不良聖女の巡礼   作:Awaa

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困惑

 

 二人は城内の聖堂へと入り、衣装部屋(ワードローブ)のような大箱の前に立った。これは改悛(かいしゅん)の為の小部屋で、懺悔室(ざんげしつ)と呼ばれた。入り口は2つ存在し、それぞれ別に入り、中で向かい合って座る。2人を分つのは格子(こうし)1つ。

 

「こんな場所ですまんな。あまり聞かれたくない話もある」

 

 懺悔室(ざんげしつ)は狭い。ロック卿は窮屈(きゅうくつ)そうにしながら羊皮紙を取り出す。

 

「聖女達について調べがついた」

 

 目を細め、指で文字を追いながら話す。老眼であるし、字を読むには暗い。

 

 調べた所、大地の聖女はマール伯爵領にて待機中。とりあえず健在ではあるらしい。

 

 風の聖女は巡礼の最中、王国北方ヘス侯爵領にて拘束されかけるも、第三聖女隊はそれを退ける事に成功。現在はパドランド伯爵領に(かくま)われている。領主パドランド伯爵は空聖の家系(かけい)、ローゼス家と婚で結ばれている。

 

 火の聖女は仔細(しさい)不明。ただ、第一聖女隊には動きがあった。正教軍中佐ジャン・セルピコが隊を動かし、その道程から、現在は教皇領付近に潜んでいると推測された。

 

「さて、次に輝聖についてだが──」

 

 マリアベルはひたとロック卿を見る。

 

「禁軍への奇襲は成功したと思って良かろう」

 

 マール伯爵領軍はジョッシュを将として禁軍へ奇襲攻撃。王師(おうし)西軍を撤退させた。そのまま大白亜に攻め込むつもりであったが、突如現れたリューデン公爵領軍に脇腹を突かれる形で撤退したとされた。

 

「そうですか。輝聖はリューデンの軍隊に被害が出るのを恐れて、反撃を躊躇(とまど)ったのでしょう。相変わらずお優しい事。反吐が出る」

 

「ほう。随分と知った口だな」

 

 マリアベルは目を()らす。

 

「まあ良い。1つ、重大な報がある」

 

 ロック卿はもう一つの書簡を取り出した。封蝋(ふうろう)が金に光るのを見て、マリアベルは(いぶか)しむ。

 

「大袈裟な書簡ですね」

 

「亡きアルベルト二世からの文だ」

 

「──何ですって?」

 

 マリアベルは思わず声を(とが)らす。

 

「ピピン公爵が(みまか)ったその日に届いた。勝手の分からぬ若い使用人(メイド)が受け取ったものの、どうしたら良いのかと開けられずにいたらしい」

 

「なんと無能な」

 

「その日は城内全ての人間が(せわ)しくしていた。助けを求めるのも(はばか)られたのだろう。気持ちはわかるし、本人も自刃(じじん)を申し出るほど追い詰められているから、これ以上は言うな」

 

 書簡の内容はこうである。1つは、兵を貸し与えて欲しいこと。もう1つは、その兵を大白亜へと送って欲しい事。なお、貸し与えた兵は、国王とその実弟(じってい)ロブとで指揮する(むね)が書き記してあった。

 

「ロブ……」

 

 ロブは進軍の最中に襲われ、命を落とした。

 

「つまり、大白亜に乗り込む最中に襲われた、という事? そして、王が殺されたのは王城ではなく、大白亜……」

 

「左様」

 

 大白亜は教皇領である。王とは言え、気儘(きまま)に入ることは出来ない。

 

「何のために王が大白亜へ……」

 

 言って、気が付く。肌が粟立(あわだ)つ。そうだ。王が大白亜にいた理由などは、些細(ささい)なことだ。それよりも重要なのは──。

 

「──簒奪者(さんだつしゃ)は、そのまま大白亜に腰を据えているのでは」

 

(わし)もそう思って伝令の動きを調べさせた。禁軍への命の殆どは大白亜より飛ばされている」

 

 それは即ち、敵は大白亜にあることを意味する。マリアベルは暫し呆然とした。

 

「ぷっ……。ふふっ……!」

 

 そして、くつくつと肩を(たて)に揺らして、楽しげに笑い始める。と言うより、笑いは堪えようとはしているものの外に漏れ出てしまっていると言うべきか、とにかくその様子を見てロック卿は不審そうに眉を(ひそ)めた。

 

 マリアベルは日を追うごとに可笑しくなっていた。それは誰の目から見ても明らかで、初めて会った時にロック卿が感じた涼やかな(たくま)しさは失せた。今、彼女から(ただよ)うのは得体の知れない不安定な気配だけ。

