた子だ。入学当時、私は身分が低いから誰にも相手にされていなかった。その中で、唯一ちゃんと接してくれたのがマリアベルだった。

 

 もちろん、それが無償の優しさであったとは思っていない。私を利用してやろうという確かな(したた)かさも、ひしひしと感じていた。

 

「どんな人だったんだ?」

 

「良い子だよ。まあ、若干調子に乗るきらいはあるが」

 

□□

 

 パイモンにある鳩小屋に、1羽の(みやび)な鳩が降り立った。

 

 鳩小屋を管理している少年は目を疑った。鳩が持っていた2つの書簡には、金蝋(きんろう)による封がなされていたからだ。印は教皇冠と聖鳥章、その周りに5つの剣と盾が描かれている。少年は急いでそれを記された宿に持っていき、宿主は急いでそれをターナーへと持って行った。

 

 ターナーは自室で書簡を受け取り、急ぎ封を解く。その内容は、全く予想しないものであった。

 

『神の御名において海聖(かいせい)に従うことを命ずる』

 

 差出人の名は聖座(せいざ)()()()()()()()()()()()()

 

「──馬鹿なッ!」

 

 ターナーから血の気が引く。指は冷え、眩暈(めまい)がした。この一枚の紙、ただの一文に、あまりにも情報が多すぎる。

 

 水の聖女に従え?

 ならば光の聖女に対する謀反(むほん)を支持すると言うことか?

 何を考えている? どのような理由があってその判断を下したのか?

 いや、しかし、一番目を疑うのは──

 

「クリストフ5世の名がない……!」

 

 ヴィルヘルム・マーシャルは正教軍の大元帥。追放されたリトル・キャロルを除く、四人の聖女を任命した盲。それが聖座、即ち教皇を名乗るとは何事か。教皇はクリストフ5世ではないのか。

 

「──正教会は軍部に乗っ取られたか」

 

 まさか、教会内に燻っていたクリストフ五世の本部教庁とヴィルヘルムの軍部の軋轢(あつれき)が極まった結果か。

 

 これについて考察する間もなく、扉を叩く音がした。外から、リアンの声がする。

 

「ターナーさん、聖女様がお呼びですが……」

 

 悪い予感がして背筋が凍る。

 

□□

 

 ターナーは緑溢れる中庭を行き、マリアベルのいる離れ屋まで向かう。その隣でリアンは歩みを進めながら、強張った表情で書簡を読んでいた。

 

「ならば……。ならば、光の聖女を討つという選択を正教会が許可をしたと言う事になるのですか……⁉︎」

 

「『聖女に従え』と勅命(ちょくめい)は下りました」

 

 勅命を背けば、叛逆(はんぎゃく)である。

 

「恐らく、聖女様に呼ばれたのも密告がバレたからでしょう」

 

 リアンはハッとして、ターナーを見る。マリアベルの自室に呼ばれてターナーを呼べと言付けられた時、机の上に似たような書簡があったのを思い出した。

 

□□

 

 部屋に着くと、マリアベルは窓辺の椅子に座っていた。涼やかな夏の風に髪を揺らしながら、ターナーに書簡を渡す。内容はターナーに届いたものとは別であった。

 

『巡礼の間に限り、これをもって海聖の権限を教皇と同等とする』

 

 ターナーの悪い予感は当たった。教皇ヴィルヘルムはマリアベルにも書簡を届けていたのだ。

 

「光の聖女を討つと覚悟した瞬間に、これです」

 

 マリアベルの表情は読めない。窓からの光が逆光となって、深い影を落としている。

 

「きっと、これが神のお考えなのでしょう」

 

 ターナーにはそれを否定することが出来なかった。一連の流れは、マリアベルにとってあまりにも出来すぎている。神の奇跡と言っても良いほどに。

 

「リアン、今すぐヒルデブラントを呼んでください。話があります」

 

 隣でリアンが仕方なく頷いたのを見て、ターナーは問う。

 

「……どうするおつもりですか、聖女様。まさか、本当に光の聖女を」

 

「──部外者には関係のないことです」

 

 ターナーは一瞬硬直したが、すぐに目を閉じ、ゆっくりと頭を下げた。

 

 (これ)をもって、ジャック・ターナーは正教軍右筆(ゆうひつ)および中尉を罷免(ひめん)。巡礼の間はマリアベルの監視下に置かれ、自由を失う。聖都に戻り次第、陥穽(かんせい)の罪人として軍法会議にかけられる事と決まった。

 

□□

 

 数刻後、マリアベルは急ぎ現れたヒルデブラントに告げる。

 

「貴方には、光の聖女を見つける手伝いをお願いしたく思います」

 

 ヒルデブラントは跪き、額の汗をハンカチで拭きながら、へこへこと頭を下げ、話を聞いている。

 

