僕――へやわけは、イランドの、半日前にあったという話を聞き終えた。
「あなたが、僕を、いや、ニーク=レキシカを助けた……」
「思い出したかい? 君の記憶の奥底には残っているはずだ。君の意識はニークから構成されているからね。私は、二体の規格外パズルに襲われて絶体絶命のニークの窮地を救った。これはたまたまだ。ヘイヤ平野の地下の遺跡を、私は拠点の1つとして利用していたんだ。外から轟音が響いたもんだから見に行ったら、地上付近の通路が崩れていた。
私はニークを一つの実験に利用した。CaSPはパズルの魂を取り込んで、新しいパズルを生成する。簡単なパズルなら簡単なパズルを、難しいパズルなら難しいパズルを出力する。
あの後、パズラーバ王国の周辺に規格外パズルが大量に現れた。避難している王国民はまだしも、パズル庁は大混乱。CaSP担当のオミナスとグリンとナナの三人はクラーケンのところに出かけてる。だからその隙をついてCaSPに侵入して、ニークを入力してみたのさ。そうしたらびっくりしたよ。ニーク=レキシカだから四角に切れでも出てくるかと思ったのに、実際はへやわけ――
イランドがしたことを、僕は理解し始めてきた。
「でもそのへやわけはとんでもなく特殊――規格外だった。難しさじゃない。大きさでもない。へやわけ自体は5×5で、らくらくではないもののすぐに答えが見える代物だ。
遺跡に行くことになった十人のうち、イランドとキサと僕を除くと残るのは、ブルート、クラーケン、オミナス、グリン、ナナ、ブラン、ノワルの七人。――ヘイヤ平野に向かう途中でニーク=レキシカが会った、または思い浮かべたメンバーだ。この世界にはニーク=レキシカの直近の記憶が強く反映されているのだろう。
「では、何故連続猟奇殺人が始まったのか? これは私のせいだね。私とキサはへやわけの中にいる。遺跡の入り口で別れた後、私とキサは一旦元の世界に戻った。そして、パズル庁から遺跡に連れて帰って看病していたニークに、へやわけを解くよう依頼した。ニークは困惑していたよ。「このへやわけをゆっくり解いてくれ。でも最後の黒マスは途中までしか塗らないでくれ。あと、このへやわけを詳しく調べないでくれ」という奇妙な頼みをされたんだから」
ニークは言われた通り、最後の一マスを塗りきらなかった。だから、僕はグリンを殺し切る前に、それがグリンだと気がついたのだ。真犯人がニーク=レキシカであるというのも、現実世界で僕――へやわけを解いていたのがニークだったからなのだ。
「私は段々と状況を察した。遺跡は、現実にあって私が利用しているものとは入り口の部屋以外はまるで異なっていた。それは恐らく、ニークが見た場所だからだろう。連続猟奇殺人の真相、誰か殺したとかは、自分で調べて推論した。勿論理詰めではなく、直感と試行錯誤でね。
さて、面白いものを見せてくれてありがとう。実のところ、この推理を披露すること自体に大した意味は無い。でも、連続猟奇殺人の真相を披露するなんて、私の探偵としての人生で初めてのことで、だからやってみた。
君は後黒マスを一つ塗られれば死ぬ、瀕死の状態だね」
イランドは、僕を殺そうと――解こうとしているのだろうか。
「この世界の中で君を害しても意味が無い。もう出て、私の手で塗ろうかな。最後の一マスをね」
僕は、どうすれば良いのか分からなかった。イランドの言っている内容が全て正しいと、出鱈目ではないと、僕の心が理解している。
何が悪かったのか。僕の落ち度は――生まれてきたことだろうか。へやわけとしてCaSPから生を授かった時点で、生きる権利なんてなかったのだろうか。あるいは、解かれることこそがパズルの存在理由なのだろうか。
――CaSPは、パズルを殺すために生む、残酷な機関だった。
「じゃあ、戻るとするよ。現実世界にね。今までありがとう」
そういうとイランドは、姿を消した。
――――――――――――――――
気がついたら、あるいはずっと前から、僕は遺跡の中に拘束されていた。人はパズルを解くとき、パズル以外を見ていない。視界のうちにあっても、意識のうちにない。それと同じだった。僕は最初から拘束されていたが、それが意識に上っていないだけだった。僕の世界の中のパズル庁で仕事をしている時も、ブルートたちと一緒に遺跡に向かっていた時も、その中で連続殺人に遭遇していた時も、必死に推理していた時も、イランドの解決編を聞いていた時も、ずっと僕はここにいた。
