「聖女さまは、あの子と友達だったのですか?」
「まさか」
論外とでも言うような返答があって、クララはちくりと心を痛めた。
「調べたのです。──お高くとまる聖女候補達の化けの皮を剥がしてやりたい。美しい面の下に、どれだけ醜い獣が潜んでいるのかを見てやろう。
にっと
「ねえクララ。1つ、疑問に思いませんか? なぜ、ニスモは故郷が攻められているのに、助けに行かない?」
「え? それは──、ロック卿が言う通り、
「仮に。あなたの家族が罪を着せられて禁軍に攻められたとしたら、どうしますか? のほほんと静観しておきますか?」
「……居ても立っても居られません。助けに行きます」
「私も同じです。でもね、焔聖はそれをしない。これは静観ではなく、無視です」
「どうして無視を……?」
「彼女は一族が絶えても良いと思っているんですよ」
マリアベルはトンと
「フランベルジュ家は名門ですが、その内情は私利私欲の渦巻く腐敗の
「訌争……?」
「
言って、何処から話せば良いか、と悩む様子を見せながら、話を続ける。
「──今から30年程前。フランベルジュ家の当主が若くして死んだ。家臣達は
クララは聞きながら、かつての家の事を思い出していた。ドーソン家にもたくさんの騎士はいたが、彼らが
「もうそれは笑い話に近いですよ。それから公爵は2年の間に3度も
「えっ!」
「こうなれば、王が動くしかありませんよね」
マリアベルは説明を続ける。
国王アルベルト二世は自身の妹マチルダを、新たなる当主ジュール・フランベルジュと結婚させた。王家が
「マチルダは3人の子供を産み、1人目はすぐに
ジャンヌ、とクララはその名を
「当主ジュールは神を重んじていたこともあって、正教会、特に
「正教会の後ろ盾があって、王家とも婚を結んだのに、ですか?」
「もはや家臣らは宿主を食い殺す寄生虫です。──公爵に仕える家臣が子を
ジャンヌは家臣の筆頭格アッテンボロー家に奪われ、ニスモはバーダー家に奪われた。理由としては身の危険から守る為の一時的な処置だとしたが、実際には領内の不純を改めようとした領主に対する抗議であった。
当主ジュールは2人を救う為に兵を集めようとしたが、騎士たちが動かなかった。アルベルト二世への
「記録では
花嫁霊とは女の霊である。気に入った者を攫い、仲間にしてしまうとされた。王国北部の一部地域では、よく見られる。
結局、マチルダの死は
「ともかく当主ジュールはマチルダの死があって以降、領内の大掃除を諦めたようでした」
それでも2人の娘がフランベルジュ家に帰ってくる事はなかったとマリアベルは言う。
「ジャンヌを攫ったアッテンボロー家は名家です。貴族間では大変支持されていた」
アッテンボロー家は学問を重んじる家柄で、
「一方でバーダー家は逆、ですかね」
「逆とは……」
「民衆から人気があったんですよ」
ニスモを奪ったバーダー家は貴族としての歴史は浅く、政にも影響力は持たない。だが、民の間では英雄として持て
「バーダー家は弱きを助け、強きを
バーダー家は武を重んじた。民を良く助け、時には施した。身分で差別はしない。領内で魔物や野盗が出れば、軍を率いてそれも倒す。
「そして
正教会の階級で『不良』身分、中でも
バーダー家が無宿の頭領を務めるきっかけとなったのは、今から約200年前に起きた内乱である。ある貴族が街を歩いていた子供を捕らえて虐殺した事から、民衆が
武器を持った民衆は砦や屋敷を占拠。民を
罪人が多かったことから処刑人の無宿が足らず、バーダー家の人間もそれを務めた。次いでバーダー家は処刑に従事した無宿の功績も認め、彼らの生活を保障し始める。
その後、禁軍と領軍の同盟軍によって民衆の砦が包囲された事で、
この蜂起をきっかけに、バーダー家は英雄となった。悪を断罪する正義の貴族、首を天に掲げるその姿は民達の誇りだった。
一方で、無宿という
「以降もバーダー家は伝統的に処刑人の仕事も行いました。だから、そこに
