ビルドイン・マイカントリー!   作:たいたい35

25 / 35
番外編5 豹変

「ここまで長かった。本当に長かった。ついに今ここで、優勝者が決定する!ワシも長い間この大会を見てきたが、今年のレベルはとにかく高かった。相手を倒すため、あらゆる手を尽くす。その熾烈な戦いの頂点にこそ、我が娘はふさわしい!」

 

お父様のテンションは最高潮。もちろん会場のテンションも最高潮です。ついに決勝戦、ライーダさんとアイリス様の一騎打ち。いくらアイリス様でもライーダには勝てない、そんな声もどこからか聞こえてきます。

 

「アイリス様は、負けません」

 

心の中で呟きました。私の緊張も徐々に高まってきてついに二人が入場しました。けれどアイリス様に少し違和感がありました。その瞳から優しさが消えているのです。凛々しさの中に今までは無かった威圧感が追加されていました。底知れない不安に襲われたのです。その不安はすぐに現実となりました。試合開始の鐘が鳴ったかと思うと、アイリス様は今までの試合の倍近い速度でライーダさんにレイピアを突き刺したのです。辺りに大量の血が撒き散らされました。いくら返り血を浴びてもアイリス様はその手を止めません。気がおかしくなりそうでした。あの優しかったアイリス様はもうどこにもいないのです。血を吐きながら苦しむライーダさんを何度も何度も真紅のレイピアで斬りつけて、今度は腹に突き刺しました。

 

「おい、何をやっているのだ!今すぐ止めろ!」

 

お父様の静止の声も届きません。会場は悲鳴で溢れていました。何が何だか分からなくて、足が震えて、何も考えられない。

 

「どういうことなの……。アイリス様、どうしてしまったのですか!」

 

とにかくアイリス様を止めたくて、大声ですがるように呼びかけたのも束の間、アイリス様は冷酷に言い放ちました。その美しかった瞳は緑から赤黒く変色していました。

 

「人間の姿をした魔物なんているのだな。死んだふりを見破れない程私は落ちぶれていない」

 

さっきまでライーダさんだったその人間が、巨大な魔物へと変容していたのです。あまりにも突然の出来事でした。次から次へと混乱が襲ってきているはずなのに、私はなぜか冷静で、むしろ安心してしまったのです。

 

「よかった。アイリス様は魔物を見抜いていたのですね」

 

気がおかしくなってしまったのではなくて、人間に化けた魔物の不意を突くための行動だったのです。優しかったアイリス様が唐突に人を斬りつけ殺害してしまった、けれどその正体は魔物で、真意は皆を守るためだった。裏切られたとさえ思ってしまったことが間違いだったと分かっただけで、安心の涙しか浮かばなかったのです。あの強大な魔物も、耳を劈く落雷も、全部アイリス様が終わらせてくれる、最悪の展開など微塵も浮かびませんでした。

 

「おい、何してる、早く逃げろ!」

 

お父様の声も届きませんでした。私はただうっとりとアイリス様に見惚れていたのです。そしてついに魔物の懐に潜り込んだアイリス様は、魔物に手を当てたかと思うと、そこから灼熱が盛りました。これは手品でしょうか、それとも魔法でしょうか、アイリス様の手から炎が生まれたのです。昔本で読んだことがあります。この世界には、炎や水、氷や風、さらには雷などを自在に操ることのできる人間がいるとか。アイリス様はまさかその一人だったのです。瞬きをした時にはとうとう魔物は塵となり、空は晴れていました。

 

「ふう」

 

深呼吸をするアイリス様の瞳は、元の優しい緑に戻っていました。さっきまであんなに怖かった、返り血で赤く染まっているその姿は、何よりも気高く美しく見えました。アイリス様は私だけでなくこの国も救ったのです。大会の優勝だなんて小さなものに囚われず、ただ人のために尽くす。だからあんなに優しい瞳を持っているのです。優しいからこそ、その分悲しみも背負って生きてきたのです。だからこそ強いのです。初めて会った時、その瞳に惹かれてしまった理由が今はっきりと理解できました。もっともっとアイリス様のことが知りたい、私に全てを教えてほしい、そう思いました。それと同時に、愛慕が止まらなくなってしまったのです。私はアイリス様に心を奪われてしまいました。今年の優勝者が私の婿となるなら、その対象はアイリス様ではないのでしょうか。私と結婚するのは、アイリス様ではいけないのでしょうか。そんな思いばかりが脳を支配していました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。