二人は城内の聖堂へと入り、
「こんな場所ですまんな。あまり聞かれたくない話もある」
「聖女達について調べがついた」
目を細め、指で文字を追いながら話す。老眼であるし、字を読むには暗い。
調べた所、大地の聖女はマール伯爵領にて待機中。とりあえず健在ではあるらしい。
風の聖女は巡礼の最中、王国北方ヘス侯爵領にて拘束されかけるも、第三聖女隊はそれを退ける事に成功。現在はパドランド伯爵領に
火の聖女は
「さて、次に輝聖についてだが──」
マリアベルはひたとロック卿を見る。
「禁軍への奇襲は成功したと思って良かろう」
マール伯爵領軍はジョッシュを将として禁軍へ奇襲攻撃。
「そうですか。輝聖はリューデンの軍隊に被害が出るのを恐れて、反撃を
「ほう。随分と知った口だな」
マリアベルは目を
「まあ良い。1つ、重大な報がある」
ロック卿はもう一つの書簡を取り出した。
「大袈裟な書簡ですね」
「亡きアルベルト二世からの文だ」
「──何ですって?」
マリアベルは思わず声を
「ピピン公爵が
「なんと無能な」
「その日は城内全ての人間が
書簡の内容はこうである。1つは、兵を貸し与えて欲しいこと。もう1つは、その兵を大白亜へと送って欲しい事。なお、貸し与えた兵は、国王とその
「ロブ……」
ロブは進軍の最中に襲われ、命を落とした。
「つまり、大白亜に乗り込む最中に襲われた、という事? そして、王が殺されたのは王城ではなく、大白亜……」
「左様」
大白亜は教皇領である。王とは言え、
「何のために王が大白亜へ……」
言って、気が付く。肌が
「──
「
それは即ち、敵は大白亜にあることを意味する。マリアベルは暫し呆然とした。
「ぷっ……。ふふっ……!」
そして、くつくつと肩を
マリアベルは日を追うごとに可笑しくなっていた。それは誰の目から見ても明らかで、初めて会った時にロック卿が感じた涼やかな
「ぷっ。良い。とても良いです。少なくとも、王都よりは攻め込みやすい。
大白亜のある聖都アルジャンナは
「マリアンヌ・ネヴィル。貴殿は新王の目的をなんと見る」
「そんなのは決まっているではないですか」
マリアベルは目尻に溜まった涙を拭った。
「──王室の
腿を指でトントンと叩きながら、続ける。
「新王は聖女を恐れているのです。聖女は
頭痛がして、指で
「ああ、私にはその気持ちが痛いほどわかる」
マリアベルは聖フォーク城の謁見の間で『輝聖は
「まるで昔の私が敵みたい。鏡写しだ……」
ロック卿はマリアベルが落ち着くのを待った。その表情は冷たく、
「さて。では本題に入ろう」
「ええ。どうぞ進めてください」
「
マリアベルはぴくりと反応した。
「……それで?」
「
マリアベルは次の言葉を待った。
「貴殿はどうやら、このピピン公爵領に挙兵を唆しているようだな?」
「そうだとしたら?」
ロック卿は言葉を探す。
「……それと分かってもなお、儂は迷っておる。お主の考えに
「ならば、何に納得がいかない?」
「そうではない。お主が怖い。
マリアベルはふっと息を漏らして、小さく笑った。
「どうすれば私が怖くなくなりますか? 共に
「その
「答えたら私が怖くなくなりますか?」
「さてな。ただ、信の一歩目は対話である」
マリアベルは
「良いでしょう。今は気分がいい」
そして目を開けた。瞳は硝子玉のよう、
ロック卿は尻込む。同時、目の前の乙女が心根で会話しようとしているのを感じ取った。どうやら若いながらも、理解しているらしい。真に人を信用させるには思惑からの言葉ではなく、
「では聞こう。挙兵して、禁軍に勝てるのか」
「はい」
「我らが兵を見たか。
「はい」
「それでも、勝てると申すか」
「はい」
「何故、そう言える」
「私が指揮を取るからです」
「ほほう。大した自信である」
ロック卿は
「勝てるだけの理由があります」
「それは?」
「まず、私は天才です。次に、私は神に愛されている。最後に、1つ。これが一番大きい」
「言うてみよ」
「
「何故、良き国になる。理屈を述べるべし」
「──この世界には輝聖がいる。悪は滅び、正義は必ず勝つ」
ロック卿はその言を聞いて
「
やはり、この乙女は凡人とは何かが違う。遥かにかけ離れていると言っても良い。恐ろしい程の得体の知れなさは、そこに起因するのかも知れない。……そこでロック卿は、一つ、
