ハニア探偵六角形   作:saki@ssssaaakkkiii

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1.3 平穏な時間

 遺跡の中は、思いの外広い空間だった。天井までの高さは、五メートルはありそうだ。天井が高いからこそ、少し深い場所に作られたのか。さらに、壁にはいくつか扉が見える。このような空間が複数あるのなら、小さな遺跡ではないだろう。壁は煉瓦模様だった。微かな既視感を覚えたが、煉瓦模様なんて遺跡どころか街の建物でも珍しくない。勿論、たわむれんがという煉瓦模様のマス目のパズルもある。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 目を引くのは、ところどころにガラクタの山のようなものがあることだった。この遺跡に通じる穴はつい最近空いたと思われるから、人がゴミを廃棄したとは考えにくい。もしかすると、貴重な古代の遺物かもしれない。

 僕がそんなことを考えている間に、前方では戦いが起きていた。数体のへやわけだ。皆は既にパズルを解き始めていたが、それに僕は加わらなかった。何かあれば手助けするつもりだが、その必要はなさそうだ。そもそもここにいる人は、パズラーバ王国において個人のパズルの解き手としては最高峰である。魔王軍と戦う際は国民から戦う者を募ってはいるが、今はその助力がなくとも問題なかった。

 一応、遺跡の入り口や壁を眺める。パズルを警戒してのことだ。パズルが壁に扮していることは珍しくない。しかし何も見つからなかった。あたりを見回すと、僕と同様戦いに参加していないイランドとキサが目に入る。

「イランドさんは解かないんですか? 折角の遺跡探索ですよ」

「私は、遺跡のパズルを楽しむためにここにきたんじゃないからね。君こそ、いいの?」

 僕は肯定した。そして気になっていたことを尋ねる。

「さっきのイランドさんの、「手筋を覚えて適用するなんて、実に主体性の乏しい行為」という言葉、後ろで聞いていて思ったんですが、学習と実践というのは、人生においてごく当たり前の行為ではないでしょうか。例えば僕が立ったり歩いたりできるのは、赤子の時から大人をを見て、その技能を会得したからです。立つことや歩くことに相当するのが、パズルにおける手筋ではないでしょうか」

 イランドは笑った。

「人生との類似は面白いね。私はこう考えたことがある。人がパズルを解くのは、パズルに人生を投影しているからではないか」

「投影ですか?」

「そうだ。パズルの盤面は、最初殆どが空白だ。それを少しずつ埋めていく。そして最後の一マスに記入したとき、パズルは崩れ落ちる。つまり、正解と判定されるわけだ。本来人生に、正解や不正解なんてない。けれどパズルはそのルールによって、解いた時間を、出来上がった盤面を肯定してくれる。パズルを解き始め解き終えることは、人の一生、それも成功して大往生を迎えるものに類似している。

 でもこれは、所謂理詰めをした時の話だね。試行錯誤は違う。盤面が着実に埋まっていくことはない。少し前の自身の記入を改変することはいくらでもある。今書いているものが、最終的に正解の一部になるという確信はどこにもない。要するに、試行錯誤は理想の人生への投影を発生させないという点で、無意識の内に忌避されるんだ。まあ、あくまでも私が考えた限りのことだけどね」

 そんな話をしている間に、この空間のへやわけは粗方解かれてしまった。早い。パズラーバ王国の個人単位での最高戦力といっても過言ではない顔ぶれであることを、改めて思い知らされる。もっとも、僕も決して劣ってはいないが。眠くなければ。

「弱いわね。もっと強いパズルに会いたいわ」

 グリンの自信満々な言葉が聞こえる。元気なことだ。

 

 ブルートは、皆が集まったのを確認して話し始めた。

「ここからは、自由行動にしよう! この中に、遺跡探索に慣れていない人はいないだろう。あ、イランド君とキサ君は、不安であれば私に同行すれば――」

「問題ないよ。私たちは二人で十分」

 イランドはブルートの提案をすぐさま断った。ブルートは話を続ける。

「ただ、一人で行動するのはやはり危険だ。だから、二人以上で行動しよう! どういう分け方が良いかね?」

 咄嗟に、事前に考えていたことを口に出した。この遺跡には休憩のために来たのだ。ずっと探索することになってはたまらない。

「僕は、ここで待機しています。何かあったときに力になれますし、状況を把握することもできます。危険なパズルに襲われる可能性も、探索するよりはずっと低いでしょう。あと、通信機を持っているのは僕だけですよね」

 誰も否定しない。同じパズル庁のオミナスたちも持っていないようだ。魔法で動く通信機は貴重である上、安定性に欠ける。壊れやすいとか、遺跡によっては妨害されるとか。そもそも助けに来てくれる味方が近くにいないとか。だから、遺跡探索者にとって通信機はお守り程度にしかならない。とはいえ、僕が持っている通信機は王国の中でも最高峰の性能のものだった。それらの欠点は、多少はマシになっているはずだ。

「ニーク君が良いなら、そうしよう! よろしく頼むよ。皆、何か困ったことがあったらここに戻ってきてニークくんの助力を乞うように」

 ブルートが受け入れてくれた。提案ではなく、既に決めていることとして話した甲斐はあったようだ。

「他はどうするかね?」

「アタシたちは、三人だけで大丈夫よ」

 グリンが言った。ダンストたちを含めた六人でやっと易しめの遺跡を踏破していた頃を思えば、成長したものだ。

「あとは私とノワルが組んで、残ったブルートとクラーケンも組む。それでいいんじゃない?」

 ブランの提案で、別れ方は決定した。

 イランドとキサ。

 オミナスとグリンとナナ。

 ブランとノワル。

 ブルートとクラーケン。

 そして、僕ニーク=レキシカ。

 普段から一緒にいるペアばかりの気がするが、安全性や連携という点ではそれで適切だろう。歓談なんて、遺跡を出た後でいくらでも出来るのだし。

 本格的な遺跡の探索が始まった。

 

――――――――――――――――

 

 皆がいなくなった後、僕は、ガラクタの山の一つに近づいた。間近で見て、僕はギョッとした。岩塊や石塊、金属片。そんなものの中に、のこぎりといった刃物がいくつか混ざっていたからだ。さしがねもあったが、パズルではないただのさしがねだった。

 これらは何故あるのだろう? 一番単純な考えは、この遺跡を造った人々が利用したというものだ。遺跡の中には魔法でできたとしか思えないものもあるが、工具で地道に作られたとしても――途方もない技術は必要だが――不思議ではない。ただ僕の懸念は、これらはつい最近持ち込まれたものではないかということだった。実は、この遺跡に入り口が複数あって、今回発見されたのはそのうちの一つにすぎないのだろうか。誰かがここにゴミを投棄していたのだろうか。だとすれば、遺跡の探索中、その人たちに鉢合わせする可能性も――。

 そこまで考えて眠気はすぐに襲ってくる。探検中に睡眠をとることは、調査団に入る前は幾度となくあった。パズルに襲われても、あるいは誰かに助けを求められても、すぐに目を覚ますことができる……はずだ。こんなことはかなり久しぶりだから自信はないが、いずれにせよ睡魔に抗うことはできなかった。

 

 ――その時、世界が強く揺れた。




 さようなら退屈 こんにちはしっちゃかめっちゃか

 『パズル通信ニコリ 19号』表紙より
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