不良聖女の巡礼   作:Awaa

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軍議(前)

 

 リアンは客間に籠った。部屋には誰も入れなかった。使用人(メイド)が食事や身の回りの世話を申し出ても、(かたく)なに断った。

 

 1人、魔弾(まだん)が何であるかを分析していた。城の図書室や魔術師の詰所(つめしょ)から大量の本を持ち出し、机に多種多様な透鏡(レンズ)顕微鏡(スコープ)を並べ、取り()かれたように魔弾と向き合った。

 

 マリアベル・デミが完全に狂ってしまう前に。そして、我執(エゴ)に支配されたマリアベルに戻る──、いや、それ以上に強烈な悪女として顕現(けんげん)する前に。魔弾で彼女を殺すことが出来るのか、突き止めたい。

 

 魔弾の分析は苦労した。弾の力が影響して、見ているだけで気鬱(きうつ)になる。すると、思考力が極端に下がって、頭に(もや)がかかる。思うことをその場で書き記さねば、まともな分析結果に辿り着けない。時間がかかった。

 

 マリアベルが軍服を貰った日の夜のこと。リアンは大凡(おおよそ)の分析を終えた。

 

 まず、魔弾の正体は黝簾石(ゆうれんせき)だった。見た目は藍玉(アクアマリン)によく似た石だが、傷が付きやすいという欠点があり、宝石としての価値は低い。

 

 黝簾石(ゆうれんせき)は通常、啓示(レベレーション)を得る為の魔道具として用いられる。(いささ)か古めかしい道具の為、リアンにとってはあまり馴染(なじ)みがない。

 

 この石は正気を吸って、人を曖昧(あいまい)にする。曖昧になった所に神が降りて、巫女などが神の言葉を代弁する。精神が強靭(きょうじん)な人間でなくば、永遠に脱魂(だっこん)する事もあるから、今ではあまり使用されない。

 

 黝簾石を啓示に使用する際は(やすり)で粉にし、それを(まぶた)(ほほ)に塗り、残りは全て鼻から吸う。

 

 また、魔弾に細かく書かれていた文字は(しず)めの呪文であった。地震や塩害(えんがい)、嵐や山火事などの災害を鎮めるために使われる。生贄(いけにえ)を用いれば、より効果が期待できる。

 

 災害は四大元素(エレメンタル)均衡(きんこう)が崩れることによって起きる。塩害や地震はノームの荒ぶりであるし、嵐はシルフの狂乱、山火事はサラマンダーの祝祭、海嘯(つなみ)はウンディーネの怒り。

 

 ──ジャック・ターナー(いわ)く、聖女は精霊と同一化し始めている。その考えを元にして考えた時、魔弾は聖女の死へと繋がる。

 

 一、黝簾石(ゆうれんせき)が正気を吸う。

 二、魔弾に書かれた呪文が(にえ)を求める。

 三、正気を吸われた体が贄と化す。

 四、呪文は聖女の精霊の力を鎮め、ただの乙女に戻してしまう。

 

 体と石と呪文の3点、その効果が体内で永遠に巡る。徐々に聖女は弱る。放っておけば、やがて死ぬ。万全を期すなら八つ裂きにして、牛糞と混ぜて畑に()いてもよい。

 

 とにかく、魔弾で聖女は殺せる。これを用いれば、誰でも聖女を殺すことが出来る。

 

 ──この地から立ち去るべきか。

 

 夏の朝、眩しい朝焼けの中でマリアベルと約束をした。道を失ったらば、躊躇(ちゅうちょ)せずに命を奪えと言われて、頷いた。

 

 狂い行くマリアベルの近くにいれば、いずれは撃たなくてはならない。約束を果たす時が来てしまう。

 

 それにこの弾を持っていると、気鬱が高じて全てがどうでも良くなってしまう。全部を捨て、破滅を歩みたくなる。マリアベルを殺した後、すぐに自分も死ねば、世界の破滅の責任を負わなくても良いとまで思ってしまう。

 

 ──ならば、助けを求めるべきか。

 

 馬で駆ければ、リトル・キャロルがいる所まで数日で辿り着くはず。そしてマリアベルの様子を伝え、直接会って貰うことが出来れば。いや、会わなくても良い。文で良い。

 