現実の、ヘイヤ平野地下の遺跡だろう。壁は煉瓦模様だった。
僕のすぐ近くには、二人の人物がいた。一人目は全身の傷を手当てされて横になっている、ニーク=レキシカ。分厚い布に腰掛けている。ベッドのような気が利いたものは無かった。僕――へやわけが動いたのに気がつき、ニークがこちらを見た。その目を見て、僕は思い出す。遺跡の入り口で、扉が閉まる直前に見えた目だ。ニーク=レキシカは解き手として、終始僕の世界を見下ろしていた。あの世界の中でイランドの発信器の信号が入り口にあるものから順に消えて行ったのは、世界がへやわけの遺跡だけに縮小していったからだろう。パズル庁もそれで消えたから、僕の通信機は動作しなかった。当然、遺跡の入り口の扉はびくともしない状態へと変わった。
二人目が、イランド=ハニーアだった。僕の側の椅子に座って目を閉じている。その隣にはもう一つ椅子があった。キサが座っていたのだろうか。キサは、事件の途中からいなくなった。世界を離脱したのだろう。
イランドが目を覚ました。イランドにとって、あの世界は夢のようなものだったのだろうか。
「よく眠れましたよ。へやわけは……黒マス一つ分だけ残っていますね。ありがとうございます」
イランドは柔和な表情で丁寧な言葉遣いを用いていた。そう言えば、これが探偵イランド=ハニーアの普段の口調だった。だから僕の世界の中でイランドにあった時、その口調に違和感を覚えて別人ではないかと疑ったのか。
「本当に、こんなことが報酬――依頼の対価で良いんですか?」
ニークが遠慮がちに問う。
「十分すぎる働きですよ。このパズルは少々特殊なんです」
不思議そうな顔をしたニークにイランドが続ける。
「一応、これに関しては秘密でお願いしますね。それも依頼の対価の内ということで」
「分かりました」
ニークは素直に受け入れた。イランドはニークの命の恩人なのだから、依頼の対価云々は方便にすぎないだろう。
入り口の扉が開き、キサがやってきた。イランドに手話で状況を伝える。
「ふむ。どうやら、地上には強大なパズルがたくさん発生しているようですね。CaSPが暴走して、規格外パズルを大量に生成しているのでしょう。まだ暫くは、ここにいるのが得策ですね。遺跡の中に規格外パズルが現れても、数体であれば私とキサでどうにかできますし。出入り口は複数あるので、閉じ込められることもないでしょう。
とりあえず、ニークさんはキサと一緒に遺跡の奥の方に移動していてください。一番露出している遺跡の出入口はここですから、規格外パズルが律儀に道を通ってやってくるのなら、最初に危険になるのはこの場所です。まあでも、規格外パズルは街に向かうでしょうから、多分杞憂で済むでしょう」
ニークは、既に歩くことが出来るほどまで回復しているようだ。元々、深刻な傷は特になかったのだろう。
キサとニークは部屋を出て行った。僕とイランドだけが残される。
「さて」
イランドが僕を見た。
「聴覚に類するものはあるのかな。まあ、聞こえてなくてもいいか」
イランドの言葉遣いは、僕の世界の中にいた時と同じものに戻っていた。最早僕に発声器官はないから、イランドと会話することはできない。キサと異なり人間ではなく、拘束されたままだから、手話もできない。ただ黙ってイランドの話を聞くしかなかった。
「人がパズルを解くのは、パズルに人生を投影しているからではないか。理想の人生を送ることとパズルを解くことは類似している。そんな事を君の世界の中で私は話したが、これには続きがあるんだ。
人には個性がある。好きなものも嫌いなものも、出来ることも出来ないことも三者三様、十人十色だ。全員に共通することなんてない。勿論心臓は全員にあるけれど、人生の行動への直接的な影響は乏しい。
人がパズルを好むのは、それ故なんじゃないだろうか。パズルにはルールがある。変種だって、そのルールが少数派であるというだけ。人が多種多様な存在であるからこそ、ルールというものが明確に存在するパズルを人は求めるんだ。
