「あっ、ブルートさん!」
オミナスが僕たちに気が付き、駆け寄ってきた。
「やあ、オミナス君。クラーケンは見なかったかね?」
ブルートも二人に合わせてか、平静を装っていた。
「会いましたよ! 結構強いパズルと戦ったって言ってました。あと、ここに戻ってブルートさんと合流しなさいとも」
「クラーケンはどうしているんだ?」
もっともな疑問だ。犯人がどこにいるか分からない以上、二人を連れて帰ってくるのが適切なはずだが……。
「ナナがいつの間にかどこかに行っちゃったと言ったら、探しに行っちゃいました」
それで僕は大体の事情を察した。オミナスたちを見つけたクラーケンは、ナナがいないことに気がつく。だから自身はナナを探すことにして、オミナスとグリンには入り口に戻るよう指示したのだ。ナナが死んでいると知らない上では、妥当な判断だろう。
僕はオミナスに、事件の存在を教えることなく質問することにした。
「他には誰か見ませんでした?」
「ブランとノワルですか? そういえば一度も会ってないですね」
「そうですか……」
外部犯を目撃したのであれば、知らない探索者として強く印象に残るはずだ。
グリンが不満そうな顔で近づいてきた。
「それで、何の用なの? アタシたちは遺跡を楽しく探索してたんだけど」
何をいうべきか思案していると、代わりにブルートが答えた。
「ニーク君が気がついたんだが、入り口が開かなくなったんだ! あと、通信も出来ない状態になっている」
ブルートは、オミナスとグリンの前だからか、普段の調子を取り戻したようだ。表面上に過ぎないだろうが。
「なら、クラーケンがそう伝えるだけで良いじゃない! きっと遺跡の奥にボスがいるのよ。それを倒せば入り口も開くに違いないわ!」
グリンの思考はもっともだ。遺跡から出られないという状況でやる気が出るのもいかにもグリンらしい。
「僕は、ナナを探しに行きたいんですけど……」
オミナスはナナを心配していた。死んでいることを知らないからだ。オミナスがナナを殺した可能性――なんて、あるわけがない。百歩譲って衝動的に殺したところで、死体に切れ込みを入れたり、僕たちにとぼけたりすることはありえない。大丈夫、僕の思考は間違っていないはずだ。
とはいえ、ここでグリンたちに自由に探索をさせるわけにはいかない。
「まあそうなんですが、念のため一旦皆で集まりましょう。情報共有は大事ですからね」
ナナさんも、ここに戻ってくるでしょうし――と嘘を並べる勇気は、僕には無かった。
グリンとオミナスは明らかに不服そうだが、一応は従うことにしたようだ。オミナス、グリン、ナナ、ダンスト、レートス、コロリエ。冒険心を燃やして遺跡探索に行った六人が揃うことは、もう二度とない。ナナは死んだのだから。
――感傷的になるのは脱出してからだ。僕はブルートに耳打ちする。
「どうします? クラーケンさんを探しますか? 今、クラーケンさん以外は全員ここにいますけど」
遺跡に一緒に入ったのは、ブルート、クラーケン、ブラン、ノワル、オミナス、グリン、ナナ、イランド、キサ、僕ニークの十人。ブランとノワルとナナが死んで残り七人。そのうちブルートとオミナスとグリンとイランドとキサと僕は今一緒にいるから、いないのはクラーケンだけだった。考えたくないが、既に死んでいる可能性もある。
「いや、それは危険だ。クラーケンはナナの死体を見つけるかもしれないし、そうでなくともいずれ戻ってくるだろう。イランドたちから目を離すわけにはいかない。今はこの場所にいよう」
クラーケンが無事であるかは分からないし、遺跡から出るにはグリンが言うように「ボス」を倒す必要があるかもしれない。だがイランド、キサ、オミナス、グリンがいる以上、今はうかつに動くことはできない。もどかしい時間だった。クラーケンがたまたま「ボス」に遭遇して倒し、遺跡の扉が開いてくれたら――と願うことしかできない。
「そういえば、遺跡自体の探索はどうだったんですか? 僕が今日見たパズルは、ここにたむろしていたへやわけだけなんですが」
パズルを見た回数より、パズルに見立てられた――かもしれない――死体を見た回数の方が多い。
「私とクラーケンが最初に入ったのはナナが死んでいた場所なんだが、最初はパズル――へやわけで溢れていた。恐らく自動でパズルを生み出す機構があるのだろう。CaSPを開発した私たちと同じことを考えた者が、古代にもいたということだな」
「僕はCaSPの開発に携わりましたけど、CaSPだって、遺跡のそのような装置を少なからず参考にしていますよ。まあ、歴史は繋がってるんです」
少しレキシカの名に相応しいことを言った気がした。
「この遺跡は空間が扉で閉じられているから、生成されたパズルがずっと溜まっていったんだろう。パズルが大量にいたのはそのためだね。まあ、多分だけど」
イランドが口を挟んできた。ブルートに掴まれているイランドに聞かれないように話をすることはできない。
「遥か昔からパズルが作られ続けてきたとしたら、あんな数では済まないだろう。パズルが一定数以上には増えないようになっているのか、それとも――誰かが最近ここに来て数を減らしたか」
誰かというのは、犯人の可能性を念頭に置いているに違いない。犯人は、事件の前からこの遺跡の存在を知っていたのだろうか。この遺跡を見つけたのは調査団のブランとノワルだが、二人は最初に死んでいる。
グリンとオミナスがいる以上、殺人に関する話をするのは気を咎める。僕は鞄から通信機を取り出した。何らかの理由で機能が復活していれば、という望みは叶わなかった。相も変わらず沈黙している。