「嫌じゃなかったのでしょうか……」
「さあ。彼女の心情は分かりませんが、良く
焔聖の当時の様子は、フランベルジュ家の
ニスモは叔父であるバーダー家当主マーヴィンから処刑の手解きを受けた。齢6の頃は50人余りの罪人を
手記によれば、ニスモはマーヴィンが命ずるままに刑を執行した。彼女は誰からも忠実な
「彼女もまた、民衆に人気があった。無慈悲に正義の
一方で、アッテンボロー家は民の人気を集めるバーダー家を危険視した。処刑人は穢れた人間のやるものだし、貴族として相応しくない、高貴な血の流れるニスモに処刑人の真似をさせるなど王家を穢すのと同意だ、と
「そして、バーダー家の策略はついに成功します」
「策略、ですか?」
「バーダー家が公爵の娘を奪った目的は、単にフランベルジュ家に対する脅しではなかったと、私は思います。目の上のたんこぶであるアッテンボロー家を滅ぼし、揺るぎない権力を手にしたかったんです」
ニスモが齢14となった年。聖暦1659年の
元々、長年
「そして、焔聖は処刑人として姉ジャンヌの首を落とした」
「え……?」
バーダー家にとっては、高貴な血を引くジャンヌの存在も邪魔であった。公爵の娘であろうと関係はなかった。
「その後、彼女はどうしたと思いますか?」
クララは唖然としながら、首を横に振った。
「焔聖はバーダー家の人間を全員殺した。それだけでなく、バーダー家に味方する貴族も騎士も。残るアッテンボロー家の人間も。一族皆殺しです。それには赤子も含まれていた」
最終的にニスモはバーダー家の屋敷に立て
リンカーンシャー公爵領は事件を
アッテンボロー家と
「そして学園では輝聖リトル・キャロルに執着していた。嫌いで嫌いでしょうがなかったのだと思う。その理由は調べても分からなかった。きっとあの子の中で、許し難い何かがあるのでしょう。──そうした気持ちを輝聖に抱くのは理解できなくもない」
煙管、葉は灰となってもう煙は出ていない。
「私たち聖女は輝聖を回る星。輝聖の運命が大きく動く時、私たちは巡り合う。私の為に働くあなたは焔聖に会う。そんな予感がしている」
続ける。
「クララ。こんな事を言うのは心苦しいのだけれど、あなたが輝聖の味方として兵を率いる以上は、もう焔聖とは友達ではいられないかも知れない」
マリアベルは覚えていた。あのデュダの水路、星を仰いだ夜。クララに対して『焔聖に友達だと伝えてあげて』と言って、その気にさせた事を。
状況が変わり、それを裏切る形になった。クララを部屋に呼び出す前から、そのことの罪悪感がずっと胸でつかえていた。もしかしたら、クララも己と同じように、もう戻ることの出来ない日々と愛しい影に苛まれるかも知れない。
でも、クララにしかこの役目は果たせない。任せられる人間が他にいなかった。輝聖を守るには、それこそが最良の選択だと、マリアベルは確信していた。
「私がその分、埋め合わせをする。私が友達ではいけない……?」
マリアベルはクララの手を握る。
「そっ、そんなことはっ! いや、でも……」
クララは少しばかり俯き、続ける。寝台の上の、焔聖の姿を思い出しながら。
「私には、あの子がそんな残虐な人には見えなくて。まるで、別人の話をされているよう。仮に、それがあの子の物語なのだとしても、きっと話せば分かってくれる。たとえあの子が輝聖の事が嫌いでも、きっと話せば分かってくれる。そう思うのですが──」
「美しい容姿であろうと、心に訴える何かがあろうと、たとえ聖女であろうと、あれは一度壊れてしまった人間です」
マリアベルはひたとクララを見る。
「あの子は炎」
「炎……?」
「内なる炎と同化して、辺りの全てを傷つけてしまう」
クララは瞳の中の海を見て、何も言うことが出来なくなった。
「心は一度焼け
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