不良聖女の巡礼   作:Awaa

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大地の聖女(後)

 

 メリッサらは砦近くにある埠頭(ふとう)に立ち、船が停泊するのを見守った。それから橋が架けられ、船から降りてきたのは仰々しい装備の軍人たちと、(きら)びやかな衣装の女たちであった。この女たちは、宮中に仕える女官や侍女である。

 

「姫様……!」

 

 女たちはメリッサの姿を見ると、みな小走りになって寄った。その目には涙を浮かべている。メリッサはすぐさま取り囲まれ、身動きも取れなくなった。

 

「久しいな。変わりはないか」

 

「しばらく見ない間に、大きくなられて……」

 

 メリッサは小さなため息をつき、腕を組む。

 

「これ以上、立端(たっぱ)が出ても困る」

 

「何を仰います。お美しゅうございます」

 

 身長は5(フィート)7(インチ)(173㎝)と女にしては背が高すぎるから、気にしていた。

 

「ミランダも元気そうで何より。長旅は堪えたろう」

 

 メリッサはそう言って、遅れて寄って来た美しい年増の女性に抱きついた。ミランダは女官長に相当し、女たちの中でもより一層煌びやかな衣装を身につけていた。

 

 ミランダは抱きつかれた事で、彼女と過ごした故郷での日々を思い出し、嗚咽(おえつ)を漏らして泣く。

 

「泣くな、泣くな」

 

 困ったように言われたので、女官長は気持ちを切り替えて涙を拭った。そして平然を装って、海沿いに(そび)え立つ塔と砦を見上げて言う。

 

「まさか姫様がこの異国の地で、斯様(かよう)な砦を手にするとは……」

 

 みな釣られて見上げた。それぞれの塔は古く、ひび割れていたり崩れていたりするものの、規模は大きい。兵を整えて配置すれば、一師、つまり2500の兵が攻めてきても、耐え得るようには設計されていた。

 

 メリッサの隣、爺も砦を見上げて口を開く。

 

「そういえば、この砦をどうやって手にしたのか、その手立てを聞き忘れておりましたな」

 

「マール伯爵も、そのご令息もお優しい。妾が、慣れぬ異国ゆえ拠点がないのでは寂しいし切ないと、涙を浮かべてご令息の胸に飛び込んでみれば、赤面してこれを与えてくれただけの事。祖国だと思って自由に使って良いそうだ」

 

 そう言ってメリッサは、悪戯(いたずら)っぽくぺろりと舌を出した。これは彼女の癖である。

 

 爺は大きく目を見開いて、言う。

 

「なんと! 姫は女狐(めぎつね)にございまするな!」

 

 それで、メリッサは腹を抱えて笑った。

 

「ははは‼︎ それは褒めておるのか、爺!」

 

 周りからも、どっと笑いが溢れる。

 

「おお、姫。ご所望のものが降りて来てますぞ」

 

「うん」

 

 船から鞭の音がして、みなが船に注目する。ゆっくりと降りてきたのは、鼻の長い巨大な動物だった。それが10頭もいる。

 

 カタロニアの民たちは何でもないように見上げているが、離れた場所で待機していた第四聖女隊の兵たちは、目を丸くしてそれを見ていた。これは魔物か、獣か。多くの兵がだらしなく口を開けて呆気(あっけ)に取られる中、一人が呟く。

 

「象だ……」

 

「象?」

 

「子供の頃、見世物小屋(サーカス)で見た事がある。玉に乗って芸をしたり、鼻から水を吹いたりする動物だよ。そんなものを連れてきて、どうするつもりだ……」

 

 メリッサは象に近寄り、脚を撫でた。

 

「よし、立派な象だ。お前が用意したか」

 

 若い象使いが頭を下げる。

 

「褒めて遣わす。魔導砲(まどうほう)が取り付けられるか、すぐに取り掛かれ」

 

 魔導砲とは、魔法を砲弾とする大砲である。厳密に言えば、砲弾を魔術的な仕組みとしたもので、生成される弾によっては爆炎を(もたら)す弾にも、雷を齎す弾にも、氷を齎す弾にもなる。

 

 非常に強力な兵器である反面、その砲弾を作るには極めて限定的な錬金術の知識が必要である。その上、制作中に事故が多く、あえて扱おうとする者は少なかった。

 

「次の巡礼の地、『古城ノーザングラウツ』に封じられる『ティナ・ニールセンの竜騎兵団(ドラグナイツ)』に対して試す」

 

「承知しました」

 

「象はまだまだ増やすぞ。これからも頼む」

 

「はっ」

 

 象と象使いは埠頭を離れ、のしのしと砦の方面へ歩いていった。

 

「1節前、象園のあったファブロが瘴気に飲まれたと聞く。象使いのエルマーは無事か?」

 

 メリッサがミランダに問うが、彼女は首を横に振った。

 

「今の彼が、エルマーの一番弟子にございまする。無念を晴らすべく自らも船に、と」

 

「そうか。これまでの恩に報いる事もできなんだ……」

 

