もしルフレがフォドラでもう一度目覚めたら   作:マークくんちゃんすここ侍

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 ……オグマ山脈から吹き降ろす冷たい風が弱まれば、フォドラの大地は豊かな緑を芽吹かせ、一年の始まりを告げる。

 やがてその緑が大樹へと成るようにと、人々は自らの生が実り多きものとなるよう祈って、年始を祝うのだ。





転身

 

 

 

 

 森林の中木漏れ日を受けながら、私たちは騎士団の方々に連れられて森の道を歩いていた。

 騎士団に連れられてとは言うものの、連行されたり護衛されたりなどということではなく、盗賊を追い払ったので危険がないと判断したアロイスさんの指示で大多数の騎士団員は先に大修道院へと帰っており、私たちはアロイスさんを含む少数の騎士と共に、大修道院へと向かっている。

 

 アロイスさんとジェラルトさん、数名の騎士が楽しそうに談話しながら歩くのを、私たちは後ろから見ていた。

 

「ああ。今まで存在を知らなかった」

「そうか、では修道院は初めてか。良ければ後で、案内しよう」

 

 ディミトリさんがベレトさんに微笑み、クロードさんもそれに目配せしている。そしてディミトリさんの言葉に続くように話し始める。

 

「ああ、そうだそうだ。ルフレ。修道院はこのフォドラの縮図のような場所さ、色んな意味でね」

 

 クロードさんが頭の後ろで手を組んで歩きながら欠伸をする。その横でエーデルガルトさんだけが、ベレトさんと私に目を合わせず話してくる。

 

「……もうすぐ、嫌でも目に入るわ」

 

 私はベレトさんと目を合わせ、そしてエーデルガルトさんに習い正面を向く。木々をすり抜けてきていた木漏れ日が、更に大きな光で上塗りされて薄まる。森を抜けたそこは広大な平野。そして馬車の通るような道に、いくつもの防壁や出城が見える。

 

 そしてそれらが守る地点のさらに奥。複雑な地形と山岳に挟まれるように、立派な建造物が見えていた。エーデルガルトさんがそれを見据え、呟く。

 

「あれが…………ガルグ=マク大修道院よ」

 

 太陽に照らされた大修道院は、神々しさを感じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士団に連れられて修道院内へ入った私たちは生徒であるクロードさん、エーデルガルトさん、ヒューベルトさんと、ディミトリさんとドゥドゥーさんの五人と別れる。五人は生徒なので、士官学校の方へと向かうらしい。

 

 私とベレトさん、ジェラルトさんの三人は、引き続いて修道院の奥へと向かう。ジェラルトさんが不意に上を見上げて、私とベレトさんもそれに釣られるように彼の向く方を見た。

 

「レア様……」

 

 ジェラルトさんが聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟く。

 

 その視線の先には、明るい緑色の髪に芸術的な頭冠を被る、ジェラルトさんの言うレア様が居た。

 

 

「時のよすがに、手繰り寄せられたのでしょうか……」

 

 風が止み、私の耳にだけ、その呟きが聞こえてきた。その言葉の意味の何たるかは、私にはわかりそうになかった。

 

 そのまま更に奥へ入ると、そこもまた質素ながら美しい彫刻が所々に彫られた、歴史を感じさせる意匠の目立つ造りの室内であった。ここはどうやら謁見の間であるらしい。ジェラルトさんがため息と共に愚痴を吐く。

 

「ここに来るのも何年ぶりかね。今更、あの人と顔を合わせたところで……」

「父さん、来た事が?」

 

 ベレトさんの問いに頷く。

 

「ああ。 ……お前に言ったことはなかったが、俺は昔、騎士としてここで働いていてな。大司教……レア様の下でな」

「大司教?」

「お前も知っての通り……ああ、ルフレだったか、お前も知っているだろうが、このフォドラの住人の大半は、敬虔なセイロス教徒だ。そんな馬鹿でかい教団の最高指導者が、大司教であるレア様ってわけよ」

 

 そこまで話したところで、隣の部屋から二人の男女がやってくる。一人は先程上からこちらを見ていたレア様、もう一人は付き人らしき人だ。こちらも、濃度は違うものの濃い緑色の髪色をしている、若くも壮年にも見える男性だ。

 

「おまたせしました、ジェラルトさん。私は、大司教の補佐をしているセテスと申します」

「ん、あぁ、どうも」

 

 セテスさんとジェラルトさんが軽く会釈すると、レア様が口を開く。その表情には常に笑みを湛えており、結われた長髪が綺麗な意匠の司教用の服に垂れている。

 

「久しいですね、ジェラルト。こうして再び邂逅できたのも、主の思し召しでしょうか」

「長きに渡る音信不通、お詫びします。あれから俺も、色々とありましてね」

 

「……そして、その子が生まれた。貴方の子なのでしょう?」

「ええ、修道院を出て数年後に。母親は病で死んじまいましたがね」

 

 レア様の視線がベレトさんに注がれる。

 

「そうでしたか。活躍は、アロイスから聞いています。貴方の名は確か……」

 

 ベレトさんは腰を曲げて最敬礼をする。

 

「ベレトです」

「ベレト……。 ふふ、良い名ですね。士官学校の生徒たちを救ってくれたこと、心より感謝しています。そちらの方は……」

「ルフレです。戦術師をしています」

「ええ、よろしくお願いしますね」

 

 一礼を返しながら答える。先程のレア様の言葉に対して、ジェラルトさんの表情はあまり明るくなかった。小さくため息をついたジェラルトさんへ、レア様が続ける。

 

「ジェラルト、私が何を言いたいか、貴方なら既にわかっていますね?」

「俺にセイロス騎士団に戻れというのでしょう? 俺は構いません、けどこいつぁ……」

「ジェラルト。アロイスから聞いているはずです。私は一度下がりますが、この後彼らから話があるでしょう。しっかりと耳を傾けておいてください。 ……それでは、また明日に」

