ハニア探偵六角形   作:saki@ssssaaakkkiii

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2.2 扉

 どれだけの間、呆然としていただろうか。じわじわと、実感が現実に追いついてきた。ブランとノワルは死んでいる。もう、二度と話すことはできない。

 ――そして、二人を惨殺した誰かがいる。

 背後の扉が開いた音が聞こえ、僕は勢いよく振り返った。そこにいるのは、真剣な顔をしたブルートだ。

「ニーク君、どうしたんだ。叫び声が聞こえた気がしたんだが、何かパズルが――」

 ブルートはそこまで言って絶句した。死体が目に入ったのだろう。茫然自失となった僕とは異なり、ブルートが行動するのは早かった。死体に駆け寄る。ブランとノワルが死んでいることなんて、近くで確認するまでもなく明白なのに。

 ブルートはらしからぬ震える声で、しかし即断した。僕と異なり、叫ぶことも、呆然とすることもなかった。

「帰還しよう。ニーク君はすぐに地上に戻りなさい」

 僕はその言葉で弾かれるように空間の入り口に向かった。通路の途中でクラーケンとすれ違う。ブルートとクラーケンは一緒に行動していたはずだから、ブルートの後を追ってきたのだろう。何か声をかけてこようとしたクラーケンを僕は無視した。一刻も早くこの遺跡から出たかった。

 

 入り口の空間にたどり着くと、遺跡の入り口の扉に駆け寄り、力強く押した。開かない。ブルートは遺跡に入る時、扉を手前に引いて開けていた。つまり遺跡の中からすれば、押せば開けられるはずなのだ。改めて精一杯力を込めるが、それでも扉はびくともしなかった。遺跡に入った時に考えたことを思い出す。扉はもろく、力尽くで開けることができるはずだ。僕は全力で扉を蹴ったり、体当たりしたりしたが、扉は軋むことさえなかった。まるで、扉の模様をした壁へと変化してしまったかのようだった。

 閉じ込められた。そんな確かな事実が、僕の前に突きつけられた。

 

 僕は、落ち着くように努めた。出られないとわかった今、焦ってもしょうがない。パニックにならないことが遺跡探索の基本――この異常事態だからこそ、それを守る必要がある。状況を客観的に捉えて、対応を模索するべきだ。

 遺跡に閉じ込められること自体は、経験したことがある。特定の、あるいは全てのパズルを倒すまで遺跡ないし遺跡の部屋から出られないと言うのはままある趣向だ。

 入り口の扉にはかんぬきも鍵穴も無かった。開かないのは遺跡自体の仕掛けである可能性が高い。つまり、パズルを倒すなり謎を解くなりすれば出られるという可能性は十二分にある。

 あるいは、外側から開ける事はできないだろうか――と思い、僕は通信機の存在を思い出した。パズル庁を出る時鞄に入れた、魔法で動く通信機。簡易なものでありパズル庁と通話する機能しかないが、今はそれで十分だ。

 普段通り起動し、口元に近づける。

「ニーク=レキシカです」

 震える声で簡潔に名乗る。しかし、応答はない。通常なら、すぐに返事がくるのに。

「ニーク=レキシカです。どなたかいませんか」

 全く返答は無かった。ノイズすら聞こえない。通信機を見つめる。間違いなく起動はしている。パズル庁側が不在という事はまず考えられない。理由は思いつく。

 遺跡に、何らかの妨害を受けているのではないか。遺跡による通信の妨害は、あり得ない話ではない。遺跡に入ったら通信ができなくなったという話はしばしば耳にする。古代遺跡の持つ技術は未だ計り知れず――それが遺跡を探索する理由でもあるのだが――僕たちの魔法へ干渉する可能性は否定できない。当然、最近開発された通信機に遺跡が対応しているというよりは、内部と外部の魔法的なやり取り全般を妨げているのだろうけれど。王国屈指の性能の通信機のはずだが、使えないのなら仕方がない。

 

 ブルートとクラーケンが入り口の空間にやってきた。閉じ込められたという状況を伝える。ブルートも扉を開けようと試みたが徒労に終わった。ブルートの表情は険しくなるばかりだった。

「全員を探して集まろう。人数が増えれば危険は減る。脱出の方法を探すのはその後だ」

 クラーケンが提案した。

「ブランとノワルを殺した誰かは、まだこの遺跡に潜んでいるんでしょうか……」

 僕の呟きに反応したのはブルートだった。

「パズルが、二人を殺したのではないか。私はそう考えている」

 それは意外な可能性だった。あるいは、未知の遺跡を探索しているという状況を考えれば妥当なのだろうか。頭が十分に回っている自信は無かった。

「パズラーバ王国の住民を、一人一人思い浮かべれば分かる――あんなことをする人はいない。私は確信している」

 ブルートの言葉に満ちているのは、王国民への信頼だった。パズラーバ王国は治安が良く、殺人が起きたことは数える程しかない。物理的には可能とか、そんな事はどうだって良かった。理詰めではなく感覚だ。ブランとノワルの死体の残虐性は常軌を逸している。人間が、あの殺人を行ったわけがない。