「国の(いしずえ)となりましてございます。気に悩まれぬよう」

 

「……そうは言うがな」

 

 メリッサは表情に(かげ)りを見せる。そこに王族たる堂々とした様はなく、それは年相応に思い悩む乙女の横顔であった。

 

 象に続いて、駱駝(ラクダ)が船から降りてくる。群れを成すように大量である。その内の一頭、雄牛(クーユータ)を模した鎧をつけた駱駝が、メリッサに寄って、膝を折り座り込んだ。翳った表情を気にしているのか、顔まで寄せてくる。

 

「ふっ。久しいな。覚えていたか、お前」

 

 メリッサは兜の上から頭を撫でてやる。それから颯爽と背中に乗ると、駱駝はすくりと立ち上がった。周囲から、おお、と声が上がる。

 

 離れた場所から見ていた兵たちは、馬の二倍はあるその高さに目を見張った。10呎(3m)程度の体高に(また)がれば、人間の目線は建物の2階相当と言っても決して大袈裟ではない。

 

「うん。やはりこの目線でなくば、戦場を見渡せない」

 

 メリッサは納得したように頷き、離れた場所の兵たちに届くよう声を張って言った。

 

「お前たちにも慣れてもらうぞ!」

 

 兵達は目をまん丸にして驚く。

 

「えっ⁉︎ 我らも、ですか……⁉︎」

「我らは馬に慣れておりますが……」

「乗りこなせるかどうか……」

 

 それでメリッサは勝気な笑みを浮かべて、発破をかけた。

 

「精進せよ! 駱駝は機動力こそ劣るが、敵の剣は滅多に届かん! 飛び道具にだけ気をつければ良い! 二人乗りも出来るぞ! 前に槍兵、後ろに銃兵で無敵になれる!」

 

 兵たちはおどおどとして顔を見合わせてしまった。それで、そのうちの一人が言う。

 

「それって、対人を前提にしてないか……?」

 

 メリッサの耳にもそれが届き、ニヤリと笑った。

 

「丁度よかろう。カタロニアの民もカレドニアの民も、妾の声を聞けッ‼︎ ここに想いを伝えておくッ‼︎」

 

 メリッサは真っ赤な旗『アルモハードの血』を天高く掲げた。潮風が強く吹き、夏の青い空に赫々(かくかく)と旗がはためく。

 

「妾の名はメリッサ・サンチェス・デ・ナヴァラッ! 聖女である前に、砂漠の国カタロニアの民であるッ! 神より仰せ付かる聖女という役目も、我が国栄光の通過点に過ぎぬッ!」

 

 強い日差しが、長衣に施された金の刺繍を激しく輝かせる。それは燦々として浮き上がるようで、見る者はメリッサが神々しく輝いているのと錯覚した。

 

「改めてここに誓う。妾は必ずやカタロニアを再興する。その為ならば悪魔にだってなろう」

 

 光の中、その美しい駱駝の聖女は、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。聞き入る者たちは、ただ呆然と聖女に見惚れていた。カタロニアの民も、カレドニアの民も。

 

「聖女で悪魔とは大きく出ましたな、姫」

 

 爺は楽しげに笑いながら言った。

 

「これも褒めておるのか、爺」

 

「当然、褒めてございまする。姫が虎視眈々(こしたんたん)とカタロニアの栄光を望むからこそ、みなが慕うのでございます。立派で恐ろしいお方だ」

 

「妾をそう育てたのは爺であろう」

 

 メリッサもふんと鼻を鳴らして笑った。そして、再び旗を天に突き上げ、声を張り上げる。

 

「よいか! 我が第四聖女隊『神の駱駝』は神聖カレドニア王国に対し、国盗(くにと)りを仕掛ける事も厭わぬと覚悟しておけ!」

 

 カタロニアの民は歓声を上げた。この娘ならば必ず、祖国を蘇らせてくれる。何百年も過去、それこそまだ信じる神が一つでは無かった時代。遥かなる大地に広がる砂漠の全てを、いや、世界のほぼ半分をカタロニアが手にしていた時代に戻してくれる。女官たちは興奮に顔を赤らめ、ポロポロと涙を流し始めた。

 

 離れた場所で聞いていた正教軍、もといカレドニアの民たちは茫然(ぼうぜん)としていた。呆気に取られるのとは違う。何かを考える気にはならなかった。それは、このメリッサという娘があまりにも神々しく特別で、あまりにも慕われていて、あまりにも武人であったからだった。

 

 ──これが聖女なのか。

 

 たとえ国に弓引く事となっても、家族を裏切る事になっても、その時は迷いに迷いはすれど、結局この異国の姫に付き従ってしまうのだろうと、兵たちは漠然と思った。

 

「さあ、今日から忙しくなる。妾が巡礼に行く間、みなには砦を修復してもらうぞ。手筈(てはず)を整えよ、爺」

 

「まるでの戦の支度でありますな」

 

 メリッサは駱駝の首を優しく撫でてやりながら、こう返した。

 

「──戦なら既に始まっておる。妾が聖女候補としてこの地に来た時からな」

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