「大した事ではありません。乙女たちを集めて欲しいのです。ウィンフィールドは広いので、一軒一軒回っていくのはとても時間がかかりますから」

 

(かしこ)まりました。聖女様のために、身を()にして働かせていただく所存です」

 

「良い機会ですから、ウィンフィールドの子供たちに私の力を特別にお見せするという事にしましょう。私のような子供でも世の役に立てると言う事を知れば、乙女たちの励みにもなるでしょう」

 

□□

 

 12時50分。海聖の号令により、パイモンにある哨所(しょうしょ)前に、第二聖女隊、ならびに辺境伯軍で構成された護衛隊53名が集った。

 

 聖女が兵たちの面前に立ち、言い放つ。

 

「ただ今より、辺境伯軍護衛隊を第二聖女隊へ合併し、ウィンフィールドへ向かいます」

 

 辺境伯軍の兵らは互いに、これはどういうことか、と視線を交わす。第二聖女隊に属するならば、指揮系統が大きく変わる。プラン=プライズ辺境伯ではなく聖女マリアベルの命において働かなくてはならない。

 

「理由をお聞かせ願いたいのですが」

 

 エリカが問う。

 

「全てを円滑に済ませるためです」

 

「説明が十分になされないなら、辺境伯軍としては──」

 

「拒否権はありせん。教皇の勅命により全権が私にあります」

 

 エリカは目を見開き、驚く。

 

「以降、疑問を(てい)す場合は教皇に対する叛逆(はんぎゃく)として、これを扱います」

 

 そして辺境伯軍の全員が一斉に、45度の最敬礼をした。

 

 勅命とされれば、従うしかない。勅命に理由は問えず、説明はない。そして教皇の名は、王の名と同位。それを断れる人間は、この世界に王と教皇のみである。

 

□□

 

 13時。第二聖女隊はパイモンを出立。以下隊列、第二聖女隊の馬車3台、昨晩のうちに隣領から駆けつけた正教軍騎兵30名、辺境伯軍騎兵10名、辺境伯軍歩兵35、内正教軍1名捕者。ウィンフィールドを経由の後、近郊(きんこう)にある地下墓地ラナを目指す。

 

「これより本隊は、風を食む雄牛の討伐に向かう。前進」

 

 先頭に立つ正教軍兵士が合図をし、みな一歩を踏み出す。

 

 エリカは号令に違和感を抱いた。そもそもの目的は風を食む雄牛を封ずる魔法の強化、また、それに取り憑く悪霊の祓いではなかったか。──いつのまに巡礼の目的が変わったのか。

 

□□

 

 13時5分。エリカはこれらのただならぬ気配から、密使を辺境伯の元へ行かせることにした。

 

 ミッシェルは隊から騎馬が一つ離れて行った事に気がついたが、それを黙認(もくにん)。正教軍に悟られないよう、騒ぐなと早急に部下に伝達。表面上、滞りなく行進がなされているように努めた。

 

□□

 

 15時。ウィンフィールドにある居城(パレス)。領主プラン=プライズ辺境伯の執務室に、エリカが送った密使が到着する。密使の顔は青い。

 

「ミッシェル・マクロラン、エリカ・フォルダン両隊は本日より第二聖女隊に属するとして、指揮権が聖女に移行されました」

 

 辺境伯は、ずり下がってきていた老眼鏡を指で押し戻し、怪訝な顔をして本から密使に視線をうつす。

 

「また、風を食む雄牛の封の強化から、巡礼の目的が討伐へと変更になった(よし)

 

「何……? ならば、封印の獣の封を解くと言うのか」

 

 風を食む雄牛は600年前に、『物理的に討伐が不可能』として封印された魔物である。

 

 残された書によれば、この魔物は身体がない。風を食べて体を風にしたとされる。まるで鎌風(かまかぜ)のように皮膚を切り裂き、跳ね飛ばし、体に風穴を開けていく。身体がないので、姿が見えない。姿が見えなくば、対応のしようがない。

 

 かつて突然現れたこの魔物に、プラン=プライズ辺境伯領の前身であるプラン領の民が三万人以上殺された。戦乱や飢饉(ききん)よりも被害が出た。

 

 最終的に雄牛は、何百という兵や住民を残したままウィンフィールドの街ごと封印された。封印に成功したのは奇跡に近かったと記される。この戦いで当時の宮廷魔術師が多く(たお)れた。今あるウィンフィールドは、旧市街から人々が移転して成ったものである。

 

 封印の地には石柱を立て、幾つもの平たい岩で覆い、上から盛り土がされた。今では旧ウィンフィールドを、地下墓地ラナと呼ぶ。ラナの名は、魔物の封印に用いられた16歳の生贄の少女の名から取った。

 

「ならんぞ。そんな話は聞いていない」

 

「しかし、教皇の勅命です」

 

「勅命だと⁉︎」

 

 立ち上がり、椅子が倒れる。

 

