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僕の名前はニーク=レキシカ。親は子の名前を軽々しくつけるべきではないということを、僕は日々実感している。ニークというファストネームはまあ平凡だ。レキシカというファミリーネームも、遠い先祖が歴史を好んでいたとすれば自然なものだ。けれどそれらが合わさってニーク=レキシカになった途端、かの有名パズル「四角に切れ」のアナグラムになってしまう。
いずれにせよ僕の名前は昔も今も未来もニーク=レキシカだ。初対面の人に本名か否か聞かれることは日常茶飯事。それにはイランド=ハニーアとかいうふざけた芸名の探偵がいることも関係しているだろう。僕としては迷惑なことこの上なかった。イランド=ハニーアも本名なのだとしたら、僕の思いは同情へと反転するのだが。
ところでこの、名前を軽々しくつけるべきでないという主張を、パズルにも適用することは出来るだろうか? そこで僕が気がつくのは、パズルの呼称の二重性だ。パズル種という単語は特定のパズルを指すことができる。ましゅを三体討伐したよ、という風に。そこにおいて、一つ一つのパズルの個性はルール≒パズル種に還元されている。人間には誰しも名前があるが、ほとんどのパズルに固有名はない。僕の名前ニーク=レキシカは僕という人間と四角に切れというパズル種の境界に位置している……というのは思い上がりだろうか?
……と言う無駄な思考が勝手に頭の中を巡る程度には、僕は参っていた。
CaSPが暴走して街に吐き出した規格外パズル。王国に大量に溢れたそれは、騒動が集結し、CaSPが完全に沈黙してからも街を彷徨っていた。
主にその対処にあたったのは、調査団養成学校の子供たちや有志の住民。早々にほとんどは解かれたか、あるいは自然に非凶悪性パズルに変わった。しかしまだ街には、サイズの小さなパズルがそこかしこに潜んでいた。
だから僕の仕事は、町のパズルが隠れているかもしれない場所をしらみ潰しにすることだった。最初の頃こそ結構な頻度でパズルと相対することになったが、三日四日と経つと、凶悪性のあるパズルを発見することはめっきり無くなり、実に退屈な作業へと変わった。勿論、その退屈さは他の人がしないこということの裏返しでもある。けれどもやめるわけにはいかない。いくら小さなパズルでも、子供は勿論鉛筆の類を持っていない大人にだって脅威になりうるのだから。僕は睡眠時間を削りながら街を見回っていた。
幸いなのは、現時点で人的被害が皆無に等しいことだ。CaSPを開発・運営していたパズル庁は大して批判されていないし、むしろパズルを大量生成して楽しませてくれたと肯定的に受けとめられてさえいる。謎は残っているとは言え、国はすっかり祝勝の雰囲気に包まれていた。最大の謎――何故CaSPは暴走したのか――は未だ解明されていないというのに。
一方、CaSPの開発に直接的に携わっていた僕の心中は複雑だった。致命的な事態は起きていないし、どうせ国王はまた新たなプロジェクトを推し進め、それにはCaSPの経験も活かされるだろう。それでも、CaSPの暴走は僕の心に憂いをもたらしていた。
一度もパズルに出会わない日が三日も続き、いい加減飽き飽きしてきて、同時にもうこの仕事は終わりにして良いのではないかと感じ始めた頃だった。パズル庁の本部に戻って次の行き先を確認する時間に疲労から眠りかけていた僕のところに、突然我らが団長――今は名誉団長だったか――ブルート=エヴォルスがやってきた。
どうにか重いまぶたを開いた僕を轟音が貫く。
「やあ、ブルゥゥゥゥト=エヴォルスだっ! ニーク君、すぐに出かける準備をしたまえ。君も疲れていることだろう、遺跡を探検しようではないか!」
と話しかけてきた。
遠足前の小学生のようにウキウキしているブルートを僕は死んだ目で見つめた。疲れているから遺跡探索ということの意味が分からない――がよく考えると、ブルートは十年程前Instructionlessと丸二日格闘していたのだった。ブルートにとって遺跡探索は労働のうちに入らないのだろうか。僕を誘ったのは純然たる好意か、それとも遺跡探索に関してはパズル庁で最も慣れている一人だからか。ブルートに悪意なんてあるわけがないのだから、その両方だろう。
