不良聖女の巡礼   作:Awaa

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軍議(後)

 

「ど、どうする? 二の城は湿原があって堅牢。城主ロス・アレンは強情者(ごうじょうもの)であるから、調略も通じぬぞ」

 

 マリアベルは自軍を2つに分かち、一卒(100人)だけを付近の丘に動かした。それで、ロック卿を含む何人かの騎士が、あっ、と何かに気が付く。

 

「丘にある聖地、聖パトリオーネの聖堂には『アンドレアの乙女達の人面鶏(バジリスク)』が封じられている」

 

 この封印の獣は強力な魔眼(まがん)を持つとされ、目を合わせると人間の体が石と化すらしい。人面鶏(バジリスク)は文字通り人面の(にわとり)で、どうやら人の言葉を話すようだった。歌と詩が得意であり、不思議なことに遠く離れた街にもその声が届いたのだと資料に残る。

 

 500年前、二の城の城下町アンドレアの乙女達21人が、人面鶏(バジリスク)の歌声に魅了されて丘に登った。内11人が石化し、残る乙女達は半端な状態で石となり、脳が壊され、譫言(うわごと)を繰り返していたとされる。やがてその乙女達も衰弱(すいじゃく)し、『クックロビンを殺してしまったのはだあれ?』と歌を口遊(くちずさ)みながら果てた。

 

 人面鶏の恐怖を語った民話や民謡も多く残り、ウィカー伯爵領ではある種の文化を形作っていた。伯爵領の人間にとって人面鶏とは、幼い頃から刷り込まれてきた絶対的な恐怖の象徴である。この地方では女は決して丘を登ってはならないという(おきて)まであり、例えば聖パトリオーネの聖堂で行われる(ものいみ)の礼拝でさえ女性は参加する事が出来ず、儀式上で巫女が必要な場合は去勢(きょせい)した少年を用いる徹底ぶりであった。聖女の巡礼でさえも許可されない特殊な聖地である。

 

「軍を二手に分け、一方は聖堂を占拠します」

 

 ロック卿は目を見開く。

 

「──まさか、封印の獣を解き放つのか!」

 

「良い案ですが、その必要はありません」

 

 マリアベルは続ける。

 

「聖堂が占拠されれば、伯爵領軍にとっては大事。休戦を(わめ)き立てる騎士も出るでしょう。──ですが、部外者の禁軍は、なぜ焦っているのか今一理解に苦しむ。やがて痺れを切らし、構わず攻めろ、と大声を張り上げる」

 

 そして地図上、二の城に剣の駒を置く。交戦の印である。城内は混沌(こんとん)とし、小競り合いが起きるとマリアベルは予想した。

 

「間を置いて『クックロビンを殺してしまったのはだあれ?』と歌手に1曲歌わせなさい。恐らく自壊します」

 

 騎士達が唖然とする中、マリアベルは本隊の駒をさらに進めた。街道を南下、山と山の間を進む。そしてついに山城に差し掛かる。

 

「マリアンヌよ、三の城はどうするのだ」

 

 ──だが、駒はそのまま先に進んだ。

 

「ぬっ⁉︎」

 

「無視をします。ここは(みね)を利用して作られた堅牢な城です。堕とすには半年かかる」

 

「隊を後ろから突かれるぞ!」

 

 マリアベルは三の城に道化(ピエロ)の駒を置く。曲者(くせもの)を意味した。

 

「三の城には予め間者(かんじゃ)を放っておき、良き所で二の城が寝返ったと城主に申し伝えなさい」

 

 ロック卿はぱしんと額を打った。そうか、そう避けるか、と言葉を呑む。

 

 二の城は混乱の最中(さなか)であり、動けない。場合によっては城内で領軍と禁軍の戦闘もはじまる。そこで二の城が寝返ったと情報あらば、その信憑性(しんぴょうせい)は高い。

 

