「ど、どうする? 二の城は湿原があって堅牢。城主ロス・アレンは
マリアベルは自軍を2つに分かち、一卒(100人)だけを付近の丘に動かした。それで、ロック卿を含む何人かの騎士が、あっ、と何かに気が付く。
「丘にある聖地、聖パトリオーネの聖堂には『アンドレアの乙女達の
この封印の獣は強力な
500年前、二の城の城下町アンドレアの乙女達21人が、
人面鶏の恐怖を語った民話や民謡も多く残り、ウィカー伯爵領ではある種の文化を形作っていた。伯爵領の人間にとって人面鶏とは、幼い頃から刷り込まれてきた絶対的な恐怖の象徴である。この地方では女は決して丘を登ってはならないという
「軍を二手に分け、一方は聖堂を占拠します」
ロック卿は目を見開く。
「──まさか、封印の獣を解き放つのか!」
「良い案ですが、その必要はありません」
マリアベルは続ける。
「聖堂が占拠されれば、伯爵領軍にとっては大事。休戦を
そして地図上、二の城に剣の駒を置く。交戦の印である。城内は
「間を置いて『クックロビンを殺してしまったのはだあれ?』と歌手に1曲歌わせなさい。恐らく自壊します」
騎士達が唖然とする中、マリアベルは本隊の駒をさらに進めた。街道を南下、山と山の間を進む。そしてついに山城に差し掛かる。
「マリアンヌよ、三の城はどうするのだ」
──だが、駒はそのまま先に進んだ。
「ぬっ⁉︎」
「無視をします。ここは
「隊を後ろから突かれるぞ!」
マリアベルは三の城に
「三の城には予め
ロック卿はぱしんと額を打った。そうか、そう避けるか、と言葉を呑む。
二の城は混乱の
三の城はピピン公爵領軍本隊と、二の城ウィカー伯爵領軍に挟まれることを恐れて、山から降りる事が出来ない。金縛りである。城から砲弾を飛ばして来るかも知れないが、基本的には街道を進むピピン公爵領軍を眺めているしかない。
「すると、目の前には──」
マリアベルの動かす駒は、ついに教皇領に辿り着いた。大白亜は目の鼻の先である。
「布陣する禁軍やリューデン公爵領軍は驚くでしょう。三つも城がある街道から、急に敵が現れるのだから。──ここで
ロック卿は感服した。流石は海聖マリアベル、自分で天才と言うだけあるか。騎士達からも、おおと
しかしここで、マリアベルを嫌っている騎士が、その策略を崩してやろうと意見した。
「ま、待て! 挙兵の目的は何とする! 聖女を護る為とは言えど、流石に『新王征伐』だと躊躇する諸侯も多かろう! 前提がおかしいのだ、前提が! 同盟など組めるものか! 勘違いも
「そこは考えておきました」
マリアベルの冷たい瞳に見つめられ、騎士は思わずたじろぐ。
「お、お聞きしよう」
「──クリストフ五世の救出で行きます。あれは大白亜に捕えられている」
多くの騎士が目を見開いて驚いた。まさかクリストフ五世が捕えられているとは思わなかった。正教会内でごたつきがあって、教皇が変わった事に気がついている騎士も多かったが、はっきりと捕えられていると言われると、出し抜けな感じがした。
「私が調べた所、クリストフ五世は
新王は大白亜を占拠し、クリストフ五世を捕え、聖女を葬ろうとしている。
「ただし──」
マリアベルは地図をトントンと指で叩く。ここからが、悩ましい部分だった。
「この城だけは、何とかしたい」
教皇領内、街道から離れた位置にある城。名をカーマイン城、
ロック卿はこの城の上に、駒を置いた。
「……なるほど。即ち、『四の城』だな。これを放置すれば、脇腹を突かれる形となろう」
マリアベルもまた駒を置く。その数、三師、7500人。
「夜襲をかける前に、これを何とかする必要があります。脇腹を突かれてまごまごしていると、三の城の連中が尻を突きにやって来る可能性もある」
「……
本隊が大白亜に入り新王を捕えるまで、この城を
「捨て駒だな」
ロック卿が神妙に言ったのを聞き、騎士の一人が『諸侯に頼めば良いのではないか』と提案した。
「
問いかけに、騎士達は沈黙する。
「……まあ、そうもなろう。ならば、儂が行く。兵は一旅(500人)あれば良い」
マリアベルは首を横に振った。ロック卿程の優秀な男を捨て駒にするのは惜しい。他に都合の良い人材がいるはずだ。
騎士の1人が言う。
「そんなもの、誰も行きたがるわけがない。魔物ならまだしも、何で人間同士の戦いで無駄死にせねばならんのだ……」
マリアベルは沈黙する。行きたがらないだろうが、行かせるしかない。でなくば、大白亜の奪還は怪しい。新王の
──誰か、私に従う手駒はいないのか。
□□
パトリシアとクララは連日、街で
酒場の看板娘はこう言う。
