キャロル考
エリカ・フォルダンは思う。
二人旅となって
キャロルはあまり喋る方ではない。旅に出る前はそうした印象がなかったが、2人きりになるとそれが目立った。ウィンフィールドでは竜を倒すための手段を教えるという名目があったから、あれこれ話してくれていたのであって、本来は口数が少ない方なのだろう。
キャロルはいつも
なので、エリカは不安な日々を過ごしている。キャロルは己と一緒にいて楽しいのだろうか。本当は迷惑だと思っているんじゃないだろうかと、思い悩む。
決して素っ気ないわけではない。無愛想なのは知っていたから、まあこれも愛想がないの
ウィンフィールドを出る際、キャロルは『マリアベルの誤解が解けた』と少しばかり嬉しそうにしていたが、
さて、エリカはキャロルとずっと旅を続けたい。なので、キャロルをずっと好きでいる必要がある。だから、少しでもキャロルを理解する為に、彼女の生態について観察する事にした。
──のだが、思った以上にリトル・キャロルは不可思議な人物であった。結論から言えば、彼女にはまるで生活感というものがない。
□□
まず、キャロルはいつ寝ているのかが分からなかった。
街道を歩いていた際、道を逸れた場所にあった大きな
誰かを護りながら戦うというのは気を使う。体も疲れるが、とにかく神経が
その後、村巷の宿屋に辿り着いたが、エリカは休憩がてら寝台に横になると、食事も取らずにすこんと寝てしまった。
夜半になって浅く覚醒したが、キャロルはまだ起きていたようだし、翌朝エリカが目覚める頃にはキャロルも起きて本を読んでいた。同じく疲れているはずなのに、不思議である。
悔しかったので、いつ寝ているのかを突き止めるために、出来るだけ起きてみる事にした。
だがやはりキャロルはエリカが寝るまで起きていて、エリカが起きる頃には活動を開始している。なんと鶏卵と
そして昨日。ボーフォート子爵領、ハドソン山の
夜が更けて
エリカは、さあ寝顔を見せよ、とキャロルの隣に座り続け、目を
結果、キャロルは一睡もせず、本を参考に術式を紙に書き起こしたり、聖水を作るなどしていた。無念である。目の下の
「キャロルさんはいつ寝てるんですか?」
「え? まあ適当に……」
聞いても納得できる答えは返ってこない。
その後、エリカなりに調べてみたが
□□
食べるものも同様に生活感がない。リトル・キャロルは基本的に毎日同じものしか食べないのだ。朝昼晩、ポタージュとパンである。
二人で飯を作る時にもポタージュとパンであるし、食堂や酒場で食事をする時もポタージュとパンだ。エールを飲む時もあるが、それでも共にあるのはポタージュとパンで、ポタージュが無い店であれば
エリカに対してだけは、良いものを食べろ、と言って肉や野菜、魚、牛乳などで一品を調理してくれる事も間々あるが、やはりキャロル自身の食事はポタージュとパンだけなのだった。
ちなみにキャロルがポタージュを作る時は、鹿骨もしくは
「なんでいつもポタージュとパンなんですか?」
「うん?」
スレイローの目抜き通りにある酒場で、単刀直入に聞いてみた。当然、キャロルの目の前にあるのはポタージュとパンだった。
キャロルは顎に手を当て、考える。そして、少し経って口を開いた。
「ポタージュは間違いがないからな」
「間違いがない?」
「うん。私はまずいポタージュというものを食べたことがない。骨と野菜で煮込まれていれば、大概なんでも美味くなる。だから、間違いがない」
確かにそうかも知れない、とエリカは思う。
「せっかくの食事なのに、不味いものを食べては
そう言ってキャロルは食べ始めた。
「あと単純に、体を冷やしたくない」
パンをちぎり、そっとポタージュに浸す仕草が質素で美しいので、エリカも真似をしてそれだけを頼んでみる事にした。だが、やはり食い出がなく、結局香草で蒸した羊肉を頼んでしまった。
