キャロルらもナットウォルズに向かっていた。サハンからナットウォルズまでは、そこまで距離があるわけではない。海岸沿いを行き、丘を暫く登ればそこがナットウォルズであった。
夜明け前。地平線に薄い瑠璃色の光が帯となって現れたのは午前5時頃。白砂の海辺でキャロルとエリカは素足となり、波打ち際で波と
「……エリカは自分の事が嫌いか?」
不意に問われて、エリカは顔を上げる。その目は赤く腫れていた。
「どうして、ですか?」
「何となく、気になったんだ」
エリカは俯く。
「……私、竜を倒すまではあらゆる事に必死で、まったく余裕がなくて、自分が好きとか嫌いとか、そんな事を考える暇もなかったけれど。今は、嫌いなのかも知れないです」
「どうして?」
「……弱い自分は嫌いです」
「そうか……」
キャロルは少し残念そうに続ける。
「私はエリカの事が大好きだ」
夜風に
「その……。弱いままで、良いって事ですか……?」
「ん?」
「キャロルさんにとって私は……、ペットのようなものなんじゃないかって……」
「違うよ。そんなんじゃない」
ざあと大きな波が寄せる。
「私はね、エリカのようになりたい」
そう言ってキャロルは照れくさそうに頭を掻く。これ以上、花が溢れないように意識しながら。
「エリカは私にはないものをたくさん持っている」
「私はそんなんじゃないです……」
エリカはどう答えたら良いかわからなくて、優しく波を蹴った。
「……私はキャロルさんになりたいです。強くて、頭が良くて、優しくて、人の気持ちが分かる、そんな人に」
それを聞いてキャロルは目を丸くした。
「エリカは私のことをそんな風に見ているのか?」
「はい」
当たり前のように返事をしてみせたエリカに、キャロルは笑った。
「クハハハハ……ッ!」
エリカは思う。キャロルの事は大好きだが、どうにもその悪役のような笑い方は、何とかならぬものかと。びっくりしてしまうから。
「ごめん。何だか笑えてきてしまって。……私こそ、そんな人じゃないよ」
「いいえ。キャロルさんは、私の理想です。完璧な人です。それに比べて、私は……」
「──エリカのお陰なんだ。私が、私の事を知りたいと思ったのは」
「え……?」
エリカは顔を上げた。
「素直で真っ直ぐなエリカに会って、私も自分と向き合わなきゃいけないと思った。……私は、エリカのような"いい人"になりたい」
地平線、瑠璃色の帯が黄金を孕んで、真っ黒な海に光の筋を作る。
「人のために思い悩んで、涙を流して、叫んで、苦しんで、もがいて、自分が強くならなきゃ、と思っている。そんな、一生懸命で、いい人になりたい」
エリカは言葉をなくしてしまった。自分がそういう風に思われていただなんて、思いもしなかった。頭の中は真っ白で、なのに、凄く泣きそうだった。その中で、涙で喉のつかえるのを押し込めながら、なんとか言葉を絞り出す。
「キャロルさん……。強いって、どういう事なんでしょうか……」
「そうだな……。誰からも奪わずに、誰からも奪われない。そんな人の事を言うんじゃないだろうか……」
言われて、過去を振り返る。己は多くの人の時間を奪ってきたような気がする。時に訓練に付き合って貰ったり、時に挫けた自分を慰めて貰ったり。
「あとは、健康であること。……よし、エリカ!」
キャロルはニカッと笑った。
「
そして姿勢を低くし、構える。あまりにも恥ずかしい事を言いすぎたのだ。ヤケである。
「え!?」
キャロルは水飛沫を上げて、エリカに突進する。
「ちょっと! うわあっ‼︎」
エリカは呆気なく投げられてしまい、ぽーんと宙を舞った。
「ぴぎゃ!」
じゃばんと尻餅をついた。
「え、ええ⁇」
これは一体、何の真似か。貧民街の遊びか。などと一瞬考えている内に、キャロルが腕を取った。もう仕方がないので、全力で迎え撃つ事に決める。
「こんの〜っ! 負けませんっ! 魔法は無しですから!」
波打ち際、ばしゃばしゃきゃあきゃあと2人の少女が格闘する。それをウォルターはしかめ面で見ていた。
「何をやっているんだ、アイツら……」
1人、妻子のことと故郷のことを思って胸の重いのに息苦しかったが、何だか賑やかなのと、エリカが元気そうなので、やや嬉しそうに鼻で笑った。
□□
大暑の節、
駱駝に乗る爺ことアル・デ・ナヴァラに、一人の兵が寄った。
「して、どうだった」
「ライナス・レッドグレイヴは、特に動きを見せていないようにござりまするな。この先にも伏兵は見当たらず、ナットウォルズの近辺にも潜んでない様子。はてさて」
「ほう?」
爺は間諜が持ってきた紙を読む。
「なお、獅子侯には祝いの品を贈った由。麦に葡萄酒、紅茶に
メリッサは顎に手をやって、考える。
「
「姫、少し用心しすぎましたかな」
「まあ良い。脅威とならぬのなら、それに越した事はあるまい。リトル・キャロルはどうか」
「何やら海岸で、取っ組み合いの喧嘩をしているそうにございまする」
「なに? 取っ組み合い? 誰と」
「間諜
少しの間を置き、腹を抱えて爆笑した。
「ハハハハハッ! 全くアイツは、つくづく何を考えているかわからんッ!」
「何を考えているか分からんのは獅子侯も同様。間諜によりますれば、
メリッサは未だ、くつくつと笑っている。
「──なあに。血と肉を思う存分に喰らい、妾と獅子侯のどちらかが真の獅子となる。それだけよ」
□□
その翌日、
「あれが従騎士の言っていた城か。バカみたいに大きいな……」
堀は川となって広い。城壁も高く、塔も多く立っている。
幾つか改修の終わっていない場所は見受けられるも、広さだけで言えば、カレドニア西部でも最大のものとなるだろう。
巨大な門を通っていくのは、領の各地から
□□
そして同時刻。ライナス・レッドグレイヴが間諜の隙を突いて、リゴードンの邸宅を脱出。よく訓練された
──幾つかの大きな運命が、同じ地に集いつつある。1つは守ろうとする者、1つは奪おうとする者。そして、救おうとする者。
本日より2日後。大暑の節、
後世ではその日を『
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