「アイリス様、お待ちしておりました」
赤い実が緑に隠れる大きな木の下に、風でなびく黒髪を押さえている王女様が一人。しかし煌びやかな装飾が施されたドレスを身につけていない。そんなことは当然といえば当然かもしれないが、その姿は想像よりも庶民的だった。知らない人が見れば一国の王女様だとは気づくはずもない。私に気づくと小さく手を振って笑顔を向けた。
「王族だからと目立ちたくありません。今日はアイリス様とのデートを楽しむ一人の女の子として過ごしたいのです」
さあ行きましょうと私に腕を絡めて歩き始めた。今日何をするのか私はほとんど聞かされていない。しばらくお互い言葉を発することはなかったが、私に寄り添う彼女は幸せそうな顔をしている。そもそも私達はどこに向かっているのか、それも語らなかった。
「この先に美しい花畑が広がっているとお父様から聞いたのです。あの頑固だったお父様が、アイリス様との外出は快く許してくれました。こうやって外に出られるのも、全てアイリス様のおかげなのです」
しばらく歩くと一面に虹のような花畑が生きていた。虹というには色がまばらだったが、それでも美しいことには変わりなかった。シャロンは私にこの風景を見せたかったのだ。こんなに派手なのに、辺りは静かで涼しい風が心地良かった。シャロンは鼻高々にバスケットを取り出した。花畑の中央に布を広げて、置いたバスケットを開くと、水々しく光を反射する野菜と、焦げが小さく付いている肉が姿を見せた。仕切りの半分にはパンが浮くように佇んでいる。さらに、風と共に抜ける甘い匂いが食欲を何倍も膨らませるのだ。
「なんておいしそうなんだ……。これはシャロンが?」
「はい、アイリス様に喜んでいただけるよう、頑張りました」
大国のお嬢様ならコックに任せておくこともできるはずなのに、立場に甘えず自分を磨く態度に感嘆してしまう。私は料理はとにかく苦手で、何でもすぐに焦がしてしまう。フランに任せてばかりの私が情けなかった。
「シャロンは本当にすごい。料理は本当に苦手なんだ。今度私に教えてはくれないだろうか」
「も、もちろんです。私が手取り足取り、全部アイリス様に……」
私が褒められたわけでもないのに、なんだか恥ずかしかった。私のためにわざわざ用意してくれたのだから、心から感謝を伝えると、とても喜んでくれた。いつかアイリス様と料理をするときのためにもっともっと精進します、そう張り切る姿は少しフランに似ていた。言うまでもなく最高の昼食だった。野菜と肉をパンに挟んで食べるそうなのだが、この相性が言いようもなく美味だった。水々しさがこんなにもおいしいと感じたのも久しぶりだった。私が一口齧る度に、シャロンは嬉しそうに笑っていて、少し恥ずかしい。あっという間に完食して、バスケットの中身は空になった。何かお礼をしなければいけない。せっかくこんなに綺麗な花が咲き誇っているのだから、ありきたりでも良い方法を思いついた。シャロンにはしばらく待ってもらって、色々な花を摘んで花冠を作った。
「私にはこういうことしかできないけれど、受け取ってほしい」
小さな花冠を優しくシャロンの頭に乗せた。雲一つ無い青空の下で、彼女は顔だけでなく耳まで桃色に染まっている。感極まっているようで言葉に詰まっていた。
「アイリス様からのプレゼント……。こんなに綺麗な冠、夢のようです。絶対、絶対大切にします!」
その場しのぎのようなプレゼントに見られてもしょうがなかったが、これ以上ない程喜んでくれた。あどけない彼女の姿は鮮烈に、強烈に私の記憶に焼きついて離れなかった。