□□
キャロルは持ち物にも生活感が乏しい。
まるで羊飼いが羽織るような
腰には幾つかの巾着袋を下げていて、そこに聖具やまじない道具、調合に必要な素材が入っていた。水や葡萄酒、酢の入った小さな革袋もそれぞれ下げる。
食料は必要に応じ、その都度買うので持っていない。山中など、街がない場所を歩く場合は流石に用意するが、基本は手ぶらだ。
エリカは思う。なんと洗練された旅支度であろうか。ちょっと隣町まで出かけてくる、とでも言うような格好である。そこに、胸にきらりと光る原典の金。黄金の瞳と3点で繋がって神聖な逆三角形を作っている。旅の姿も、絵画の中の人物のようだ。
その一方、己はなんだ。大層な背負袋を持ち、その中には鍋や頭巾、短剣、寝袋などが雑にぎゅうぎゅうと詰め込まれている。腰に下げている
キャロルのように格好良い姿で旅をしたかったが、これではまるで行商人だ。
□□
エリカは苦悶する。完璧なリトル・キャロルの隣にいると、自分が出来損ないのような気がしてならない。決してそうではない、これは一人相撲なのだ、と頭では分かっていても、心はそうはいかない。
「ぬが〜〜っ!」
だから今日もこうして、
そして、
□□
2人はスレイローに暫く滞在していた。
この街は山々に囲まれているから付近に他の街もない。また交易の中継地となっていて、発展しているのも特徴だった。家々の窓には薄い色のついた
近くにあった聖地『スレイローの
この街には古くから紙の歴史が続いていて、大きな図書館や古本市がある。だからキャロルは、この街でターナーに託された聖女に纏わる研究と、自身の力についての理解を深めるつもりだった。エリカもそれを手伝っている。
1節の半分を過ごした頃には、顔馴染みも増えた。
宿屋の主人はジョージ。その娘のファラ。2人は仲良しの親子だ。酒場のダルケルに、給仕のミミ。良い夫婦で、気分よく挨拶をしてくれる。図書館の司書はポーリーナといい、キャロルのお使いで本を探すのに世話になっている。古本市を纏めるのはミッキー爺さんで、彼もエリカの頼み事を気前よく聞いてくれた。
ここはエリカにとって、旅中初めて長居をする街。それもあってか特別愛着が湧いて、この街が大好きになった。
ただ、エリカには少し気になることがある。
司書のポーリーナの
それに近い話を、この街ではよく聞く。
給仕のミミは、女友達が最近酒場に姿を見せてくれないと独りごちるし、ミッキー爺さんも、古本市に毎日来ていた本好きの女性がパッタリと来なくなったと言う。
□□
昼前、行きつけの酒場でキャロルと食事をしている時だった。
常連客の多いこの酒場だが、見かけない風貌の女性が、酒場の店主ダルケルと話している。二人とも、やや深刻そうな面持ちだった。
「誰ですかね?」
エリカはキャロルに問うが、うん、と相槌だけ打って紙に複雑な計算式と術式を記している。魔術の研究をしているようだった。
女性は男装の麗人といった風であり、美しい金の髪を
エリカがその女を観察していると、彼女が視線に気がついて近寄ってきた。
「怪しまれてしまったかな」
女は軽く頬を掻き、困ったような笑みを浮かべた。エリカはその茶目っ気のある表情を見て、悪い人ではないのだと直感した。
「私は冒険者で、シャーロットと言う。組合の要請で、昨日からスレイローに入っている」
シャーロットは右足を引き、右手を胸に沿わせて頭を下げた。これは騎士の挨拶であったから、彼女は元は軍人であるとエリカは察する。カーテシーでもないので。
「冒険者の方でしたか」
冒険者とは旅人兼
彼らは冒険者
「女性が失踪する事が増えているらしくてね。その調査に来たんだ」
エリカはそれを聞いて、組合が動いているんだ、と心の中で呟いた。
「それで、西にある『トスカの森』で
