「この空間の中心には二本の薬指。いずれも左手のもの。そう、連想されるのは勿論
手足だってそう。長方形の対辺は平行かつ等長で、それを二本ずつの手足が体現しているというわけさ。中央の胴体と首は単純明快、黒マスだ。ブランとノワルの髪は黒いだろう? 上から見たら、黒を四角が囲んでいる。リングリングでよく見る形じゃないか!
現実がどうかは知らないけど、この見立てにおいてブランとノワルは恋人同士だったんだ。二人の全身が結婚指輪そのものになった、ともみなすことができるね。愛の象徴が、指輪という物体から薬指や全身という肉体に変わったんだ。もう死んだんだから不貞だってしようがないし、二人は永遠の愛で結ばれたのかもしれないね。めでたしめでたし」
僕は呆気にとられた。こいつは何を言っているんだ? イランドは華麗に推理を披露した気分でいるようだけれど、僕からすれば妄想を垂れ流しているか、そうでなければ犯人が自らの犯行を自慢しているようにしか思えない。推理としても意味不明なこじつけで、万が一犯人が死体をリングリングに見立てていたとしても、犯人の特定には繋がらない。
素直に思いつく可能性は――イランド=ハニーアが犯人なのだろうか?
『パズラーバ王国の住民を、一人一人思い浮かべれば分かる――あんなことをする人はいない。私は確信している』
ブルートの言葉を思い出す。二人の死体の残虐性から、犯人は人間ではないとブルートは考えていた。だがそれは、イランド=ハニーアに当てはまるとは思えない。
「じゃあ、私は遺跡の探索を再開しようかな。また新しい死体を見られるかもしれないしね」
「君は入り口のところに行きなさい。キサ君も。そこで皆が集まることになっている」
ブルートの言葉に、イランドはわざとらしく首を傾げた。
「入り口? 遺跡を出ないのかい? それか、もしかすると出られなくなったとか?」
この察しの良さは何だろう。推理力に起因するのだろうか。遺跡の扉が閉まったことも、イランドが関与しているのでは――と勘繰ってしまう。僕は堪らずに口を挟んだ。
「仰る通り、今入り口は閉まってますよ。でも、イランドさんの素晴らしい頭脳なら開けられるんじゃないですか?」
皮肉と願望を十対一で混ぜた言葉をぶつけるが、イランドには全く効かなかった。
「はは。どうだろうね。うん、やっぱり従ってみることにするよ」
イランドはもたれていた壁から離れて、キサを連れて入り口に向かう。ブルートもそれについて行く。だが僕の注意はそこにはなかった。煉瓦模様の壁の、イランドが寄りかかっていた部分。そこには、二つの丸が描かれていた。石を使って壁を傷つけたのだろうか。
二つの輪。リングリング。イランドは自身の背にあったため気がつかなかったようだが、これが犯人の残したメッセージだとすれば、イランドの妄言は妄言ではないのかもしれない。
ブルート達についていき入り口の空間に戻ったが、誰もいなかった。クラーケンがオミナス、グリン、ナナを連れてそこにいるというのが理想だったのだが。
「どうします?」
ブルートに問いかける。
「今は待つことにしよう。クラーケンを」
本当は、ブルートは今すぐにでもオミナスたちを探しに行きたいはずだ。しかし僕を置いていったら、僕が現状最も怪しい人物――イランド=ハニーアに殺される可能性がある。僕とブルートが二人で行動しても、それはそれでイランドたちが誰かを殺しに行かねない。苦渋の選択だった。
少し前に眠った岩に、再び腰掛ける。最初にここに腰掛けた時は、まさかこんな事態になるとは思わなかった。もう一度眠って目が覚めたら、ブランもノワルも生きている、そんな世界であったら良いのに。
「ふむ」
イランドは、存外真面目に入り口の扉を調べていた。
「押しても引いても、うんともすんとも言わないね。扉自体がパズルで出来ている訳でもない。まあでも、何らかの条件を満たせば開くだろう。遺跡のボスのパズルを解くとかね。だから、やっぱり遺跡を探索するべきだと思うんだけど」
「殺人が起きたんですよ。その犯人を探す、そうでなくとも全員で固まるのは当然でしょう。遺跡を改めて探索するとしてもそれからです」
「確かに……じゃあ、こんな可能性はどうかな? 遺跡から出るには、ある条件を満たす必要がある。そしてその条件とは――犯人を見つける、あるいは見つけて殺害することだ。そう、遺跡から出られなくなったことと、殺人が起きたことが全くの無関係だとは限らない。私たち十人がこの遺跡に入った時、誰かが遺跡の魔法で殺人鬼へと変貌した。それが誰か当てるまで、遺跡は私たちを外に出さない。どう?」
