不良聖女の巡礼   作:Awaa

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舞踏会

 

 日は沈み、空は藍色。大舞踏室(ボールルーム)の大窓から見えるのは、群れて銀に燃える夏の星々。

 

 室内楽団のスロー・ワルツに乗せて、煌びやかな装いの貴族たちが優雅に踊っている。その若い男女の瞳はひと時の恋に輝く。

 

 その中の一組にキャロルとジョッシュの姿もある。ジョッシュの動きはぎこちない。まるで発条人形(ぜんまいにんぎょう)のようである。

 

 離れて2人をじっと見ているのは、伯爵夫人マーガレット。隣に立つ夫、マール伯爵をチラリと見遣って言う。

 

「聖女さまにご執着なのを何とかしようとして連れてきたのだけれど、まさか選んだのが準男爵の娘だなんて……」

 

 マーガレットはがっくりと肩を落としていた。何とかして陸聖への思いを断ち切らせたい、その一心で貴族の美女たちが集うこの場に無理やり引き摺り出したのだが、中々思うようにいかないものだ。実にもどかしい。

 

「もっと高貴なお血筋を選ぶよう、貴方様から言ってくださいまし」

 

 マール伯爵は少し考え、鉄製の仮面の下で口を開く。

 

「あの娘は見どころがある」

 

 それを聞いて、マーガレットは羽扇(うせん)を振り上げ、伯爵の手をパシンと叩いた。

 

「その見どころとやらも、お血筋で証明されなければ意味がありません!」

 

 舞踏会では更に人が増えた。午餐会に間に合わなかった貴族の令息令嬢もそうであるが、その他の賑やかしも増えた。そうした者たちは、血筋に頓着(とんちゃく)しない物好きな貴族が誘ってこない限りは、壁際に並び立つことしか出来ず『壁の花』となる。その壁の花たちもマーガレット同様、キャロルを見て苛立っているのだった。

 

「何なのかしら、あの娘。リッカー家ってどこの田舎者よ。聞いたことがないわ」

 

「下品な女に(だま)されて、ジョッシュ様も可哀想なこと」

 

「お父様に言いつけてやるんだから、あんなふしだらな女」

 

 午餐会で意地悪を言っていた乙女たちは、上品な言葉遣いも忘れて愚痴を言う。何故に末席に座っていた同じ身分の娘が引き立てられていて、己らは壁の花なのか。納得出来ない。

 

 不機嫌な乙女達のさらに後ろ。エリカもまた、壁の花となっていた。だがそれは他の令嬢達とは違って、自らそうしている事だった。変に目立って部屋から抜け出せなくなっては困ってしまう。

 

 一応キャロルの妹と言うことになっているので、意地悪な乙女たちがチラチラと見てきている。これ以上目をつけられると、部屋から出た途端に絡まれる可能性だってあった。とにかく今は、静かにしておくことだ。

 

 キャロルもエリカの境遇には気が付いていて、申し訳ないと思いながらもジョッシュと踊る。またジョッシュが壊滅的(かいめつてき)に踊りが下手なものだから、心労極まる。

 

「すまない。常にリードされっぱなしで……」

 

「いえ。一緒に踊れて楽しゅうございます」

 

 ジョッシュは目の前の美女が仄かに笑ったのを見て、あまりの魅力にぐらりと姿勢を崩したが、キャロルが上手く体を支えて足取りを修正した。のぼせているからか、18歳の乙女が筋肉隆々とした体を支えた事の不可思議な様に、ジョッシュは気がつくことがなかった。

 

「それにしてもよろしかったのですか。午餐会でのご様子を見ていましたが、意中の相手がいるのでは?」

 

「ひゃっ! メリッサの事か⁉︎」

 

 ジョッシュは焼き石を飲み込んだような顔をして仰け反った。それでキャロルは再び上手く体を支えて、足取りを修正する。

 

「……陸聖(りくせい)とお知り合いでしたか」

 

「こっ、こっ、これは浮気とかそういうのではなくっ、どっちも好きであると言うか、好みだと言うべきか……。ええいっ! 俺は何を言っているんだっ!」

 

 ジョッシュは心の中でライナスの名を叫んだ。こんな時近くにいてくれたらば、助け舟を出してくれるであろうに。

 

 焦るジョッシュに優しく微笑みながらも、キャロルは心の中で驚いていた。──まさかこの家嫡がメリッサと知り合いで、しかも関係が深いとは思わなかった。

 

 聖女を嫌っている気配のあるエリカにこそ言わなかったものの、この城に領内の重鎮が集まる数日間の内、陸聖メリッサが攻撃を仕掛けてくるものだとキャロルは考えている。杞憂(きゆう)であって欲しいとも思うが、状況と境遇から察するに、国盗(くにと)りの機会を探っている事は明白。

 

 ならば今、この男から少しでもメリッサの情報を聞き出せれば心強い。

 

「陸聖様がお好きなんですね」

 

「はは……。いやはや、メリッサは凄い。美しく強く、まるで隙がない。あんな女性に出会ったのは初めてだ」

 