獣人とは狼のような頭部を持つ人型の魔物である。知能は
「既に何人かの冒険者が来て解決に当たっているのだが、どうも芳しくない。消息不明になった冒険者も多い」
冒険者は危険な職業である。こうした話は決して珍しいものではない。邪竜の巣で見た、怯えるようにして身を寄せ合って死んでいた冒険者達の亡骸、その指先まで、エリカは鮮明に記憶している。
「自信がない訳ではないが、一応しっかりと対策をして事に当たろうと思ってな。君は何か知らないか? 例えば群れは何頭だとか、武器は持っているのか、とか」
「いえ、わかりません。森の方には近寄った事がなくて」
「そうか。では直接見て確かめるしかないな」
ここで、初めてキャロルが口を開く。
「手伝おうか?」
するとシャーロットは自信に満ちた笑みを浮かべて、言う。
「いや、結構。これは私の仕事だ。見事に解決をして、立派な冒険者である事を証明してみせよう。こう見えて正教会から勲章も頂いている。連続殺人犯
そして、自分の胸をどんを叩いた後で、パチリと片目を瞬いた。
「みなの笑顔を守る為に、私は鍛錬を続けているつもりだ。獣人ごときに遅れは取らないさ」
□□
それ以降、月影のシャーロットを街で見かける事はなかった。
□□
行きつけの酒場。エリカは席に座りながらも周りを気にしていた。今日もシャーロットを探すが、それらしき女性は見当たらない。街で知り合いに聞いても、そんな人は見ていないと言う。
「シャーロットさん、大丈夫だったんでしょうか。話、聞かないですよね……」
エリカが心配そうに呟く。キャロルは、うん、と相槌を打ちつつも、読んでいる本から目を離さない。
「やっぱり、獣人にやられちゃったんですかね……」
「どうかな」
エリカは目の前のキャロルを上目遣いでちらりと見た。彼女の表情は普段と変わらない。静かな表情で本を読んでいるようにしか見えず、つまりは
──キャロルは心配ではないのだろうか? それとも自分が心配しすぎなだけだろうか?
確かにほとんど交流のない冒険者を、何も手がつかない程に心配するというのは、気にしすぎなのかも知れない。もしかしたら、恥ずかしい事なのかも。キャロルに女々し過ぎると思われただろうか。
「はぁ……」
今度は自分がどう見られているのかが心配になってしまって、ため息を吐く。するとキャロルは唐突に本をパタンと閉じた。
「行こうか」
そして立ち上がり、煙草に火をつける。
「へ? どこへですか?」
「ん? 冒険者
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酒場を出て、エリカは眩しさに目を細めた。
店を示す吊り看板が連なるスレイローの目抜き通りを、二人は行く。武器屋は騎士の細工、肉屋は鶏や羊、理髪店は
目抜き通りを
「彼女、プライドが高そうな出立ちをしていたから、勝手な事をすると後で彼女が嫌な思いをするのかなと思って、中々自分から動き出せなかった。はっきりと断られていたし」
エリカは目をぱちくりとさせた。キャロルがちゃんと考えていたことに、少しばかり面食らってしまった。
「エリカが口に出して心配してくれたから、もやもやするくらいなら動かなきゃ、という気になった。ありがとう」
突然の感謝の言葉にエリカは頬を赤らめ、体の前で両の手をキュッと結んだ。二人して同じ方を向いている気がして、とても嬉しかった。なんだかキャロルの事が分からないと不安がっていた事も、馬鹿馬鹿しいものに思えてきた。やっぱり自分は、考えすぎな性格みたいだ。
「ここだな」
キャロルは吊り看板を見上げた。
紋章下部、帯に『カレドニア北部冒険者組合 ボーフォート第三支部』とあり、そのさらに下に『
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