不良聖女の巡礼   作:Awaa

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潜伏(後)

 

 翌朝。午前6時。フォーロックの街から離れた場所にある、小さな集落。その廃屋(はいおく)の一つにキャロルとエリカはいた。

 

「顔は上げる。顎は引いて、だらしなく見えないように」

 

「は、はい!」

 

「胸を張る」

 

「はい!」

 

「肩は並行」

 

「はい!」

 

「軸はぶらさない。地球の中心から一本の糸が伸びて、体を貫通し、頭から抜けて、真っ直ぐ天まで繋がっているように」

 

 エリカは令嬢らしい立ち方と歩き方の指導を受けているが、苦戦中である。元々は貴族だったはずだが、長年の軍人生活で社交的な礼儀作法の類はとんと抜けてしまっていた。

 

「足はつま先からつけて、(かかと)を下ろす。視線は出来るだけ遠くへ」

 

「は、はひっ!」

 

「膝は曲げない。踊り子の気分で動くんだ」

 

「い、いっぺんに出来ない〜っ」

 

 エリカは汗だくだ。ただ立って歩いているだけなのに、こんなにも辛い。果たして正真正銘の貴族だった頃は、出来ていたんだろうか。母親にある程度は教えられていたものの随分と生優しかった気がするし、教えられている間もヘラヘラしていたから、当時から出来ていなかったのかも知れない。

 

「ん?」

 

 キャロルが窓の外を見る。

 

「来たか」

 

 エリカも窓の外を見た。道の向こう、馬車が土埃(つちぼこり)を上げてこちらに向かって来る。

 

「キャロルさんの言った通りだ。本当に来た」

 

「サンヴェルから城に入るには、この道を通るしかない」

 

 二人は廃屋を出て、村から出てすぐの辺り、道の側にある松の大木に寄る。

 

 キャロルは手製の(きり)を取り出して、木に軽く当て、近くにあった石でコンと打った。大木に小さな穴が空く。

 

 そこにあらかじめ用意してあった火薬を少量詰めた。次いで、買ってあった糖酒(ラム)と、焼いて炭にした守宮(やもり)を口に含み、よく混ぜて、霧にして木に吹きつけた。最後に煙草を咥え、火をつける。例によって香の代わりだ。

 

「近づいて来た。エリカ、耳を塞げ」

 

 キャロルは火薬の詰めた穴に煙草を押し付けた。すると魔法が発動し、パシという軽い音と共に大木の根本が爆ぜる。そして、ギギギと音を立て、道に横たわるようにして倒れた。道を走っていた馬車、その馬たちは音に驚いて(いなな)き、その場で足を止めた。

 

「「きゃーーーっ!」」

 

 馬車の中から悲鳴がする。

 

「お、お嬢様⁉︎ 大事ありませんか⁉︎」

 

 馭者(ぎょしゃ)は馬たちを(ぎょ)すのに必死だ。その隙にキャロルは身を低くしながら馬車の近くへと走り寄った。

 

 馬車から女性2人が驚いて出てきた。2人は暴れる馬に気を取られて、近くにいるはずのキャロルの姿に気が付いていない。扉は開いたままだったから、キャロルはさっと中の(かばん)を取り、中身を見て、さっと戻した。

 

「どうどうどうどう、どうどうどうどう。一体、なんだってんだ⁉︎」

 

 必死に馬を宥める馭者を、二人の女性は困った顔で見ていた。

 

「ちょっと前の大雨で腐ってたのかしら……」

 

「でもこれでお城に行かなくて済むなら、別に良いんじゃないかしらお姉様。だって惨めになるだけだもの」

 

「そういうわけにはいかないわよ。だって、木を退ければ行けるわ。はぁ。馬車に直撃してくれれば良かったのに」

 

「それじゃ私たちが怪我しちゃうじゃない」

 

 馬を見ながら憂鬱そうに愚痴を言う二人の隙を見て、キャロルは馬の上げる土埃に紛れながら、何でもなかったように歩いて帰ってきた。あまりに鮮やかな手口に、エリカは目をパチクリとさせるばかりである。

 