「活躍は存じております」

 

「ああ。特に、軍を率いて敵を蹂躙(じゅうりん)する様は惚れ惚れした。カタロニアの兵法を用いて、駱駝と象で、ぐわわと圧倒する。見ていて実にスカッとするぞ。俺もああした戦が出来れば良いのだがなぁ。ははは」

 

 なるほど、故郷から駱駝や象を連れてきているか。

 

「あの、何だと言ったかな。あー、えー……。魔導砲だ。あれは素晴らしい」

 

「魔導砲……?」

 

 キャロルはとぼけてみせた。

 

「はは。戦事(いくさごと)男子(おのこ)のもの。知らんのも仕方あるまい」

 

 ジョッシュはしたり顔で続ける。

 

「魔力を込めた弾を使って撃つ大砲の事だ。メリッサはなぁ、それを象に装備させて、突進させながらドンドンと放つのだ。あの威力は凄まじいぞ。城を吹き飛ばす」

 

「まあ、お城を」

 

「しかもだぞ。まだまだ威力が足りないと、弾造(たまつく)りに執着しているのだから、勇ましい限り。いやはや、メリッサの錬金術の腕なら、世界を破壊する弾を作るのは時間の問題だろうな」

 

「──弾造りに執着している?」

 

「うん?」

 

 改めて問う。

 

「兵器に、執着しているのですか?」

 

「ああ、そうだ。確か……、『賢者の石』を手に入れて、さらなる破壊を……、とか言ってたな。研究に打ち込むメリッサの横顔は、さぞ美しかろうて。はは」

 

 キャロルが眉間に皺を寄せたのを見て、ジョッシュは焦った。

 

「いやっ! 違うんだ! 貴女も美しいっ! 同じくらいに美しいっ! ああっ、くそっ。俺のこの口は、どうしてこんなにも器用じゃあないんだっ! ええいっ! ええいっ! この口が! ああ、この口めっ!」

 

 眉間に皺を寄せた理由は、ジョッシュが心配しているような事ではない。──メリッサが、兵器に執着している。キャロルにとってそれは、少しおかしい事だった。

 

 確かに兵器作りと錬金術は切り離す事はできず、メリッサは錬金術の知識が深い。聖女5人の内で最も錬金術を多用し、様々な魔道具や兵器を製作して、活躍してきた実績もある。学園在籍時には魔導兵器を用いて、数多の巨敵を倒した。が、メリッサの真の強みはそこにない。

 

 錬金術で生み出される兵器が如何に強力であろうと、結局それを運用する者が優れていなくてはならない。もちろん、メリッサの運用に問題あるわけではない。彼女の兵法には華があるし、その気宇壮大(けうそうだい)な性格も相まって兵の士気も高くなる。が、残念ながら天才というほどではない。兵法の天才、マリアベル・デミに比べると幾分も劣る。

 

 例えば、マリアベルは地下墓地ラナに向かう際、速やかにエリカら辺境伯領軍を吸収し、それを盾にも矛にもしてウィンフィールドに無血で入った。兵法の究極は互いに血を流さず目的を成すこと。マリアベルはそれを苦もなく成功させたのだった。

 

 こうした芸当を学園在籍当時から何度も行ってきた上に、派手な戦いも、絡め手も、息をするように行い、場合によっては非情にも味方を切り捨て、(おとり)にしてでも負けない作戦を組み立てるのがマリアベルだ。それだけではない。学生の頃から組織の政治にも配慮していたし、嘘も巧みで、上役(うわやく)の凡そを味方につける手腕があった。今思い返しても、第二聖女隊は他の部隊よりも恵まれた待遇を手にしていた。

 

 つまりマリアベルという乙女は戦場以外でも戦争をして、勝つための確率を極限まで高める。こうした者を兵法の天才とする以外、どのように評する事が出来よう。

 

 しかし、メリッサはそうではない。兵法を極めるには心が優しすぎる。非情さがある程度必要だ。それから、丹精(たんせい)込めて作った兵器など奪われればそれで終わり。メリッサが極めるべきは兵器ではない。

 

 ──メリッサ・サンチェス・デ・ナヴァラは身体強化の天才である。

 

 天才とは文字通り、天賦(てんぷ)の才。この世界の誰一人、右に出る者がいない才覚。メリッサの身体強化はそれに値する。これについては聖女の誰もが認めているし、本人だって認めているはずだった。

 

 学園にいた頃からそれは顕著。最高の身体強化を施した肉体で、一騎当千の働きをすることもしばしば。

 聖女の力を授かった今、その身体強化を今より更に高めることが出来るのならば、そんなものは世界を滅ぼす力に匹敵する。本気で国が欲しければ軍備などにうつつを抜かさず、身体強化の術を極め続ければ良い。並の才覚を鍛えるよりも、何倍も早く目的を達成できるはずだ。

 

 ──しかも『賢者の石』などと。そんな()()(すが)るだなんて、メリッサらしくもない。

 