 三の城はピピン公爵領軍本隊と、二の城ウィカー伯爵領軍に挟まれることを恐れて、山から降りる事が出来ない。金縛りである。城から砲弾を飛ばして来るかも知れないが、基本的には街道を進むピピン公爵領軍を眺めているしかない。

 

「すると、目の前には──」

 

 マリアベルの動かす駒は、ついに教皇領に辿り着いた。大白亜は目の鼻の先である。

 

「布陣する禁軍やリューデン公爵領軍は驚くでしょう。三つも城がある街道から、急に敵が現れるのだから。──ここで夜襲(やしゅう)をかけるのが理想です。こうなれば戦力に差があろうと、押せば引く」

 

 ロック卿は感服した。流石は海聖マリアベル、自分で天才と言うだけあるか。騎士達からも、おおと感嘆(かんたん)の声が漏れる。

 

 しかしここで、マリアベルを嫌っている騎士が、その策略を崩してやろうと意見した。

 

「ま、待て! 挙兵の目的は何とする! 聖女を護る為とは言えど、流石に『新王征伐』だと躊躇する諸侯も多かろう! 前提がおかしいのだ、前提が! 同盟など組めるものか! 勘違いも(はなは)だしい!」

 

「そこは考えておきました」

 

 マリアベルの冷たい瞳に見つめられ、騎士は思わずたじろぐ。

 

「お、お聞きしよう」

 

「──クリストフ五世の救出で行きます。あれは大白亜に捕えられている」

 

 多くの騎士が目を見開いて驚いた。まさかクリストフ五世が捕えられているとは思わなかった。正教会内でごたつきがあって、教皇が変わった事に気がついている騎士も多かったが、はっきりと捕えられていると言われると、出し抜けな感じがした。

 

「私が調べた所、クリストフ五世は査問(さもん)によって教皇の座を追われ、その後は牢に押し込められる。指示したのは正教軍のヴィルヘルム・マーシャルですが、ここは上手く使います。新王がクリストフ五世を捕えた事にすれば良い」

 

 新王は大白亜を占拠し、クリストフ五世を捕え、聖女を葬ろうとしている。筋書き(シナリオ)としては良い。目的を征伐ではなく救出とすることで、慎重な諸侯でも挙兵し(やす)くなるだろう。意見した騎士は、何も言えなくなってしまう。

 

「ただし──」

 

 マリアベルは地図をトントンと指で叩く。ここからが、悩ましい部分だった。

 

「この城だけは、何とかしたい」

 

 教皇領内、街道から離れた位置にある城。名をカーマイン城、渾名(あだな)をマスター・アーノルドと言う。渾名の由来は城の設計者で、行き過ぎた外観の精巧さからそう呼ばれた。

 

 ロック卿はこの城の上に、駒を置いた。

 

「……なるほど。即ち、『四の城』だな。これを放置すれば、脇腹を突かれる形となろう」

 

 マリアベルもまた駒を置く。その数、三師、7500人。

 

「夜襲をかける前に、これを何とかする必要があります。脇腹を突かれてまごまごしていると、三の城の連中が尻を突きにやって来る可能性もある」

 

 怒涛(どとう)の勢いで大白亜まで攻め込む必要があるから、ピピン公爵領軍本隊を分散させるわけにはいかない。だから、四の城を対処するために別働隊が必要となる。しかも城を落とすには、敵の凡そ3倍の兵がいる。敵が三師ならば、二軍(25000人)が適当。到底用意は出来ない。──だが、この城を放っておくわけにもいかない。

 

「……玉砕(ぎょくさい)覚悟で足止めをせねばならんか」

 

 本隊が大白亜に入り新王を捕えるまで、この城を釘付(くぎづ)けにする役目が必要だった。

 

「捨て駒だな」

 

 ロック卿が神妙に言ったのを聞き、騎士の一人が『諸侯に頼めば良いのではないか』と提案した。

 