僕は肩をすくめた。憶測ならいくらでも積み上げられる。
暫しの時間が経った。クラーケンも、オミナス達も戻ってこない。僕もブルートも一瞬気が緩んだその時、
「私はやっぱり遺跡を探索するよ!」
と叫んでイランドが走っていった。入り口から見て手前、左側の扉に入っていく。キサは残されたままだ。
ブルートと顔を見合わせる。追うしかない。イランドが犯人なのだろうか。
「君の主人はいつもあんななのかい?」
僕がキサに問う。
『いいえ』
キサは否定した。そういえばキサは助手のはずだが、今のところイランドの役に立っているところを見たことがない。
「三人で行こう」
ブルートと僕の間にキサがいるようにして、イランドが入っていった扉を開ける。入り口から見て右側の扉と同様、通路が続いていた。歩いていくと扉に突き当たる。もしかするとこの遺跡は、入り口の扉に垂直な直線を中心に線対称なのだろうか。遺跡は人工物なのだから、ありえない話ではない。
扉を開けると、地面に横たわったナナが目に飛び込んできた。既に死んでいた。
――――――――――――――――
「凶器はそこにあるのこぎりだね。私もキサも犯人じゃないって、これで分かってくれた? まあ勿論、今私が嘘をついている可能性だって君たちからすればあるんだけど」
イランドの言葉を無視してナナに駆け寄る。ナナは五体満足で、血溜まりはない。ともすればただ気を失っているだけなのではないか――そんな願望はあっさりと潰えた。明らかに呼吸をしておらず、探っても脈は見当たらない。
ナナの死体には、服と肌が一緒くたになった切れ込みがあった。全体で見ると、腰のあたりと胸のあたりに横に一本ずつ、そして体の中心に縦に一本。切断こそされていないが、殺すために必然的に生じた傷であるとは思えない。
ついさっき僕たちの前から走り去ってここに来たイランドに、このような作業をする時間は無かった。イランドは犯人ではないのだろうか?
そして、ブランとノワルとの共通点が複数見受けられた。まず、片目が潰されている。次に、携帯していた鉛筆がない。犯人は、被害者から鉛筆を収集しているのか。
オミナスとグリンはどこだ?
あたりを見回すが、二人の姿は見えない。少なくとも、ブランとノワルのように全員まとめて同じ場所で殺されたのではないようだ。三人はまとめて行動していたはずだが、何があったのだろう。もっとも、気楽に遺跡探索をしていた三人が勝手に別行動を取ったとしても、あまり不思議はないが。ナナが死んだことを知った時の二人の反応は想像したくなかった。
僕は、ナナの足元に手帳が落ちていることに気がついた。僕のものとは異なる。手にとると、ナナ=ヴェアードと名前が書いてあった。ナナのもので間違いなさそうだ。パラパラとめくってみる。何が手掛かりが残されているかもしれない。内容は日々のメモだった。
「見てください。これ」
ブルートに手帳の一ページを見せる。
「四角く切り取られてますね。それも最新のところが。直前のページには、ブルートさんの誘いで遺跡探索をすることになった旨が書かれています」
ブルートは眉根を寄せた。僕は言葉を続ける。
「ナナ自身が切り取ったのか、犯人が切り取ったのか……。前者だすれば何らかの用途に、後者だとすれば犯人に不利なことが書いてあった可能性もありますね」
ため息をつく。手がかりは増えているが確実なことは何も分からない。ついさっきまで僕とブルーとと一緒にいたイランドとキサは犯人ではない、とも言い切れない。僕がブランとノワルの死体を発見した時点で既にナナが殺されていたのなら、イランドにもキサにも犯行は可能だからだ。
キサは大人しくブルートの隣にいる。僕はイランドの方を向いた。
「オミナスさん達を探しましょう。とりあえずイランドさんとキサさんは犯人ではないということにしますから、大人しくついて来て――」
「いや」
僕の言葉を遮ったのは、意外なことにブルートだった。
「イランド君の推理は、あながち間違っていないのかもしれない。間違っているのはむしろ私だった。この遺跡には今、狂気を孕んだ人物がいる。だからその人の思考を想像することは、無駄ではないのではないだろうか」
確かに、イランドのような異常な思考は、この場においては役に立つのかもしれない。――当然、イランドが犯人でなければの話だが。
「手帳が四角く切り取られているのは、ナナ君が