ハニア探偵六角形   作:saki@ssssaaakkkiii

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3.4 疑心暗鬼

 僕は途方に暮れた。オミナスとグリンはきっと、犯人を探しに行ったのだ。

 犯人であろうクラーケンは殺す相手を探している。ブルートはクラーケンを探している。オミナスとグリンは犯人を探している。僕は、どうするべきなのか。

 オミナスとグリンはまともに情報を持っていないだろう。ついさっきまで、二人は楽しい遺跡探索の気分だったのだ。いや、もしかしたら――二人はクラーケンに会っている。その時も、クラーケンはブランのメモ帳の切れ端をもっていたんじゃないだろうか。ブルートが、クラーケンが犯人だと確信するに至ったもの。二人もそれを目撃していて、かつそのことを思い出したなら。二人が、犯人はクラーケンではないかと考えていることはありうる。

 今更ながらイランド=ハニーアという探偵について振り返る。パズラーバ王国で殺人は滅多にないし、探偵が活躍する事件となれば尚更だ。推理パズルはいくらでもあるが現実の事件とは異なる。

 それはつまり、イランドだって殺人を経験したことは皆無か、それに近しいということ。イランドは自信満々にリングリングの見立てを披露したけれど、あれだって本当は四角に切れかもしれないし、ハニーアイランドかもしれないし、犯人――クラーケンの気まぐれかもしれない。死体を切って、何となく綺麗な図形を作ってみたとか。

 ただ、イランドがいなかったら、死体に込められた意味なんて誰も考えなかっただろう。そこから手がかりを得ようとすることもなかった。イランドの気丈な振る舞いは、僕とブルートを犯人の推理に至らせた。イランドは無理をして、明るく、いっそ狂っているかのうように振る舞っていたのではないだろうか。

 そう、本当に優れた探偵なら、とっくに犯人を指摘している。イランドは最期まで、誰が犯人か推理できていなかった。

 

 通信機の件は何だったのだろう。イランドが疑いを逸らすためについた嘘、当初はそう疑った。しかしイランドが犯人ではなかった今、あの情報は何か意味を持つだろうか。パズル庁に出入りできた人物。職員である僕、オミナス、グリン、ナナは当然可能だ。ブルートとクラーケンは一応勇退しているが、パズル庁に出入りしても文句は言われないだろう。現に、僕を遺跡探索に誘う際に二人共パズル庁の中にいた。

 つまり、僕の通信機をすり替えておくことは全員に可能だった。微妙なのはブランとノワルだが、二人は既に死んでいる。さらにこの条件には、パズル庁の人物が皆当てはまる。だから内部犯――僕たち十人の中――であると断定する根拠にはならない。

 さらに、そもそもパズル庁の職員でも、ブルートやクラーケンの様な顔を知られた人物でもなくとも、パズル庁に侵入すれば、僕の通信機はすり替えられる。パズル庁にも警備はあるが、可能性は排除できないだろう。犯人は殺人を繰り返しているのだ。殺人と盗難のどちらが重いかは、考えるまでもない。パズル町に侵入してCaSPに自作のパズルを入力した人物は存在する。

 結局、通信機が機能しないことは、大した意味を持ちそうになかった。イランドの発信器の信号の件は、イランドが遺跡探索に慣れていなかっただけで、単に設置してから時間が経つと信号が止まる物品だったとか、そんなところだろう。

 

 僕は、自分がすることを決めた。どこかに潜んでいるクラーケンに細心の注意を払いながら、遺跡を探索しよう。遺跡のボスの類いを倒すか何かして、出口を開こう。あるいは、別の出入り口を見つけるのでも良い。もう、この遺跡にいたくなかった。脱出して、パズル庁に戻りたい。そうしたところで、死んだ人たちが戻ってこないことは分かっているけれど。

 

 移動していく。イランドの死体がある場所に行き、先ほどブルートに連れられたのとは別の扉に入ってみた。やはり通路。それを抜けると、また新たな空間――だがそこは特殊だった。

 今まで見た中で一番小さいが、それだけではない。壁に、おなじみの煉瓦模様がなかった。何の模様もない、まっさらの壁。さらに、今まで見てきた全ての空間に散らばっていた物騒なガラクタも、ここには一欠片も無かった。パズルの姿もない。遺跡において、特殊な用途があるのだろうか。理由は分からない。

