私がよく見る絵本に登場するお姫様は皆幸せでした。どれだけ落ちぶれていても、堕落しても、自分が望み信じた幸せを掴んだ時、それのために生きることができるのです。けれど私は何もできません。鳥籠のインコが飼い主の意図で野生へと放たれることはまずありません。主の不手際で脱走ができる状況になることさえ極めて稀なのです。そう、私はペットのようなものです。城の正面階段の側の水槽の魚と同じ、ペットの中でも窮屈な方です。お父様は言います、お前は幸せだ、繁栄の極致にある我が国は何の心配も無しに生きることができるから、と。何も言い返すことができませんでした。私はこんなに裕福な場所に生まれて、欲しいものは手に入りその上今の生活に不満を言うだなんて、わがままが過ぎるのです。城下町の皆が聞いたら心底失望するに違いありません。それからはもう何も思うことはなくなりました。ただ黙って毎日を過ごして、警備に守られておいしいお肉を食べて、温かい透明な湯に浸かりました。
一日のほとんどを自室で過ごした私にとって、窓から見える景色と高級なピアノを嗜むことだけが慰めでした。お母様は言いました、昔のあなたはもっと笑った、少し冷たくなりましたね、と。その発言をいつものように流そうとしましたが、今日はなぜかできませんでした。制作途中だった風景画に絵の具を落としてしまった時のように無性に心が乱れてしまって、お母様を睨みつけました。
「どうしてそんな顔をするの」
あの時のお母様の顔は忘れられません。驚きの中にうっすらと失望の情が滲むその表情に、またしても何も言い返すことができなくて、睨みつけていたはずの私はすっかりどこかへ行ってしまいました。代わりに笑顔をつくってお母様に見せてあげるのです。冷たくなんてなっていませんわ、そう言いたげな瞳で。お母様が去った後、鏡に向けた私の顔は酷くやつれているように感じました。お母様の前だから頑張ってみせましたが、本当は顔が重く、つくり笑顔で精一杯だったのです。試しに鏡に映した笑顔は悲惨なものでした。お母様は私のこのつくり笑顔で満足して去っていったのです。その事実を思うと、私の笑顔はさらに不気味になっていきました。
窓の大木の葉が一枚枯れ落ちたある日、お父様が得意げに言いました。
「今年の大会は一味違う。今年はな、優勝者をお前の婿とすることに決めたのだ」
「何を、言っているのですか」
心臓の高鳴りがはっきりと分かりました。この人は今年の大会の優勝者を私の花婿にすると言い始めたのです。脳が理解を拒み何も考えられませんでした。このままでは私の一番の幸せさえ縛られてしまう。私が心から望んだ幸せはもうどこにも無くなってしまう。他人に強要された幸せだけになってしまう。それだけはどうしても耐えられませんでした。
「私は生涯の伴侶でさえ自分で決められないのですか」
「何を言う、お前は不自由無い生活をしているだろう。大会の優勝者、すなわち強者と結婚することはこの国の強化と繁栄に必ずつながる。それともこの方法以上に、良い夫を見つけられる手段があると言うのか」
ついに私は操り人形のようになってしまうのです。お父様やお母様が考える幸せと、私の望んだものが少し乖離していただけの話なのに、どこで道を間違えたのでしょうか。しかしもう、絶望に暮れてしまった私には反論する余裕は残されていませんでした。幼いある日決めた時のように、もう一度両親に従うことに決めました。自分の意思は心の奥に冷たく閉ざされてしまったのです。
「分かりました。お父様」
大きく頷き、張り切って王の間へと向かっていきました。気晴らしに通路の窓から城下町を見てみると、子どもが小さな庭で健気にはしゃいでいます。一瞬目に留まっただけなのに、それから目線を逸らすことができなくて、しばらくぼーっと眺めていましたが、やがて我に返って自室に戻りました。その日以降、部屋には一層不協和音なピアノの音が響いていたのです。
しばらくシャロン様視点の話が続きます。