ハニア探偵六角形   作:saki@ssssaaakkkiii

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4.1 僕

 ふと気がつくと、僕は遺跡の入り口の空間に立っていた。いつから立っていたのか思い出せない。分かるのは、今立っていということだけだ。意識というものは常に連続的で、例外は睡眠の前後位だろう。しかし、僕は眠ってはいなかった。

 夢だったのか? そんな考えさえ頭を過ぎる。夢が夢であると分かるのは、目が覚めた時の話。今見ているものが現実なのか夢なのか、基本的には分からない。眠った時は石に座っていたが今は立っているというのは、一種の夢遊病の様なものと解釈すれば――

 現実逃避から僕を引き戻したのは、一つの予感、直感だった。遺跡の入り口の空間の、入り口とは正反対にある扉――まだ入ったことがないそこに、迷わず行く。何故か、行かなければならない気がした。行って、現実を認めなければいけない気がした。

 二つの扉を抜ける。しゃがみこんでいるグリンが目に入った。その前には、ブルートの死体が。グリンが、僕の姿を認めて呟いた。

 「あんたが殺したんでしょ」

 ブルートの言葉が蘇る。

 『君が、皆を殺したんだな』

 

――――――――――――――――

 

 ブルートの死体は、手足が通常ならばあり得ない方向にねじ曲げられていた。何より、切断された頭部が胴体の上に置かれている。その点はブランやノワルと似ていた。結果として体全体が、卍の様な形になっている。その卍に沿って血溜まりが出来ていた。

 

 

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 点対称。天体ショー。

 そういえば、ブランとノワルの死体は点対称だった。対称の中心は頭部だ。

 

 

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 二人は、空間において点対称に配置されていた。二本の薬指は二本のリングだったのだとイランドは言ったが、二本合わせて一本のリングだった可能性もある。それは対称の中心だ。

 

 

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 ナナの切り傷は身体を2×3の長方形のように分けており、点対称だった。対称の中心はへそだろうか。

 

 

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 イランドとキサの死体は、扉と通路を挟んでこそいたが、今考えると点対称に配置されていた。探偵と助手。

 クラーケンの死体は、ナナと同様へそを中心として点対称だった。

 

 

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 壁の煉瓦模様だって、適切に中心をとれば点対称だ。

 

 

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 天体ショーは、最後に黒丸を中心とした領域に色を塗るパズルだ。以上の死体のうち、黒丸――黒髪の頭部を中心としたものはブランとノワルとブルートの死体。その三人の死体のところでは――頭部を切断されているから当然だが――夥しい量の血が流れていた。血は流れ出た直後は赤いが、時間が経つと黒くなる。血で、天体ショーの黒領域を塗りつぶしていたのではないか。

 

 

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 今までの殺人は、全部天体ショーの見立てだったのではないか。

 ――そんなこと、もう僕にはどうでも良かった。

 

 僕は、ブランとアルカの死体を見つける夢を見た。ただ、夢にしては情報が正確すぎた。最早予知夢だった。

 ナナがいつ死んだのかは分からない。入り口の空間で一人で眠っていたと記憶している僕にアリバイはない。

 ブラン、ノワル、ナナの死体は、どれも入り口の空間と通路一本で繋がっているところにあった。僕が、一番手軽に殺しに行けた場所だ。

 オミナスとグリンがナナが死んでいるところに向かって行ったすぐ後、僕は世界が揺れたと錯覚するほどの目眩を覚え、目を閉じてしばらくの間しゃがみ込んだ。あれは、本当に僅かな時間だったのだろうか。

 自分の手帳を破って書き置きを残すという発想は、ナナの手帳が破られたことと類似していた。

 僕の通信機は正常に動作しなかった。事前に壊されていたとすれば、それが最も容易だったのは僕だ。

 ブルートは僕を殺そうとした。でも僕は死んでいなくて、死んでいるのはブルートだ。僕の意識が途絶えた時、ブルートはまだ斧を振り下ろしていなかった。僕の意識は、何の前触れもなく途絶えた。そして気が付いた時には立っていた。これらが意味することは何か。

 

 認めたくない。目を背けていたい。けれど世界はそれを許さなかった。イランドが軽く言ったことを思い出す。

 『私たち十人がこの遺跡に入った時、誰かが遺跡の魔法で殺人鬼へと変貌した。それが誰か当てるまで、遺跡は私たちを外に出さない。どう?』

 グリンがさらに呟いた。

「イランドも言ってたわ。あんたが犯人だって」

 

――――――――――――――――

 

 グリンは、僕に心底怯えた目を向けながら立ち上がると、おぼつかない足取りで扉に歩いていき、いなくなった。

 僕は一人立ち尽くす。誰かを殺した記憶を、僕はこれっぽっちも持っていない。でも、様々なことが僕が犯人だと示している。――事件の全容を推理できる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まず、僕たちは十人で遺跡に入り、別行動をとることになった。ブルートとクラーケン、オミナスとグリンとナナ、ブランとノワル、イランドとキサ、最後に僕、ニーク=レキシカだ。

 そして遺跡は、侵入者に対する()()()()()の出題を開始した。犯人はニーク=レキシカ。その理由は一人だったからか、眠っていたからか、それとも――唯一、まともな通信機を持っていたからか。遺跡の入り口は固く閉ざされる。

