移動するへやわけによる地響きを聞きながら、私、イランド=ハニーアは溜め息をついた。そして、蜂の髪飾り――に偽装した変種ハニーアイランドを外して手のひらに転がした。そのまま迅速に解き終える。
この行為には意味がある。それは、このパズルが解かれたという情報が所属する巣に送られることだ。より直接的にいえば、巣を成しているパズルが一マス確定する。つまり、遠方への簡単な連絡として機能する。
しかし、この道具には重大な欠陥が少し考えるだけで四つある。
第一に、特殊な使用法があるとはいえ所詮はパズルなのだから、誤って解かれると死んでしまうこと。変種だから解かれにくいとはいえ、パズルだと気づかれればブルートのような全探索好きには解かれる可能性がある。
第二に、使い切りであること。一度切りの合図で用を終えてしまう。
第三に、得られる効果に比して作るのが面倒であること。現状この道具を作ることができるのは世界に一人だけだろう。その一人はイランドではない。
第四に、既存の魔法で代替可能であることだった。魔法による通信機は便利であるとも普及しているとも到底言い難いが、この使い切り脆弱作成困難ハニアよりはるかにましだろう。
結局のところこの道具は、実験の副産物というそれ以上でも以下でもなかった。その実験を主導した唯一このハニアを作成可能な人物は、小さめ――私と協力して準備していた巨大ハニアに比べれば――のハニアに跨った状態で、私の前にやってきた。そして、地面に降り立つ。
「あのへやわけは、あなたが召喚したものでしょう? 感謝していますよ! 魔王様が復活なさるまでの時間稼ぎをするパズルは、多いに越したことはないのですから。勿論、あのへやわけが人々の心に闇を生むこともあるでしょう」
魔王軍幹部――恐らく幹部だろう――は心底嬉しそうな口ぶりだった。
「へやわけが巨大化したのは完全に予想外ですよ。私は一歩間違えれば生き埋めでした」
遺跡の耐久に感謝するしかない。でもあのへやわけは命を賭していたと考えると、私の掛け金も同様に命であったのは妥当なのかもしれない。
「あなたの貢献は十分です。イランド=ハニーアさん、正式に魔王軍に入りませんか?」
「遠慮しておきます。非正式にも魔王軍に入った覚えはありませんし、私は君たちの手段には賛同しかねますから。そんなことより、例のハニアの進捗の方が気になるんですが。ぐんたいありと一緒にニークさんを襲った時、少し解かれてませんでした?」
「解かれた部分は消しゴムで消しましたよ。ぐんたいありも、ニークさんに動かされたアリは元の位置に戻しておきました。今頃は街で暴れている頃合いでしょう」
私とこの魔王軍幹部は、協力してニーク=レキシカを誘拐した。正確には、〈ヘイヤ平野南部の、緊急のパズル収集依頼に応じたパズル庁職員〉を。当然依頼は偽装だ。たまたま通路がぐんたいありによって崩落して、たまたま地下の遺跡にいた私が助けに来るなんて偶然がすぎる。パズル庁職員の誘拐は、CaSPに侵入する上での大きなアドバンテージとなった。自然な流れでパズル庁のセキュリティに関する情報を聞き出すことができたからだ。
この遺跡は、地上付近に長い通路がある。へやわけの内部でオミナスが披露した推理は大体合っていた。ニークが通路の上付近にいるタイミングで、地下からぐんたいありを出現させ、ニークを囲ませる。その際、遺跡の通路が露出するようにする。ぐんたいありだけでは心許ないから、巨大ハニアの中央マスも出動させた。かくして追い詰められたニークを、露出した通路から現れた私が颯爽と助けたというわけだ。茶番もいいところだが、これで禍根は残らない。
魔王復活の一助として、巨大ハニアを制作したい魔王軍幹部。魔王軍の力を借りても良いから、ハニアの可能性を探りたい私。奇妙な利害の一致によって、私とこの魔王軍幹部は協力関係にあった。私が魔王の信奉者と繋がっている、という推理も間違ってはいなかった。
「ハニアは先程完成しました! あなたの協力のおかげです。魔王様の居場所はじきに特定されてしまうでしょうから――十年前の魔王城の場所ですからね――その際に投入します。今からに試運転に行きますよ。基となったパズルの製作者であるコロリエさんに敬意を払い、コロリエさんの故郷で暴れさせます!」