 きっとマリアベルを等身大の乙女に戻してくれるのは、リトル・キャロルだけなのだ。辺境伯領でそうであったように、輝聖だけが聖女の救いなのだ。

 

「海聖はどこへ向かえばいいのか。あなたはマリアベル・デミをどこへ連れて行くつもりなのだろう。どうか、神様。教えてください」

 

 蓬髪(ほうはつ)の下、窓から星を眺む。久々の晴れ間、目にしみる程に()えた星空が覗いている。今にも神が降りてきそうな空だったが、待てども天の声は聞こえない。

 

 □□

 

 翌、禾稼有明(かかありあけ)、聖フォーク城にて軍議が行われた。

 

「雨が降ってきましたね」

 

 マリアベルは煙管(きせる)を片手に、大窓から天を仰いだ。夜明け前に立ち込めた鈍色(にびいろ)の雲は、雨を垂らして窓を濡らし、さらさらとした優しい雨音を立てていた。

 

 部屋に集った騎士達は1つの机を囲む。みな気難しそうな顔をしながら、地図を覗き込んでいた。そしてロック卿は地図上の木駒を動かしながら、こう説明する。

 

「大白亜まで進軍するとなれば、オーレン街道を突き進むのが一番迅速(じんそく)。しかし1日も進めば、聖女誅戮(ちゅうりく)(のたま)うウィカー伯爵領に入る。その上、街道に沿って3つの城があるから、これは厄介至極」

 

 3つの城とは、平地にあるコンチ城。湿原にあるデファラ城。山城(やまじろ)のホークカーナウ城である。ロック卿は便宜上(べんぎじょう)、コンチ城を『一の城』、デファラ城を『二の城』、ホークカーナウ城を『三の城』とした。

 

 一の城は一般的な防御性能で、特筆すべき点はない。

 

 二の城は湿原に建つため堅牢(けんろう)。近づこうとすれば泥濘(でいねい)に足を取られる。潤沢(じゅんたく)な火器と優秀な魔法部隊があれば攻略(あた)うが、ピピン公爵領軍では心許(こころもと)ない。

 

 三の城は山城だから、さらに堅牢。カレドニア全土でも特に優れた城とされている。言わずもがな、公爵領軍では太刀打ち出来ない。

 

 ウィカー伯爵領は禁軍に協力している。故に、どの城にも領軍に加えて禁軍が詰めていた。新王は諸侯の謀反に備え、大白亜へと続く街道の守りを入念に固めている。聖女──と言っても影武者であるが、それを殺してしまったから、守備には余念がない。

 

「さて、この城を如何(いか)にするか──」

 

 1人の若い騎士が、ロック卿の話を(さえぎ)った。

 

「街道を通らず、原や森を突き進むべきだ! 我が軍に城を3つも攻略する力は到底ありませぬ! まともに戦えば全滅は必至!」

 

 ロック卿は返答し兼ねた。全滅は同意。むしろ城3つどころか、1つでも厳しいのではないか。だが城を避けて通った所で、見つかれば隊の後ろを突かれてしまう。

 

「そもそも俺は外交による対話を──」

 

 騎士が言さした時であった。

 

「これは()な事を承ります」

 

 マリアベルが冷淡に言う。

 

「新王は聖女を殺したのです。対話の余地などない。神の名に於いて天誅(てんちゅう)を下すのは、我ら信徒の役目に他なりません」

 

 マリアベルが窓辺から机に歩き寄る。騎士らはその威迫的(いはくてき)な軍服姿に畏縮(いしゅく)し、しんと(もく)した。今まで貧相な旅装束に身を包んでいたからだろうか、軍服の持つ威圧の力が強調されているようで、妙なことに彼女の周りに青い陽炎(かげろう)が見え、霊的(れいてき)な恐ろしささえ感じた。

 

「良いですか。原や森に入るのは遊撃戦(ゲリラ)が必要な場合に限る。今回は電撃的に街道を突き進み、一気に大白亜を攻め落とすべきです」

 

 騎士がしかし、と口答えをしたが、マリアベルは冷ややかな笑みでその顔を見返した。

 

