次は私、ターニップが語らせていただきましょう。
魔物は人を食べ、その記憶を、物語を受け継ぎます。今生で一緒になれぬならば、と思い詰めた男女が冬至の日に魔物の元へと足を運ぶのも無理からぬ事でしょう。
むかしむかしのそのまた昔。ある年の冬至の夜も明けようかという時分のこと。深い森の中にある一軒家の扉を激しく叩く者がおりました。
「この森には魔物が住むと聞く! どうか僕たちを食べてはいただけないだろうか!」
激しい剣幕で大声を上げる青年と、その陰で決意に満ちた顔をして扉を見つめている若い女の組み合わせでした。人の噂によれば、この森にはたいへん人嫌いの魔物が住んでおり、冬至の日でなくともその安寧を妨げる者は容赦なく食われてしまうとのことでした。その噂が真実なら、こうして安眠を妨げるような行為をすれば、朝食代わりに平らげられてしまうことでしょう。
はたして、小屋の中から恐ろしく不機嫌そうな顔をしながら老爺が姿を見せました。彼は扉を開けるなり、その
「空も白まないうちから他人の家に押しかけるとは! お前たちには常識という物がないのか?」
「申し訳ない。どうしてもあなたに頼みたいことがあって参ったのだ」
「ふん、あれだけ大声で騒いでいたんだ、聞こえていたさ。だが生憎だったな。もう今年は店じまいだ。今、俺は腹がいっぱいなんだ。他を当たりな」
「私たちに同情すると思って、せめて事情だけでも聞いてはいただけませんか」
「冬至の夜に魔物を尋ねる男女の二人組とくれば大体の察しはつく。身なりを見るに、いいとこの坊ちゃんとその下女といったところか。これでも語り部の端くれだ。その手の悲恋の物語は腐るほど持っているんでな」
そう言い捨てると老爺は
「この通りだ! 僕の差し出せる物は何でも渡そう。どうか、どうか、僕たちを食べて欲しい。彼女と一緒になるにはもうこれしか手段がないのだ!」
「あなた様に一片の慈悲がおありならば
青年はその場に座り込むと、凍り付いた真冬の地面に頭を擦りつけ懇願しました。顔が汚れることも厭わず、女もその隣で同じようにします。
二人から必死の要請を受けた老爺が返したのは、さらなる拒絶の言葉でした。
「そういうことはもっと見知った仲の人間にやれ。初対面のお前さんがたに、いくら頭を下げられたところで、俺はなんとも思わん」
「重ねてお願いする……。ただ僕たちを食べて貰えるだけでよいのだ。あなたに何も損はないはず……」
足を止め、吐き捨てるように告げた老爺ににじり寄り、すがりつかんばかりに言葉を絞り出した青年でしたが、その言葉は老爺の何かに触れてしまったようでした。
くるり、と容姿から想像もできないほど素早く振り向くと、足下の青年の襟首を持ち上げて無理矢理立たせると、その胸ぐらを掴んで怒鳴りつけたのです。
「ただ食べるだけだと! お前は魔物が、好きで人を食べるとでも思っているのか。 ふざけるなッ! 魔物が自らの所業にどれだけの悔恨を抱いていると思っている? 他人を頼るなら安易な発言をするんじゃない!」
「非礼はお詫びいたします! 乱暴はおやめください!」
老爺の狼藉に驚いた女が立ち上がり、老爺の腕にすがりつくと懇願しました。しかし、老爺は見た目に似合わぬ腕力で女を振りほどくと、ますます大きな声を出します。
「全てを捨てる覚悟を持った勇者かと思いきや、自らの行く末を他者に委ねる愚か者だとは! 確かに、魔物がお前たちを食べれば、その物語は永遠になる。だが、物語はそこで終わってしまうのだ!」
大声で吠えたことで幾分冷静さを取り戻したのか、老爺は静かな声で続けました。
「お前もそれなりの出自なら船賃くらいどうにでもなるはずだ。この島で暮らすのは難しいだろうが、王島なりと行けばいい。そっちのお前さんもだ。心中しようってくらいだ。玉の輿に乗ろうと思っているわけじゃなかろう」
冷静な口調で、間接的に知恵足らずと言われた二人にも言い分がありました。
「その程度のことは考えた! だが船着き場には人相書きが出回っている。渡し船に乗るまでもなく、船着き場に近づいただけで、血相を変えた役人たちが飛んでくることになるのだ。家から逃げ出したところで、島から出ないことには、いつまでも隠れ潜み続けていることもできぬ」
「いっそ二人で海へ身を投げることも考えましたが、この無念を誰にも知られずに終わってしまうこととなると悔しくてたまりません。せめて私たちの思いを継いでくださる方にお願いしたいと……」
「考えが足りないと言っているんだ。お前たちの周りには敵しかいなかったのか? 誰かに手助けを求める考えはなかったのか?」
「だからこうしてあなたを頼ってやってきたのだ。どうか僕たちの願いを受け入れては貰えないだろうか」
「他人を頼ることと、他人に全てを委ねる事は違う。思い詰めて視野の狭まったお前たちには分からんのかもしれんが、俺を頼るならもっとやりようがあるはずだ。俺は語り部だぞ? 語り部に弟子の二人くらい、居てもおかしくはないだろう」
「では……!」
ここまで言われてしまえば男女にも理解が及びました。漂泊の語り部となることで、検問をすり抜け自由へと飛び出す道があることに。それまでの過去を捨てることなどいささかの障害でもありませんでした。むしろ、言われてしまえば、どうしてこれほど明快な答えに気づかなかったのだろうと感じられるほどの物です。白み始めた空も相まって、二人の目の前はみるみる明るくなるような心地でした。男女は顔を見合わせると、ひしと抱き合いました。
「いつまで突っ立っている。弟子とはいえ語り部が一編も物語を語れないんじゃ、いくら何でも怪しすぎるからな。中に入れ。物語を教えてやる」
先ほどまでの冷たい態度とは打って変わって、つっけどんながらも拒絶を感じさせない物言いで、老爺は二人を小屋に招きました。
感謝の言葉を口にしながら
「あれほど拒絶していらしたのに、なぜ僕たちの手助けをしてくださるのだ?」
老爺はその顔に悪人のような笑みを浮かべるとぶっきらぼうに答えました。
「俺は悲劇が大嫌いなんだ」