その後、ウォルターは4匹を釣り上げた。一方でエリカは、この悪者には負けられないと意固地になり、なんと10匹も釣り上げた。
小さな机に、木の皿が3つ。そこに、
「なんだこれ美味しすぎる……。こんなの初めて……」
エリカは
キャロルはエリカの食べる様子を微笑んで見て、チラリとウォルターの方にも目をやった。
ウォルターは切り身を口に運ぶと、腕を組んで、悔しそうに顔を顰める。
「……どこで手解きを受けた?」
「感想は美味いか美味くないかで言え」
ウォルターは視線を逸らして言う。
「美味い」
「それは結構」
キャロルは素っ気なく答える。
「お前は本当に何者だ。料理人なのか?」
「ポタージュ専門のな」
キャロルは嫌味を言って、筒状に丸められた一枚の
「それはそうと、これを見ろ」
ウォルターは紙を受け取る。46件の依頼の内、大半が荷物運びと護衛。
「左下だ」
そこには『
「密儀?」
「土着的な生贄の儀式だ。マール伯爵領東部では晴れ乞いをすると本で読んだ事がある。状況から考えるに、恐らくはその事だろう」
そう言ってキャロルは窓に目をやった。未だ雨はざあざあと降り続く。
「分かったぞ。お前は学者だな?」
キャロルは無視をして煙草に火をつけ、話を進める。
「内容を掻い摘んで話せば、こうだ。しばらく晴れ乞いを行っていなかった為か成功せず、その手段を間違えている可能性がある。一度、専門的な知識のある者に、この儀式が魔術的に正しいかどうかを確認して欲しい。報酬は
熊の臓物は
「成功しない理由を探れと?」
「生贄の
吸い口を叩いて灰を落とす。
「寄り道になるが、行こう。
エリカが問う。
「あのー、この紙はどこから……?」
「ああ。
言われた通りに腕を水平に持ち上げると、小屋の暗がりからバサバサと茶色い
この梟は冒険者組合の所有物で、
呼び方は簡単で、組合が販売する閃光弾を空に放てば、飛んで来てくれる。会誌に載る依頼を受けたい場合はそれを丸で囲み、自らの認定証の番号を書いて梟を放てば、それで受理されるのだった。
「可愛い」
エリカが鱒の皮を与えてやると、梟はホーホーと言いながらそれを
□□
夜が明けて、小雨に変わった。キャロルらはこの程度ならば進めると判断し、小屋を出て馬に跨る。結局、小屋の持ち主は現れなかったので、ドゥカート硬貨が300枚入った袋を机の上に置いた。使用料のつもりだった。
馬上、エリカは梟を放つ。梟は小雨を弾きながら、会誌を持って
辿り着く頃には小雨は滝のような大雨に変わっていた。周囲は
村は静まり返っている。木造の家に囲まれた広場まで行くと、煙る中薄らと、家屋から老人が顔を出したのが見えた。
「組合の冒険者だ」
キャロルがそう言うと、老人は、おお、と声を上げながら近寄って来た。すぐに雨で濡れてしまったから自信は持てないが、エリカにはその顔が涙で濡れているように見えた。
□□
老人はこの村の長で、依頼を出した本人でもあった。キャロルらは家に通され、老人は事の
ラロッカでは生贄を使った『晴れ乞い』が行われている。ただし、ここ100年の間は豪雨に見舞われる事がなく、儀式は行われなかった。
だが今回の雨で川は氾濫。村の3分の1が流され、田畑に関しては殆どが消えた。このままでは壊滅すると思い、長は古来の慣習に
キャロルは儀式の方法が記された
エリカはそれを隣で覗き込んでいるが、何が書いてあるかがさっぱり分からない。知らない文字だった。
「何か変な所がありますか?」
「いや、典型的な生贄の
この村では儀を『嫁入』と呼称していた。
生贄は初潮前の少女に限られた。伝統的な花嫁衣装を着せた生贄を『雨粒』が住むとされる場所へ一人で行かせる。すると雨が止み、晴れの日が生まれるのだと言う。そうして緩やかになった川に、生贄の
亡骸を拾い、
しかし花嫁を向かわせても雨が止まない。川から花嫁も流れてこない。生贄は消失している。ついに一昨日の朝、3度目を失敗して今に至る。
花嫁の親たちは涙も枯れ果てた。愛しい娘のおかげで村が救われるなら、まだ良い。村と共に彼女の生きた証も残る。だが雨が止まないなら、無駄に命を失っただけではないか。
そうして絶望し、自ら命を断とうとした母がいた。