「敗北に『決定打』はありません。様々な負が連鎖的に絡むことによって敗北は形になる。ならば、連鎖させる(いとま)を与えない事です。なにより、機を重んずるという言葉もある」

 

 ロック卿はうーんと唸った。言っている事は分かるのだが、そう上手く行くとは思えない。

 

「その機が今と申すか、マリアンヌ・ネヴィル」

 

「勝つための算段はしてあるから従いなさい」

 

「だがな──」

 

 そしてロック卿は地図上に駒を配置する。

 

「兵の数が圧倒的に足らんのではないか、我が軍は。徴兵するとは言え、荷物持ち飯炊(めした)き含めず、準備できる数、凡そ一(りょ)と三(そつ)

 

 大きい騎士の駒を1つ、それから小さい騎士の駒を3つ、ピピン公爵領デュダの位置に置く。一旅が500人、一卒が100人、合計800人。

 

「諸侯と同盟も結ぶが、それでも兵力には限りがあろう。最終的に集まっても二()が関の山」

 

 そして戦車の駒を二つ、デュダの位置に置いた。一師が2500人。二師が5000人。

 

「対して禁軍は、東軍・西軍・北軍・南軍の王師四軍(おうししぐん)じゃ」

 

 戦車の駒を2つ固めたものを4つずつ、大白亜の位置に置く。一軍が二師。即ち、それぞれに5000の兵がいる、とロック卿は概算(がいさん)した。

 

「さらに、翊衛軍(よくえいぐん)もおろうな」

 

 翊衛軍は、宮廷魔術師から成る軍である。ロック卿は大白亜に大きい騎士の駒を2つ置く。つまり二旅1000人と見積もる。

 

「それだけではない。禁軍に味方する諸侯の存在も大きい。リューデン公爵領軍などは、兵を無理やりかき集めれば、一軍にもなろう」

 

 ロック卿の言う一軍は、()()()()()()()()、12500人。装甲馬車の駒を大白亜に置く。

 

「これらを相手に、しかも勝つつもりでいるとは、正気の沙汰(さた)とは思えないが──」

 

「敵の数は確かに多い。ですが、その全てが相手になるわけではありません」

 

 マリアベルは禁軍の駒を煙管(きせる)で動かし、それぞれ王都や焔聖(えんせい)の出身リンカーンシャー公爵領などに散らした。王都の守りは捨てられないし、各地では戦が起きているということ。

 

 それと、輝聖のいる教皇領の領境に駒を倒して置いた。マール伯爵領軍が奇襲に成功したのならば、ある程度の戦力は()がれている。

 

 大白亜に残った駒は、禁軍二軍、それからリューデン公爵領軍。

 

「とは言えども、当方の兵力不足は確かであるが。まだまだ敵は多いぞ」

 

「各領の囚人(しゅうじん)も兵として使います。それから傭兵も雇います。卿の想定は幾分か少ない」

 

 マリアベルは地図上、ピピン公爵領軍の駒を煙管で押し、街道を進める。

 

「私たちは街道を激進、防御線を打ち破る。陽動(ようどう)も要らない。一気呵成(いっきかせい)に攻め込みます」

 

 駒は一の城に差し掛かった。

 

「一の城は、どうする」

 

「この辺りは元々穀倉(こくそう)地帯でした」

 

 マリアベルは煙管から灰を落とし、城を中心に辺りを汚す。

 

「30年前、この地に竜が出た。竜は毒を振りまいたから農地が減ったし、今でも子供の腹が膨れる奇病が流行っている。だから人も少なく、生産も落ちた。一の城を預かるロングフェロー家は、領内きっての貧乏貴族」

 

 マリアベルは衣嚢(ポケット)から硬貨を一枚取り出し、城の上に置く。──それは、調略(ちょうりゃく)を意味した。

 

「なんと! 金で城を堕とすのか!」

 

「一の城の兵力は、禁軍含めず凡そ一師(2500人)と見積もります。その全てを貰い受ける。当主、ユージン・ロングフェローには領主への謀反も(そそのか)しなさい。真に税を受け取るのはあなただと言って、その気にさせなさい」

 

 騎士達がざわめく中、マリアベルは悠々(ゆうゆう)と駒を動かしていく。そして、駒は二の城に差し掛かった。

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