ハニア探偵六角形   作:saki@ssssaaakkkiii

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4.3 パズルと人間

 目を覚ます。とりあえず、僕はまだ死んでいないことは確かだった。ブランもノワルもナナもクラーケンもブルートも死んだけれど、僕は死んでいなかった。後頭部がズキズキと痛む。僕は、倒れた時と同様通路にいた。

 イランドの推理は正解で、犯人はオミナスとグリンだったのだろうか?

 オミナスがイランドをハンマーで襲い、グリンが僕を後ろから殴った。だからオミナスとグリンが犯人――と考えるのは早計だ。

 オミナスは、元々ナナの仇をうつためか、単なる護身用としてハンマーを持っていたとも考えられる。イランドが犯人だと確信して、直接問いただした。しかしイランドは認めないばかりか、オミナスとグリンが犯人だという推理を始める始末。だから温厚なオミナスも堪忍袋の緒が切れて、実力行使に出た。これは十分考えられる。一方グリンは僕が犯人だと考えていた。だから僕を殴って気絶させた――しかし、殺すことはできなかった。これらは十分ありうる。少なくとも、オミナスとグリンが犯人であるよりは納得できる。

 イランドの、『犯人はクラーケンでは』という言葉、これは意味不明だ。十秒前の自分の推理を忘れたのだろうか。いざ襲われて錯乱したのか? けれども、本当にオミナスが犯人だと推理していたのなら、警戒はしていたはずだ。イランドはクラーケンが犯人だと推理していて、しかし何故かオミナスに対してはオミナスとグリンが犯人だという推理を披露して、本当にオミナスとグリンが犯人だったから、オミナスに襲われて悲鳴を上げた――こんな馬鹿な話があるだろうか? イランドの言動は支離滅裂――リングリングの見立てを聞いた時から分かっていたことじゃないか。〈ニーク=レキシカを死なせないこと〉という依頼だって出鱈目に違いない。実際僕はまだ死んでいないが――少なくとも、それはイランドのおかげではないだろう。イランドが僕を守ろうとする素振りを見せたことなんて一度たりともなかった。

 僕は扉を開けた。イランドの死体があった場所。しかし今はない。手前にも、奥にも。

 代わりにあるのは、オミナスの死体だった。

 

――――――――――――――――

 

 オミナスは、床に横になっていた。片手を体の前で、自分に向けている格好で。異常なのは、その手が2つに裂かれ、折り返されていることだ。だから遠目には、オミナスの片手は、オミナス自身を指す矢印のように見える。

 さらに、オミナスの身体の側面、今上になっている部分には、肩から足に開けて真っ直ぐな傷が入っていた。ナナの身体の傷に似ている。しかしよく見ると、傷の端の肩の側は折り返しており、足の側は垂直に短くもう一本線が引かれている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 僕も慣れたものだった。これは数字の1だ。そして、1が根元にある矢印が、自分自身を指している。矢印。自己言及。ループ。ヤジリン。本当にヤジリンかは分からないが、どうでも良いことだった。少なくともハニアではないだろう。

 

 明らかに、連続殺人の新たな犠牲者。オミナスの死体は鉛筆を携えていない。そして、片目は潰れている。犯人は、状況からしてイランドだろうか。オミナスは、連続殺人の犯人イランドを襲った。しかし返り討ちにあい、殺された。こんなところだろう。武器を持っていながらも、イランドに勝つことはできなかった。もしかすると、髪飾りのハニアというイランドの切り札で、隙をつかれたのか。念のため死体をよく確認するが、紛れもなく死んでいた。

 

 犯人はイランドだ。もうこの遺跡で生きているのは、犯人の他には僕とグリンしかいない。イランドの助手のキサは生きているかもしれないが、そうだとしてもイランドの味方だろう。