 

 レア様とセテスさんがこくりと会釈し、私たちもそれに返す。二人が謁見の間を去っていくと、ジェラルトさんはため息を隠そうともしなくなった。

 

「やれやれ、セイロス騎士団に戻る事になっちまった。巻き込んじまってすまねえが、お前もしばらくはここで働いてくれるか?」

「働くって、傭兵として?」

「いや……それが、教師としてだそうだ。ここに士官学校が併設されてるっつう話はさっきのガキどもから聞いたよな?」

 

 ベレトさんが驚いたような素振りを見せながらも頷く。驚いたと言っても無表情で、眉がぴくりと動いた程度なのだが。ジェラルトさんは気にせず続ける。

 

「で、その学級担任の教師が一人逃げ出しちまって、欠けちまったんだと。そんでアロイスの野郎、知らねぇ間にお前の事をレア様に推薦したらしい」

 

 肩を竦めてやれやれと呟いたあと、謁見の間に二人の男女が入ってくる。今度はレア様とセテスさんではない、別の二人だった。

 

「こんにちは〜! あなたが新任の教師? 渋くてなかなか、イケてるじゃない!」

「あぁいや、俺じゃあねえんだ。 ……ベレト、悪ぃがあとは適当にやってくれ」

 

 ジェラルトさんが振り向いて立ち止まり、ベレトの肩に手を置いて、耳打ちする。ベレトさんと、近くにいた私にしか聞き取れなかったそれは、レア様への懐疑を助長させるものだった。

 

「レア様にゃ気を付けろよ。お前を教師にする意図が読めん。何か企んでるかも知れねぇ。ルフレ、お前は話し合いの場に着いて、ベレトを助けてやってくれ」

 

 そのまま私にも目を合わせて頷く。私にベレトさんの補助を頼むのかと、少し冷や汗をかく。出来ることならイーリスに帰りたいのだが、暫くはそうさせてくれそうになかった。

 女性の方は私たち二人を見て、少し戸惑っている。

 

「もしかして、あなたたちなの? 二人とも、随分と若く見えるけど……」

「なに、教師の資質さえあれば、年齢は問題あるまい。我輩はハンネマン。紋章学者であり、この士官学校の教師でもある」

 

「紋章?」

 

 ベレトさんに聞かれたハンネマンさんは、信じられないと言った顔で驚く。

 

「何? まさか紋章を知らない!? ……ううむ、まあいい。一度我輩の部屋に来なさい。後で調べさせてくれたまえ」

 

 ハンネマンさんが自己紹介と多少の会話を終えると、女性の方が名乗り始めた。

 

「あたくしはマヌエラ。教師兼、医師兼、歌姫よ。よろしくね!」

「歌姫?」

 

 ベレトさんが聞くと、マヌエラさんは嬉しそうに耳打ちする。

 

「ここに来る前はね、歌劇団にいたの。 聞いた事ないかしら? ミッテルフランク歌劇団の美しき──」

「不必要な長話は後にしたまえ、マヌエラ君……」

 

 ハンネマンさんが長くなりそうなマヌエラさんの話を遮ると、そのまま私たちに振り向き、腕を組みながら頷く。

 

「そろそろ本題に戻ろう。君はひとつ、学級を受け持つことになるのだが……ベレト君と言ったかね。教師になるのは君だけなのだ。君は……」

 

「ルフレです」

「ルフレ君だな。君は聞くところ、フォドラの外の出身だそうではないか。アロイス君や生徒たちから聞いたのだが、なんでもその場の戦術指揮で、少数の手勢で盗賊を打ち払ったらしいな。君が良ければだが、生徒たちの戦術、戦略に関する授業を担当してはくれないだろうか?」

 

 それはやはり、ベレトさんと同じように教師として働くということだろうか。表情に現れていたらしい不安を勘違いしたか、的外れな補足をつける。

 

「ああ、安心したまえ。修道院併設と言ったとて、別に教育まで慈善活動であるわけではない。給金は支払われるので安心したまえよ」

 

「……わかりました。私も、不束者ですが頑張りますね」

「おお、引き受けてくれるかね!」

 

 ハンネマンさんとの話し合いを終えたあと、ベレトさんに向き直ったマヌエラさんが話し始める。

 

「……とは言っても、まだどんな学級があるかの紹介はされていないでしょう? あたくしが説明してあげるわね」

 

 ……そうして、マヌエラさんの説明が始まった。

 

 

「士官学校には三つの学級があって、出身国ごとに別れているの。黒鷲の学級(アドラークラッセ)青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)、そして金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)の三学級ね。まずは黒鷲の学級(アドラークラッセ)から。ここにはアドラステア帝国から集まる子達が在籍していて、今年の級長はなんと! 次期皇帝と噂される皇女のエーデルガルトなの!」

 

 マヌエラさんが説明したあと、自身で受け持っていたのだろうハンネマンさんが続けて説明する。

 

「次に、青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)。ここには、ファーガス神聖王国から来た者が在籍している。今年の級長は、王子のディミトリ。彼もファーガスの次代の王となるだろう」

 

 ベレトさんはうんうんと頷いて説明を聞き流しているが、私はそれどころではなかった。なんとエーデルガルトさんもディミトリさんも、王や皇帝になる予定の方だったのだから、当然と言えば当然だが。何か不遜な態度を取っていないかとすこし不安になる。

 

 マヌエラさんが続けて最後の説明を始めた。

 

「最後に、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)ね。ここには、レスター諸侯同盟領の子たちがいるわ。級長は同盟の盟主であるリーガン公の孫、クロード」

 

 ……倒れそうだ。

 

「次代の皇帝、国王、盟主が揃い踏みとは。なかなかとんでもない年になりそうだな」

「ええ、本当にねえ。厄介事だけはごめんだけれど」

 