その時僕に天啓が舞い降りた。遺跡に入ったら「僕は入り口を警戒しますね」とか何とか言って休息すれば良いじゃないか。入り口に一人置いておくのは、戦略という点において決して間違っているとはいえない。入り口で情報を整理するとか、パズルに追われて入り口に逃げてきた人に加勢するとか、入り口に強力なパズルがたむろして遺跡から出られなくなることを防ぐとか。いざというときには、外に出て助けを求めることもできる。少人数のパーティーには無縁の役割だが、実に合理的だ。
「遺跡ですか?」
「そうだ。ブラン君が久しぶりに姿を見せたと思ったら、ヘイヤ平野に謎の遺跡を発見したと言うじゃあないか! これから私たちは、その遺跡を探索することにした! 既にオミナス君たちは行くと決めている」
オミナス君たち、という言葉にはきっとグリンとナナが含まれているはずだ。充分な戦力がいるのなら、僕が休憩――じゃなかった、入り口を担当してもあまり問題は生じないだろう。それにブランが来たというのも気になった。共に調査団に所属していたよしみなのだし、久しぶりに顔を見たいという感情はある。
そんな打算や感情の末、僕はブルートの提案を承諾することにした。パズル庁のトップ、即ち僕の上司は形式的には国王が務めているが、ブルートの言葉に従ったのなら、仕事を中断したなどと文句は言うことはないだろう。
「良いですよ。準備するので少し待ってください」
疲れた体を奮い起こし――急がば回れならぬ、休みたければ今は動けということか――装備を整えた。とはいっても、ほとんど時間はかからなかった。パズル庁がしばしば行う珍しいパズルの収集は、大抵僕が担当していたからだ。収集は研究のために依頼されて行うもので、行政のサービスの一環だった。調査団に入る前は各地を冒険していた身である僕は実戦には比較的慣れているから、役割分担としては妥当だった。
武器である鉛筆を身につける。予備の鉛筆も。探索に必要になりうる道具が詰まった鞄を肩に掛ける。魔法で動く通信機——割合高性能なもの——も忘れずにポケットに入れる。問題なし。眠気以外。
ブルートと共にパズル庁の裏口に着くと、そこでは既に五人の人物が待っていた。
「元気そうで何より――と言おうと思っていたけれど、そうでもなさそうね」
ブラン=アルカ。会うのはかなり久しぶりだ。容姿は十年前からあまり変わっていない。
「CaSPの後始末に追われているんですよ。調査団は今も活動してるんですか? そうなら手伝ってくれればよかったのに。転職してもいいくらいですよ」
「王国に縛られない組織として、自由にやってるわ。ま、本当の大事には駆けつけるから心配しないで頂戴。あと、ここよりははるかに激務だと思うわよ」
僕は肩をすくめた。
「ノワルは元気ですか?」
ノワル=アルカはブランの双子の姉妹だ。見た目はよく似ていて、ブランとノワルという、白と黒を意味する名前に反して二人とも黒髪だ。
「勿論。今は件の遺跡の前で私たちを待っているはずよ」
遺跡探索を含む世界の冒険には危険がつきものだから、二人が元気であることを知り嬉しさがこみ上げる。それは疲れた僕の肉体に少しばかりの活力を与えた。
「ニークさんも同行されるんですね。心強いです」
ナナ=ヴェアードの純朴な言葉を受け、僕は少し目を伏せた。僕に遺跡探索の実力があるのは確かだが、休憩したいと言う真意がある以上素直に肯定するのは気を咎める。オミナスとグリンは、僕に構わず話をしていた。仲が良いことだ。
ブルートが皆を見回して、手を叩いた。
「これで全員揃ったな! 出発しよう!」
ブルートに続き、ブラン、グリン、オミナス、ナナと順に外に出ていく。グリンはスキップでもしそうな勢いだ。遺跡探索が楽しみなのだろう。
僕はそれに続こうとしたが、振り返った。
「行かないんですか? ――クラーケンさん」
七人目の人物であるクラーケン=ブロッサムは壁に寄り掛かったまま、何か考え事をしていた。そもそも同行者というのが僕の早とちりで、彼はただの見送りなのだろうか。そう思い始めた時、クラーケンは急に早足で歩き始めた。僕は急いで、その後を追った。