「そういえば、これが何か分かるかい?」
イランドが、懐から石を取り出した。それには見覚えがあった。
「この遺跡に入る前の道で置いてたやつですか? 帰りの道標として使えるものですよね」
「その通り、そしてこれには、発信器としての機能もある。ただの目印ではないんだ」
イランドはそこでため息をついた。
「ここからが重要だ。今、道中設置したこの石からの信号は全て途絶えている。それだけなら不思議なことはない。君の通信機も使えなくなっているからね、遺跡の機構が通信を妨害したのかもしれない。だが信号の途絶え方が問題だった。地上からこの遺跡に向かうまでの通路に設置したこの発信器の信号が、
その情報を僕は咀嚼する。一斉に途絶えるのではなく、順に途絶えていった。それはつまり――
「誰かが、壊していったということですか?」
「うん、その可能性がある。見た目は石とはいえ、あの通路の地面は土だから見つけるのは容易だ。壊すのも、金槌一つあれば事足りる。さて、信号が途絶えるのと順に誰かがこの遺跡に入ってきたのだとすると――ずっと入り口にいた君は、その人物と遭遇しているはずだ」
僕は目眩を覚えた。僕が入り口で眠っている間に、誰か――おそらく犯人――がこの遺跡に入ってきたというのか。何かが近づいたら目を覚ませると思っていたのだが、本当に誰も通らなかったとは言い切れない。僕は正直に話すことにした。
「僕は入り口のところで、しばらく眠っていました。もしかすると、その間に誰かが入った……かもしれません」
イランドは満足げに頷いた。
「私の思った通りだ。君は眠そうだったし、君は別に出入り口の監視を任されていたわけではないのだから、まあ何も悪くないだろう」
「じゃあ、外部犯――僕たちの後にこの遺跡に入ってきた何者かが犯人ということでしょうか」
誰かが入ってきたからと言って、その人物が犯人とは限らない。とはいえ、僕たち十人の中に犯人がいると考えるよりは現実的に思えた。
「まあ、その可能性は高いね。ところで、私の発信器の信号が地上にあるものから順に途絶えたのだとすると――君の通信機が使えなくなったのは、本当に遺跡の機構のせいなのかな?」
僕はその言葉の意味をしばし考え、理解した。遺跡が通信を完全に遮断したのなら、イランドの発信器の信号が順に途絶えるのはおかしい。
「確かに――でも、可能性はいくつか考えられますよ。イランドさんの発信器の信号が全て途絶えた後に通信が遮断されたとか、たまたま遺跡の機構がイランドさんの発信器の信号は遮断しないが僕の通信機は遮断したとか。犯人が眠っている僕の懐の通信機に細工を――これは、流石に無理があるでしょうけど」
「まあ、そうだね。だが別の可能性もある。君の通信機に最初から不具合が起きていた可能性だ。まったく、タイミングの良すぎる不具合じゃないか。それが十全に機能していたら、犯行の大きな障害になったのに」
オミナスとグリンがいるからか、イランドの声は小さめだった。
「勿論偶然かもしれない。でも君の通信機は高性能なんだろう? ならより妥当なのはこうだ。
可能ではある。僕が利用する通信機はいつも同じで、普段パズル庁に放置されているから、パズル庁の人間なら誰でもできる。細工自体はそう簡単ではないだろうか。
「さて、すると犯人――とりあえずこう呼ぶよ――はパズル庁に所属している、少なくとも君の通信機に細工ができる立場ということになるね。すると一つ疑問が解消される。何故犯人は、私たちの後すぐに遺跡に入ることができたのか。君たちはパズル庁からここに来たんだろう? 犯人は、その時からずっと君たちのあとをつけていたのかもしれない」
犯人はパズル庁の人間。どうだろう、論理はある程度通っているように思えるが、確実性には欠けるし、何より、イランドの発信器云々という情報が丸ごと虚構である可能性も否定できない。
その時、僕とブルートはイランドの話を真剣に検討していた。だから、オミナスとグリンにあまり注意を払っていなかった。
「じゃあ、アタシたちは探索に出発するわ!」
グリンの楽しそうな声が響いたと思ったら、二人は近くの扉に入ったところだった。グリンとオミナスは、友人四人と一緒に遺跡を勝手に探索するような冒険心の持ち主だ。自分たちの判断で探索を再開してしまう可能性は考慮すべきだった。そこまで愚かな行動とはいえない。殺人犯がうろついてさえいなければ。
「僕があとを追います! ブルートさんはここにいてください」
僕はそう言って、オミナスとグリンを追いかけた。ブルートはイランドを掴んでいるから素早く動くことはできない。扉を抜けて通路に入ると、楽しそうに歩く二人が目に入った。仕方なく大声を出す。
「戻ってきてください!」
二人は振り返った。オミナスがグリンをたしなめる様子が見える。グリンはさておき、オミナスは多少は冷静な判断ができるようだ。僕の様子からただならぬものを感じたのかもしれない。立ち止まった二人に僕はすぐに追いついた。
「えっと、理由は後で話しますけど、とりあえず今は別行動は控えてもらえると……」
もう、二人に殺人のことを話すべきなのだろうか。ナナの死は二人の人生の色を不可逆的に変えてしまうだろうが、生き返らない以上避けられない。だが、僕にはその行動をする勇気がなく、できたのはただ決断を先延ばしにすることだけだった。
「はあ、仕方ないわね」
グリンが渋々従う。僕たち三人は通路を引き返し、入り口の場所に戻った。
そこで待っているはずとブルートとイランドとキサは姿を消していた。