【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
大晦日。俺は澤村家の別荘で英梨々と英梨々の両親と一緒に過ごしている。例年のことだ。
昼間にソバ屋で食事をし、午後の3時には別荘についたが、その後はどこもでかけなかった。夜は買ってきたお弁当をレンジでチンをして済ませる。英梨々の両親はあまり料理を作らない。普段は家政婦やコックがいるし、小百合さんは台所に立つことがない。
夕方には両親の2人はシャワーを済ませ、1階の寝室でのんびりとテレビを見ながら過ごしている。区切られたもう一つの部屋が英梨々の寝室だ。
2階にはリビングがあり冬にはコタツが用意されている。俺と英梨々はそこで年末特番を小さな音量で着けながら、冬休みの宿題を急ピッチで片づけている。時々英梨々がキッチンで紅茶だの、ミルクコーヒーだの、ココアだのを作ってくれる。
5教科は専用のテキストに穴埋めしていくだけで簡単な問題ばかりだ。俺も英梨々も黙々と宿題をこなす。
一段落して、書初めの宿題。これは英梨々の得意分野に近い。ただ丁寧に墨をすることはせず、墨汁を使って簡単に終わらせる。英梨々はお手本通りの綺麗な字も書くが、水でわざとにじませたような字も書いた。それがどれくらい達筆なのか俺にはわからない。
俺は適当に書く。才能もないし、いい作品を作ろうとも思わない。
「倫也のは小さいし、硬いわね」
「・・・」
「繊細なのも真面目なのも伝わるけど、自信がないというか」
「なぁ英梨々。もう一回評論してみて」
「なによ?」
「俺の字がなんだって?」
「小さくて、硬い。倫也そのものね」
「ああ、わかってていったのか・・・って、おい!」
「バカよね。ほんと」
英梨々が笑いもしないし、下ネタを混ぜた自覚があるのに照れもしなかった。習字を乾かし、道具をちゃっちゃかと片づける。あとは作文だ。冬をテーマに原稿用紙三枚程度。これが一番の難敵で、読書感想文の方がまだマシだ。
「で、倫也は何を書くのよ?」
「庭の冬景色でもひたすら書くよ」
「そんな文才ないでしょ」
「なくてもいいだろ、テーマがアバウトすぎるんだよ。英梨々はどうするんだ?」
「倫也に書いてもらうから問題ないわよ」
「なんで俺が書くんだよ」
「借金を少し減らしてあげるわよ?」
「おまえなぁ・・・」
「あたしはどっちでもいいけど」
「受注いたします・・・」
「じゃ、あたしの宿題は終わりね、あたしのから終わらせてよね、清書しないといけないんだから」
「あー、はいはい」
まぁいい。文章を書くのは苦にはならない。英梨々の分は何を書こうか。
「『コタツの中のあたし』とかどうだ?」
「寒くて、コタツから出られない?」
「そそ」
「そんな歌があったわよね」
「あれは寝起きの布団から出たくないだな。英梨々の場合は床暖がゆるく付いているから、そこまで寒くないだろ」
「そうね、部屋にコタツないし、この別荘と倫也の部屋ぐらいね」
「だから、ありそうな感じで適当に仕上げるよ」
「例えば?」
「そうだな・・・コタツに入る以上は出たくない。出来る限り出たくない。あたしはすべてのテキストをコタツの上に置いた。文房具も万全だ。大事なのは飲み物。多すぎると後でトイレに行きたくなって後悔する。ここはストレートの紅茶を選択し、それと大事なのはお気に入りのお菓子・・・」
「あたしはいろんな飲み物が飲みたいけど?」
「だから部屋が寒いことが前提なんだってば。床暖でぬくぬくした部屋にコタツはおかしいだろ」
「そういうもんかしら」
「お菓子は何にするかな・・・『和菓子も捨てがたいが手は極力汚したくない。ここはみんなのおやつ、カントリーママンを袋ごと用意する。もちろんノーマルなバニラ&チョコだ。甘いものばかりだとしょっぱいものが食べたくなるので、チーカマもかかせない・・・』」
「まんま、今のあたしたちのおやつじゃない」
英梨々がそういいながらカントリーママンを袋から開けて食べている。実はここにあるのはチーカマなどではなく、ホタテの貝柱だ。コリコリとしてなめていると美味しい。
「じゃ、そんな感じで頼むわよ」
「後で適当に女性言葉に直してくれな」