 

「ぷっ。良い。とても良いです。少なくとも、王都よりは攻め込みやすい。阿呆(あほう)めっ。本当に。ぶぷっ……」

 

 大白亜のある聖都アルジャンナは城塞都市(じょうさいとし)ではないから、王都に攻め入るより何十倍も容易(たや)すく(おと)せる。

 

「マリアンヌ・ネヴィル。貴殿は新王の目的をなんと見る」

 

「そんなのは決まっているではないですか」

 

 マリアベルは目尻に溜まった涙を拭った。

 

「──王室の威信(いしん)を守る為に他なりません。聖女を狙った事と、大白亜に腰を()えた事で、それがよく分かった」

 

 腿を指でトントンと叩きながら、続ける。

 

「新王は聖女を恐れているのです。聖女は瘴気(しょうき)を晴らし世界を救う。だが王はそうではない。やがて民は王よりも聖女を(した)うようになる。このままでは、自らの血の価値が落ちてしまう! ああ、どうしよう! どうしたら良い⁉︎ そうだ、ならば聖女達を殺すしかない。そして信仰の象徴である大白亜を支配し、王がこの国の覇者(はしゃ)である事を諸侯に示すのだ。それで万事解決(ばんじかいけつ)……、そう思っているに違いない」

 

 頭痛がして、指で顳顬(こめかみ)を押さえ、続ける。

 

「ああ、私にはその気持ちが痛いほどわかる」

 

 マリアベルは聖フォーク城の謁見の間で『輝聖は騒擾(そうじょう)の元』と言ってのけた。あの時は挙兵を(そそのか)す為に言ったわけだが、結果としてそう遠くない答えを出していた事も可笑しくて、力無く笑う。

 

「まるで昔の私が敵みたい。鏡写しだ……」

 

 ロック卿はマリアベルが落ち着くのを待った。その表情は冷たく、軽蔑(けいべつ)の色を孕んでいた。

 

「さて。では本題に入ろう」

 

「ええ。どうぞ進めてください」

 

腹蔵(ふくぞう)なく申し上げなん。──貴殿は我が領の騎士達から好まれておらぬ」

 

 マリアベルはぴくりと反応した。

 

「……それで?」

 

癇癪(かんしゃく)持ちだの、気ぶり女だのと陰口を叩かれておる。()くいう儂も、貴殿の行動には用心している」

 

 マリアベルは次の言葉を待った。

 

「貴殿はどうやら、このピピン公爵領に挙兵を唆しているようだな?」

 

「そうだとしたら?」

 

 ロック卿は言葉を探す。図星(ずぼし)を突かれてはぐらかすかと思ったが、彼女にその気はないらしい。

 

「……それと分かってもなお、儂は迷っておる。お主の考えに()るか()るか。貴殿に何かしらの魂胆(こんたん)があるとは思えど、申すことは必ずしも出鱈目(でたらめ)(あら)ず。領の危機は領の危機であると見る」

 

「ならば、何に納得がいかない?」

 

「そうではない。お主が怖い。得体(えたい)が知れぬ」

 

 マリアベルはふっと息を漏らして、小さく笑った。

 

「どうすれば私が怖くなくなりますか? 共に遠足(ピクニック)にでも行きましょうか? 苺と乳脂(クリーム)をたっぷり挟んだパンを用意しましょう」

 

「その()(およ)ばず。利口なる乙女マリアンヌよ。偽りなく質問に答えるべし」

 

「答えたら私が怖くなくなりますか?」

 

「さてな。ただ、信の一歩目は対話である」

 

 マリアベルは(いや)な笑みを(たた)えたまま、ゆっくりと目を閉じる。何か心の中で覚悟を決めるような間があって、

 

「良いでしょう。今は気分がいい」

 

 そして目を開けた。瞳は硝子玉のよう、(あお)く、薄暗闇に輝く。瞳の中の宇宙(そら)は強烈な圧を放つ。それはまるで大きな(きば)を持つ海獣の迫力で、先程までの底気味悪い雰囲気から一変、マリアベルは強烈な覇気(はき)を得た。

 

 ロック卿は尻込む。同時、目の前の乙女が心根で会話しようとしているのを感じ取った。どうやら若いながらも、理解しているらしい。真に人を信用させるには思惑からの言葉ではなく、気魂(きこん)からの言葉が必要だということを。つまり、ここから先は嘘や(あざむ)きは無し。まるで老将の心構えである。正直、驚いた。

 

「では聞こう。挙兵して、禁軍に勝てるのか」

 

「はい」

 

「我らが兵を見たか。木偶(でく)(ぼう)であろう」

 

「はい」

 

「それでも、勝てると申すか」

 