 ここまで人数が減った今、連続殺人の解決や、集団行動に意味はなかった。遺跡を出よう。そのためには、探索を続けるしかない。

 適当に扉を潜って通路を通ると、クラーケンの死体があるところに出た。クラーケンの死体はそのままだ。

 何もない空間に続く扉は覚えていたので、まだ入っていない扉に入る。そこから行くことができた場所は、かつてキサが死んでいたところだった。しかしキサの死体はない。キサもイランドと同じで、死を偽装していたのか。

 さらにまた、入ったことのない扉に入る。ガラクタの山。誰もいない。パズルもいない。扉を開け、通路を通り、新しい空間に入る——刹那、()()()()()()()が僕に襲いかかった。

 

――――――――――――――――

 

 パズルの危険性、僕はそれを完全に失念していた。

 咄嗟に攻撃を躱して床に転がる。不意を突かれたことを思えば、傷を負っていないだけで及第点だろう。鉛筆は手放していないから、まだ十分戦うことはできる。

 僕は素早くへやわけの方に向き直った。へやわけは、大きいものの、そこまで高難易度とは思えない。一見した限りでは。そしてここにいるのは、そのへやわけ一体のみ。一対一だ。あの時とは違う――あの時? 僕は今何を思い出そうとしたのか。

 冷静になるよう自身に言い聞かせ、へやわけに鉛筆を近づける。落ち着いて解けば良い。勝機は十二分にある。調査団に所属する前の一人で冒険していた頃を思えば、こんなものは危機とも呼べない。

 まずは、それ単体で内部の黒マスが確定するへや、所謂「入口」から。僕は鉛筆をへやわけに当てた。しかし異変が起きる。鉛筆の先がへやわけの表面にくっ付いたかと思えば少しめりこんで、動かせなくなったのだ。さらに、僅かに引き込まれる。鉛筆に力を込めるが、びくともしない。対処を思案する間もなく、僕の鉛筆はヒビが入って砕け散った。

 

 このへやわけは、鉛筆を拒絶していた。鉛筆が使えないパズル、そんなものがあって良いのか。予備の鉛筆は携えているが、それさえ破壊されたらこれ以外のパズルへの打つ手もなくなる。僕は撤退を選択した。入ってきた扉に駆け寄る。けれど、押しても引いても――扉は開かなかった。

 まだこの空間の全ての扉を調べたわけではない。けれども僕の中の、閉じら込められたのではないかという恐怖が膨れ上がっていく。

 破壊された鉛筆――ブラン、ノワル、ナナ、クラーケン、オミナス。実は生きていたイランドを除く連続殺人の被害者は、誰も鉛筆を持っていなかった。

 開かない扉――クラーケンの死体を発見する少し前、その場所の扉が外側から開かなかったことがあった。そして、目の前のへやわけは、幾つか、血がついているように見えた。

 

 最初にブルートが言っていたじゃないか。あんな殺人をする人はいないと。一方で、パズルが人を殺した例は絶えないと。

 ――皆を殺したのは、パズルではないかと。

 

 この事件の手際の良さは異常だった。パズラーバ王国の殺人は少ない。つまり、殺人に慣れた者なんているはずがない。イランドもその例外ではない。いくらイランドが冷酷な猟奇殺人犯だったところで、ここまで順調に殺人を進められるものだろうか。

 しかし、鉛筆が使えない強大な――というより特殊な――パズルが犯人だったらどうか。さらにそのパズルは、遺跡と連携してさえいるのだ。パズルと共に閉じ込められ、戦わされる。そして鉛筆を壊され、なすすべなく殺される。ブランも、ノワルも、ナナも、クラーケンも、ブルートも、オミナスも、いくらパズルが得意だとしても、鉛筆が無ければパズルは解けない。目解きをしても、答えを書き込めなかったら意味がない。

