「やっぱり優勝はライーダだ。お前聞いたか、この前祖国を襲ったこんな大きな魔物を一蹴し、首を持ち帰ったらしい。そんな化け物じみた男が負けるわけがない」
「まじかよ、魔物なんてただでさえ人間とは大きな力の差があるって言うのに、それを一人で倒してしまうなんて。こりゃ決まりだな」
初戦は屈強な男の人二人の戦いです。一人は大斧を振りかざし、もう一人は短剣を携えています。試合は一瞬で終わりました。短剣の戦士ラムダさんが距離を縮め過ぎた結果、重たい音と共にカウンターの一撃。その惨さに私は思わず目を閉じてしまって、開けた時にはラムダさんが倒れているだけでした。いくら大会とはいえその痛みは想像を絶するもののはずです。それを見て盛り上がる観客達の気持ちは私には分かりませんでした。運ばれていったラムダさんを見ることもしないでブルーノさんは控え室へと戻っていきました。そして数十分後、第二試合で現れたのは、試合のために長い黒髪を束ねたアイリス様でした。
「ついに来たか、お手並み拝見だな」
酔ったお父様が目を見開いて言いました。期待していないと言う割には興味津々です。ここまで楽しそうなお父様を見たのも初めてでした。人が倒れる姿を見て愉快愉快と笑っているのです。お父様を含めたこの会場の空気が少し不気味でした。そんな場所の中心にはアイリス様がいました。凛然たる振る舞いで対戦相手を待っています。こんなに美しい女性が血をもって争う姿を今から見ると思うと、逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。
「こんなに人がいると気持ちいいな。よく見とけ、俺が圧勝するその勇姿を」
後から出てきたのは対戦相手のトーマさんでした。アイリス様を下に見ている様子で、どこか癪に触る態度を見せています。俺に色仕掛けは通用しない、トーマさんのその一言に、アイリス様は怒りを隠しきれていませんでした。ゴーン、試合開始の鐘と同時にトーマさんが素早く斬りかかりました。確かに圧倒的でした。でもそれはトーマさんの勇姿ではなくて、アイリス様のものでした。その一撃を初めから分かっていたようにレイピアで受け止めます。もっとすごいのは、まるで子どもと戦っているかのようにアイリス様が微動だにしないところなのです。あんなに全力で剣を押されているのに、表情ひとつ変えることなく受け止めているのです。焦ったトーマさんが怯えるように後退します。アイリス様は呆れたような顔でゆっくり近づいて、光より速い速度でレイピアを鞘から抜き、首に優しく触れさせました。それにようやく気づいたトーマさんは、恐怖のあまり震えていました。会場にさっきまでの熱気はありません、ただ状況が飲み込めずどよめきばかりが目立っていました。けれど私はもうアイリス様に釘付けだったのです。何百何千と繰り返し洗練されたその振る舞い。まるで湖の上でゆっくりとバレエを踊っているような美しさを持ちながら、それでいてこの世の何者よりも素早いのです。何年も続いたこの大会で何人もの戦士を私は見てきました。
皆が見せる力強く勇猛な戦い方はまるで戦争のようで、私は恐怖の感情が勝ってしまうのです。会場に残るのは敗者の真っ赤な血だけなのです。けれどアイリス様は他の誰とも違いました。剣技の美しさと相手を傷つけない優しさの両方を持ち合わせています。対戦相手を叩き潰そうという恐ろしい気迫でもって殺し合うような試合をするのではなく、空を舞う羽のような緩急のついた動きで相手の攻撃をただ避け切るだけ。ただそれだけで圧倒する。そんな初めて見る姿に、私の世界により一層鮮やかな色が付いたような気がしたのです。
「素敵……」
「お前が大会でそんな顔をしたのは初めてだな」
「昔、新しい絵本を買ってあげた時に似ています」
「そんなこと、ありません」
そんなにはしたない顔をしていたのでしょうか。二人に私の緩んだ顔を見られるのはなんだか嫌です。でも、私は初めてこの大会の一試合を最後まで見届けることができました。早くアイリス様の次の試合を見たい、もっとアイリス様のことを知りたいと思うようになりました。こんな興奮に陥ったのは、お母様の言う通り子どもの頃以来でした。