 学園で優れた錬金術を学び直したならば、賢者の石などありはしないと理解しているはずだ。聖女が本当に存在するか分からなかった段階なら、気持ちは分かる。自分がメリッサの立場であっても、全ての可能性に縋って、故郷を救いたいと思っただろう。

 

 だがもう、メリッサは聖女なのだ。体の奥底から力が漲り、誰よりも強力な魔力を生み出せる。迷信に執着するより、もっと建設的な事は幾らでもある。

 

 錬金術の祖、シモン・イヮグラーイーが聞いたとされる予言『永遠の生命と永遠の破壊を(もたら)(ひじり)は、やがて世界を統べる』というものも、今となっては賢者の石の証明にはならない。何故なら、この予言は『光の聖女』の事を言っているだけだからである。

 

 『永遠の命』は『光の力』。『永遠の破壊』は『闇の力』。光と闇は表裏一体。光がさせば闇が生まれる。光の聖女もその例に漏れず『生命の力』も『死の力』も手にする。そういう示唆(しさ)だろう。

 

 メリッサの事だから、私が輝聖であり、生命の力を宿している事は既に知っているはず。カタロニアには優れた間諜(かんちょう)が多くいるから。

 

 であれば、シモンが聞いたとされる予言は賢者の石と関係ない事も知っているはずなのだ。

 

 賢者の石なんて存在しない。王となりたかった欲深きシモンの創作に過ぎない。当たり前だが、作ろうとしても成功はない。──作れば必ず失敗する。

 

 なのにジョッシュの話によれば、弾造りと賢者の石なぞに躍起(やっき)になっている様子。これは、どういうことだろう。

 

 ああ、そうか。無意識に、自分を制御しているんだ。そういうことなんだ。即ち、キャロルが思うに──。

 

「──メリッサは、国を()るのを恐れているんだ」

 

「……ん?」

 

「メリッサと話をしたい」

 

「な、なに?」

 

 ぼそりと言ったのが聞こえず、ジョッシュが聞き返す。すると、曲が丁度終わった。大舞踏室(ボールルーム)に拍手が響く。

 

「あ、あー……。すまない、もう1曲、踊ってくれないか!」

 

 ジョッシュが跪いたところで、2人に近寄る影があった。

 

「待て。次は私に譲ってくれないかね。貴女はあまりに美しい。私も踊りたくなった」

 

 キャロルは近寄ってきた男に目を向ける。その男は、厳しい顔つきを僅かに緩めて、キャロルを見ていた。獅子侯である。

 

「実は、午餐会から目をつけていたのだ。どうだね。私と一曲」

 

 周囲が騒めき出す。城主である獅子侯がキャロルに興味を示したことが分かったのだ。その騒めきは徐々に喝采(かっさい)へと変わっていく。もはやこの舞踏会の主役はこの準男爵の娘なのだと、皆が認めた瞬間であった。

 

(──ここで釣れたか)

 

 キャロルは『壁の花』となっているエリカに視線を向ける。エリカは小さく頷いた。そして意地悪な乙女たち含め、皆がキャロルらに注目している間に、さっと部屋を抜け出す。

 

 伯爵夫人マーガレットが満面の笑みでジョッシュに近づく。準男爵の娘から引き離したかったので、足取りが軽かった。

 

「譲ってあげなさいな。こんな素敵な方をあなたが独り占めにしちゃ、顰蹙(ひんしゅく)を買いますよ」

 

 拍手の中、ジョッシュは不服そうに頭を掻いた。

 

□□

 

 エリカは早足で廊下を行く。途中、使用人に見つかって軽食の用意された別室を案内されたが、さらりと入って、砂糖菓子を頬張り、すぐに出た。別室で立ち話をしていた貴族たちと、働いていた使用人は少しばかり不審に思ったが、特に行動は起こさなかった。

 

 静かに廊下を駆け、武器を隠した袋の紐を挟んでおいた窓に寄った。紐を手繰り寄せ、剣とボウガンを手に入れる。ボウガンを左腕に装着し、帯革(ベルト)をつけて剣を腰に下げる。

 

 果たしてドレスのまま動けるだろうか。せめて靴だけでも脱いでおこうか、と考えていた時だった。

 

「……ん?」

 

 廊下の奥、兵士がエリカを見つける。

 

「貴様、何をやって──」

 

 その男が大声をあげようとした所で、エリカは力強く地を蹴って、弾かれたように距離を詰めた。そして間近で高く跳び、兵士の頭部を脚で絡め取り、(もも)で口を塞いでしまう。兵士は面前でスカートがぶわりと迫ったので、躊躇して剣を抜くことが出来なかった。

 

「むぐっ! むぐーっ!」

 

 そのまま後ろに倒し、ギュウと締めつけて気を失わせた。

 

「意外とこの格好でも動ける、かも……」

 

 大概、居城(パレス)の地下には牢がある。まずは囚われているかも知れないウォルターを求めて、そこに向かうことにしよう。

 

 もしかしたら攫われた女達がどこにいるか、どういう境遇にあるかを、獅子侯から聞かされている可能性もある。がむしゃらに探すよりも、その方が良い。

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