 人が、パズルを解く。過去、数え切れないほど繰り返されたことだ。

 では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 解くとは殺すということだ。

 人をパズルに見立てて殺す。これはまさしく、「人を解く」行為じゃないか!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 死体の目は潰れていた。もしかするとこのパズルは、鉛筆を、壊しただけでなく奪ったのだろうか。僕と同様、皆も予備の鉛筆を持っていたはずだ。幾度となく自分たちが擦り付けられてきたものを使って、人を害する。パズルを解く際に、視覚はこの上なく重要だ。パズルを解く凶器は、鉛筆と目だ。人の目に鉛筆を刺す行為もやはり、人を解くことの見立て。

 犯人は内部犯だとか、外部犯だとか、パズラーバ王国の人間で猟奇殺人をする人はいないとか、魔王の信奉者ならするかもしれないとか、全てが馬鹿馬鹿しい議論だった。僕たちは、犯人がパズルである可能性を忘れていた。ブランとノワルの死体を調べた時、ブルートに言ったことを思い出す。

『犯人は人間でしょうね。のこぎりを使って人を切るとか、鉛筆を人に突き刺すとか、そんなことをパズルはしない――仮にしたとしたら、もうそのパズルは人と大差ありませんよ』

 僕は無意識のうちにパズルを軽んじていた。パズルには無限の可能性がある。人を惨殺するパズルの存在だって、考慮するべきだった。

 

 僕は予備の鉛筆に手を伸ばした。自分が追い詰められていることなんて分かっている。この鉛筆も気休めでしかない。鉛筆で解けないパズル、それに皆は殺されていった。僕もそれに続くことになるのか。

 走馬灯を見るにはまだ早い。何か、事態を打開する策はないか。僕は懸命に模索する。そもそも、解けないパズルなんてこの世に存在するのだろうか。問題不備とか、そういうことではない。何か、このパズルを解く手がかりはないのか。解く。バラバラにする。バラバラ?

 遺跡に入る前の、ナナへのイランドの言葉が蘇ってくる。

 『パズルが黒い箱だとすれば、それを外側からちまちまと削り取っていく、それが理詰めだ』

 僕は地面を見る。そこには遺跡の他の場所と同じように、ガラクタが散らばっている。中には、のこぎりや斧やハンマーもある。これらは、本来何のためにあるのか? 遺跡を作る工事をするため? 仲間割れをした探索者が殺し合いをするため?

 違う。断じて違う。これらの凶器は――鉛筆の代わりなのだ。

 鉛筆が使えないパズル。しかしそれは、解けないことを意味しない。鉛筆が使えなければ、別のものを使えば良いだけだ。黒い箱を削り取る行為。特殊なパズルを倒すための道具は、最初から遺跡に散らばっていた。パズルが、凶器で人を殺していく。人がするべきことは、鉛筆を捨てて、凶器でパズルを殺すことなんだ。へやわけ。へやをわける。バラバラにする。

 僕は適当な武器――のこぎりを手にとった。大丈夫。猟奇殺人は聞いたことがないが、特殊なパズルが遺跡にいること自体はままある話。一番大事なのは落ち着くこと。

 へやわけに立ち向かう。鉛筆を使う時と要領は変わらない。これは、鉛筆ではなく刃物を用いるという変種ルールなんだ。僕は手に力を込めて、切っていく。

 僕の名前はニーク=レキシカ。最初から助言してくれていた。()()()()()()

 へやわけの一部が床に落ちた。何故か、イランドの言葉の続きが頭に響く。

 『愚かだと思わないかい? 理詰めに固執する者が前にしているのは、常に黒い箱の表面だ。恐れているんだよ。箱の中を。中に飛び込んで、溺れることを。その勇気を持たなければ、中の景色を見ることはできないというのに』

 違う、と心の中で否定する。理詰めはれっきとしたパズルの文化で――

 

 瞬きをした。その前後で、世界は何も変わらない。ただ、僕は気がついた。

 僕がへやわけだと思っていたものは、血塗れのグリン=クライスだった。

 床に落ちているへやわけの破片は、グリンの右腕だった。

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