後藤ひとりアンチ系幼馴染み(自称) 作:売れ残りのピック
後藤ひとりの水風呂ならぬ氷風呂入浴、また下着姿で扇風機にさらされながらギターソロというバカみたいな行動(理由もバイトを休みたいというバカみたいなものだった)を、身体に影響が出る前にやめさせた昨日の今日。
しかも、かなり意地がある日で止めるのには時間も労力もかかってしまい……久しぶりにかなり疲れてしまった。おのれ、後藤ひとり。
「ぷはー!生き返るー!!」
まあ、そんなこともあったので今日はギターの練習は少な目にして趣味の時間に当てようと、御茶ノ水までやってきたのだが──と、そこでそろそろ現実を見ようと、目の前の女性に目を向けた。
私が買ってきた携帯マットレスの上でコンビニのシジミ汁を完食した酔っぱらいの女性。先ほどまで苦しそうな程に酔っていた筈なのに、水と酔い止めで復活してからすぐにお酒を飲んでいる辺り、ヤバさが伺える。
そんなヤバいであろう酔っぱらいの女性は、手に持つお酒を飲み干すと笑顔でこちらを向いた。
「いやー、ありがとね。助かったよ~」
「いえ、気づいたら身体が動いていただけですから」
「あはははは!!そんな身体面白いねぇ!!」
「まあ、そうですね。面白いですよね、こんな身体……」
なんでこう、面倒事というのは重なってしまうのだろうか。酔っぱらいの女性に対応しながら、そんなことを思ってしまう。
いやまあ、見捨てれば良かったのだ。行き倒れてはいたものの、私が対応する必要はない。適当に警察に通報すればたぶん解決した筈なのである。
『水……誰か水ください……』
けれど、そう頼まれてしまったのだ。そんな頼みも普通なら無視すれば良いのだが、中学生になるまで後藤ひとりと常に一緒にいた私には、とある一つの癖ができていた。
そんな癖があるせいで、私はこの酔っぱらい女を助けるのが確定してしまい、更なる追加注文にも答えられるだけ答えてしまったというわけなのだ。おのれ、後藤ひとり。
「でもこんなに至れり尽くせりだと、申し訳ないからねぇ……何かお礼をしないと」
「大丈夫ですよ、そこまでたいしたことなんてしてないので」
実際のところはたいしたことをしてるとは思うが、わざわざ恩に着せる必要もない。気づけば助けるための行動に出ていたから自分が助けたという実感がないというのもあるが、本音としてはこの人とあまり関わりを持ちたくないのだ。
介抱しながら話してみた感じ、この酔っぱらいの女性がいい人なのは分かる。気さくな人だし、今もこうして何かお礼をしてくれようとしているし。
けれど、見知らぬ人に介抱された上で更にお酒を飲む大人と関わりたいかと言われれば、それは別な訳で──私としてはこのままお別れしてそれっきりというのが一番なのだ。
「あっ、そうだ!私、バンドをやってるんだけど、ライブのチケットをあげるよ!」
「いや、本当に気にしなくても──」
「とは言っても、今日昨日はないからぁ……ロイン交換しよっか!」
「あっ、はい……あっ」
「んー?どうかしたのぉ?」
だが、そんな私の望みが叶うこともなく、しれっとスマホを出されたから思わずこちらもスマホを出して普通にロインを交換してしまった。
私がロイン交換に慣れてさえいなければ……!!なんて思ったが、仕方ないと受け入れることにした。どうせ、繋がりがあるのも恩を返されるまでである。年が離れてるのもあって連絡をよく取り合う程の仲になるとは思えないし。
「へー君、知里ちゃんって言うんだね~」
「そうですね。えっと、貴女……はきくりさん?」
「……知里ちゃんさぁ、さっきから固いよ?もっとフランクにいこうよ、私たちの仲なんだからさぁ?きくりちゃんって呼んでくれても……知里ちゃん?おーい知里ちゃん!?」
「それ単なるポスターですよ」
どうやら、またお酒が回ってきたらしいきくりさん。私とポスターの違いも分からなくなっているようで、このまま一緒に居るとまた面倒なことになりそうな気がする。
そう結論づけた私はゴミと携帯マットレスを回収した。
「じゃあ、私はこの辺で」
「えー、もう少し話したいのに~」
「あははは、家が遠いもので」
「そうなんだぁ、なら仕方ないかなぁ……また連絡するからねー!」
「はい、そのときはお願いします」
さっさと別れの挨拶を済ませ、人助けの時間から趣味の時間に戻そうとした──そのときだった。
「ん……あれぇ?そういえばベースどこにやったっけ……?まあ、なんとなく探せば見つか──」
「探します」
「……えっ?」