「行くぞ、エリカ」

 

 その手に持つのは2枚の封筒。招待状だ。その代わりに、革の財布に入ったままだった『神の金貨』を一枚、置いてきた。学園に居た頃に持っていた第五聖女隊のものである。

 

「あー、そうだ」

 

「はい?」

 

「クソったれのお嬢様言葉は使えるか?」

 

□□

 

 部屋で身支度を整え、街で馬車を捕まえる。行き先は巨城アンジェフォード。

 

「うぐ……」

 

 馬車に揺られながら、エリカは口を押さえた。胃液が迫り上がって来る。折角(せっかく)施した化粧も、汗で浮いてしまっている。

 

 なにせ、今身につけているドレスの全てがキツい。慣れない靴下(ストッキング)は脚を強く締め付ける。妙に肌触りのよい亜麻布(リネン)の肌着はそわそわとさせるし、下着(ステイズ)をつけて流行りの盛り上がるような胸を作ってみたが、これも落ち着かない。スカートをふっくらさせるためにつけた尻当てにも違和感がある。──一番辛いのは、腰を締め付けるコルセット。なんだこれは。拷問器具か。臓物ごと吐きそうだ。

 

「城門が近づいて来たぞ。笑顔で」

 

「はい……!」

 

 エリカは、ニコ……と苦い笑みを浮かべた。

 

「止まれ!」

 

 堀の橋を超えたところで、体の大きな門番が馬車を止めた。

 

「──駅馬車か。何用だ」

 

 門番が(いぶか)しむ表情で近寄ってくるのが馬車の中から見えて、エリカは思わず息を潜めた。確かに、こんな場所に街の馬車でやってくる人間は怪しいに決まっている。

 

 馭者は『何があろうと一切喋るな』とキャロルに命じられている為、黙っている。それもまた、エリカには一層怪しく思えた。

 

 そんなエリカの焦りをよそに、キャロルは涼しい顔をして馬車の扉を開けた。門番は、馬車の中の少女2人を見て、目を丸くした。まさか、こんな馬車に令嬢が入っているとは思わなかったのだ。

 

 一方は絵画の中から出て来たかのような美しい少女。ヴェールの髪飾り(ヘッドドレス)が煌めいていて、紺色の髪に漂うそれは夜空に流れる天の川のようだった。黒のドレスも優雅で気品がある。肌を隠す黒い手袋も(なまめ)かしかった。馬車の中からふわりと漂う香りも爽やかで、でも少し甘くて、心地よい。

 

 もう一方の少女は可愛いらしい。艶のある銀の髪、長い睫毛(まつげ)と赤い瞳。まるで人形のようだ。薄い緑色のドレスはこの季節にぴったりで、涼やかだった。幼顔のようであるが、体型は男好みな感じに起伏があり、門番は目のやりどころに困って、目を伏せた。

 

「……この馬車はどうした」

 

 エリカはニコ……とした笑顔を絶やさずにいたが、心の中では『突っ込まれた!』と焦った。ここは大人しく、穏便に、遠回しに、それでいてさらりと答えて、回避した方が良いのでは。でも、どう説明しよう。

 

 そう考えていると、キャロルは仄かな笑みを浮かべ、やや強く言い放つ。

 

「──これは堂々とした物言い。まずはお名乗りになるのが礼儀というものでは?」

 

 慎重に事を進めるとばかり思っていたので、エリカはギョッとしてしまった。普通に答えてやれば良いものの、嫌味混じりに攻め返すとは、とんでもない胆力。恐れ入ると言うか、恐れ知らずと言うか。

 

 門番は一瞬眉間に(しわ)を寄せたが、姿勢を正して、軽く頭を下げた。

 

「……ハーヴィー・ロウと申す」

 

「ごきげんよう、ハーヴィー。私はマリー・リッカー。こちらは妹のサリー・リッカー」

 

 キャロルはエリカに目を向けた。それで、エリカは軽く微笑む。

 

「この度は築城(ちくじょう)、おめでとう存じます。サンヴェルのリッカー家として、城主様にご招待を頂きました」

 