 扉は二つしかなかったため、僕は入ってきたのと異なる扉に入る。また通路。奥に進んで扉を開け――ようとしたが、扉は固く閉ざされていた。

 何もない空間。開かない扉。殺人とは関係のない、この遺跡そのものの謎だろう。それに踊る心など最早どこにもなかったが。脱出するためにはもしかすると重要かもしれない。

 僕は、イランドの死体がある場所まで引き返す。そして、ナナの死体がある場所に続く扉とも、キサの死体がある場所に続く扉とも違う扉に入った。……死体だらけだ、この遺跡は。

 通路。この遺跡は広い空間と通路で構成されていて、グラフのようだなと少し思った。

 扉を抜け――新たな死体、クラーケン=ブロッサムと対面した。

 

――――――――――――――――

 

 もう僕の頭は疲れ切っていた。殺したのは誰だろう。クラーケンが今までの事件の犯人だとしても、それはそれで殺される理由になる。ブルート、オミナス、グリン。誰かが復讐したのだろうか。

 ただ――クラーケンの死体は手足を真っ直ぐにした気をつけの姿勢になっており、顔と足先の上に丸い石が置かれていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これはまるで――ぬりみさきだ。人体の末端部分が、みさきに対応している。これは、何を意味しているのか。鉛筆は持っておらず、片目は潰されていた。

 死体がまたパズルに見立てられているとすれば――まだ、連続猟奇殺人は終わっていないのだろうか。

 僕はその現実に向き合いたくなくて、クラーケンが犯人である場合のシナリオを夢想する。例えば。ブルートはクラーケンに遭遇し、君が犯人だろうと問い詰めた。クラーケンは自身の犯行を認め、その上でブルートを嘲笑した。だからブルートは怒り狂って、意趣返しとしてクラーケンをパズルに見立て殺害した。そして今までの犯行に倣い、クラーケンの片目を潰し、鉛筆を奪い、ぬりみさきに見立てた――無理がある。激昂したところで、ブルートがそんなことをするはずがない。結局、僕の願望に過ぎないのだろうか。

 けれど、クラーケンが犯人でないのなら、子供たち――オミナスとグリン――と僕自身を除くと、犯人候補に残るのはブルート=エヴォルスしかいない。クラーケンが犯人でありブルートが狂気に染まったのか、最初からブルートが狂気に染まっていたのか。

 クラーケンの死体のポケットから、紙がはみ出していた。ブルート曰く、クラーケンが犯人である最大の根拠。四角く切り取られたナナの手帳。四角い紙。

 その紙には、汚い文字が書かれていた。

 

 『僕も探索することにしました。ニーク』

 

 そうだ。ブランとノワルの死体を発見する直前、僕は入り口の空間に書き置きを残した。そして、二人の死体を発見した後脱出しようと入り口に向かう時、通路でクラーケンとすれ違った。その後、二人の死体を調べ終えて入り口に行き、イランドが入り口の扉を調べている時点で、書き置きは無かった。クラーケンは、僕の叫び声を聞いたブルートのあとを追う時に、あの紙を掴んだのだ。僕はブルートと一緒に二人の死体を調べることになったから、探索することにしたという文言は嘘になるので、紙を元の場所に戻す必要性はない。当然捨てても僕に渡しても構わないが、何となく持ったままにしていたのだろう。

 ブルートは、あの書き置きについて何も言及していなかった。だから、僕は思いつけたじゃないか。クラーケンの持っている紙は、ナナの手帳の一部ではなく、僕の書き置きだと。そもそも、ナナの手帳から切り取った紙は、犯人の決定的な証拠になりうる。クラーケンが犯人であるなら、そんなものを手に持っているはずがないのだ。現に、それによってブルートはクラーケンが犯人だと思い込んだ。

 認めるしかなかった。クラーケンは、連続殺人の新たな被害者だと。

 