「パズルが人を殺した例は絶えない。最初の魔王討伐だって、瓦礫の下敷きになり今も行方不明の勇者が何人いることか……。ブランとノワルを殺したのはパズルだ。私が絶対に見つけて、解いてみせる」

 ブルートが力強く宣言した。

「ブルート。死体の近くにあったノコギリに血がついていた。解体にはノコギリが使われたんだ。殺したのは人間だろう」

 だが、クラーケンはパズルが犯人という可能性をにべもなく否定した。

「私は皆を探して、この場所に集める。ブルートは死体を改めて調べてくれ。二人を殺したのが誰なのかははっきりさせておきたい」

 そう言ってクラーケンはいなくなった。ブルートが眉をしかめる。

 「まあ、二人を殺したのが人であるにせよパズルであるにせよ、その正体を推測することは重要だな。私はクラーケの言うとおり二人をもう一度調べるが、ニーク君は来るかね?」

 「はい」

 僕は肯定した。死体を見たくはなかったが、この状況でブルートと離れたくなかった。

 二人を殺したのはパズルなのか、それとも人間なのか。感覚と現実が相反している。そのしこりを抱えたまま、僕とブルートは再びブランとノワルが死んでいたところに向かった。

 

 すると、その場所には既に――

「やあ。まさか、こんなことが起きるとはね。これは予想していなかったよ」

 イランド=ハニーアがいた。笑みを抑えきれていない。心底楽しそうにブランの死体を覗き込んでいる。側にはキサも立っていた。

「調べるから、どいてくれ」

 ブルートが冷たく言い放った。普段は寛大な人類存続キャラバン団長も、心の余裕はあまり無いようだ。それは僕も同じだったが。

「まあまあ。私は探偵だよ? 今こそ、私の出番だと思わないかい?」

 ブランとノワルの死体の残虐性は常軌を逸していると考えたばかりだが、イランドの行動も大概だった。だからイランドが犯人――というのは短絡的だけれど、死者への冒涜という点では犯人と変わらないのではないか。

「黙っててください」

 僕の言葉にイランドはしゅんとした様子で後退して、壁に寄り掛かった。

 僕はブルートと共に、簡単に状況を調べ始める。

 

 死体は、改めて見ても異様だった。

 ノワルの右手と左手、右足と左足は平行になるように並べられ、全体で長方形になっていた。その内部には胴体があり、その上には頭部が乗っている。ただし胴体は完全に中心にあるわけではなく、少し端に寄って、足に触れた位置にあった。

 また、片目が潰されていた。何かが刺さったような穴がある。目に突き刺せる、尖ったもの――少なくとも、ガラクタの山の中のきりは適しているだろう。あるいは、その気になれば指でも可能かもしれない。やはり犯人は人間なのだろうか。ブランの死体もノワルとほとんど同じだった。その潰れている片目も含め。これには、どのような意味があるのだろう?

 二人の死体は、空間の中央を中心に対象な位置にあった。これは偶然なのだろうか。対象。点対称。ここで僕は、再び夢の中の出来事を思い出した。夢の中では、死体の位置は現実とは異なっていた。夢の中のノワルの死体と、現実のノワルとブランの死体の位置を合わせると、長方形の三頂点をなすような気がする。いや、正方形か? 長方形。正方形。四角。四角に切れ。シカクニキレ。ニーク=レキシカ。偶然だ、偶然。

 あの夢は、予知夢のような何かだったのだろうか。この遺跡でところどころ感じる既視感。僕はこの遺跡に来たことがあるのか。夢が記憶から形作られるとしたら、記憶が組み合わさって結果的に予知夢を形成した可能性も――。いや、この遺跡に来たことがあって、それを覚えていないというのはありえない。

 考えても埒が明かない。死体の周辺も調べることにした。

 まず、空間の中央では二本の指が平行に並んでいた。確認すると、ブランとノワルの指だった。血塗れだったため気がつかなかったが、二人の左手はいずれも薬指が欠けていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 次に、切断に使われたと思しき血塗れののこぎりが、ガラクタの中に見つかった。クラーケンが見たのもこれだろう。凶器は、現場で調達したのだ。そしてそれらののこぎりは、丹念に調べたがパズルではなかった。

「犯人は人間でしょうね。のこぎりを使って人を切るとか、鉛筆を人に突き刺すとか、そんなことをパズルはしない――仮にしたとしたら、もうそのパズルは人と大差ありませんよ」

 僕の投げやりな言葉に、ブルートは沈黙でもって肯定した。その様子を見て、しばらく無言だったイランドが口を開いた。

「「犯人」という言葉自体、人という意味を含んでいるじゃないか。まあそれはどうでもいい。はあ、君たちは気が付かないのかい? この死体は装飾されている。意味付けだよ。まあつまり、結論を先に言うと――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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