兵も無事では済まなかった。顔に
「や、やったあ‼︎ やったぞっ‼︎ 舐めやがって、
しかし、
「終わりですか?」
兵は驚愕した。目の前にいるのは、確かにあの女。爆発で顔が弾けたのだろう、左目から後頭部にかけて大穴が空いていて、生きていて良い状態にない。なのにどうして、立って、喋っている。
「──では、質問に答えなさい」
首に
「ひっ! お、お前は、魔物なのかっ! 消えろ! 魔物めっ!」
理解の
マリアベルは舌打ちをして、兵を投げ捨てる。そのまま靴も脱ぎ捨て、
座った拍子に、
「けほっ! けほけほっ!」
慣れないから
痛い。脳が傷んだからか気分も悪い。吐きそうだ。それもこれも、全てリトル・キャロルのせい。あの子が頭の中に居続けるから、反応が遅れて頭が爆ぜた。
ああ。
『──覚悟しろ、輝聖リトル・キャロル』
言われて蘇る
「……病気だ。完全に」
呟いて煙を吐く。鼻の奥で香りが残る。今度は上手く吸えたようで嬉しかったから、煙草の入っていた箱を愛おしげに眺めた。草の汁がついているから、元は薬を入れていたらしい箱だという事に初めて気がつく。
もう一服した時、リアンとクララがぱたぱたと走り寄って来た。近くに来て無惨な姿に驚いたのだろう、クララは
「ご心配なく。痛くも痒くもない」
マリアベルは涼しい顔で
「少し騒がしくしてしまった。街人が驚いてませんか?」
これにはリアンが答えた。
「まあ、何人かは……。道で手当されている兵もいるようですが、警戒してか家の中までは運んでいないようです」
「そうですか。彼らは何かに使えそうなので、1人残らず回収します。
「……それで、情報は引き出せましたか」
「直接は聞き出せませんでしたが、禁軍の狙いについては、何となく分かりましたよ」
煙草の火種が、じじと音を立てた。
「──彼らは輝聖を殺そうとしているらしい」
「なんですって……?」
リアンが眉を
光の聖女は4人の聖女を束ねる存在。そして、神が生んだ最大の希望。それを、果たして普通の人間に殺せるものなのか。
「……そんなことが、可能、なのですか?」
少しの沈黙を置いて、マリアベルは自らの弾けた頭部を指差し、質問者を見る。
「クララ、この傷を見てください」
「ひ、ひぃ」
あまり直視したくはないが、クララは目を細めながら観察してみた。
「血は出ていますか?」
そんなのは当たり前だ、出ているに決まっている、と思ったが、よく見れば割れた頭は赤く染まっていなかった。何らかの液体で濡れているようだが、少なくとも血ではない気がした。
「で、出ていない、かもです」
「これは、水です」
「水……?」
「聖女はやがて精霊化するのだと私は考えています」
煙を吐き出して、続ける。
「私は水の聖女だから、私の体はウンディーネとなり始めている。困ったことに精霊には血が流れていないみたいで、とうとう私は人間である事をやめてしまった。生理も来ない。まあ、そこは少し
言って、きっとこの
「クララ。あなた、
クララは頷く。
「彼女が傷を負えば、炎が噴き出すはず。まるで、沼から滲むガスに火がつくようにして」
クララはハッとした。マリアベルの説明が正しいならば、もしかして、あの宝石の弾丸が影響しているのでは。そう思って、背負袋から謎の弾丸を取り出す。
「恐らく、それに聖女を殺める力がある。……輝聖を殺せるか、という問いについて、憶測ですが、敵は可能と考えているようです」
リアンは静かに問う。
「敵、とは。王族ですか」
「禁軍を動かせるのだから王族でしょう。だけど、その背後には誰かがいる可能性もある。──たとえば、教皇ヴィルヘルム・マーシャル」
リアンは髪を触って思案する。
ヴィルヘルム・マーシャルは偽神として
まさか王の死にも、この男が関係しているのではないか。アルベルト二世は信心深い。もし、王が輝聖の顕現を知っていて、輝聖の為に行動を起こそうとしたのであれば。──教皇にとっては邪魔になる。
「教皇が、光の聖女を? そんなことって」
クララにとっては突拍子のない話だったので、苦い笑みでマリアベルとリアンを見たが、2人は決して冗談を前にしている表情ではなかった。
「そうだとしたら強大な敵ですね。笑える」
そう言ってマリアベルは暫く黙り込み、ため息と一緒に濃い煙を吐き出した。だめだ。もう今日は考え事をやめよう。集中できない。頭の中に、あの子が存在しすぎている。
「リアン。狙いは輝聖だとしても、あなたは油断をしないこと。まだ事態が把握出来ていない以上、あなたも標的でないとは限らない」
マリアベルは
「まっ、まだ立たない方が良いんじゃ……!」
クララはその体を支えようとするが、必要ないとでも言うように、マリアベルは少し笑んでクララを