 今まで自分が通った道を思い返して、気になることがあった。このクラーケンの死体がある場所の扉の一つが、位置からして先ほど開かなかった扉のように思えるのだ。

 それを通り抜けると、案の定、例の何もないところに出た。何もない故、別の場所と誤認している可能性も考えて、さらに扉と通路を通ると、イランドの死体があるところにたどり着く。やはり、先ほど閉まっていた扉が今は開いている――あるいは、片側からしか開かない扉だったのだろうか? 片側からしか開かない扉。遺跡の入り口。

 

 結局、犯人は誰なのだろう? ブルートの〈誰も怪しい人物を見かけていないから内部犯〉という論理は、今も誤っていないように思える。だが、オミナスとグリンはあり得ない。あの二人まで疑ったら、もう何も信じられない。僕は、オミナスとグリンを二人が幼い頃から知っている。決して、殺人をするような人ではない。ナナが殺されたことを知った今となってはわからないが、ブランやノワルを殺すことはあり得ない。ナナは二人の親友で、ブランとノワルはオミナスの家族なのだ。それは絶対にない。死体の切断となれば尚更だ。

 だとすると、消去法で、本当にただの消去法で、犯人はブルート=エヴォルスということになってしまう。

 ブルート曰く、ブルートは、クラーケンと別行動をしていた時間があったらしい。それはクラーケンが犯人という可能性と同時に、ブルートが犯人という可能性を生じさせる。そう、クラーケンがブルートと似た思考を辿って、犯人は内部犯という結論に至り、かつイランドとキサとナナが死んだことを僕から聞くなどして知れば、クラーケン目線の最大の犯人候補はブルートなのだ。だから前もって、僕に別行動の存在を教え、クラーケンを殺しにいった可能性……。

 ブルートが犯人なら、何故僕を殺さなかったのだろうか。と考えて、僕は、自分とブルートが二人きりになった時間がほとんど存在しないことに気がついた。ブランとノワルの死体を発見した直後はクラーケンがいたし、二人の死体を調べに行ってイランドとキサと合流した。それ以降は基本的にイランドとキサが一緒で、例外は、さっきクラーケンが犯人ではないかと僕に話した時だけだ。

 でもあの時、ブルートは僕を殺さなかった。それは、ブルートが犯人ではない根拠の一つだ。

 いや、そもそもタイミング云々はどうでも良い。人類存続キャラバン名誉団長ブルート=エヴォルスが殺人鬼であるというのはあり得ない。ブルートの性格は、国民の多くが知っている。仮面の下の、今まで誰も気がつかなかった残虐な本性は絶対に存在しない。そう断言できるし、確信できる。ブルゥゥゥゥト=エヴォルスは昔も今もこれからも優しくて、頼もしくて、冗談は言うし感情的に行動することもあるしやたらと総当たりをしたがるけれどいざという時は真面目で……そんな人物だ。

 僕は薄々感づいてきた。オミナス、グリン、ブルート。三人の中に犯人はいない。というより、その中に犯人がいる可能性よりも、たまたま目撃されていない外部犯がいる可能性の方がずっと高い。どちらの可能性も低いことには変わりないが、少なくとも片方は正しいという条件付きでの確率は、後者が圧倒的に高い。

 そもそも三人に限らずクラーケンだって、犯人でないのは当たり前だった。単独行動をした時間の存在や、ナナの手帳の一部――実際は違ったが――を持っていたという情報も、犯人である確実な決め手ではなかった。であればクラーケンが連続殺人犯であるより、たまたま単独行動をした、たまたま何かの紙切れを持っていたといった解釈の方が適当だった。

 イランドやキサやクラーケンが魔王の信奉者という可能性も、魔王の信奉者である外部犯が存在する可能性には劣る。魔王は普通の――少なくとも残虐ではない――人が連続殺人犯に変貌する理由付けとして持ち出しただけだから、外部犯はただの最初から狂った人物でも問題ない。ブルートは王国民にそんな人はいないと断言していたが、事件が起きている以上いるのだろう。

 疑心暗鬼になっていただけだ。僕も、ブルートも。僕たちの中に犯人はいない。するべきは、一丸となっての外部犯への抵抗だった。ブランとノワルは二人一緒に殺されたが、より多くの人数がいれば、そう易々と毒牙にかかることはなかっただろう。