「はい」

 

「何故、そう言える」

 

「私が指揮を取るからです」

 

「ほほう。大した自信である」

 

 ロック卿は気押(けお)され、苦笑する。

 

「勝てるだけの理由があります」

 

「それは?」

 

「まず、私は天才です。次に、私は神に愛されている。最後に、1つ。これが一番大きい」

 

「言うてみよ」

 

簒奪者(さんだつしゃ)は良き国を作れない。身を守るために悪政(あくせい)()き、民を苦しめ、(まつりごと)は細く長く続く。繁栄も栄華(えいが)もない。それは数多(あまた)の歴史書が証明している。ですが、この国は良き国となる運命。このままでは矛盾が生じますから、新王は(たお)れましょう」

 

「何故、良き国になる。理屈を述べるべし」

 

「──この世界には輝聖がいる。悪は滅び、正義は必ず勝つ」

 

 ロック卿はその言を聞いて(ふる)戦慄(わなな)いた。格子の奥──青い瞳が海を(たずさ)えて、己の心に巣食う疑念を食らい尽くそうともしている。

 

天晴(あっぱ)れな物言い。教えに熱心なのだな……」

 

 やはり、この乙女は凡人とは何かが違う。遥かにかけ離れていると言っても良い。恐ろしい程の得体の知れなさは、そこに起因するのかも知れない。……そこでロック卿は、一つ、突飛(とっぴ)戯言(ざれごと)を口にしてみることにした。これは一種の賭けであった。

 

「ここは懺悔室。この場での話は神にしか聞こえぬ。だから、儂は今から独り言を言う」

 

 マリアベルは煙草に火をつける。

 

(しょく)の日。()れて腐った太陽が欠けてゆくその時。儂は王都の大聖堂にいた」

 

 ロック卿が独り言だと言うので、マリアベルは黙って耳を傾けていた。

 

「その場にいた者に会うと、誰もが女神の像を腐らせた少女のことを話す。まさに奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)、忘れたくても忘れられぬ、とな。中には『己はあの場で輝聖と思うた!』と(うそぶ)く馬鹿者もいる。だが儂の記憶に最も強く残っているのは、女神像の前で目に涙を溜め、硬く拳を握った、青い髪の乙女よ」

 

 狭い空間に煙がもうもうと漂う。

 

「不思議であった。あれだけ悔しげな仕草をしておきながら、最後に呼ばれた金の目の少女を見つめる、その表情たるや。晴れやかであり、憎しみであり、力強さであった。様々な感情の入り混じる、不思議な面持ち。──丁度(ちょうど)其方(そなた)のように青い瞳であったと思う」

 

 灰が落ちて、マリアベルの(もも)を汚した。

 

「思えば、お主は海のようである」

 

「海……?」

 

「左様。その瞳には、あまねく青の原が広がる。時に感情が渦となり波となり、狂った色も見せる。朝は紫に染まり、昼は青を(たた)え、日暮れに赤く燃えて、夜には黒に沈む。陽が照れば白に輝き、陰れば褪赭(セピア)(にご)る。……神は海の乙女をそう作るであろうな」

 

 それを聞いてマリアベルは、居心地が悪そうに脚を組み直した。

 

「いつ、気がついたのですか?」

 

 ふと思ったのは、と前置きしてロック卿は話を続ける。

 

梟首(きょうしゅ)の海聖、体を6つに裂かれて各領で見せしめと相成った。隣領ホルスト伯爵領には首が晒され、昨日、儂はそれを見に行った。蝕で見た複雑な少女を忘れられぬでな」

 

 ロック卿は(まぶた)を指差す。

 

「両の目、切った傷があった。つらつら(おもんみ)るに、二重瞼(ふたえまぶた)にしていたのではなかろうか。死して顔が(たる)み、それが目立ったのだろう。目元の黒子(ほくろ)もよく見れば、あれは墨を入れてあった」

 

 マリアベルは観念したように軽く笑い、煙草の火を消す。

 

「さて、海聖として問うて良かろうか」

 

「はい」

 

「貴殿は信ずるに足る存在か?」

 

「私が輝聖を守りたいと思っている間は」

 

「心得た。貴殿には公爵領軍の軍服を貸与(たいよ)する。(ただ)し、高禄(こうろく)は出せぬぞ」

 

 そう言ってロック卿は立ち上がった。狭い小部屋、天井に脳天をぶつける。

 

「分かりました。しかし、相手は強力です。多少の犠牲は覚悟してください」

 

「犠牲? そんなものは出させん。命をかけて儂が守ろう。貴殿は勝つ事に専念するべし」

 