 辺境伯は直ちに第二聖女隊に向けて密使を返した。それとは別に、文を持たせた伝令も出した。これは、何故に討伐を行わなくてはならないのかを問うものであり、その中止も求めている。

 

□□

 

 同時刻。ウィンフィールドの中央広場では、商工組合(ギルド)制札(せいさつ)を立てていた。パイモンのヒルデブラント準男爵より『聖女の計らいで特別に子供達にお力を見せていただける』との報が届いたのだ。制札には、聖女と共に地下墓地ラナに向かえるということ、それから、出発は明日夕刻だということが書かれている。

 

 突如現れた制札に群がるウィンフィールドの男子達は立ち入り禁止のラナを探検できると喜び、乙女達は憧れの聖女様の力が見れると言って、期待に胸を膨らませて喜んだ。

 

□□

 

 18時。辺境伯は居城(パレス)の長い廊下を急ぎ行く。隣の老騎士に言うその声は荒れていた。

 

「伝令が帰って来んのだな⁉︎」

 

「はっ」

 

「正教軍は一体どういうつもりか!」

 

 厩舎(きゅうしゃ)へと向かい、毛の長い黒く巨大な馬に(くら)(あぶみ)を付けた。

 

「ワシの装備を用意せい。それから第二聖女隊の2倍の兵を集めよ」

 

「ど、どうなさるおつもりで!」

 

 老騎士は困惑する。

 

「封印を解くという限り、聖女はウィンフィールドには入れられまい。ラナは街から近い。あまりに危険すぎる」

 

「しかし、勅命ですぞ!」

 

「だまらっしゃい! 領民が第一じゃ! そこは耳が遠かったことにするか、ぼけた事にするか、いずれにせよ年の功で上手く誤魔化すわ!」

 

「あいや(しばら)く! 聖女様に剣を向けるおつもりですか!」

 

「やらん! 膠着(こうちゃく)を狙うだけよ! 伝令が帰って来ん以上、兵をずらりと並べて考え直すよう話すしかなかろう」

 

「それでもやめなかった場合は……?」

 

 辺境伯は考え、少しの間の後で顔を(しか)めて言った。

 

「相手は救いの聖女だ。話せばわかる! わからねば聖女に(あら)ず!」

 

 ここで辺境伯の前に、若い料理人が現れる。

 

「ああ、辺境伯さま、ここにおりましたか。今日の歓迎会の事で、料理長が聖女様は何を召し上がるのかと……」

 

「ええい、じゃかあしい! 今はそれどころではない‼︎ 乳粥(ちちがゆ)でも準備させておけ‼︎」

 

□□

 

 第二聖女隊は石畳の街道を行く。街の灯りが、遠くに見えてきた。

 

 馬車の中、マリアベルはターナーとリアンの二人に話を始める。

 

「光の聖女は恐らく、自分がそうであると気がついていないでしょう。ですから、風を食む雄牛の封を解いた時、よく見ていてください。自らが命の危機に陥った時、その身を守ろうとして、聖女の力を覚醒させるのを」

 

 リアンが目を見開く。

 

「──まさか、集めた子供達を魔物に襲わせるつもりですか」

 

「力を覚醒させたらば、捕らえてください」

 

「多くの無関係な人が巻き込まれてしまう! 人の命を何だと思っているのですか……!」

 

 ターナーは後ろで手を(くく)られてたが、それでも掴み掛かろうとするリアンの服を掴んで止めた。そして、マリアベルに問う。

 

「どのようにして、姿の見えない魔物を倒されるのか。何か策はお有りで」

 

「封印の獣とはいえ、所詮(しょせん)は魔物でしょう。聖女の力があれば、なんとでも」

 

「甘いのでは。雄牛は他の封印の獣とは違う。姿が見えず、討伐(あた)わないとして封印された魔物です。我々ではどうにもならなかったら、如何します。街だけじゃない、領ごと滅びる可能性もあります」

 

「外をご覧なさい」

 

 マリアベルは、山の遠く、瘴気の壁で淡く煙る空を見る。

 

「──遠からず、この地は滅びます」

 

 リアンは憎しみの目でマリアベルを睨みつけ、ターナーの手を振り払った。そして、走行中にも関わらず馬車の扉に手をかけた。

 

「僕はこの隊を抜けます。これ以上は付き合いきれない」

 

「許されません」

 

 マリアベルは聖ノックス市の石剣をぬき、刃をリアンの首元に添わせた。

 

「貴方の父親は、私と婚姻させる目的であなたをこの隊に遣わした。そろそろ認めなさい、リアン。この運命からは、逃れられません」

 

 リアンは石剣から漏れる氷水のような冷たさと、マリアベルから漂う確かな殺意に、体を動かすことが出来なくなった。ターナーもまた、刃から溢れる光と冷気に躊躇し、動くことが出来なかった。動けばリアンの首から血が噴き出す。そう、直感した。

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