 私もマヌエラさんの意見に概ね同意しつつベレトさんと一緒に二人を見る。説明は以上らしい。

 

「今日のところは校内でも見て回るといい。我輩の部屋にも、立ち寄ってくれたまえ」

「そうそう、あなた達が教員になる事は、まだ級長以外には伝えていないの。生徒たちと今のうちに話をしてみるといいわ。クセのある子が多いけど、みんないい子たちよ。明日、レア様から詳しい話があるはずだから。それじゃ二人とも、ま・た・ね?」

 

 お互いに一礼して、謁見の間を後にする。

 

 

 

 

 

 私はベレトさんと二人で、大広間の一階で話していた。

 

「お互い教員になる、だなんて。大変な事になっちゃいましたね、ベレトさん」

「ああ。でも、父さんが任せてくれた仕事だ、頑張ろうと思う」

 

 ベレトさんと私は、先程謁見の間を出る時に騎士の方から渡されたフォドラの大まかな歴史を記した書や、授業に使うのだろう学術本を受け取っていた。後で茶を嗜む為の休憩スペースがあるという中央に向かい、そこで読み込むつもりだった。

 

「ベレトさんは立派、ですね。私は父を……いえ、なんでもありません。とにかく! お互い先生になるんです。頑張りましょうね!」

 

 ベレトさんは、私が差し出した左の手を握りしめてくれた。これから修道院での生活が始まるのだ。私の培った用兵術や戦略、戦術がどこまで通用するのか、恐ろしい反面、少し楽しみでもあった。

 

「じゃあ、また後で会いましょうね、ベレトさん」

「ああ。ルフレもまた後で」

 

 道を分たったあとは、この本の山を読むだけだ。よーし、私だってこう見えても戦術の書を読み漁った読書のプロです!

 ……チャイムにだけは気をつけないと。確か鳴ったらレア様のいる謁見の間に行かなきゃいけないんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レア、もう一度言う、考えを改める気は無いか? あんな若者を、士官学校の教師にするなど。それに、もう片方の若者も、素性が見えない。フォドラの外の生まれというではないか」

「いえ、もう決めた事なのです。それに、心配しないでください。セテス。あの者はジェラルトの子……ルフレという者も、ジェラルトと共にいたのですから」

 

 セテスとレアが、手狭な執務室の中で話し合っていた。大司教とその補佐という関係である二人だが、敬語を除いて話し合える仲でもあるようだった。しかし今、セテスの思う不安要素はベレトとルフレ、そしてジェラルトの三名に集約していた。

 

「そのジェラルトという男も信の置けないものだ。21年前の大火の折に失踪した男だろう。今はフレンもいるのだ、不安の種を増やすのは控えてもらいたい」

 

 レアへ言葉を向けるセテスを、レアは優しく諭す。

 

「セテス……。彼らは、大丈夫です。それよりも私は、シャミアから報告のあった不審な者に関する報告が気になっています。教会に悪意ある者が出入りしているというのであれば、それを捨て置くことはできません」

 

「ああ、その件もあったか。無論、引き続き調査を進めさせる。 ……………。 レア、私は君の言葉を信じる。だが、何か怪しげな点があった、その時は───」

 

 セテスは、それ以上は口を閉じ、続きを話そうとしなかった。その出かかった言葉の裏に、何が隠れていたかを知る術は、本人の心の内にしか無い。

 

 

 

 

 

 

 

 ……なるほど。大まかな歴史は読み解けた。戦術・戦略も、独自の部分は見受けられたが大体は似通っている。フォドラふうのアレンジを加えながら教えていけば、大丈夫そうだ。文字や文体等、国語に関してもイーリスやヴァルム大陸のものともほとんど変わりは無かった。

 

 そこまで読みふけっていた時、大修道院を包むような鐘の音が鳴り響く。妙に聞き馴染みがありそうなメロディの鐘を聞いて、ふと我に返り席を立つ。レア様に会いに行かなければ。

 

 今はちょうど、授業の時間らしい。剣を打ち合う音が聞こえてきた。私もそろそろ向かおう。

 

 レア様のいる大広間二階へと向かっていると、ちょうど前にベレトさんの姿が見えた。近付いて声をかける。

 

「ベレトさん!」

「ルフレ。レア様に?」

「はい、鐘の音が聞こえましたから」

 

 肩を並べて歩く。並べるとは言っても、ベレトさんの身長は私よりも少し大きい。背伸びしても頭頂が届かないと言えば大体わかるだろうか。階段を上り、レア様のいるだろう謁見の間の扉を開く。そこには待っていただろうレア様が立っている。

 

「待っていましたよ、ベレト、ルフレ。あなたたちが士官学校の教師となる事は、既に聞き及んでいますね? まずは生徒たちや級長と話をしたり、士官学校を見て回ったりしてみてください。それが、あなたたち二人の、大修道院での最初の務めです」

「わかりました」

「じゃあ早速行きましょう、ベレトさん!」

 

 こくりと頷くベレトさんについて行くように、私たちは謁見の間を後にしようとする。すると隣で話し合っていたセテスさんとアロイスさんがこちらに気付き、話しかけてくる。

 

「おお、ベレト殿! 貴殿をいきなり教師に……いや、三人目の担任へ推薦して驚かせてしまったか? 実を言うと、担任になるはずだった教師が、例の盗賊騒ぎの折に逃げ出してしまったのだ」

 

 そんな理由が……と頷きつつも、それだけなら私とベレトさんに教師を任せる理由にはならない。続きを促す。

 

「うむ。一度でも逃げ出したような者に再度、生徒たちの教師を任せる訳にもいかぬゆえな」

「その点ではまだ評価できる。君たちは行きずりの生徒を助けたのだから。 ……おっと、時間を取らせてしまったな。さあ、修道院内を回って、皆に挨拶してくるといい」

 