 門番は渡された招待状を開き、中身を確認する。確かに間違いないようだ。姉と妹の他に同伴もなし。しかし……。

 

「お2人だけか? どの方も使用人を連れて来るものだが」

 

 大男の見透かそうとする目つきに、エリカは苦い笑顔のまま生唾を飲み込む。

 

「父より普段から人に頼らず、何でも自分でやるように仰せつかっております。田舎者(ゆえ)、頼りたくても頼れぬ事も、ままありますれば」

 

 それを聞き、門番は鼻で笑った。

 

「それはご立派。して、何ゆえ馬車は家のものを使わなかったか」

 

「途中までそれで向かっていたのですが、不運にも道に大木が倒れ込みまして」

 

 門番は今一度キャロルを見た。その出立も容姿も、良い家のお嬢様と言った所。リッカー家の令嬢である事は、疑うべくも無いだろう。

 

「……それは災難。お通りを」

 

 門番はキャロルに招待状を返し、扉を閉める。そして馭者が鞭を入れ、馬が歩き出した。

 

 エリカは小さく胸を撫で下ろした。良かった。若干疑われていたようだが、何とか切り抜ける事ができた。流石はキャロルだ。強いだけではなく、嘘も上手い。

 

「ふぅ……」

 

 その時。馬車が動き出した振動で、布を被せて隠していた黒い剣が、ごとりと音を立てて倒れた。はらりと布が剥がれて、柄が見える。

 

「あ」

 

 エリカは猫のように全身の毛を逆立てて硬直した。マズい。今のを、門番が見ていなければ良いが。

 

 いや、大丈夫。大丈夫だ。間違いなく扉を閉めた後だった。馬車ももう出ているし大丈夫、大丈夫。大丈夫な筈だが、心臓の音が(うるさ)い。

 

「──待たれよ!」

 

 外から門番の声が響く。ああ、大丈夫ではなかった!

 

「キャ、キャロルさん……」

 

 エリカは不安げにキャロルを見つめる。

 

「はは。やっぱり随分警戒されてるな。獅子侯の命だろうか」

 

「ど、どうしましょう!」

 

「強めのハッタリをかますしかない。エリカ、それっぽい顔をしておいてくれ」

 

「そ、それっぽい顔……⁉︎」

 

 馬車が再び止まった。間髪(かんぱつ)入れず、門番が扉を勢い良く開ける。エリカの座る隣、中途半端に布で覆われた剣が見える。

 

「武器だな。会食の場にも舞踏会にも、そんなものは必要ない。怪しいぞ、お前。どういうつもりか、お答え願おうか!」

 

 キャロルはじっと門番を見る。

 

「何だその目は。準男爵の娘ごときが隠し立てとは片腹痛いッ‼︎」

 

 他の門番たちも騒ぎを聞きつけ、集まって来た。あっという間に囲まれてしまう。

 

「……」

 

 キャロルは口を(つぐ)んだまま黒い剣を手に取り、馬車から降りる。そして、躊躇なく刃を抜いた。

 

 エリカは慌てた。まさか門番を斬ろうとしているのではないか。加勢するべきか。いや、だが、キャロルに『それっぽい顔をしておけ』と言われている。どうしよう。

 

 困り果てたエリカが出した答えは、ムゥとした表情をして、とりあえず腕を組んでみる事だった。これが正解かはわからない。が、とにかく、頬を膨らませてムゥとした表情をしたのだった。これがエリカが全身全霊で繰り出す、それっぽい顔だった。

 

 門番達はキャロルが剣を抜いたのを見て、たじろぐ。

 

「な、何をするつもりだ……!」

 

 そして一斉に剣を抜き、構えた。が、その黒い剣の刃が夏の陽を浴び、ギラリと光を放つ様を見て、後退(あとずさ)りをする。どう見ても安物とは思えないそれは、彼らを躊躇させるに十分だった。──何か、細工があるのかも知れない。魔法剣のように火を吹くか。否か。とにかく、用心が必要だ。

 

 キャロルは門番達に一歩寄り、言い放つ。

 

「聞けぇッ‼︎」

 

