ハニア探偵六角形   作:saki@ssssaaakkkiii

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3.2 髪飾り

 困惑する。ここで何があったのか。迂闊だった、というのは結果論に過ぎないが、だからといって後悔がなくなるわけではなかった。殺人犯がやってきたとしても、ブルートとイランドとキサの三人がいれば犯行は容易ではないはずだ。ブランとノワルは二人とも殺されたが、ブルートたちは犯人を警戒しているという点で、ブランとノワルとは事情が大きく異なる。

 イランドとキサが犯人、ないしその協力者なのだろうか。イランドとキサなら、ブルートを連れ去ることは不可能ではないだろう。二人が犯人であれば犯行に便利な道具は事前に用意しているだろうし、ブルートに掴まれていたイランドだって隙を伺っていたかもしれない。イランドとキサに対し警戒が緩んでいたことは否めない。

 騙されていたのだろうか。イランドのキサの二人は残虐な犯行を繰り返し、それをおくびにも出さず僕と話していたのだろうか。先程の発信器云々という話は全部嘘で、犯人が自分たちではないと印象付けると同時に、僕たちに思考をさせて隙をつくるためだったのだろうか。オミナスとグリンが勝手に探索をしようとしたのもイランドの計算通り――というより、オミナスとグリンの振る舞いを見て敢えて僕たちの注意を引き付けたのだろうか。 どうするべきなのか。今僕の近くにいるのは、オミナスとグリンだけだ。ブルートは行方不明で、考えたくないが既に殺されている可能性もある。

 どうするべきなのか。待っていたらブルートが戻ってくるということも考えられなくはない。イランドとキサが逃げ出して――イランドはブルートの手を無理やり振り切ったとする――ブルートがそれを衝動的に追いかけた場合だ。ブルートは少なからず直情的だから、僕に声をかけることなく二人を追いかけたのだろうか。

 そうであれば、今すぐにでもブルートが一人で、あるいは、イランドかキサを引きずって帰ってきてもおかしくないのだが……。

 僕の思考を止めたのはグリンの言葉だった。

「皆いないわね。きっとアタシたちとおんなじで、もう一回探索しに行ったのよ」

 オミナスとグリンと僕がいなくなった隙を見て、ブルートたちは探索を再開した……グリンはこう考えたようだった。僕は、それが絶対にあり得ないということを知っているが。

 オミナスが遠慮がちに口を開く。

「やっぱり、僕たちも探索しませんか……」

「そうよ! ここで突っ立ってるなんて馬鹿みたいだわ。あんたはまたここにいれば良いからさ」

 グリンの言葉には少々トゲがあるものの、確かに含まれているのは探検の幸せだった。二人はナナが既に死んでいることを知らない。

 そう言うと、二人は僕が制止するまもなく早足で進み出してしまう。どうやって止めるべきなのか。もう何でも良いから止めないと、二人が危ない――そう思い口を開く前に、二人は入っていった。ナナが死んでいる場所に続く扉に。

 

 僕に悪魔の囁きが訪れた。このまま何もしなければ、二人はナナの死体を見て事情を把握する。もう何があったって、ナナが生き返ることはないのだ。遅かれ早かれ、二人は現実に直面するしかない。

 僕がこんなに心労を負っているのに、二人は未だ能天気なままだ。親友の死体を前にして、立ち尽くせば良い。

 その時、世界が揺れた。あるいは、そう錯覚するほどの大きな目眩なのだろうか。つい目を閉じ、しゃがみこんでしまう。連続殺人の渦中でブルートもいなくなり一人になったことが、僕の心に想像以上の負荷をかけているのか? あるいは、パズル掃討の疲れがまだ抜けきっていないのか。しかしうずくまっている場合ではない。今一人の僕だって殺人犯に襲われる可能性があるし、ナナの死体を見て茫然とした二人が殺人犯の餌食になる事態は避けなければ。僕は力なく立ち上がった。

 追いかけ始めるまでに時間がかかったせいで、オミナスとグリンは既に通路を抜けて、ナナが死んでいる場所に入っていた。扉を開けると、予想通りの現実が待っていた。

 二人は、ナナの死体の前に佇んでいた。

 

――――――――――――――――

 

 何と声をかければ良いのか、僕には分からない。暫しの時間が経った。

「ニークさんが……。知ってたんですか」

 僕の存在に気が付いたオミナスが、震える声で聞いてきた。僕は無言で肯定する。

 オミナスが、しゃがんで、ナナの手帳を拾い上げた。そういえばこの場に放置したままだった。話そう。傷つけることになるかもしれないが、そもそも既に二人は傷ついている。ナナの近くには凶器ののこぎりが落ちているため、誰かに殺されたことは明らかだった。

 グリンは一言も話さない。二人の姿は見ているだけで辛かった。

「殺人犯はまだ何処かにいると思います。十分気をつけてください」

 僕はそう言うと、ブルートを探すことにした。本当なら二人を守るため側にいるべきだ。死んだナナに二人が対面したのは僕が二人をすぐに止めなかったせい――分かっている、本当に悪いのは僕ではなく犯人だ。でも、親友の死を前にした二人の悲しみに、僕のすり減った心は耐えられなかった。

 

 通路を進む。二人の光景を頭から追い出すため、事件の思考に没頭する。

 やはり、犯人はイランドとキサなのだろうか。ブルートがいなくなった状況を改めて考えると、そうとしか思えない。ブルートもイランドもオミナスも知らない人を見てはいない。さらに、ブランとノワルが呆気なく殺されていることを考えると、外部犯ではなく内部犯――そうすると、もう犯人はイランドとキサしかいない。二人以外は全員僕と知り合いで、殺人を犯すような人はいない。二人は狂った殺人鬼で、僕たちを皆殺しにしようとしている――

 二人は魔王の信奉者なんじゃないだろうか?