 二人の話に、まあ確かにと半分納得しつつ、アロイスさんとセテスさんに会釈を返し、今度こそ謁見の間を後にした。

 

 

 

 

 階段を降り、大広間一階に到着すると、早速男子生徒達の雑談が聞こえてくる。

 

「まさかあの歌姫、ドロテアさんと一緒なんて!」

「俺はメルセデスちゃんが気になるなあ…」

「ペトラちゃんも中々……」

 

 どうやら好みの女生徒の話をしているようだった。男子生徒らしい雑談の内容にほっこりしていると、段々と雲行きが怪しくなっていく。

 

「いやいや、マリアンヌさんもいいぞォ」

「俺はリシテアちゃんだな……ふへへ」

「待てよ、マヌエラさんを忘れてもらっちゃ困るぜ?」

「僕はアネットちゃんかなぁ……!」

「わかってねぇなあ、レア様がいいんだレア様が!」

「お前、恐れ多いぞ……」

 

 段々とエスカレートしていく好みの会話に、なんだか嫌な予感がした。

 

「いやいや。これだから、お前達のような情報の遅い連中は……いいか? 今このフォドラで最も美しいのは、ルフブフォォァッ!!?」

 

 極限まで威力を下げたウィンドを放った。彼にはしばらく口が利けない状態になってもらおう。私にはクロムさんがいる。これ以上は必要ないのだから。

 

「おい、どうした!?」

「ひでえ、誰がこんな事を……」

「いや、普通にバチが当たったんだろ」

 

 ベレトさんの手を引き、迂回して士官学校の方へと向かった。

 

「行きましょう、ベレトさん」

「わかった」

 

 あまりああいう話題に関心がないのか、すんなり手を引かれてくれるベレトさん。まったく、ああいう話をするのはいいんですが、本人がいる前で言わないで欲しいものです。

 

 ……後になって、本人の方からやってきたのだから彼らは悪くないという事実に気付いたが、目を逸らすことで事なきを……もとい、なかったことにしておいた。あんなハレンチな話、する方が悪いのだ、する方が。

 

 

 

 

 

 士官学校内は、ちょうど授業が終わったタイミングだったのか人が多い。制服を着ているものがかなり多く、この士官学校がどれほど長い伝統と実績を持つものなのかが良く見て取れる。

 

「少しずつ聞いて回ろう。ルフレはどうする」

「私ですか? そうですね……私もベレトさんと同じく、聞いて回ろうかなと思っています」

「そうか。来るか?」

「ええ、一緒に見て回りましょう!」

 

 ベレトさんの隣に着いて、教室を見て回る。

 

 まずは、黒鷲の学級(アドラークラッセ)からだ。先程マヌエラさんが説明してくれた通り、帝国貴族が多く通う教室であり、他の学級よりも貴族の子弟が多いらしい。

 

 中に入ると、早速何人かこっちに目を向ける。

 

「おおっ、新しい仲間か!?」

「ここは黒鷲の学級(アドラークラッセ)。アドラステア帝国から来た者が在籍している。君達も帝国の者かな?」

 

 水色の短髪が目立つ少年と、橙色の髪色の貴族然とした青年が話しかけてくる。

 

「ベレトだ」

「私はルフレです」

 

 そう自分の名を名乗ると、その名前に反応したのか数名が振り向く。

 

「もしかしてあんたら、エーデルガルトを助けたって噂の? すげえじゃねぇか! あ、オレはカスパルってんだ。よろしくな!」

「私はフェルディナント=フォン=エーギル。アドラステア帝国の誇り高きエーギル家、その嫡男だ!」

 

 カスパルとフェルディナントが名乗りを返し、その隣にいた紫髪の少女が教書を頭にかぶせて蹲る。

 

「ひいぃぃっ……べ、べ、ベルは知らない人とは話しませんんんっ!!」

「ふぅ……ずっとこの調子でね。あまり悪く思わないであげてくれたまえ」

「まぁアレだ!怖がりなんだろ! ……あ、そうだ! リンハルト! お前もこっち来て自己紹介しろよ!」

 

 机に突っ伏して眠っていただろうカスパルの友人に、カスパルが声をかける。緑髪を後ろに束ねて結った青年が寝ぼけ眼でこちらを見、一言呟いて直ぐに寝直す。

 

「んぁ……? あぁ……僕はリンハルト。じゃ……」

「おい、リンハルト! そりゃないぜ……」

 

 また腕に顔を埋めて寝る友人に呆れるカスパルを置いて、教室の隅から一人の女性が姿を見せる。

 

「あら、新しい生徒さんですか?」

「あ、初めまして。私はルフレです。こちらはベレトさん」

「よろしく」

 

 私とベレトさんで腰を曲げて礼をする。

 

「こちらこそ初めまして、私はドロテアって言うの。学校に入る前には、帝国の歌劇団に居たのよ。よろしくね。 ……あ、そうそう、ペトラちゃん!」

「何、用事ある、ありますか?」

 

 ドロテアさんがペトラさんという方を呼ぶと、赤紫の立派なサイドテールの髪を肩に垂らす、特徴的なタトゥーを施した方が近付いてくる。

 

「ペトラちゃん、こっちはルフレちゃんとベレトさん」

「ちゃん……うーん、ちゃん付けされるほど、もう若くもないのですけれどね…多分……」

 

 私の、私も知らない(けれど確実に数年単位で積み上がっているであろう)年齢の話をぼそっと話すが、華麗にスルーされる。多分気にしないように気を使ってくれたのだろう。もうちゃん付けされる歳でもないと思うのですけれど……。

 

 

「ルフレ、と、ベレト、ですか。私ペトラ、いいます。初めまして、よろしく、願います」

 

