翌、
午前10時。聖フォーク城の
「マリアンヌ・ネヴィル。あなたがいなければ、ピピン公爵領は崩壊していたかもしれないわ。本当にありがとう」
この領には幾つかの街があるが、デュダ以外は総じて小さい。デュダの崩壊は領の崩壊に繋がった。
みなが救世主に向けて拍手を送った。部屋に楽観的な雰囲気が漂う。貴族や騎士の顔もふやけて安心し切っていた。
拍手鳴り止まぬ中、マリアベルは冷たく微笑みながら、その場にいる者達を
「そうだ。
パトリシアが頬を赤らめて言ったところで、マリアベルが口を開く。
「
騎士達はぎくりとした。彼らの軍人としての働きは
旧市街に配備された軍勢は、
かつてピピン公爵領軍の名は国中に
「そう、なの……。なら宴は諦めましょう。その代わり、私のお部屋でお茶はどうかしら? 私、後でお菓子を焼くわ?」
パトリシアはしゅんと肩を落として、そろり、とマリアベルを見る。
「それならば、
「良かった……!」
陽だまりの笑顔となって喜ぶ。昨日、助けてもらって以降マリアベルに憧れていた。
「ただ、忠告しておきたい
「え? なに?」
「王亡き後、王室の威光が
「そっ、それもそうね。マリアンヌは利口だわ。みんな、よろしく頼むわね」
ロック卿は『
「マリアンヌ・ネヴィルの申す通りである。今は我が領も
マリアベルは心の中でぐっと拳を握り、よし、来た! 求めていた情報だ! と、
「さて、王都の様子は『王を失っても異様な程に普通』との事である。ただし、王都ならびに王室領に入る事の出来る者は限られているようで、
これらの情報はロック卿が神官だった頃の教え子たちが
「なお、新王として立ったのが誰なのかは、未だ分からず」
羊皮紙を一枚、捲る。
「王族の動向は以下の通り。第一王子エリック、不明。1節前より姿を現さず。第二王子アンドルー、不明。第一王女リリ、不明。第二王女ソフィア、
マリアベルは神妙な顔つきで情報を頭に入れていた。禁軍が動いている以上、
「先王アルベルト二世の
目を閉じ、マリアベルは記憶を
マリアベルは言う。
「その行軍、魔物や野盗の征伐──、では無さそうですね」
「うむ。魔物や野盗が相手なら、ロブ自らが率いるとは考えにくい。それ相応の理由があったと見る」
続ける。
「なお、マール伯爵に
「王城の臣はどうなっていますか?」
即ち、先王に直接仕えていた家臣団のことを聞いている。
「ほう。先ほどから鋭いな、マリアンヌ・ネヴィル。先王誼の騎士や貴族は姿を見なくなったようである。代わりに新顔の貴族が王城に出入りしている、らしい。先王の勢力は一掃されたと言って良いのではないか」
黙って聞いていたパトリシアが、控えめに言う。
「で、でも、何だかそれじゃあ、お城の中に
フランベルジュ家とは、リンカーンシャー公爵を継ぐ大貴族である。ジュール・フランベルジュを当主とし、
「今件にフランベルジュ家が関わるかどうか、儂は疑問に御座いまするなあ……。
「そ、そういうものなの?」
マリアベルの隣で、クララは深く息を吐いた。凄く、そわつく。あの子の事が心配だ。
「なお、フランベルジュ家は
改易とは爵位を
「フランベルジュ家は従ったのですか」
「いや。ユーベル・フランベルジュが挙兵し、禁軍のうち王師東軍と戦闘に入れり」
ユーベル・フランベルジュは焔聖の叔父にあたる。
「焔聖の情報は?」
「聞かぬ。今件は多くの諸侯が模様を見ているから、焔聖も同様ではないか。フランベルジュ家には敵が多い。特に近隣の領は
「そうですか。リンカーンシャー公爵の
破門は教皇が下す罰であるが、改易より重いとされる。
ロック卿は
「斯様な情報はないな。破門されておらぬのではないか」
今件に正教会が関わっていないことが、ここでも証明された。家を取り潰したいのであれば、教皇が破門を宣言すれば良い。従わなかったとしても、兵の士気が下がり攻略すること
「とはいえ、状況は最悪であろう。リンカーンシャー公爵領付近に所領を持つ諸侯は、
「事実上、北部は禁軍の味方ですね」
リンカーンシャー公爵領は王国北部を大きく占める。
「仕方あるまい。あそこは土地が
クララは気落ちし、目を伏せた。大切な友達の故郷は、まるで魔物に囲まれ貪り食われる
「良くわかりました。して、未だはっきりと姿を現さない新王は、諸侯に対して何かを言ってきてはいないのですか?」
「……ふむ。王城からの命については、先に騎士達に伝えている事のみ。それ以上はない」