 そうだ、何故今まで思いつかなかったんだ! 魔王の信奉者であれば、狂った殺人を繰り返したことも、僕たちを殺そうとする動機だって、全て説明がつくじゃないか! ブルート率いる人類存続キャラバンに何度も打ち倒された魔王が、最終手段として僕たちを殺しにかかった。初代魔王城の瓦礫の下に埋もれた人々のことを思えば、魔王が殺人という手段を選ぶことは何ら不思議ではない。

 時系列を整理しよう。ノワルとブランが、この遺跡を発見する。その遺跡は、イランドとキサがよく知っているものだった。もしかするとノワルたちが偵察に入った時、中に二人はいたのかもしれない。別の出入り口から外に出た後、ノワルを尾行し――探偵の十八番だろう――ブルートたちがこの遺跡を探索することを突き止めた。そこで何食わぬ顔で、たまたまこの遺跡を見つけ興味を持ったように見せかけて、遺跡の入り口にやってきた。

 そもそも、イランドたちがこの遺跡の入り口を見つけたことだってよく考えるとおかしい。ヘイヤ平野は広い。そこにある1つの遺跡か、少なくとも入り口で立っているノワルを、ブランがパズル庁に行って戻ってくるまでの時間にたまたま発見することなんてあるか? イランドたちは、最初からこの遺跡を知っていた。そうとしか考えられない。僕たちと共に遺跡に入り別行動になった後、殺人を開始した。ブランとノワルは、イランドたちと会っても何ら不審を抱かない。ブランとノワルの死体を切断して並び替え、リングリングに見立てたのもイランドだ。だから、それを自信満々に指摘することができた。むしろ、誰かに自慢したくてたまらなかったのだ。

 イランド=ハニーアは、ハニーアイランド早解き大会を四連覇している探偵で、ブルートには到底及ばないものの有名な人物だ。僕も知っていた。しかし、それがイランドが魔王の信奉者ではないという理由にはならない。イランドはその人格が高く評価されているわけではないからだ。

 そもそも、僕たちと一緒に遺跡に入ったイランド=ハニーアは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 遺跡の地上でイランドの言葉を聞いたときの違和感を思い出す。

 『私は何も、自分の遺跡探索の腕が心配だから待っていたんじゃない。ブルートが来ると聞いて会いたくなったんだよ』

 有名な探偵であるイランド=ハニーアの声は僕も聞いたことがあるが、確か、比較的丁寧な口調を用いる人物だったはずだ。ですます調で、他人の名前には敬称をつけていた。少なくとも、偉そうに他人を呼び捨てにするような人物ではない。最初から、イランド=ハニーアは偽者だったのだ。恐らくは助手のキサ=へゴンも。誰かと親しいわけでないのなら、容姿は変装でどうにでもなる。

 すると、イランド――とりあえず僕たちと同行していた人物はこう呼ぶ――は有名かつ人格者だから魔王の信奉者ではない、という論理は全く成立しない。

 イランドとキサが犯人だと、僕は確信した。

 

 通路を歩き終え、扉を開けると、そこには新たな空間があった。

 その時。

 ブウウ――――ンンン――――ンンンン……

 僕の目の前を、微かな音をたてながら一匹の蜂――否、ハニーアイランドが横切った。こいつは一体どこから来たのか。ここは遺跡なのだから、パズルがいることはおかしくない。けれど僕は何故か、そのハニアから目を離すことができない。そのハニアは異様だった。明らかに通常のルールではない。数字、星、矢印……。ハニアに本来存在しない表出が複数ある。この変種ハニアには、何か重大な意味があるような……。

 じっと観察して、やっと思い至った。そのハニアは、イランドの髪飾りだと。最初にイランドに会った時に分からなかったのは眠かったせいだろう。髪飾りがパズルだと気が付いた人はいたのかもしれないが、非凶悪性パズルのアクセサリーなんて珍しくもないので――ましゅとか――特に指摘することはなかっただろう。

 そして、さらに思考は進んでいく。ブランとノワルの潰された目。僕は最初に見たとき、鉛筆が刺さったのではないかと考えた。しかし確証は皆無。本当の凶器は――この()()()()()だったんじゃないか?

 ただの思いつきだ。とはいえ、ずっと疑問ではあったのだ。内部犯に油断していたとしても、ブランとノワルが簡単に殺されるのだろうかと。

 だから、例えば――最初の一撃として、ハニアを用いたんじゃないだろうか。イランドはブランとノワルを見つける。そして髪飾りに擬態していたハニアを放し、二人に向かわせ、刺させる。普通蜂の針は一度きりだが、この異様なハニアにそんな制約はないだろう。二人の体には毒がまわるか、そうでなくとも目を潰されただけでパニックになるのは想像に難くない。針が脳に達すればそれだけで致命傷だ。満を持してイランドとキサが現れ、二人を殺害。イランドが殺人のために準備したハニアであれば、二人があっけなく刺されても無理はない。イランドとキサがブルートから逃げたのだって、この蜂があれば簡単だ。

 そこまで考えて、やっと、今自分が殺されようとしているのではないかと思い至った。

 急いでハニアから離れる。けれどハニアは僕に構うことなく、ゆっくりと飛んでいき、とまった。イランド=ハニーアの死体に。

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