風を食む雄牛は封印の獣と言えど、魔物だ。脳みそは
つまり、
私は雄牛がリアンに突撃する横から、その見えない体に菌を根付かせることに成功した。これで誰でも目視が出来るようになった。そして雄牛は今、廃墟に衝突し、それを崩壊させ、のたうち回っている。菌糸が皮膚の奥深くにまで食い込み、相当に痛いのだろう。皮膚だけではなく、体の中までも汚染されたはずだ。
だが、雄牛はその長い体を、まるで蛇が
思うに、まだ余裕があるらしい。
となると、体の丈夫さだけで言えば、竜か、もしくはそれ以上か。脳は畜生だと軽口を叩いたが、身体はさすが『封印の獣』だと言わざるを得ないようだ。思ったより真剣に頑張らなくてはならないかも知れない。
しかし、こう風が吹いては煙草に火もつけられないし、やれやれ、口寂しいことだ。
「リトル・キャロル……」
リアンは血まみれのマリアベルを引きずりながら、私を見た。
「いいから早く。コイツはお前を狙ってるぞ」
私は聖水を撒き、次いで塩を撒いた。来る途中に捕まえておいた
魔物にとって
『フシュルルルル……』
雄牛が息を荒げて、私を見る。
そうだ、私だけを狙え。怪我をしているリアンや、蹲る子供達を守りながらこの魔物を相手にするのは、難しい。
駆け寄って来たエリカに言う。
「エリカ。少し術に集中する必要があるから、しばらく私を守ってくれ」
「私がキャロルさんを守る……⁉︎」
エリカは目を見開いて驚きつつ、少しばかり頬を
「……頼めるか?」
問うと、エリカは目を閉じ、深く息を吸って、吐く。ゆっくりと目を開け、赤い瞳に静かな火を携えながら剣を構えた。
「準備はいいか、エリカ」
「任せてください。キャロルさんには指一本触れさせない……ッ‼︎」
これだけ挑発しても雄牛はまだ様子を見ている。目をぎょろぎょろと動かし、私とリアンを見比べて、何かを見定めているようだ。どちらかと言えば、ややリアンに殺意が向いているか。
ならば、と同胞の胴を噛みちぎって吐き捨てた。残った胴は地に落として踏み
『ブオオオオオオ‼︎』
雄牛は激しく鳴き、その長い体で空を泳いで、こちらに直接向かって来る。
エリカが私の前に出て、雄牛を剣で払う。刃が角に当り、火花が散る。雄牛は弾かれて、私の横を抜けて行った。
「くっ……‼︎」
エリカは苦しげな声を上げた。やはり、左腕はまだ完全に回復しきっていない。それ故に、払う仕草は左腕を
右腕だけで雄牛の突撃をいなせるのは、三度が限界か。すなわち残り、2回。急ぐ必要がある。
後ろから、ごうと風を切る音が聞こえる。背後で旋回して、すぐに攻撃を仕掛けて来るだろう。
私は目を閉じて、姿勢を正し、意識を集中させる。先程は大したダメージを与えられなかったから、もっと純度の高い魔力でヤツの動きを止める必要がある。魔力を溜め、練り上げ、それを一纏めにぶつけてやるしかない。
次いで、
左腕を真横に突き出し、足は揃えて棒とし、頭は正面。天地人の姿勢。右手で三度十字を切り、『
雄牛の魂は『ダーゴン』と、私の魂に直接名乗った。なるほど、覚えやすい名だ。耳心地も悪くない。
「つぁ……ッ‼︎」
激しい衝突音と、甲高い金属音が背後から聞こえた。エリカが雄牛を弾いた。残り、一回。
焦らずに、改めてイメージを高める。菌糸が敵の皮膚の奥深くまで食い込み、もっと太い根となって、肉を破って腹まで蝕むのを、強く強く思い描く。
ジジジ、と音がしている。私の周りで
──整った。最大限まで魔力を溜めた。
それを無駄に放出せず、全てを漏れなく敵にぶつけたい。
精神を揺らさず、なみなみとした器の水を運ぶように、そっと、静かに目を開く。
「キャロルさんっ……‼︎」
エリカの剣が雄牛の角を受けた。捌き切れず、鍔迫り合いのような形となる。エリカは膝をつきながら、何とか持ち堪える。左手を右腕に添え押し返そうとしているが、縫合箇所から血が吹き出る。
私は『ダーゴン』と静かに呼びかけ、雄牛と目を合わせた。
バチン、と雄牛の体に電気が走る。
その瞬間、敵の体の表面がボコボコといびつに盛り上がり、緑色の葉が花開くようにわさわさと生まれ、肉が弾けた。その緑はうねるように増えていき、肥大し、肉を破っていく。雄牛の体から血が吹き出す。腹からは茶色い根のようなものが出て、地面に食い込んだ。
雄牛の体を蝕んだのは、茸やカビの類ではないことは確かだった。
エリカが、ポツリと言う。
「……木が生えた」
その時、雄牛の目がぎょろりと動いて、エリカを
「チッ! まだ動くか! エリカ、剣を貸せッ‼︎」
反撃が来る。すぐに首を刎ねなければならない。
エリカが私に剣を渡そうとした時、雄牛はその体を捻って、根や葉を無理やり千切りながら回転し、エリカを尾で弾き飛ばした。がしゃんと装備が壊れる音と共に、エリカは凄まじい速さで飛ばされ、幾つかの建物を崩壊させた。
剣は私の手に渡っていない。宙を舞っている。
次いで、雄牛は大きな口を開けて、私の頭を齧ろうとしている。まずい。このままでは、首を持っていかれる。
咄嗟に、足元に落ちていた布に包まれた剣を手に取る。柄を持ったその時、少し離れた場所からリアンの声が響いた。
「──ダメだ! それは聖女にしか抜くことができない‼︎」
彼が私に向けて叫んだことが分かったが、その内容までは理解できなかった。理解するまでの余裕がなかった。
柄を持ち、そのまま振り上げると、布が剥がれて刃が露わになった。薄く繊細な刃だった。陽炎のように光が
その切先は、雄牛の体を縦に割き、真っ二つにした。手には何の抵抗も伝わらなかった。まるで空気を撫でたようだった。
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