「うん」
英梨々が頬杖をついてテレビを見始めた。音量はオフにして字幕でみている。俺はちゃっちゃっと英梨々の分を終わらせた。
「ほらよ」
「ありがと」
英梨々が読み始める。ときどきクスリッと笑う。その共感性が大事だ。無駄な描写は避け、誰でも想像できるものだけを簡潔に書き連ねる。オチはこの作文そのものを書き終わるところで終わる。古典的だがはずれもない。
「描写少なめよね」
「描写増やして、文章を無駄に増やしてもいいけれど、リズムも大事だろ?」
「そうね。これでいいわ。挿絵が描きたくなるわね」
「ははっ」
英梨々が作文用紙に写し始めたので、俺は庭の様子を描き始めた。こちらは描写を緻密にすることを意識する。窓に付いた水滴やそこから伝わる冷気などを書き、まずは部屋の温度と外の温度の差を表現する・・・
時々天井をみて、描写を推敲する。ネタに詰まったら窓の外を眺める。一面の銀世界というが、別に銀じゃない。窓は曇っているから開けないと外は見れない。冷たい空気が入ってくるが、のぼせた頭には気持ちがよかった。
だいたい作文用紙が埋まってきたら、そろそろオチを考えないといけない。
「オチどうすっかな」
「普通、オチ考えてから文章って書くんじゃないのかしら?」
「別に応募するわけでもないしな。それっぽいのでいいんだよ」
「それっぽい?」
「『静謐なる時間を過ごした俺は、自らの不安に我慢ができず、テレビを無駄に騒がしいバラエティーに変えた』みたいな感じでさ」
「雪から孤独とか、単純な発想ね」
「逆だよ英梨々。雪から孤独を連想するからこそ、あえてその言葉を使わずにそれをにおわせることで、それっぽいものができるのさ」
「ふーん」
「これでいいや」
「あんたねぇ、もう少し考えなさいよ」
「とりあえず読んでみてくれ」
「まったく」
英梨々が俺の作文に目を通した。今度は笑えるところも共感するところもない。ただのの寒い外の雪景色が広がるだけだ。それを1人で描写なんかしたら気が滅入るのは当たり前で、読んでいて楽しいものじゃない。
「思ったよりいいわね。挿絵がつけたくなるわ」
「そりゃどうも」
「もう少し真面目に書けばいいのに」
「同じものを何度か書き直せば、良くはなっていくんだけどな」
「じゃあそうすればいいじゃない」
「そんな成績かわらんだろ」
「そういうとこよね、倫也の残念なとこ」
「そうかもな・・・」
英梨々の絵と違って、俺は自分のことにあまりこだわりがないのかもしれない。英梨々みたいに才能に恵まれていないから、努力もしないというのは、ダメ人間の言い訳にすぎないのはわかっている。
「じゃあ、あたしも終わったし、先にお風呂はいってくるわよ」
「いってら~」
2階にバスルームがある。英梨々がお風呂に入っている間に、俺はあたりを片づけた。文章をもう一度読み返したいが、読み返すと手直しをしたくなり、最初から書かないといけない。それは面倒くさいのでそのままファイルにいれて鞄にしまった。
2人ともお風呂をすました後は、年越しで定番のお笑い番組をつけ、英梨々と一緒に年が明けるのを静かにまった。
英梨々は小学生の時と同じケロケロケロッピンのパジャマを着ている。頭に被り物をしているあたりが実に子供だが、これが不思議とよく似合う。セクシーさゼロなのはいう間でもない。
でもって、俺のパジャマはプレラールだが、流石に小さくなってきている。ということは俺の方が成長しているということだな。うん。
0時を回りそうな時だけ、MHKに放送局を変え、一応は除夜の鐘の音を聴く。
「あけおめー」
「あけましておめでと」
英梨々がふふっと笑った。ちらりと八重歯見えるとカワイイ。まだまだカワイイだけで綺麗な女性とは言えないかもしれない。それでも男子からの人気は他の追随を許さないが。
英梨々が立ち上がって、歯ブラシを取りに行った。俺も並んで横で歯磨きをする。そろそろ寝る時間で、歯を磨き終えてリビングに戻る頃には英梨々は大きなアクビをした。
「じゃ、そろそろ寝るわね。また明日ね」
「今日だろ」
「今年も細かいわね」
英梨々が手をひらひらとさせて、扉を開けて下へと降りて行った。今年は戻ってくるかな?