 片言ながら言葉を繋げて一礼をし、私たちもそれに返す。どうやら私と同じく別の大陸から来た人なのだろう。もしそうなると、私が流暢にフォドラ語を話せている事が更に謎なのだが、そこはもう気にしない方が頭痛のタネも少なくなるのだろう。

 

「ブリギット諸島より帝国へと学びに来ているのです。何を隠そう、ペトラ殿は姫。フォドラふうに言うなれば、ブリギットの王女殿下ですな」

 

 そしていつの間にか私とベレトさんの背後に立つヒューベルトさんが、ペトラさんについて補足する。

 

「御二方、あの時は我が主を救っていただき、至極感謝しております。改めて私はヒューベルト。エーデルガルト様の従者を務めております」

「ええ。とても優秀な従者よ」

 

 ヒューベルトの更に後ろからエーデルガルトが教室に入ってくる。立ち上がって敬礼をしようとする生徒に、彼女は手で制した。

 

「やめて。今は私たちは生徒同士。身分はさほどの意味を持たないわ。……というわけで、二人とも。どのクラスにするか、決まったの?」

「まだここしか見ていない。青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)も見て回るつもりだ」

「二人で見回るって決めてて……ごめんなさい」

 

 ベレトさんと、それに続いて注釈するように付け加えると、彼女は少し残念そうな顔をする。

 

「そう……まだ、決めた訳ではないのね。残念だわ。……そうだ、誰か気になる生徒は居た?」

 

 エーデルガルトさんが聞いてくる。ベレトさんは少し首を捻って考えたあと、ポツリと名前を出す。

 

「エーデルガルト」

「……えっ? 私? 私は見ての通りよ。アドラステア帝国の次の皇帝になる予定なのよ。あとは………ふふ、そうね。貴方とは馬が合う気もするわね。それと、斧術には自信があるわ。剣術も嗜むのだけれど、斧の方が得意ね」

 

 ベレトさんはなるほど、と頷く。私もエーデルガルトさんの戦い方、スタイルと言うべきだろうか。それがかなり気になっていた。

 女性で斧を振るえる人は少ない。それは単純に、斧を片手で持つには、女性の力では重すぎ、また武器の長さも大半の女性にとって扱いにくいものであるからだ。だが、彼女曰く斧術に自信があるというだけあってか、先の戦いでは斧の中ほどを持ち、器用に振り回せる技量の為か、剣を持つ相手に対抗できていた。

 それはイーリスやヴァルムにも殆ど存在しなかった人間だ。女性で斧を振るうのかと関心を覚えた例があったが、あれは結局女性みたいな男性だったという話で決着もついてしまったし。

 

「ルフレ、貴女は?」

「私ですか? 私もエーデルガルトさんが気になってました」

 

 私がそう言うと、エーデルガルトさんはより誇らしそうに胸を反らして口角を緩やかに上げる。逆に、私たちを挟むように後ろに立っていた青年、フェルディナントが悔しそうに声を出す。

 

「クッ、何故私ではなくエーデルガルトが選ばれるのだ!」

「ククク……殿下は盗賊を相手に一歩も引かぬ戦いを見せられました。それが御二方の興味を引いたのでしょうな」

 

 ヒューベルトさんの言う事はほぼ合っていた。興味を引かれた理由が、盗賊相手に渡り合ったからというわけではない点だけが違うのだか、それを指摘するのは野暮なのでやめておく。

 ベレトさんも、エーデルガルトさんの戦いぶりに多少なり興味があったらしく。

 

「それは、紋章の?」

 

 ベレトさんが言いたいのは、それも紋章の力に拠るものなのだろうか、という事だろう。

 

「! ……ええ。帝国フレスベルグ家には代々、セイロスの紋章が伝わっているの。これは初代皇帝が聖者セイロスから血を与えられた事に由来すると伝承されているわね」

 

 そう言ってエーデルガルトさんが私たちの目の前に突き出すように拳を向け、手のひらを上に向けて開く。すると、手のひらからぼんやりとだが、紋章が浮かび上がってくる。

 若草の葉を模したような紋章が浮かび上がってくる。これが、セイロスの紋章なのだろう。

 

「ただし、私には大紋章は浮かばなかったけれどね。紋章には大きさというものがあるの。大きいほどその血は色濃く、そして効果も大きい。大紋章を発現できれば、文字通り一騎当千の活躍を戦場で見せることも、夢ではないわ。無論、小紋章を持つ時点で、戦場では無類の力を発揮する事も出来るけれど、今は競う相手が少ないわね」

 

 紋章に関する説明が終わると、エーデルガルトさんは教室の外を手で指し示し、言う。

 

「そろそろ他の場所も見て回った方が良いわ。今は全ての授業が終了したあとの自由時間なの。趣味で姿を眩ませる生徒が現れるかもしれないわよ?」

 

 ベレトさんは納得したように頷く。

 

「そうする。ありがとう、また来る」

「また……ね。ふふっ、ええ。待っているわね」

 

 ベレトさんが教室の外に出て右に曲がっていくのを見て、私も急いで追いかけようとする。出る前に全員に礼をしてから、ベレトさんの後ろを歩く。

 

「次はどこにします?」

青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)にしようかと考えている。ルフレはどうする?」

 

 少し悩んだあと、その問いに答える。

 

「いや、やっぱり一緒に行きましょう。別れても後で合流するでしょうし」

「そうだな」

 

 二人で青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の扉を開ける。どうやら授業が終わったあとも残った者で復習をしていたらしい。数人と目が合い、更に私たちの正体を察した数人が寄ってくる。もっともそれは私にとっては的外れだったのだが……。

 

「あっ、もしかしてあなたたちが噂の傭兵さん?」

「あらあら、ディミトリが言っていた方かしら。なら、もしかしたら士官学校に入学するのかしら〜?」

 

 二人の女生徒が早速話しかけてくる。

 

「私はメルセデス。よろしくね。こっちは親友の──」

「メーチェ……メルセデスの友達の、アネットです! これからよろしくね!」

 