パズルを解く行為とは、ルールの存在を再確認する行為に等しい。例えばヤジリンを解いた時は、よしよしこれはループが分岐していない、矢印の先の黒マスの個数は矢印の横にある数字に等しい、その他諸々を含めヤジリンのルールを守っているな、と実感するわけだ。
かくして、人々がパズルを解き、パズルが人に解かれるこの社会が出来上がった。パズラーバ王国だ。
CaSPの解析報告書――私はパズル庁に侵入した時に見た――や調査団は、規格外パズルや凶悪性パズルのルールを明示する役割を担っていた。パズルとしては高難度でも、それを解くことはやはりルールの存在を再確認する行為の一つにすぎないんだ。
その点でInstructionlessは、CaSPや調査団の天敵だったね。というより、それらの手に負えないものがInstructionlessと言った方が正確か。オミナスとグリンとナナはクラーケンのもとで、Instructionlessに対しCaSPの外部端末を利用したんだろう。その結果、CaSPの解析報告書の情報がパズル庁にも届いていたが――酷い文字化けをしていた。10年前の調査団だって、ブルートを誘拐する程度にはInstructionlessに追い詰められていたね。何にせよ、CaSPの解析と調査団の調査は、人々がパズルを解く前にルールを明らかにするためにある。
さて、ここからが本題だ。
私は言ったね。君の世界の中で起きた連続猟奇殺人の本質は二つあると。そのうちの片方は、〈死体に施されたパズルの見立て〉だと。それは、事件そのものがへやわけであることを示唆していた。
あの事件の本質のもう片方は、〈パズルの見立てを施された死体〉だよ。
パズルは、〈理想の人間〉だ。死体は、人生を終えた人間だ。
これらをあわせると――
〈パズルの見立てを施された死体〉は、〈
死んでパズルに見立てられることは、人がパズルに変身したも同じだった。ブルートが言っていた、片目が潰されて三次元から二次元に、というのはあながち間違いじゃなかったね。
イランドは話を終えた。鉛筆を持ち上げ、僕に近づいてくる。解くのだろう。最後の一マスを塗るのだろう。
そう、イランドは――詰めが甘かった。
直後、僕の体は急速に膨張した。
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僕はCaSPの開発者の一人であるニーク=レキシカの記憶を持っている。だから、CaSPについては詳しかった。そのため、僕が生成された経緯も想像がついた。
CaSPの本質は、魂の流用だ。収集したパズルの魂から、新たなパズルの魂を生成する。出力された魂には、それ相応の実態が伴っている。パズルの盤面の情報量は少ない。様々なルールは、盤面において現実を単純化する役割を果たしているためだ。現実の単純化。「理想の人生」。
ではそんなCaSPに、ニーク=レキシカという膨大な情報を入力したらどうなるか。それがイランドの試みだった。実際ニークは死んでいないから、入力されたのはせいぜいニークの精神の切れっ端だろう。
そしてその記憶が、へやわけを形作った。人の記憶の情報量は、パズルの盤面の情報量とは比較にならない。生まれたへやわけは、内に世界が形成された。〈ニーク=レキシカがその時点で把握していた情報〉をもとに。
だからそのへやわけ――僕はイランドに解かれるぐらいならと、実行した。
人の記憶の情報量は、パズルの盤面の情報量とは比較にならない。強引な変換によりその大部分を失っても、パズルとしては膨大な力になる。
僕の盤面は飛躍的に拡大した。イランド=ハニーアが隠れ家の一つとして利用していた地下遺跡――その天井は木っ端微塵に吹き飛んだ。イランドは慌てて退避した。
ヘイヤ平野の一部が崩落する。立ち込める土煙の中から、僕は姿を現した。5×5の小さなへやわけに過ぎなかった僕は、規格外パズルとして
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解析報告書
hey[awake]
HP:3 ATK:4
パズル解析完了。以下に解析結果を出力します。