一行を先導するのは、遺跡の正確な場所を把握しているブランだ。ヘイヤ平野にある遺跡への道すがら、皆は雑談に興じた。最後にパズル庁を出た僕だが、歩くときはブランの隣で先頭にいた。王国近くの広野でパズルの奇襲も何も無いので、ただブランと話したかっただけだ。
ブランからは興味深い話を聞くことができた。噂には聞いていたが、行方をくらましていた調査団は現在も活動しているらしい。魔王の出現によって行われた人類存続キャラバン及び調査団の結成は、個々に世界を冒険していた人が集まるきっかけになり、その表向きの解体後は、協力して探索をするようになった。CaSPが暴走したという報を受け王国に戻ったときには、既に主だった戦いは終わっていたそうだ。仕方ないからまた王国を離れてようとした矢先に、たまたま件の遺跡が見つかったんだとか。王国の周辺はすでに探索し尽くされていると思っていたが、まだまだ未知の遺跡をいうものは眠っているらしい。
遺跡の入り口は遠目でもすぐにそれと分かった。何故なら、三人の人物が穴のそばに立っていたからだ。
一人目。じっと佇んでいる。
二人目と三人目は会話をしていた。険悪そうな雰囲気ではない。距離が縮まると、その片方はノワルだと判別できた。ノワルの顔を見るのは随分と久しぶりだが、顔が類似しているブランが僕の隣にいるのだから間違えるはずもない。
ノワルと話している人物の髪に大きめの蜂がとまっていることに気がつき、僕はギョッとした。けれども、その蜂はピクリとも動いていない。――違う、髪飾りだ。紛らわしいにも程がある。
「ブラン!」
ノワルがブランの姿を認め、嬉しそうな声を出した。
「遅くなってごめんなさい。そっちの方はどなた?」
蜂の髪飾りをつけている人物が答える。
「私の名前はイランド=ハニーア。探偵だよ」
――――――――――――――――
「ブラン達を待ってたらイランドさんがやってきて、遺跡を探索しようとしたの。だから、ブランとブルートさんが来るまでは入らないように言ったの。二人だと危ないから」
ブランが状況を説明する。
「私は何も、自分の遺跡探索の腕が心配だから待っていたんじゃない。ブルートが来ると聞いて会いたくなったんだよ」
イランドの言葉が言い訳なのか否かは判然としなかった。というか、そこそこ有名な探偵イランド=ハニーアは、もっと丁寧な口調を用いる人だった気がするが。この人物は本当にイランド=ハニーアなのだろうか?
「それは光栄だ!」
ブルートは嬉しそうだ。イランドとブルートは歓談を始めた。
「あの人って誰だったっけ」
グリンがナナにヒソヒソ声で聞いている。
「この前の第四回ハニーアイランド早解き大会で優勝してた人だと思いますよ」
オミナスがハッとした表情を見せた。
「それ、僕が出た大会だ! よく分からなくて全然解けなかったんだけど……。あそこにいるのって、もしかして助手かな。確か、サキとか――」
「キサ=へゴンさんじゃない?」
どう考えてもヘキサゴンのアナグラムだ。僕の名前ニーク=レキシカとは異なり、ただの芸名に過ぎないのだろうか。イランドとキサに対する僕の印象は少し悪くなった。
「そうだ! 二人揃ってハニアっぽい名前だなあ、とか思ったっけ……」
グリンは話についていくことが出来ず不満そうだ。
僕は、その人物キサ=へゴンに話しかけてみることにした。
「こんにちは。間違っていたら申し訳ありませんが、キサ=へゴンさんですか?」
『はい』
手話で肯定された。ナナの記憶は正しかったようだ。そこで会話は途切れた。どう話を続けるか思いつく前に、ブランがブルートを急かした。
「ブルート、行きましょう。話す時間なんてまだいくらでもあるんだから」
「そうだな! とりあえず遺跡に入ろう!」
ブルートは、躊躇なく穴の中に飛び込んだ。さすがに危険ではないかと思ったが、穴を覗き込むと、地下数メートルのところに通路があった。おそらく人工物だ。僕もそこに降り立った。
「こっち」
ノワルが道の片方を指差した。
「この先に遺跡があるの。逆方向も行ってみたけど、行き止まりだった」
既に偵察済みのようだ。
一行は僕が殿となって道を進む。流石にこの場所に昔から穴があって誰も見つけていなかったとは思えないから、つい最近穴が空いたのだろう。何故、この道に穴が開いて地上に露出したのか。自然に崩れたのか。あるいは規格外パズルの影響か。何かのパズルが関係している気がするが、眠気のせいか思い出せない。
洞窟のように曲がりくねる道にはいくつかの横道があった。イランドが、たまに小さな石を落としている。元々調査団に属していた僕には分かった。あの石は道標だ。僕たちはブランとノワルがいるから必要ないが、イランドとキサが単独で帰る際には、あるに越したことはないだろう。そんなイランドにオミナスが話しかける。
「イランドさん、ハニアってどうやって解くんですか?」