 マリアベルは無視をする。道具にしてやろうと思っていたから、この様に寄り添った態度を取られると、困った。

 

「良いか。儂は坊主の身から騎士となった。神は人を愛する。だが、神に忠節(ちゅうせつ)を誓っているだけでは、神の愛する人々を守ることは(あた)わぬ。人の輪の中で、ただ健気(けなげ)な人となり、弱き者を庇い、命を削る事こそが神の(しん)であると悟った。くたばったとて悔いはない。まあ、欲を言えばお嬢様の花嫁姿は見たい所だがな」

 

 ロック卿は狭そうに(せぐくま)り、扉を開けた。

 

「よし。聖女なくして太平ならず。話は決まりだ。諸侯と同盟を結び、速やかに大白亜を奪還せん。陣触(じんぶ)れじゃ!」

 

 散々気を付けていたが、懺悔室から出る際にロック卿はまた頭をぶつけた。ぶつけた箇所をさすりながら、ばつが悪そうに続ける。

 

「ああ。これは坊主として忠告するが、あの娘とは仲直りしておくべし。あれは心から其方(そなた)のことを怒っていたようだ」

 

 マリアベルは懺悔室を出た所で、動きを止めた。物憂(ものう)い表情だった。

 

「いや。其方(そなた)がウィンフィールドから王都に戻っていないとなると、もしや娘ではなく……」

 

 噂では、女子のように美しい男子が隊にいたと聞く。身分も特別らしい。だが、懺悔室から出た今、名を言うのは(はばか)られた。

 

「善き友、で良いのかな?」

 

 マリアベルは目を()らし、言う。

 

「……わかりません。()()()()()()()()()、私はまだ困惑している」

 

 ロック卿にはあんな事がどんな事かは分からなかったが、とにかく、その物憂い顔を見て『聖女とはいえ、年相応の表情も持ち合わせるようだ』と、妙に安心した。ちゃんと人間であるようだから。

 

「それから、嘔気(おうき)に悩まされているようだが」

 

 言って(ふところ)から煙管(きせる)を取り出し、渡した。真鍮(しんちゅう)瑠璃(るり)で作られた、青い煙管であった。美術品にように美しい。

 

「気分が優れねば持ち物を変えてみよ。人は物に囚われて気を(むしば)まれるものだ」

 

 マリアベルは無言で煙管を見つめる。

 

其方(そなた)にやろう。遥か東に存在した国の喫煙具らしい。騎士となった時に先々代の公爵より(たまわ)った。だが儂は煙草をやらん」

 

 □□

 

 煙管に葉を詰め、火をつける。真っ白な煙が暗い部屋に(ただよ)った。肺を満たす煙は(きぬ)のように滑らかである。葉の香りも存分に楽しめ、舌への刺激も少ない。気分も幾分健やかである。

 

 マリアベルは真っ白な軍服に着替えた。その後は椅子に座り、窓から見える星空を見ていた。浮かぬ顔つきで想うのは、第三王子リアンの事。

 

『──その綺麗な姿を見るのが嬉しくて、噛み締めるごとに、あなたの姿が僕の胸の中で大きくなって、心地よさを感じていた! 感じていたんだッ!』

 

 心の中で何度も言葉を蘇らせた。そうする度に、その言葉の意味が徐々に理解できた。そして、己にとってもそうであった事に気がつく。ひどく寂しい気がしているのは、リアンに会えていないからなのだろうか。あの喧嘩の後、1度も姿を見かけない。

 

 こんな気分になるのは、ロック卿が変なことを言ったからだ。懺悔室での会話は(いくさ)のつもりで挑んだが、最後の最後にしてやられた気分である。

 

 かつてはリアンと婚を結ぶ事を狙った。それは、自らをモラン卿から離したかったからであり、確固たる地位が欲しかったから。でも、今はそうする必要はない。

 

 なのに、胸に(もや)がかかる。変に意識する。輝聖を想う気持ちに似ているのかも知れない。でも、そうでもないかも知れない。正直、分からない。静かに、(ひそ)やかに、困惑している。

 

 きっと、リアンという存在が利用する為だけの道具ではなくなって、もっと別の何かに変わったのだ。言葉にはし(がた)い、何かに。……気持ちが分からなくて、無性(むしょう)に泣きたくなる。

 

 こうしてリアンの事を考えている時は、人らしい自分に出会えている気もした。それが幸せにも感じる。そして、彼のことを考えていると、魑魅魍魎(ちみもうりょう)は現れない。妙な気づきだった。

 

「……こんな事に頭を使っている場合ではないのに」

 

 机に向かえない。窓から五曜の星(カシオペア)を眺む。そして、机上の戦略図は静かに(たたず)む。

 

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