斯様(かよう)な仕事、他所様(よそさま)には頼めまい。同盟の士気にも関わろう。誰ぞ『我こそは勇敢なる騎士なり』と申せる益荒雄(ますらお)はおらぬか」

 

 問いかけに、騎士達は沈黙する。

 

「……まあ、そうもなろう。ならば、儂が行く。兵は一旅(500人)あれば良い」

 

 マリアベルは首を横に振った。ロック卿程の優秀な男を捨て駒にするのは惜しい。他に都合の良い人材がいるはずだ。

 

 騎士の1人が言う。

 

「そんなもの、誰も行きたがるわけがない。魔物ならまだしも、何で人間同士の戦いで無駄死にせねばならんのだ……」

 

 マリアベルは沈黙する。行きたがらないだろうが、行かせるしかない。でなくば、大白亜の奪還は怪しい。新王の征伐(せいばつ)叶わず、輝聖を守れない。リアンも、守れない。

 

 ──誰か、私に従う手駒はいないのか。

 

 □□

 

 パトリシアとクララは連日、街で薔薇(ばら)を配り、民と言葉を交わした。今日は雨が降っていたので、酒場を配って回った。

 

 酒場の看板娘はこう言う。

 

「デュダが新王に攻め滅ぼされるなんて、本当かしら。普段だったら嘘の一言で済ませるけど、国全体がおかしくなっている気がするし、怖いわ。私たちはデュダ以外に行く当てなんて、どこにもないのに」

 

 大飯喰らいの冒険者はこう言う。

 

「俺はこの街の出身だから、領の危機とありゃあ兵として働くぜ。母ちゃんもデュダにいるしな。だが領主は何やってんだ? こういう時こそ領主が顔を見せなきゃ、戦になった時に兵が頑張っちゃくれねえぞ。大蛇(ハイドラ)の時も随分チンタラしてたしな」

 

 洗濯屋の青年はこう言う。

 

「また近々徴兵があるって聞くよ。大蛇復活から日も経ってねえのにな……。それより、聖女様を殺すだなんて、王都は正気とは思えないよ。みんな、おかしくなっちまったんだ」

 

 すると近くに座っていた白髪の老人が、こう強く言った。

 

「だから、聖女はいないんだよ! ありゃあ正教会が世界を牛耳るための陰謀なんだ!」

 

「でも聖女の存在は原典に書いてあるだろ?」

 

「んなもんは正教会の作り話だ! 間に受けやがって!」

 

 昨日もそうであった。こうして話を聞いていると、やがて口喧嘩に発展してしまう。些細(ささい)なことで思想と思想がぶつかり始める。

 

 パトリシアはそうした状況を知っている。国が荒れると、こうなるのだ。歴史書で読んだ事がある。

 

 カレドニアの遥か西に国家があったが、100年ほど前に消滅した。きっかけは些細な変化だった。まず、民の間で(かたよ)った思想が流行した。ある種の陰謀論に近い思想だったが、それが指導者によって強められ、分断を産んで内戦に発展した。混沌の国家では魔物に対抗出来ず、やがて滅びた。……パトリシアはこの酒場に、崩壊の一歩目を見ているようだった。

 

 □□

 

 酒場の主人から挽肉(ひきにく)のパイを貰ったので、帰路、2人は広場でそれを食べた。

 

「とっても美味しいのね、酒場の料理って!」

 

 クララはパトリシアの驚き様が嬉しくて、微笑む。そして、自分も領を追われて()ぐの時は、アンナが買って来たパン屋のパイの美味しさに驚くこともあったと、懐かしく思った。

 

 空には厚い雲が広がっていたが、雨は止んでいた。街には篝火(かがりび)がつき始めている。2人が座る長椅子の隣で、賢馬(けんば)ソロモンは大人しく待つ。用意した薔薇は全て無くなっていた。

 

「あのね、クララ」

 

 伏し目がちにパトリシアは言う。目線の先、水たまりには陰鬱(いんうつ)な色の空が閉じ込められていた。

 