私は深いため息をついた。
「順調ならそれで良いですよ。でもそんな卑劣なことを考えているから、魔王軍は二度も失敗したんじゃないですか」
「あなたに言われる筋合いはありませんね。それに、今回こそは成功します!」
そう言って、魔王軍幹部はハニアに乗って空に上がっていった。私の髪飾りと対応していた巣を、もう要らないからか投げ捨てたのが見えた。大丈夫だろうか。発見されて巨大ハニアの模擬戦として利用されないか――というのは杞憂か。
もう会うことはないだろう。巨大ハニアは、あの魔王軍幹部の遺作となるに違いない。
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巨大なへやわけとなった僕は、どう行動するべきか決めかねていた。街に行って、人に危害を加えようとは思わない。かといって、帰る家もない。
自分の体を見る。50×30のへやわけとなった僕の盤面は、左上、右上、左下、右下の四つの領域に分かれていた。ニーク=レキシカ。これは〈しかくにきれ〉の並び替えではあるのだが、伸ばし棒の存在を踏まえると、〈きれーにしかく〉にも並べ替えられる。僕が〈綺麗に四角〉に分かれたへやわけになることを示唆していたのだろうか。
そんなわけはない。ニーク=レキシカは僕の名前ではないからだ。自分がニーク=レキシカだと思い込み、偽のパズル庁で働いていた時の思考が想起される。
『僕の名前はニーク=レキシカ。親は子の名前を軽々しくつけるべきではないということを、僕は日々実感している。ニークというファストネームはまあ平凡だ。レキシカというファミリーネームも、遠い先祖が歴史を好んでいたとすれば自然なものだ。けれどそれらが合わさってニーク=レキシカになった途端、かの有名パズル「四角に切れ」のアナグラムになってしまう。いずれにせよ僕の名前は昔も今も未来もニーク=レキシカだ』
全部間違っていた。ニーク=レキシカは、僕の名前ではなかった。僕は、名前すら与えられていない、ただのへやわけだった。
僕を必要としている者はいる。魔王軍だ。ニーク=レキシカがぐんたいありとハニアに襲われた時、ハニアの上から声をかけられた。潔く魔王様復活の礎になることをお勧めします、と。
つまり、今頃魔王は復活しようとしているのではないだろうか? 別の根拠もある。僕のへやわけとしての感覚に過ぎないが、僕の力が、ある方向に少しずつ吸い取られている気がするのだ。その方向で、魔王が復活しようとしているのではないだろうか。即ち、CaSPの暴走による規格外パズルの大量発生は、魔王軍の戦力増強と同時に、魔王復活の力を供給するためだったのではないだろうか。
僕は、方針を決め、魔王がいるであろう方向に進み始めた。
――でも、その僕の判断は遅過ぎた。あるいは、パズル庁の行動が迅速だったのか。いずれにせよ、現実は無情だった。討伐隊が、僕に追いつく。その先頭は、臨時の小隊長コロリエ=ディビドー。
「気合でとけー」というコロリエの声が聞こえた。
戦闘は一方的――少なくとも、僕からすればそうだった。臨時に組まれたであろう討伐隊はしかしやる気に満ちていて、生き生きとしていた。一方で僕は、その人たちを積極的に害そうとすることはできなかった。多くが、ニークの記憶にある顔だった。死にたくなかった。逃げられなかった。傷つけたくなかった。手詰まりだった。袋小路だった。
人とパズルの非対称性。人はパズルを解くが、パズルは人を解かない。パズルは、人に解かれるためにある。人は、パズルに解かれるためにあるわけではない。パズルは人の道具に過ぎなかった。
パズルをそんな存在から解放することが、魔王による人類滅亡の最終目的なのだろうか。人類がいなくなったら、パズルは平和に暮らせるのだろうか。思いを馳せるが――少なくとも、その未来に僕はいない。
斑点のような黒マスに体を覆われた僕は、コロリエの一撃で力尽きた。
正解です!
『ハニア探偵六角形』終。