 おっとりとしているメルセデスと快活なイメージのアネット。性格が正反対なふたりだが、だからこそ惹かれ合う部分もあるのだろう。親友という立ち位置が、それを何よりも雄弁に語っている。

 

「あっそうだ! アッシュ、ドゥドゥー、来て! 殿下が言ってた傭兵さんたちが来たよ!」

「えっ! ……わわっ! ……とと」

「焦るな。怪我は無いな?」

 

 アッシュと呼ばれた青年が転びそうになり、先の戦いでも勇敢に敵を食い止めたドゥドゥーが彼の腕を掴んで助ける。二人が改めてこちらに歩いて来、挨拶する。

 

「初めまして。僕はアッシュ、よろしくお願いします。それから、こっちがディミトリ様の従者の、ドゥドゥーです」

「また、会ったな。あの時殿下を守ってくれた事、感謝の言葉も無い。……この恩は必ず返す。力になれる事があれば、言ってくれ」

 

 今のところ、こんなものだろうか。ディミトリさんはいなかったが、まあどこかにはいるのだろう。そういって教室を出ようとすると、数人の生徒とぶつかってしまう。ベレトさんは後ろにいたのだが、私が前に出ていた為に、体格差もあって転んでしまった。

 

「おっと、悪い悪い。ぶつかっちまった。怪我してないよな、立て……る、か……」

 

 手を差し伸べてくれた青年は、私の姿を見て固まってしまう。彼は一体どうしたというのだろうか。

 

「………可憐だ」

「……へっ?」

 

 ぼそりと呟かれた一言を、私は聞き取れなかった。だからこそ避難できず、怒涛の攻めが始まるのだった。

 

「なんと美しい方だ……! いや、本当にお美しい! 貴女のような方がこの士官学校にいたなんて……いや、まさか巡礼の方ですか!? 俺のこの目が信じられないほど可憐な方だ、貴女がもし士官学校の生徒であったなら、今すぐ街へ繰り出して貴女と一時(いっとき)の間とて楽しい時間を共有できるというのに……くっ!! 惜しむらくは、この士官学校の生徒であるという縛られた身分か……!! くはっ!? おい、何をするイングリット! やめっ! む、むぐぅむぐ……!!」

 

 凄まじい勢いで私をまくしたてた生徒を、イングリットと呼ばれた女生徒が、なんと口を鷲掴みにするように掴み上げ、そのまま教室の外に連れていく。

 

「ねぇシルヴァン。私に何か言うことがあるんじゃない?」

「い、いでででっ!! わ、わふはっは(わるかった)! ……ぐはっ……わ、悪かったよイングリット……そう怒るなって、な?」

「貴方はそれで反省した試しがないのよ? まったく……」

 

 手を離されたあと、シルヴァンが宥め、イングリットがそれを退けて叱る、まるで親子のようなやり取りをしている。その後ろをすり抜けるように訓練用の木剣を二本、片方を腰に提げ、もう一方を左手に持った、紺の髪を後ろに結った生徒が、教室に入ってくる。その生徒は左手に持った木剣をベレトさんに手渡すと、ニヤリと怪しい笑みを浮かべてただ一言。

 

「俺と戦え」

「……?」

 

 ベレトさんは彼の言う言葉を木剣と共に受け取るも、その言葉の真意が分からないという様子だった。

 

「お前はあの猪を追った盗賊どもを、その剣の腕で一蹴したのだろう? 俺とお前、どちらが強いか試してみたい」

「俺は構わない」

 

「フェリクス! 貴方も無闇に勝負を挑まないで!」

 

 ベレトさんは木剣を握ると、こくりと頷く。しかしその後にイングリットが諌めると、その返しにフェリクスと呼ばれた生徒は表情を歪めて舌打ちをする。

 

「……チッ。興が削がれる。お前、後で訓練場に来い。それと隣の白髪、お前もだ」

 

 ベレトさんを指差し、そしてその後に私の事を差して指名してくる。その思わぬ被弾を受けて、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「……えっ?」

「言ったろう、お前もだ。話を聞くに、剣術に魔法を組み合わせた戦法を用いたと聞く。ならばお前の戦い方はエピタフに似ていると判断した。ならその技を奪いたい」

 

 ……うーん、どうしましょうか。

 

 あまり堂々と言いふらすつもりはないが、私の戦い方はきっと、他の誰も知らないものだ。フォドラの外から来た技術や戦術がどう影響するかは、かつて私のいた大陸とヴァルム大陸との戦争の折にもたらされた、力を持って敵を制すという思想からも見て取れた。

 大陸、国、小領地、果てには個人まで、その影響が及ぼすものは往々にして計り知れないと知っている。それでも私は。

 

「いいですよ」

 

 彼の、実直に強さを求めるその姿勢に、クロムさん(愛する夫)の姿を重ねてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、士官学校の施設の一つである訓練場である。まさにすし詰めとでも形容すべき数の生徒たちが、ここに集中していた。理由はもちろん、その人だかりの中央で互いに睨み合う二人の存在であった。

 

「……では、一点先制で勝利とする。武具は訓練用の木剣を使用………。両者、用意は」

 

「いつでも来い」

「いいぞ」

 

 好戦的なフェリクスさんと冷静に相手を見るベレトさんが睨み合いながら合図をする。審判を務めるという仮面を身に付けた武術の教師、イエリッツァさんが手を上に伸ばし、そのまま目の前の空を裂くように振り下ろし、言った。

 

「……始めろ」

 

 イエリッツァさんが後ろに飛び退いて下がり、観戦している生徒たちの近くまで寄ると、試合はごく緩やかに始まった。

 

 かつてイーリス聖王国軍内で、将兵を除いた一般兵の昇格試験を兼ねた武術大会を開いたことがある。各々の奮闘を重ね、最後に残ったのが二人のソードマスターだった。当時はまだ若かった私はそこで知った。