「伝えている事とは?」
「それについては、判断に困っていてな」
ロック卿は続ける。
「有り
これを聞いたクララは首を傾げた。神を信じる心が足りないから、王が死んだ? それで、領内の教会を綺麗にする? まるで
「まだあるぞ。
クララは考えた。つまり、
「マリアンヌ・ネヴィルに問い申す。これをどう考える」
マリアベルはロック卿の目を見て、黙った。そして、謁見の間にいる全ての人間が自分に注目するのを待ってから、冷ややかな笑みを浮かべて、口を開いた。
「──新王は敵となり得る全てを排除するつもりです。新王に与した者のみに領地を与え、それ以外は取り潰す。このピピン公爵領も例外ではない。この領は終わりです」
リアンはハッとして、マリアベルを
「
静かに、力強く言ったリアンをマリアベルは冷たく見下し、警告した。
「黙りなさい、アビゲイル」
強烈な殺気にリアン、偽名をアビゲイル・ゼファーは
「教会を建て直させるのは、各領に金を使わせる為。王都に向かわせる人員は、人質。諸侯を骨抜きにし、抵抗する力を無くしてから、禁軍に攻め入らせ、新王に与した貴族への
マリアベルの冷淡な
「武器を買い集め、諸侯と連絡を取り合って味方を増やし、挙兵に備えるべきです」
謁見の間が騒つく。パトリシアは
「王都からその命が届いている領と、届いていない領があるはず。前者は敵と
ロック卿はただ黙って意見を聞いていた。
「禁軍は世界の敵と
騒つき、さらに強まる。
「輝聖を……?」
「降臨したと言う噂は本当なのか?」
「なぜ輝聖を葬る」
騎士達が声を上げる。
「デュダに入った禁軍は、輝聖を探していたことが分かっています」
「禁軍に会うたのか、マリアンヌ・ネヴィル。
ロック卿に問われ、マリアベルは目を
「……ええ、街道で。デュダから撤退する最中の禁軍と。旅をしていると言うと
適当に誤魔化しつつ、
「輝聖は原典に裏付けられる最大の希望。彼女の
「何ゆえ嫌う」
「考えても見てください。
騒つきの中、パトリシアは不安げに眉を下げて問う。
「ど、どうなの、ロック卿……?」
卿は沈黙した。突飛であるが、否定の材料があまり無かった。
「……どうすれば良い、マリアンヌ・ネヴィル」
「先ほど申し上げた通りにございます。同じ境遇にある諸侯と手を結び、挙兵に及ぶべきです」
「戦争か」
パトリシアは息を呑んだ。
「時は待ってはくれない。このままではピピン公爵領は金を失い、兵力も失い、骨抜きにされる。待てば待つほど状況は悪くなる。諸侯と共に速やかに王都を包囲し、我々に力がある事を認めさせ、優位な条件を引き出した上で争いを終わらせるのが理想です」
「それについては今ここでは決めかねる」
「
騎士達からも『無茶苦茶だ』『大袈裟だ』『冒険者のくせに』などと声が飛び始める。そして騎士の1人が『禁軍が輝聖を葬るなどあり得ない』と叫んだ。
すると、列の中から1人の若い男が前に出た。名はポール・ラッセルと言う。
「あの、申し上げにくいのですが。禁軍が輝聖を狙うとの事、間違いないかと思いまする」
騒つきが次第に収まり始める。
「ほう。何故そう言える」
「実は私、マール伯爵領と通じておりまして」
マリアベルは目を見開いて、ポールを見た。──マール伯爵領は輝聖がいる場所。
「つい昨日、
ロック卿もまた目を
「何故それを早く言わんか! 相手は誰ぞ!」
ポールはおどおどと説明した。
「か、隠していたつもりはなく。ジョッシュ・バトラーとのやり取りで、彼は学友でありました。今でも
マリアベルは
「き、輝聖は。輝聖は、無事、なのですか?」
「え、ええ。ただ、これは内密にして欲しいらしいのですが、輝聖を巡っては『大いなる揉め事』とやらがあったらしく……」
「お、大いなる揉め事? 早くそれを読み上げなさい……ッ!」
マリアベルの強い口調に、周囲の騎士や貴族達は驚いた。
「しかし、内容が内容で、この場にいるお
「構わないッ! 早くッ! 一語一句
ロック卿もまた頷いたので、ポールは額の汗を拭って、急ぎ羊皮紙を広げる。そして
「
ポールの声、響く。
「次に。我が
騎士達は何だこれは何を聞かされているのだと首を傾げ始めた。そして空気を察したか、ポールはマリアベルを見て、問う。
「あ、あの。このお
「
ポールは羊皮紙をなんと9枚も
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