「私も一緒に探します」
「いやいや、いいって。私もこれ以上知里ちゃんのお世話になるわけにはいかないからさぁ……」
「私も一緒に探しますから……!!」
「すっ、凄い緊迫した顔で言うねぇ……じゃ、じゃあ、手伝って貰おうかな……?」
これほどの酔っぱらいが失くし物を見つけられるとは思えない。そんな誰でも分かる答えに、最後の良心が働いた私は逃げるのをやめてきくりさんと共にベース探しの旅へと出かけるのだった。
その後、きくりさんのベースは無事見つかったが私の趣味の時間は完全に消えてしまった。おのれ、後藤ひとり(八つ当たり)。
さて、それから数日後。きくりさんのライブがある日と予定が合った私は新宿までやってきていた。
決して、大量の写真が貼られた部屋にいながらずっとニヤニヤしている後藤ひとりから逃げてきたた訳ではない。
確かに、その光景を見た瞬間怖くて何も話しかけずに逃げ出したのは事実だが、予定が今日ようやく合ったのも確かな事実なのだ。これみよがしに逃げてきた訳ではないのである。
「おーい!知里ちゃん、ここここ~!」
「あっ、きくりさん。元気だった?」
「そりゃあ、もうお酒のパワーで元気元気!今日も私は無敵で~すっと……はいこれライブのチケットね」
「うーん、なんか悪い気がするけど……ありがとう、きくりさん」
「いいっていいって!これはこの前のお礼だからさぁ……それじゃ、早速行こうか!」
そう待ち合わせ場所できくりさんと合流しチケットを貰う。会話をしつつ、どう見たって酔っぱらっているきくりさんが心配で、様子を伺って見たのだが普通にお酒を飲んでいた。どうやらこれが通常運転らしい、と安心した私はそのままついていった。
ちなみに敬語は駄目だと言われたので、流石にちゃん呼びまではできないが、口調は友だちと話すような感じに修正されている。恐るべし酔っぱらいのコミュ力。
「知里ちゃんは新宿にはよく来るのぉ?」
「私の家は新宿からも遠いから、友だちと一回来てよく分からずぶらぶら歩いたぐらいかな……?」
「あまり新宿について知らないんだぁ……じゃあさ、ライブが終わったら私が案内するよ!いい飲み屋を知ってるんだ~」
「あははは、うん。流石に遠慮するよ」
「ええ~!?美味しいおつまみいっぱいあるのに、もったいないなぁ……」
高校生に飲み屋を進められても困るだけである。良いおつまみも何も、そもそもお酒が飲めないのだから……というより、きくりさんは私が未成年だと分かっているのだろうか?まあ、わざわざ聞くことでもなかったので疑問のままにしておいた。
さて、そんな会話を繰り広げること数十分。どうやら目的地についたらしい。きくりさんがライブをするらしい、ライブハウスが目の前にあった。
「じゃーん!ここが私が活動してる箱の新宿FOLTで~す!」
「おぉ……なんだか、凄い雰囲気があるねぇ……」
「でしょでしょ~?いい場所だからさ、ゆっくり楽しんでいってよ!」
「……うん。楽しませてもらうね」
「その意気よし!もう入ろうか、どうせすぐ始まるしね~」
怖がる気持ちを抑えながら、ゲスト扱いとして中に入る。そして準備をしに向かったきくりさんを見送りながら、ジュースを注文した。
なんだかその間に、「もうリハ終わったヨ!」という声とそれに謝る先ほどまで聞いたことがあるような声が聞こえた気がするのだが、気のせいということにしておいた。私はきくりさんとの約束の時間通りについたので、何も悪くないのである。うん、何も悪くない……筈。
そんな現実逃避から、更にスマホをつついて待つこと十数分。お客さんがぞろぞろと集まってきた頃──遂にその時がやって来た。
幕が上がりライトアップされると同時に、辺りから黄色い歓声が上がり始める。あれ、きくりさんの所って思っていたよりも人気バンド?という考えが浮かび、そこから先を考える暇もなく演奏が始まった。
「……凄い」
そんな言葉が自然と溢れる。それは、それぞれの演奏に向けた言葉だった。でも、それと同時に思わず引き込まれてしまうようなきくりさんの歌声に向けた言葉でもあった。
お客さん全員がステージに釘付けになり、気づけば一体になっている。そんな体験したことのないような出来事に、私は凄いとしか言葉にできないのだ。
「前のお礼にしては貰い過ぎたかも──」
そんな私の呟きを遮るように私の頭に
「……うん、演奏は良かったな」
けれど、ファンになるのは私には厳しそうである。ハンカチでお酒がかかった髪を拭きながら、そんなことを思うのだった。