 

 ……達人にはそれぞれの間合いがあるのだと。

 

 脇を締め、剣を中段に構えるフェリクスさんのその構えは、無論フォドラにある剣術が元になった型なのだろうが、剣先の震えや息遣いなど、無駄なものが一切省かれた完璧なものだった。ソードマスターという兵種には多少の経験があるばかりだが、それでも正確な構えを崩さない事の難しさはよく知っている。

 

 対するベレトさんは構えこそ無いものの、それはどの部位からも攻撃を繰り出せる事の証左でもあるのだろう。右から切りかかれば、右手の剣で防ぎ左手で殴る。上から切りかかれば避けて蹴る。そういった、型に当てはまらない傭兵ならではの泥臭い戦い方も、洗練されれば一介の剣聖を凌駕しさえする。

 

 両者の睨み合いは二分ほど続くが、不意にベレトさんが動く。痺れを切らしたというわけではない、どうやら簡単な攻撃を仕掛けて様子を見るつもりなのだろう。

 右手の剣を左半身側に持ってきて構え、走りながらフェリクスさんの間合いに立ち入る。無論それを易々と見逃す彼でもないようで、上段から一挙に振り下ろす必殺の太刀筋で迎撃する。

 

 ベレトさんはそれを、構えていた剣の腹を斜めに当てる事で太刀筋を逸らしつつ滑らせ、そのまま空いた左手でフェリクスさんの手首を掴んで拘束する。そのまま斜めに構えていた木剣を横薙ぎに振ってフェリクスさんの頭部に当て、一点───とはならなかった。

 

「……!」

 

 フェリクスさんが掴まれた手首ごと前転し、逆にベレトさんの手首の関節を極めにかかった。

 

 人の手首は、曲がったまま体重を乗せられて耐えられるほど頑丈にできていない。それを理解しているからこそ前転直後に離し、右手の剣で追撃しようと振り下ろすが、なんとそれをフェリクスさんは、背中を地につけたまま振り払って迎撃した。そのまま返す手で足元を切り払い、避けたのを確認すると、横に転がって距離を取り、起き上がる。

 

「凄い……!」

 

 隣の青年……アッシュさんが目を輝かせながら呟く。相当に高いレベルでの剣戟と体術の応酬が続いている。武芸を身につけて、あるいは嗜んでいる人間でなければ目に追うのもやっとだろうに、アッシュさんはその技術を吸収しようとしている。

 

「ハァッ!」

「…ッ! チッ!」

 

 蹴りや殴りによる変則的な攻撃と、それに時折混ぜ合わせて繰り出される木剣の正確な斬撃に、フェリクスさんは防戦一方とまでは行かないものの、一の反撃を返すまでに四の追撃を受ける、そんな状況だった。

 

 ベレトさんが再度振り抜いた切り払いをフェリクスさんが受け止め、返す一太刀を更にベレトさんが受け止める。しかし、剣と剣がぶつかり合ったその音は異様なまでに軽い。その理由はフェリクスさんの二段目に現れる。

 受け止められるだろう事を見越したのか、一撃目をわざと軽く当てる事で衝撃を軽減し、体を反転させて本命の強力な二段目を打ち込む。

 

 それは紛うことなきフェリクスさん渾身の《剛撃》だった。

 

「……それを凌ぐか」

 

 しかし、ベレトさんの防御が間に合い、反撃にと繰り出す斬り上げと続く蹴りを受け流し距離を取ったフェリクスさんが、零すように呟き、笑う。

 

 そしてもう一度構え直す。ただし、フェリクスさんがかなり疲弊しており、対するベレトさんは、息は切れかけでこそあるものの、既に呼吸も体勢も正常に整いつつある。

 

 互いににじり寄るふたり。ここでフェリクスさんが構えを変える。剣を両手から片手に変えて握り締める………それは、ベレトさんと同じものだった。攻撃、防御、追撃、反撃……、それら全てに応対する為の、万能の構え。恐らく付け焼き刃だろうそれを真似たフェリクスさんは、剣を握り締めて駆け出した。

 

 ベレトさんが剣を腕の力のまま振り抜く、最も射程の長い攻撃をするが、フェリクスさんはそれを皮一枚に掠らない程の近さで見切って躱し、振り抜いて無防備なベレトさんの腕を殴りつけ、剣を取り落とさせる。

 更に追撃をかけるため、体を回転させて勢いよく剣を振るが、それを更に避けられ、驚く一瞬の隙を突いて、手刀をフェリクスさんの首元に突き立てる。

 

「フ……。 一本。勝者、ベレト……」

 

 イエリッツァさんの呟くような判定が下されると同時に、闘技場と化していた訓練場内が歓声で湧き上がる。

 

「……負けた。剣には自信があった。徒手格闘も会得していた。そして、その二つでお前に負けた」

「強かった。間違いなく、強敵だ」

 

 ベレトさんが差し出した手を、フェリクスさんは無視して歩き出す。ベレトさんの横を通り過ぎた時、呟いた一言が私の耳に届く。

 

「次は負けん。見ていろ」

 

 それは、確かなる力への渇望の証に他ならなかった。

 

 

 

 

 見世物が終わった、という様子で解散していく生徒たち。残ったのはベレトさんに教えを乞おうとする剣士志望の生徒らと、青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の数人だった。

 

「ごめんなさい。フェリクスが迷惑を……」

「構わない。とても良い時間を過ごせた」

 

 イングリットさんの謝罪に、ベレトさんは軽い、しかし充足感に満たされたという感じで言う。その表情は相変わらずほぼ無表情で、汗もかいているのかいないのかわからないが、それでも僅かな変化はある。少し口許が緩んでいた。

 