その隣で6歳の娘が、泣きながら母の頭をさすってやっていた。彼女は
(可哀想……)
エリカには、母を失う怖さと悲しさが痛いほど分かる。もし、これに百獣軍が関わっていると言うのなら、酷い。多くの人が不幸な目に遭っている。村だって流されてしまって、住んでいる人も行き場を失う。
きっと、雨粒の住処に百獣軍が潜んでいるのだ。それで、生贄が来たところを襲って、獅子侯とやらの元に届ける。──犯人はこう考えているのだろう。生贄だから消えてしまっても誰も不審がらない。良い標的を見つけた、と。
それでウォルターを
「大丈夫だ。今からおっちゃんが原因を探って来てやる。だから、泣くな」
エリカは目をパチクリとさせた。一体これはどういうつもりか。
□□
雨の中。3人は雨粒の住処へと移動を始めた。足元を確認しながら、山沿いの坂道を登ってゆく。その途中、エリカは問うた。
「何であんな事を言ったんですか? 俺が探って来てやるだなんて……」
エリカには良くわからなかった。この男は悪者の癖して、どうして人を助けるような事を言ったのか。それに、百獣軍が任務を順調にこなしているなら、敢えて止める必要もないだろう。少なくとも、この男にとっては。
「まさか、百獣軍が関わってないとでも言いたいんですか?」
「分からん。だが、閣下は『魔法と武術に長ける女を集めよ』と命を出した。長の話を聞くに、生贄はただの小娘だ。生贄の消失にもし百獣軍が関わっていたとしたら軍律違反だ。厳罰に処する必要がある」
ウォルターはエリカを見て、続ける。
「今だけでも良い。武器を返せ。もし百獣軍が潜んでいたら俺が直々に打首にする」
エリカは答えあぐねて目を逸らし、キャロルを見て意見を仰いだ。
「良いだろう。百獣軍が潜んでいなくても、雨粒とやらと戦うことになるかも知れない。突っ立ってくれているよりは、役に立つ」
「雨粒と戦う……?」
エリカは首を傾げる。
「雨粒は魔物だよ。生贄には二つの例がある。一つは、人の血や臓物を魔術の素材とする場合。もう一つは魔物へのご機嫌伺い。今回の場合は後者で、魔術的な
その魔物は何らかの方法で天候を操ることができ、娘を喰らえば満足して晴れにする。しばらく経って娘が食いたくなったら大雨を降らせる。つまり災害を振り
エリカは口を尖らせて、持っていた
「信用ないんだな」
ウォルターは少し笑って言う。
「あるわけないじゃないですか。襲って来たら舌を引き抜いて殺しますから」
エリカは刃を逆さにして、ウォルターの胸に押し当てるように渡した。
□□
雨粒の住処は、村から見えた岩崖の中腹、その洞窟にあった。入り口には
長の話によると、この地には『王の涙』という
古代、この地にあった小国の老王が戦争に負け、洞窟に身を隠した。その王は逃げる際、貰い受けたばかりの幼い花嫁と逸れてしまっていた。政略結婚であるが故、
王は洞窟に隠れている間、彼女の無事を祈り続けた。
そして、ついに荒ぶる敵兵が洞窟へ攻め込んできた時、敵兵達は
洞窟の入口、引いてきた馬を枯木に繋ぐ。松明に火をつけ、洞窟の中に入る。中は異常なまでに蒸していて、浴場のようだった。
入ってしばらく歩くと、腐った木の柵があった。それには様々な呪文と紋様が書かれており、原色に染められた色とりどりの紐と布がつけられ、垂らされている。
「ん?」
キャロルは怪訝な顔で、柵の扉に触れる。
「結界が張ってあったようだが、壊されてるな。しかも、かなり
そして黙る。
「キャロルさん?」
エリカが問うて、ようやく続きを話し出した。
「もしや、ここは聖地だったかな……。雨粒は『封印の獣』なのかも知れない」
キャロルは正教会が把握している聖地を参考に巡礼をしている。が、正教会とて全てを
「百年近く晴れ乞いを行っていなかった事を考えると──」
「それって封印が解かれてる、ってことじゃ」
エリカはゾッとした。まさか、また、風を食む雄牛のような魔物が現れるのか。
「少し用心しようか」
キャロルは煙草に火をつけ、何でもない風に扉を押し開けた。この先は、生贄しか入ることが出来ない。未知の領域だ。
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