「細かいテクニックは色々とあるが、沢山解いて自分で感覚を会得するのが近道だね。大前提は、理詰めを試みないこと。ハニアが苦手な人のほとんどは、試行錯誤を過度に恐れているだけだと私は思うよ」
「でも、理詰めで解く方法って本当に無いんですか?」
「全探索を理詰めに含めるなら、あるね。でもそれができるのは、問題にもよるがブルートぐらいだろう。パズルを解く上で、理詰めに拘泥するのは得策でない。これはハニアに限らずあらゆるパズルに言えるね」
そこにナナが口を挟んだ。
「イランドさん、でも、パズルは理詰めで解いた方が楽しいと思います。早解き大会の場とか、どうしてもパズルをすぐにでも討伐しないといけない時とかは例外かもしれませんけど。色々な手筋を覚えたり、作ったり、共有したりする楽しみは、理詰めに拘泥するからこそ生まれると思いませんか」
「別に否定はしないよ。私は、理詰めをするなと言っているわけじゃない。そうだね、理詰めに関する私の考えを述べよう。少し長くなるけれど。
理詰めという行為の本質は、パズルの再生産だ。論理的に付加された新たな情報は、最初から表出されているものと何ら変わりない。仮置きもそうだ。「Aと仮定したらBが得られた」という結果は、「「AでありかつBである」ではない」という情報を得たに過ぎない。パズルが黒い箱だとすれば、それを外側からちまちまと切り取っていく、それが理詰めだ。時には、表出の影響が狭いパズルで、盤面が事実上複数に分かれることがある。その時も大して変わらない。黒い箱がバラバラになっただけだ。愚かだと思わないかい? 理詰めに固執する者が前にしているのは、常に黒い箱の表面だ。恐れているんだよ。箱の中を。中に飛び込んで、溺れることを。その勇気を持たなければ、箱の中の景色を見ることは永遠にできないというのに」
イランドは、かなり理詰めを嫌っている――というより、試行錯誤を好んでいる様だった。
「箱の表面と、内側……」
オミナスが呟く。一方で、ナナは反論を試みた。
「その例えは、適切でないと思います。「黒い箱」という表現は、中身、即ち解答が一見して分からないというパズルの特徴を、表面が無機質であることにすり替えていませんか? 実際はその箱は、様々な装飾が施されているんじゃないでしょうか。先人が開拓した手筋や、自分が見つけた手筋や、まだ誰も発見していない手筋です。それをじっくり観察することも、パズルの醍醐味だと形容できると思います」
「はは、鋭いね。でもその装飾は、制約の裏返しじゃないかな。手筋が手筋足り得るには、厳密な論理性が求められる。箱の内側の自由度とは比べ物にならないよ。手筋を適用するときには、それが成立しているか吟味する必要があるだろう? でも試行錯誤はそうでない。黒マスを適当に置いても、線を適当に引いても、それは決して間違いじゃないんだ。そっちの方が、自由にパズルを解いていると思わないかい?」
「試行錯誤が苦手な人が多いのは、まさにその自由さが原因ではないでしょうか」
「簡単だとは言わないよ。でも、やって失敗するのとやる前から尻込みするのは違う。試行錯誤は練習すれば上手くなる。手筋の発見が整備された道を張り巡らせる行為なら、試行錯誤の上達は獣道を形成していく行為だ。明確な道標はない。でも、より感覚的ではある。スリザーリンクとハニーアイランド、パズルを初めて解く子供にはどっちが向いていると思う? 私は後者だと断言するよ。手筋を覚えて適用するなんて、実に主体性の乏しい行為じゃないか」
ナナが何か言いかけたところで洞窟のような道は終わり、下へ続く階段へと変わった。話が中断される。この先に遺跡があるのだろう。この階段も遺跡の一部と言って良いかもしれない。一応周囲を警戒するが、特にパズルの気配はない。苔むした壁をよく観察しても、紛れているぬりかべは見つからなかった。
少し進んだところで階段は行き止まりに達した――かと思ったが、正面には分かりにくいが扉がある。完全な人工物だった。
「この先だろう。念のため、用心するように」
先頭のブルートが振り返り、注意した。扉の向こうで、大量のパズルが待ち構えている可能性は排除できない。その点では、最後尾にいるため扉から最も離れている僕が一番気楽な立場だった。
ブルートが扉を少し動かした後、手前に引いていく。遺跡の中から階段に光が差し込んだ。内部は階段に比べ明るいようだ。僕の位置からは扉の向こうはよく見えなかった。
中を確認したブルートの合図で、一人ずつ扉を通っていく。それに続いて扉を抜け、すぐに振り返って扉を閉めはじめる。開けておく必要性はないだろう。僕たちに気づかれないうちに、凶悪性のパズルが外に出る事は避けたい。扉はかなり薄い上もろそうな材質だから、歪んだり鍵がかかったりしても容易に蹴破ることができるだろう。扉を閉めながら、たった今降りてきた階段を見上げた。上方は真っ暗で何も見えない。階段の一番上は通路なのだから、地上の光がここに届くはずもない。完全な闇。扉が閉まる直前、遥か上で誰かの目が光った気がした。