「……何か」
そう思った時には、もう声に出ていた。心優しいクララ
「何か、思い詰めているんですか?」
マリアベルは一瞬固まって、問い返す。
「思い詰めている? 私が?」
クララは頷く。
「聖女さまが、そこにいない気がして。まるで、友達と喧嘩をした後のような。ご飯を食べていても、
「つまり、この私がぼんやりしていると? クララはそう言いたいのですか?」
クララはマリアベルに睨まれ、まごつく。
「まさかリアンもそう思っているのですか?」
「僕は──」
言いかけた所で、マリアベルは2人の手を掴み、そのまま水路へと身を投げた。2人の悲鳴と共に、ざばんと
「うわっぷっ! な、何をするんですかっ!」
リアンが大声を上げる。
「え、ええっ⁉︎」
クララは困惑している。
だがマリアベルは、夏の長雨で
昔から星空が好きだった。星の瞬きは古来より迷い子を導く。だから心の迷いがある時は、決まって輝きの中に道を探した。探して探して結局道が見つからなくとも、この星空の下では誰もが小さな存在になるから、星を見れば自分を
だから、何かを決心する時は、決まって星空の下なんだ。父が居なくて不安だった夜も、帰る場所を無くした絶望の夜も、星空の下で自分の在り方を変えようと決心した。
今宵は
暫くして、聖女は
「……『輝聖の業を背負え』」
2人して意味がわからず黙っていると、今度ははっきりとした声で話を始めた。
「私は、友人だった人と間違われた。それで、二人ずっと一緒だった時のことを思い出した。
マリアベルは切なく笑う。
「私が、どれだけあの子に依存していたか。どれだけあの子のことを特別に思っていたか。それが、本当の本当に分かってしまったんです。なんて狂おしい。狂おしくて、狂おしくて、私は……」
大きく息を吸う。胸が膨らむ。
「──どうしよう。困った! 私は輝聖に呪われている! あの子を守りたい!」
マリアベルはさらに息を荒げる。いっぱいに秋夜の冷気を吸い込んで、肺を動かし、目を瞑る。沢山の汗と一緒に、少しの涙が出た。悲しいわけではなかった。胸は
「たとえ王国が敵でも、正教会が敵でも、あの子を守りたいっ……。守りたいよ……」
リアンはマリアベルを見ていた。リアンにとっても輝聖リトル・キャロルの存在は特別。想えば胸を締め付け、そわそわとさせる。
でも、海聖にとってのリトル・キャロルはもっともっと複雑で、微妙で、
マリアベルは息を切らしてクララを見る。その表情はどこかすっきりとして、血色も良い。ぼんやりしていない。
「クララ。あなたも、そこにいなかった。どこか別の所を見ていた」
「え?」
「焔聖の事を聞きたくて、うずうずしていた。違いますか?」
クララは頬を
「それはっ! それは、あの子は私にとって……」
私にとって、何だろう。クララは考えた。1人で勝手にウィンフィールドから出てきて、想定より旅というものは簡単ではなくて、苦しい思いや悲しい思いをして、帰りたいと思った時に出会った、救いの子。
「あの子は私にとって、大切な友達だから」
それを聞いて、マリアベルは優しく笑む。
「私が思うに、彼女も無関係ではない。きっと何らかの形で関わっている」
「じゃああの子が怪我をしていたのも……」
「輝聖を巡る
クララは目を
「海聖様のお側にいれば、またあの子に会えますか?」
「もちろん。会って友達だと伝えてあげて下さい。伝えられなくなる前に。クララは私のようになってはいけない」
東からの風が吹いた。3人はゆっくりと水路を流れてゆく。
「リアン。あなたはもっと重いものを抱えている。昨日の夜、何かあったでしょう」
「はは……。なんでもお見通しですね」
リアンは思う。これを言えば海聖は更に呪われるだろう。でも彼女は呪われたがりなところがあるから、もう呪ってしまおうか。己と一緒に行ける所まで行こう。そう心に決めて口を開く。
「夢に王が出ました。『次なる王は殺せ』だそうです」
マリアベルは死に損ないの王を思い出した。枯れ木のような腕、皺だらけの顔。あれにデミ家を思い出させてやれなかったのが、口惜しい。本来ならばこんな男の遺言を聞いてやる必要などないのだが、そういう訳にもいかなそうだった。これもまた、輝聖へと繋がっているであろうから。
その証拠に、
リュカは
マリアベルは言う。
「
マリアベルの耳に騒めきが届く。街の方面だ。倒れた禁軍を放っておきすぎたらしい。
「やれやれ。おしゃべりに夢中になりすぎてしまった」
海聖は感傷的な自分に対して
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