「デュダが新王に攻め滅ぼされるなんて、本当かしら。普段だったら嘘の一言で済ませるけど、国全体がおかしくなっている気がするし、怖いわ。私たちはデュダ以外に行く当てなんて、どこにもないのに」
大飯喰らいの冒険者はこう言う。
「俺はこの街の出身だから、領の危機とありゃあ兵として働くぜ。母ちゃんもデュダにいるしな。だが領主は何やってんだ? こういう時こそ領主が顔を見せなきゃ、戦になった時に兵が頑張っちゃくれねえぞ。
洗濯屋の青年はこう言う。
「また近々徴兵があるって聞くよ。大蛇復活から日も経ってねえのにな……。それより、聖女様を殺すだなんて、王都は正気とは思えないよ。みんな、おかしくなっちまったんだ」
すると近くに座っていた白髪の老人が、こう強く言った。
「だから、聖女はいないんだよ! ありゃあ正教会が世界を牛耳るための陰謀なんだ!」
「でも聖女の存在は原典に書いてあるだろ?」
「んなもんは正教会の作り話だ! 間に受けやがって!」
昨日もそうであった。こうして話を聞いていると、やがて口喧嘩に発展してしまう。
パトリシアはそうした状況を知っている。国が荒れると、こうなるのだ。歴史書で読んだ事がある。
カレドニアの遥か西に国家があったが、100年ほど前に消滅した。きっかけは些細な変化だった。まず、民の間で
□□
酒場の主人から
「とっても美味しいのね、酒場の料理って!」
クララはパトリシアの驚き様が嬉しくて、微笑む。そして、自分も領を追われて
空には厚い雲が広がっていたが、雨は止んでいた。街には
「あのね、クララ」
伏し目がちにパトリシアは言う。目線の先、水たまりには
「私ね、自分がどれだけ恵まれた環境にいるのか、とても分かったわ。みんなそれぞれ暮らしを抱えていて、ただでさえ大変なのに、国のせいで不安な事ばっかり。もし私が街で暮らしていたら、気が滅入ってしまうと思う」
手についたパイの油を、丁寧に
「クララは、ノブレス・オブリージュって言葉を知ってる?」
クララは小首を傾げる。
「古い本に出てくるの。神様が生まれた国の言葉よ。意味はね『高貴な血には責任が生じる』って感じかしら……。みんなの話を聞いていて、なんとなく、その言葉を思い出したわ」
パトリシアは
「私、それを実践できていない。貴族として民を安心させなきゃならないのに。本当はもうお父様はいないのよって伝えて、私がみんなの上に立たなきゃいけない。でも、そんな事をしたら、みんなもっと不安がるわ。──私って、本当にちっぽけね」
言って、小さく『マリアンヌのようになりたい』と溢す。
「領に禁軍が攻めてきたらクララは逃げてね?」
クララは首を横に振った。
「一緒にいます。私だけ逃げる事なんて出来ないです」
「でも……」
「もし禁軍が来たら、頬っぺた引っ叩いて追い出してやります!」
天を仰ぎ、ふんっと鼻息荒く言う。その表情には、この健気な女子を1人ぼっちになどさせるものか、という強い意志が表れていた。
「無茶はだめよ。クララが怪我をしたら、きっと悲しむ人がいるわ」
「悲しむ人……」
「クララにもいるでしょう? 私は、クララが怪我をしたら悲しい」
ふと、クララの脳裏にアンナ・テレジンの姿が過ぎった。
「アンナ……」
いつも己を一番に考えてくれた。旅に出てから毎日が必死で、アンナの事を思い出す事があまりなかったが、彼女の面相が蘇れば、次いで心配して取り乱している姿がありありと浮かんで、クララは一気に泣きそうになった。
それほどまでに大切な人だったはずなのに、どうして今までアンナのことを考える事が無かったのだろう。余裕がなかったのはそうだけれど、自分がとても
「そう、ですね……。うん……」
喉から涙の気配が引くのを待って、クララは再び口を開く。
「禁軍を退ける事ができたら、一度ウィンフィールドに帰った方が良いかも知れないですね……」
パトリシアはクララの目に涙が溜まっているのに気がついたが、どう言葉をかけるのが正解なのか分からず、黙った。それを察したクララは明るく笑う。
「喧嘩をして出てきてしまったんです。これでずっとお別れだなんて、嫌」
「大切な人なの? その、アンナっていう人」
「はい。親友です」
「そ、そしたら! そしたら私、アンナとクララの為にお菓子を作るわ! 国のごたごたが落ち着いて、みんなが笑顔になれる日が来たらマリアンヌも誘うのっ! 私の大好きな人たちで、大好きなお茶会をするの! 約束よ!」
その時には
「クララ・ドーソン」
「はい? 私に用、ですか?」
「マリアンヌ・ネヴィルが呼んでいる」
なんだろう、と首を傾げる。すると、兵は言いづらそうに口を開いた。
「──兵を率いて明日にはデュダを
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