 基本の表情が変わらないけど、感動を覚えたり関心を抱いた時に表情が変わる、というと、サーリャさんを思い出す。サーリャさんも何故か私以外への関心がない人だった。代わりに私が直接指示すると喜んで遂行してくれるから、とても頼りになる人でもあったけれど。

 

 そして、二人の戦いを見終えてようやく思い出した。

 

「あっ! 私、まだフェリクスさんに戦法を教えてません……! どうしましょう……?」

「いいですよ……あ、えっと……」

 

 そこでイングリットさんが言葉に詰まるのを見て、まだ自己紹介をしてなかったことを思い出す。

 

「あ、忘れてました。……。改めて、私はルフレといいます。こちらの彼は、ベレトさんです。よろしくお願いしますね」

「ご丁寧に、ありがとうございます。イングリット=ブランドル=ガラテアです。お気軽にイングリット、と呼んでください」

 

 お互いに一礼をし、名前も共有できたところで、先程隣にいたアッシュさんと、その後ろに先程イングリットさんに怒られていたシルヴァンさんが近付いてくる。

 

「……すげえな。フェリクスの奴、剣だけは死ぬほど鍛錬してたんだぜ。まさかこんな所に上がいるとは」

「あの戦いぶり! まるで、おとぎ話の剣士達の一騎討ちを見ているようで、とても感動しました……!」

 

 シルヴァンさんはフェリクスさんとは小さい頃からの友人だそうで、その剣の腕は確かに、昔からの付き合いであるシルヴァンさんが信頼するだけあって相当に高いものらしい。

 

「ただ、相当アンタも場数を踏んでるんだろう? えーと…」

「ベレトさんよ」

 

 イングリットさんの指摘に、シルヴァンさんがそうだったと笑う。

 

「ベレト。それとルフレ。アンタら、殿下を救ってくれたんだってな。ありがとな」

「……私からも礼を。改めて感謝します」

 

 二人が頭を下げて礼をするのを、私は止める。

 

「わ、私たちは成り行きで……というよりも、私はディミトリさんたちに助けてもらった立場ですし……むしろ恩を返したくて協力したので、畏まらなくてもいいですよ」

 

 頭を上げさせる。二人は納得していない様子であったが、先に元の調子に戻ったのはシルヴァンさんだった。

 

「はは……はっはっ! 貴女はどこまでも謙虚な方だ! どうです? この後、お茶を一杯だけでも。良い茶葉をお出ししますよ」

「もう、また貴方は!!」

 

 シルヴァンさんとイングリットさんがさっきのようなやり取りをする。私は少し考えて、返答する。

 

「いいですよ」

「はははっ、まあ断られるのはわかってたし、俺はこの辺りで失礼し───ん? ……ん?」

「…………本気、ですか?」

 

 イングリットさんもシルヴァンさんも、似たような顔をしている。二人とも私の顔を見たあと、お互いの顔を見て、互いに信じられないといった様子で見つめる。

 

「………ははっ、誘ってみるもんだなぁ、イングリット! よぅし、こうなったら早速街へ出かけるぞ! さぁ麗しの姫君。今宵はまるで天国かのような楽しい気分にさせて差し上げます!」

「きゃっ! ……ひ、引っ張らなくってもついて行きますよ、シルヴァンさん」

 

 私はそうして、喜び勇むシルヴァンさんに引っ張られて、ガルグ=マク大修道院周辺の市場にくりだすのだった。

 

 ……何か、大切なことを忘れているような……?

 

 

 

 

 

 

「で、あんただけで来たって?」

「ああ」

 

 目の前のクロードは、顔を押さえて肩を震わせていた。

 

「そいつは傑作だな、先生。 隣の学級でも話が出るぐらい、いい噂を聴かない奴について行くなんてな」

 

 クロードは俺が教師になる事を知っている、級長のひとりだ。だからクロードは柱に寄りかかりながら話す時、俺を先生と呼んだ。まだどの学級を担当するか決めていないと言うと、少し残念そうな顔をする。

 

「そうそう、先生。うちの金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)に、気になる生徒はいたか?」

「気になるのはローレンツとリシテア」

「ほう? お目が高いね先生。他には?」

「ヒルダと、あとはクロードだ」

 

 俺がそう言うと、クロードは目を細めてニヤつく。

 

「俺を? 買い被りすぎじゃないか、先生?」

「あの弓の腕は見様見真似で得られる技量じゃなかった。俺が教えを乞いたい程には優れている」

「俺が、先生に? 冗談は顔だけにしてくれよ、先生」

 

 からかうクロードだが、クロードの弓の技量は相当に高い。教えを乞いたいのも本当だ。

 

「王国、帝国、同盟領の全てで仕事をしていたが、クロード程の弓兵は数人もいなかった。誰に学んだ?」

 

「……本気かよ先生。まあいいか。今は駄目だけど……()()()になったら教えるさ」

 

 腕を組んで笑みを湛えるクロード。そろそろ散策を終えて、レアのもとに戻ろうか。俺は大広間二階へと歩いていた。

 

 

 

 

 






 ルフレ

 戦術師

 長いツインテールを垂らし、フードの着いた長い黒ローブを羽織る。イーリス聖王国国王、クロムと結婚しており、子どもを二人持つ。

 宿敵ギムレーとは同一の肉体であり、それ故に最終決戦では最後までクロムと共にギムレー本体に肉薄した。

 本来ルフレの()()は、クロムにより生かされるはずであった。だが最後という局面に至り、クロムの持つ聖剣ファルシオンによるギムレーの封印よりも、自らの命を以てギムレーの存在を完全に抹消する方を選んだ。その為、ギムレーを殺したルフレはその直後に自刃し、苦痛と安息の中、涙する夫に看取られる事をなる。

 そして彼女はフォドラにて目覚める。それからずっと時が過ぎた時、あるいは未知の方法によって目を覚ます。第二の生を、得たのかもしれない。それは、女神さえ預かり知るところではない。

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