 今するべきは遺跡探索ではなく、ブルートとオミナスとグリンを探して、合流すること。探索していれば偶然出会うことはあるが、どうするべきだろう。

 ブルートは、クラーケンを探すため僕と別れた。一方僕は、オミナスとグリンがいるであろう空間に向かった。ナナの死体があった場所だ。しかし二人はいなかった。だがブルートが、それを知っているとは限らない。

 ブルートの視点に立って考えてみよう。クラーケンを探すが、一向に見つからない。あるいは、死体を発見した。ではどうするか。――オミナス、グリン、ニークと合流する。場所は、ナナの死体がある空間だ。オミナスとグリンがいて、ニークもそこに向かったのだから。合流は自身と相手の安全性を高める。

 僕は、ナナの死体がある空間に戻ることにした。オミナスとグリンが戻って来る可能性が最も高いのも、あの空間ではないだろうか。さらに、入り口に近いという利点もある。オミナスやグリンやブルートが遺跡の入り口を開いた際の脱出も容易だ。誰も来なかったら、他のメンバーが既に殺されている可能性も考えて探索を再開するしかない。

 通路を通って目的の空間に向かう。行ったり来たりしているが、その時々で最善だと思うことをしているだけだ。この遺跡の通路は総じて長い。だから遺跡の範囲は大分広いだろうが、ヘイヤ平野はそれ以上に広大だ。入り口前の階段の長さからして地下深くにあることは確かだから、今まで発見されなかったのだろう。

 僕が、ナナの死体の場所まで戻ると、そこにはブルートがいた。僕の推測は当たっていた。ブルートは死体の前にしゃがみ、ナナの手帳――遠目からだと本当にナナの手帳かは分からないが、恐らくそうだろう――を開いていた。

「ここにいたんですね。オミナスさんとグリンさんはいなくなっていて、僕は探しに行ったんですが――」

 見つかりませんでした。その言葉は続かなかった。気が付いてしまったからだ。

 ブルートがゆっくりと振り返る。その服は血塗れで、片手には斧を持っていた。

 

――――――――――――――――

 

 ブルートは無言だった。無言で、僕を見つめていた。

「どうしたんですか……その血」

 話しかけるが、声が震えてしまう。ブルートの服の血は恐らくブルート自身のものではない。返り血だ。

 ブルートは僕の言葉を無視して、近づいてくる。

 僕は間違っていた。少なくとも、結果論においては。確率や可能性の高低は、厳然たる現実の前では何の意味も持たない。目の前に突きつけられれば、認めるしかなかった。

 連続猟奇殺人の犯人は、ブルート=エヴォルスだと。

 しかし重要なのは、今まさにブルートが僕を殺そうとしているという事実だった。

 逃げないと。後ずさって扉を開けようとするが、焦っているためかうまくいかない。すぐにブルートは僕に辿り着き、掴んで床に引きずり倒した。

「やめてください!」

 叫ぶが、ブルートは意にも介さない。

「三つ、三つだ。三つに分けて……連続してはいけない……」

 呟き始めた。僕は振りほどこうと必死に抵抗するが、恐怖で体がすくんでいることもあり上手くいかない。一方で、何故か頭は回っていた。走馬灯に似た原理だろうか。

 一行のなかで最も信頼されているのがブルートだった。パズラーバ王国のなかでもそうかもしれない。国民皆がブルートを尊敬していた。国王もそうだろう。イランドだって、口には出していなかったけれど同じだったのではないだろうか。それは今回、犯行に非常に有利に作用した。ブルートが斧を持って近づいてきたところで、雑に扱うと危ないですよと声をかけるのが関の山だ。誰も、ブルートに殺されるなんて思わない。ブランやノワルの隙をつくなんて、赤子の手を捻るようなものだ。

 そもそも、ブルートを犯人ではないかと疑ったところで、自分を何の躊躇いもなく殺しにくる者への抵抗なんて、まともにできないだろう。今の僕がまさにそう。この遺跡は、終始ブルートの独壇場だった。一人ずつ殺して、パズルに見立てていく、狂気の殺人鬼、ブルート=エヴォルス。僕のブルートへの尊敬は、全て粉々に砕け散った。

 ブルートが斧を振り上げ、告げた。

「君が、皆を殺したんだな」

 無理解に染まった僕の意識は、ぷつりと途絶え――

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