 僕は自分の意思に反して目を覚まし、殺人を開始した。自身の通信機を、正常に動作しなくなる程度に破壊。ナナを殺害。ブランとノワルを殺害。順番は分からない。この事件全体がパズルであることの反映として、死体はパズルに見立てられた。マクロのパズルと、ミクロのパズル。僕はブルートほどではないけれど皆に信頼されていたから、ナナもブランもノワルも呆気なく犠牲になった。犯行――最初の()()――を終えると、僕は入り口に戻って眠り直す。殺したブランとノワルを、自分で発見する夢を見ながら。

 再び目を覚まし、ブランとノワルの死体を発見。入り口の空間に書き置きを残したのは、ナナの手帳を四角に切ったことと無意識の内に類似していた。その後はブルートやイランドと行動を共にするが、オミナスとグリンを引き止めている間に二人はいなくなる。オミナスとグリンは、遺跡探索を続行しようとして、ナナの死体を発見。

 僕はまたしても一人になり、連続殺人を再開。イランドはグリンに――恐らくはナナの死体がある空間で――ニーク=レキシカが犯人であるという推測を伝えた。さらに、恐らくはブルートにも。しかし僕は、イランドとキサとクラーケンを殺害。入り口の空間に戻った。

 ――この三つの殺人は、僕には()()()()として知覚された。

 ナナの死体の前で立ち尽くすオミナスとグリンを見た後、僕はイランドの死体を発見。さらにブルートと合流してキサの死体を発見。この時点でブルートは、イランドとは異なる推理によりクラーケンが犯人だと考えていた。そのためブルートはクラーケンを探しに行くが、見つかったのは死体だった。このあたりで、ブルートの身体に死体の血が付着する。結局、僕――ニーク=レキシカが犯人だと断定。最早消去法で僕しかいなかっただろう。僕が向かったであろうナナの死体の場所に護身用の斧を携え向かうが、そこには僕どころかオミナスもグリンもいなかった。どうするべきか思案しているところに僕が現れる。

 かくしてブルートは僕を殺そうとするが、すんでのところで僕が反撃して、殺される。

 グリンはブルートの死体と、無傷の僕を発見。イランドの推測を思い出して僕を犯人だと断定。あるいは、今生きているのは僕とオミナスとグリンしかいない。グリンからすれば、オミナスが犯人ではないことなんて自明だ。犯人はニーク=レキシカ。

 

 自らの犯行を推理することの、何と残酷なことか。しかしその残酷さは、犯行の凄惨さには遠く及ばない。

 遺跡の入り口が開く条件は何だろう。推理パズルの正解判定。誰かが犯人を突き止めることか。犯人が死亡することか。犯人が自分が犯人だと自覚することか。

 一つ目と三つ目は既に達成されている。二つ目は……。

 そもそも僕に、脱出する資格なんてあるのだろうか。連続殺人犯ニーク=レキシカ。皆、僕が殺した。ごめんなさい。もっと早く、気がついていれば。一番情報を得ていたのは、他ならぬ僕に違いないのに。

 

 あるいは――そもそも、僕が皆を殺したのは遺跡の魔法ではなく、ただの僕の意志だったのではないだろうか。

 多重人格。僕は日々の仕事で疲れ切っていたから、そのストレスのはけ口として、無意識のうちに凶悪な人格を生み出していた――荒唐無稽だ。多重人格自体は実在する現象だが、それが僕のうちに無意識に起きていて、しかも殺人をしているなんて。だが今の僕はそれを鼻で笑うことはできなかった。この状況ではありうるかもしれない。条件付き確率。

 

 遺跡の魔法でも多重人格でもどっちでも同じだ。全部僕のせいだった。僕が皆を殺した。ブルート=エヴォルス。皆に愛される人類存続キャラバン団長は僕が殺した。ブルートを陰ながら支え、パズルの未来を憂う副団長クラーケン=ブロッサムは僕が殺した。ナナ=ヴェアード。パズル庁CaSP担当で、ツアーをして人々を日々楽しませている彼女は僕が殺した。イランド=ハニーア。ハニーアイランド早解き大会四連覇中の探偵は僕が殺した。その記録が更新されることは永遠にない。助手のキサ=へゴンも僕が殺した。ブラン=アルカとノワル=アルカ。かつてBoxed Upを調査した優秀な二人は僕が殺した。

 それらの形容さえ無意味かもしれない。皆に愛されているとか、優秀であるとかは何も関係がない。人の命には等しく価値がある。その唯一の例外が僕だった。

 

 世界で一番無為な思考をしている自信がある。でも、そんな自信を抱いている暇があったら死ぬべき――そう、死ぬべきだ。そのための道具なら、いくらでも転がっている。僕が皆を殺した道具でもある。

 どうしよう。無駄な自問を続けながら、僕は下を向いて歩き始めた。グリンの言葉を思い出す。『必ず犯人は突き止める』というオミナスとグリンの誓いは、達成されたといえるのだろうか。そうでないとしたら――僕を、殺してくれるだろうか。

 僕は首を振った。オミナスとグリンは、たとえ復讐であったとしても、誰かを殺すことなんてできない。イランドが犯人ではないかとか、クラーケンが犯人ではないかとか、ブルートが犯人ではないかとか考えていたから感覚が歪んでいるだけだ。皆、心優しい人たちだ。

 無意識の内に僕は扉を開けて通路に入っていた。先にある扉の向こうは、位置関係からしてイランドの死体があるところだと、ぼんやり考える。

 扉を少し開けたところで、人の気配を感じた。隙間から覗くと、離れたところにオミナスがいる。生きているオミナスの姿を見て、僕は少し安心した。まだ死んでいなかった。まだ、僕は殺していなかった。

 そして、オミナスは力のこもった声で告げた。

「あなたが犯人ですね」

 向かい合って立つ、イランド=ハニーアに。

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