 とても少女のものとは思えない声に、門番達はびくりと小さく跳ねた。

 

「これは我が父が国王より(たまわ)った宝剣であり、リッカー家の家宝である。いとも高貴なる実績を示すものなれば、斯様な晴れの席には持参をし、我が家の(ほまれ)を城主様にご覧いただくのも当然の()。それを(とが)めるのはこの上ない侮辱だ!」

 

 黙り込む門番達に、さらに続ける。

 

「刃を見て、まだわからないのかッ!」

 

「え……?」

 

「──光を当てる角度によって変わる七色の光は、まさにこれ、鉄重石(オリハルコン)によるもの。戴冠宝器(たいかんほうき)の一つ『聖剣エンデュランス』と変わらぬ輝きが、まさか証拠にならずと、そう申すかッ!」

 

 門番たちは困惑しながらも、そろりと近寄って顔を寄せ、その刃を見た。確かに、見る角度によって色が変わる。青にも、赤にも、緑にも、(だいだい)にも見えた。

 

「い、いや、疑っているわけでは……」

 

「これ以上咎めれば、貴殿らの主人、獅子侯アンデルセン伯爵は我が家の威光を汚したものと考え、引き返す」

 

「そ、それは、お待ちを」

 

「ならば伝えておけッ! 父は人の良さ故に準男爵の地位に甘んじるが、リッカー家が伯爵家、ひいては王家に有らん限りを尽くした歴史は500年余り! それを否定するのは、我が国を否定し、神をも否定する行為と変わりはないッ! 聞いているのかハーヴィー・ロウ! 準男爵の娘ごときと怒鳴った貴様だッ! その名前、覚えたぞ!」

 

 門番たちは顔を見合わせた後、誰か1人が頭を下げ始めると、全員が揃って頭を下げた。そして、大男のハーヴィーがおどおどと言う。

 

「た、大変申し訳ございません。厳しく取り締まれと命があった故、お許しください」

 

 門番たちが深々と頭を下げるのを見て、キャロルは鼻で笑った。

 

「それから、気をつけろ。我ら姉妹の名を偽って、この剣を奪おうとする不届者がいる。そうした者が来たら、追い返せ!」

 

「はっ!」

 

 キャロルは颯爽と馬車に乗り込む。馭者がもう一度鞭を打ち、再び走り出した。

 

「もうその顔はいいぞ、エリカ」

 

「ハァハァ……。き、切り抜けた……?」

 

 気づかない内に息を止めていたようで、苦しかった。息をすると、汗がどっと(あふ)れてきた。さて、大事にならずに済んだのは良かったが、今のやり取りで幾つか気になった事がある。

 

「あのー、キャロルさん。鉄重石(オリハルコン)って七色に光るんですか……?」

 

「まさか。昨日、油を塗っただろう。刃が黒いから、油が浮いた部分がそう見えるだけだ」

 

 確かにエリカは今日のために、ついに荷物の中から研磨油(グリス)を取り出し、剣に塗った。

 

「戴冠式の聖剣は……?」

 

「あれは本当」

 

「あ、あとリッカー家って500年も王家を支えた歴史があるんですか……?」

 

「あるわけが無い。たかだか田舎の金持ちだ」

 

 なるほど。嘘と本当を織り交ぜたのか。まるで詐欺師である。これもまた、貧民街で(つちか)ってきた技なのだろうか。

 

「何にせよ、エリカがそれっぽい雰囲気を出してくれたから上手く行った」

 

「えっ。私……?」

 

「人を騙すのに一番大事なのは、空気感だからな。名女優に感謝だ」

 

「名女優……。えへへ……」

 

 エリカはもじもじとして、頭を掻いた。精一杯頬を膨らませて、睨んでみたのだ。頑張って良かった。

 

 斯くしてキャロルとエリカの両名は潜入に成功した。勢いに乗じ、時を待たずして居城(パレス)に入り込めないかと探ろうとした所、思った以上に見張りが多かった為にそれを断念。予定通り、数刻の後に行われる午餐会に参加する事に決める。通された北の丸にある屋敷で、化粧を直しながらその時を待つ。

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