「私ね、自分がどれだけ恵まれた環境にいるのか、とても分かったわ。みんなそれぞれ暮らしを抱えていて、ただでさえ大変なのに、国のせいで不安な事ばっかり。もし私が街で暮らしていたら、気が滅入ってしまうと思う」

 

 手についたパイの油を、丁寧に手巾(はんかち)で拭きながら続ける。

 

「クララは、ノブレス・オブリージュって言葉を知ってる?」

 

 クララは小首を傾げる。

 

「古い本に出てくるの。神様が生まれた国の言葉よ。意味はね『高貴な血には責任が生じる』って感じかしら……。みんなの話を聞いていて、なんとなく、その言葉を思い出したわ」

 

 パトリシアは(おもむろ)に立ち上がり、ソロモンの顔を撫でてやる。民と話をする中で生まれてしまった心の空白を埋めるようにして、馬を愛した。

 

「私、それを実践できていない。貴族として民を安心させなきゃならないのに。本当はもうお父様はいないのよって伝えて、私がみんなの上に立たなきゃいけない。でも、そんな事をしたら、みんなもっと不安がるわ。──私って、本当にちっぽけね」

 

 言って、小さく『マリアンヌのようになりたい』と溢す。

 

「領に禁軍が攻めてきたらクララは逃げてね?」

 

 クララは首を横に振った。

 

「一緒にいます。私だけ逃げる事なんて出来ないです」

 

「でも……」

 

「もし禁軍が来たら、頬っぺた引っ叩いて追い出してやります!」

 

 天を仰ぎ、ふんっと鼻息荒く言う。その表情には、この健気な女子を1人ぼっちになどさせるものか、という強い意志が表れていた。

 

「無茶はだめよ。クララが怪我をしたら、きっと悲しむ人がいるわ」

 

「悲しむ人……」

 

「クララにもいるでしょう? 私は、クララが怪我をしたら悲しい」

 

 ふと、クララの脳裏にアンナ・テレジンの姿が過ぎった。

 

「アンナ……」

 

 いつも己を一番に考えてくれた。旅に出てから毎日が必死で、アンナの事を思い出す事があまりなかったが、彼女の面相が蘇れば、次いで心配して取り乱している姿がありありと浮かんで、クララは一気に泣きそうになった。

 

 それほどまでに大切な人だったはずなのに、どうして今までアンナのことを考える事が無かったのだろう。余裕がなかったのはそうだけれど、自分がとても薄情(はくじょう)な気がして、それも苦しかった。

 

「そう、ですね……。うん……」

 

 喉から涙の気配が引くのを待って、クララは再び口を開く。

 

「禁軍を退ける事ができたら、一度ウィンフィールドに帰った方が良いかも知れないですね……」

 

 パトリシアはクララの目に涙が溜まっているのに気がついたが、どう言葉をかけるのが正解なのか分からず、黙った。それを察したクララは明るく笑う。

 

「喧嘩をして出てきてしまったんです。これでずっとお別れだなんて、嫌」

 

「大切な人なの? その、アンナっていう人」

 

「はい。親友です」

 

「そ、そしたら! そしたら私、アンナとクララの為にお菓子を作るわ! 国のごたごたが落ち着いて、みんなが笑顔になれる日が来たらマリアンヌも誘うのっ! 私の大好きな人たちで、大好きなお茶会をするの! 約束よ!」

 

 その時には焔聖(えんせい)──赤い髪の少女も一緒に居れたら良い。そうクララが夢見た時、1人の兵が歩き寄ってきた。神妙な面持ちだった。

 

「クララ・ドーソン」

 

「はい? 私に用、ですか?」

 

「マリアンヌ・ネヴィルが呼んでいる」

 

 なんだろう、と首を傾げる。すると、兵は言いづらそうに口を開いた。

 

「──兵を率いて明日にはデュダを()てとの事だ」

 

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