俺の寝床はロフトだ。専用の梯子をかける。オシャレな電灯ランプを手に持ち部屋の電気を消すと、オレンジ色の光だけが手元に灯り周りは真っ暗闇になる。この暗さは都会では味わえない。
梯子を上り、折りたたんであったマットレスを引き、寝袋を広げて中へと入った。これが実に楽しい。
小さな書棚には古いマンガが全巻そろっている。ラブコメの金字塔的な存在のきまぐれレモンロードだ。英梨々の両親が好きらしい。
何度も読んだ作品だが、俺はまた一巻から手に取った。読むたびに印象は変わるし、少しエッチなところもいい。優しいランプの光だけで読むのが雰囲気もでて好きだった。
「倫也~、電気つけて」
扉が静かに開いて英梨々が戻ってきた。俺はロフトにあるテーブルライトをつけて梯子を照らした。こちらは光量もあって明るく部屋を灯した。
英梨々が枕を抱えながら梯子を上ってきた。これもいつものことだ。下にはふかふかのベッドと羽毛布団が用意されているのに、英梨々も寝袋を広げた。
「まったく嫌になるわよ」
「何が」
「はじまったのよ」
「何が」
「あれが」
「・・・わざとじゃね?」
「さぁ・・・」
「仲良いならいいんじゃね?弟か妹ができたりして」
「もう中学生よ、やめてよ・・・」
「はははっ、英梨々はお姉さんできなそうだな」
「どういう意味よ」
会話をしながら英梨々も寝袋にすべりこんだ。読みかけのマンガを棚に戻し、テーブルライトを消した。
小さな手持ちのランプだけがオレンジ色に光っていて、英梨々の金髪を照らしている。英梨々は低い天井を見つめたままだ。
天窓があって、そこからは夜空が見ることができるが、今は結露して曇っている。
「開けて星でも見るか?」
「いいわよ、寒いし」
「ロマンチックじゃねーな」
「相手が相手だもの、しょうがないでしょ」
「なるほど」
納得いってしまった。ロマンチックな相手か。例えばあの・・・金髪のイケメンみたいな?あるいは伊織みたいにもっとさりげなく星空を見るべきだった?
「ねぇ」
「ん?」
英梨々がこっちを向いた。英梨々の匂いがする。シャンプーの匂いかな。問いかけのあと、英梨々が沈黙している。なんだろう?
小さなランプの光でも英梨々の端正な口元が見える。
「電気・・・消してくれる?」
「・・・ああ、悪い」
寝袋のチャックを中から開けて、手を伸ばしてランプの電源を切った。あたりが真っ暗になって、もう何も見えない。天窓からの光もほとんどなかった。
「おやすみ。倫也」
「おやすみ」
とても静かで音が何もしない。せめて時計の音ぐらいすればいいのに、時計の音すらしなかった。ただ、目がだんだんと慣れてきた。天窓からは微かな光が入っているようだけど、隣にいる英梨々の顔は見えない。こっちを向いているのかな?
さっきの口元をあたりをぼんやりと眺めるが、何も見えないので俺は目を閉じた。
そして唐突に、自分では想像もしていなかったのに・・・
キスがしてみたいと思ってしまった。不覚だ。
(続く)
娘に冬休みの宿題を頼まれたので、テキトーに仕上げて渡したら、卒業文集用だった。慌てて回収したけれど、時すでにお寿司。