「ここは懺悔室。この場での話は神にしか聞こえぬ。だから、儂は今から独り言を言う」
マリアベルは煙草に火をつける。
「
ロック卿が独り言だと言うので、マリアベルは黙って耳を傾けていた。
「その場にいた者に会うと、誰もが女神の像を腐らせた少女のことを話す。まさに
狭い空間に煙がもうもうと漂う。
「不思議であった。あれだけ悔しげな仕草をしておきながら、最後に呼ばれた金の目の少女を見つめる、その表情たるや。晴れやかであり、憎しみであり、力強さであった。様々な感情の入り混じる、不思議な面持ち。──
灰が落ちて、マリアベルの
「思えば、お主は海のようである」
「海……?」
「左様。その瞳には、あまねく青の原が広がる。時に感情が渦となり波となり、狂った色も見せる。朝は紫に染まり、昼は青を
それを聞いてマリアベルは、居心地が悪そうに脚を組み直した。
「いつ、気がついたのですか?」
ふと思ったのは、と前置きしてロック卿は話を続ける。
「
ロック卿は
「両の目、切った傷があった。つらつら
マリアベルは観念したように軽く笑い、煙草の火を消す。
「さて、海聖として問うて良かろうか」
「はい」
「貴殿は信ずるに足る存在か?」
「私が輝聖を守りたいと思っている間は」
「心得た。貴殿には公爵領軍の軍服を
そう言ってロック卿は立ち上がった。狭い小部屋、天井に脳天をぶつける。
「分かりました。しかし、相手は強力です。多少の犠牲は覚悟してください」
「犠牲? そんなものは出させん。命をかけて儂が守ろう。貴殿は勝つ事に専念するべし」
マリアベルは無視をする。道具にしてやろうと思っていたから、この様に寄り添った態度を取られると、困った。
「良いか。儂は坊主の身から騎士となった。神は人を愛する。だが、神に
ロック卿は狭そうに
「よし。聖女なくして太平ならず。話は決まりだ。諸侯と同盟を結び、速やかに大白亜を奪還せん。
散々気を付けていたが、懺悔室から出る際にロック卿はまた頭をぶつけた。ぶつけた箇所をさすりながら、ばつが悪そうに続ける。
「ああ。これは坊主として忠告するが、あの娘とは仲直りしておくべし。あれは心から
マリアベルは懺悔室を出た所で、動きを止めた。
「いや。
噂では、女子のように美しい男子が隊にいたと聞く。身分も特別らしい。だが、懺悔室から出た今、名を言うのは
「善き友、で良いのかな?」
マリアベルは目を
「……わかりません。
ロック卿にはあんな事がどんな事かは分からなかったが、とにかく、その物憂い顔を見て『聖女とはいえ、年相応の表情も持ち合わせるようだ』と、妙に安心した。ちゃんと人間であるようだから。
「それから、
言って
「気分が優れねば持ち物を変えてみよ。人は物に囚われて気を
マリアベルは無言で煙管を見つめる。
「
□□
煙管に葉を詰め、火をつける。真っ白な煙が暗い部屋に
マリアベルは真っ白な軍服に着替えた。その後は椅子に座り、窓から見える星空を見ていた。浮かぬ顔つきで想うのは、第三王子リアンの事。
『──その綺麗な姿を見るのが嬉しくて、噛み締めるごとに、あなたの姿が僕の胸の中で大きくなって、心地よさを感じていた! 感じていたんだッ!』
心の中で何度も言葉を蘇らせた。そうする度に、その言葉の意味が徐々に理解できた。そして、己にとってもそうであった事に気がつく。ひどく寂しい気がしているのは、リアンに会えていないからなのだろうか。あの喧嘩の後、1度も姿を見かけない。
こんな気分になるのは、ロック卿が変なことを言ったからだ。懺悔室での会話は
かつてはリアンと婚を結ぶ事を狙った。それは、自らをモラン卿から離したかったからであり、確固たる地位が欲しかったから。でも、今はそうする必要はない。
なのに、胸に
きっと、リアンという存在が利用する為だけの道具ではなくなって、もっと別の何かに変わったのだ。言葉にはし
こうしてリアンの事を考えている時は、人らしい自分に出会えている気もした。それが幸せにも感じる。そして、彼のことを考えていると、
「……こんな事に頭を使っている場合ではないのに」
机に向かえない。窓から
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